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略歴
免許登録番号 1級建築士 建設大臣登録 第290771号
1997年早稲田大学理工学建築学科卒業
2001年戸田建設株式会社退社
2001年ますいいリビングカンパニー主宰

「日本の住宅はどうしてこんなに同じものばかりなのだろう。」というのが私が設計を行うようになったきっかけでした。住宅はそれぞれの家族が自分たちのこだわりに合わせて自由に作り上げていくものだと思います。他の工業製品と違い工場での生産が出来ないということからも、本来は個別のデザインが許されて良いはずなのです。
しかし、現実には建築条件のない土地の取得の困難さという問題や、かつてのずさんな工事による工務店の衰退にともなう工業化住宅の発展によって画一的な住宅ばかりが作られるようになりました。
このような中で、今一度住宅の設計を一つ一つ丁寧に行い、そして工務店として作り上げる。その活動こそが個性あふれる豊かな住宅の生産につながると思っています。そして、そのこだわりを実現させるデザインが豊かな街を作り上げていくでしょう。
私は川口の町で生まれ、川口の町で育ちました。住宅を作るという活動を中心としてさまざまなデザインを街の中にちりばめ、この街をもっと魅力的に変化させ、魅力ある街づくりに貢献したいと考えています。

 
2007年

 

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2007/4/27

午前中は三河島の駅の近くのリフォームのご相談。大学の関係の知人の両親からの相談でわずか10坪ほどの土地に建つ古くて小さな家をそのままの規模を維持しながら新しくリフォームできないかということであった。今現在は2階建てプラスロフトという間取りなのだが、それを3階建てにしたいという希望はチョットやりすぎという感覚を持ったので、結果的にはお断りすることになった。建築基準法が完全な法律だとは思わないのだが、それを違反するにはそれなりのモラルというものが必要なわけで、その違反の理由が単なる個人の欲望でしかない場合にはなかなかそれに手を貸すことは出来ない。都内にはまだまだ車も入れないような細い道路に面する小さく区分けされた土地や道路に面することもない建築を許されない土地というものがたくさんある。大きな再開発区域に指定される街区のすぐ隣にこういう取り残された土地はあることも珍しくはない。そういうところは歩いて通り抜けるには、まちにすごむ悲哀のようなものが感じられて非常に魅力的な場所であることが少なくはない。しかし建築を立てようとするととたんに法律という制限に大幅に制限されることになり、そこで何かをすることが非常に困難な場合が多いのである。そこには人々の生活があり、また歴史がある。せめて現状維持だけでも構造体を取り替える形で許可してはくれないものかと役所に取り合ったことは何度もあるのだが、構造体を交換するとなるとそれはとたんに新築扱いとなり、確認申請を義務付けられ、現行の法律に適応する形でしか作ることが出来なくなってしまうのである。だからこういう土地に建つ建物は古くなる一方、その町自体もどんどん古くなっていき、ある日突然大きなビルが建つ。こうして東京の町並みは日々失われていくのである。何とかならないものか。
今の話と同じようなことを西新井でやっている。こちらは現状を少しだけ小さくする案で適法とまでは行かないまでも何とか役所からの許可を受けることが出来た。敷地の後ろ側には、お化けが出てきてもおかしくなさそうな古い廃屋が2件建っている。この後ろ側の土地は僅か1,3メートルの通路でしか接道していない。つまり再建築不可の土地。だからそこに建つ廃屋は誰にも手をつけられることなくただただ古くなるばかりである。午後からの打ち合わせではこの後ろ側の地権者からその土地を買い受ける相談をした。結果、西新井の家の土地は50坪の広さを持つ土地となることになった。建築の違法性は解消され、また廃屋は取り壊されるだろう。西新井の家は10mほど後ろ側に移動されてその家の前には車を止めたり、子供が遊んだりすることの出来る広場が出来る。町並みは大幅に改善されることになる。しかもビルは建たない。歴史も残る。さまざまな人との話し合いの中から生まれたこの結論は、都会の中で取り残された場所の再生計画としては地道すぎるほど地道で、地味で、ちいさな再開発だ。でも考えてみてほしい。これ以上ビルが必要か。

2007/4/26

10時、川口市に家を建てる予定のKさんご相談。Kさんはショップなどのインテリアデザインをお仕事にされている方でこれまで他の設計事務所と打ち合わせを重ねてきたということだったが、なんとそこの事務所が倒産してしまったらしい。そこで途方にくれていたところ、ますいいのことをHPで発見ということだった。ほぼ同業者ということで、ご自分での設計を進めた。もし間違っているところなどがあれば手直しすればよい。自分の家は自分で建てたいだろう。そのためのお手伝いを最大限にしようと思う。
午後からは同じく川口市内に建つ家のご相談。こちらは川口の地場産業である機会屋さんのご自宅。土地の購入をしたばかりということで銀行のローン審査に必要な図面と見積書をご提出することをお約束した。
夕方より事務所にて雑務。

2007/4/21

今日は土曜日ということもあり和田と田村以外みな休みを取っている。和田はRDRにいるし田村は現場に行っているのでこの事務所には私一人しかいない。10時30分、住まいの設計のライターさんであるわたなべきよひこ氏ご家族来社。いつか建てるであろう家作りの相談。とはいえいまだ土地の選定が終わっていないのでどのような土地を購入するとどのような建築が建てられるかというような一般的な話をすることになった。渡辺さんのように仕事の中でたくさんの住宅に触れていると、逆に多くのものを見すぎて自分にとってどのような住まい方がもっともふさわしいのかを選定することが難しくなってしまうような気がする。しかし住まいというのは何十年も家族が生活をする場所であるから慎重に考えなければいけない。仕事場の独立の度合い、個室の考え方、外部に対する関係、その一つ一つで家の利用方法は大きく違ってくる。そしてどれが一番気持ちが良いかはそこで暮らす家族一人ひとりによって変わるはずである。
12時ごろ打ち合わせ終了。一時間ほど雑務をこなし渋谷にあるGA ギャラリーに足を運んだ。そこでは
「世界の住宅展 GA HOUSES PROJECT 2007」が行われている。今回のプロジェクト展で特に印象に残ったのは青木淳氏の作品であった。この作品の全貌はいまだはっきりとはわからない。しかし添えられたキャプションを見ているとエントランスを入ってから繰り広げられる豊かな空間の変化が想像できて非常に魅力的なものに感じた。完成を楽しみにしたい。
引き続きワタリウム美術館。こちらではブルーのタウト展{アルプス建築から桂離宮へ」が開催されている。熱海の日向邸、桂離宮とタウトがらみの建築は結構見ているのですんなりと頭に入ってくるのを感じた。それにしてもアルプス建築から小さな工芸品までを見ているとデザインに対する飛びぬけたセンスを感じざるを得ない。

2007/4/20

朝8時40分ごろ浜田山の家の現場到着。現場に着くと写真家の新良太さんがすでに到着していた。大学の同級生の紹介ということで今日が本当の初対面だったのだが、初めて会ったときにはその独創的ないでたちにチョット話しかけづらいイメージを抱いてしまった。建物の中に入って一通り説明を開始すると次第に打ち解け始めこちらの意図するイメージを伝えることが出来始めた。建築を写真にするときにはその光の取り込み方や切り取るアングルによってまったくイメージの違う印象を与えてしまうこともある。細部まで写しこもうとすればするほど本来は見えているはずの窓の外の風景などは光で真っ白に飛んでしまう。本来そこにあるはずの闇、影、そして本来底から見えているはずの緑、空、そういうものがはっきりと写りこむような写真が私は好きなのである。
3時ごろ内部の撮影を終えて帰社。外部はまだガイコウ工事中ということもあり連休明けくらいに撮影することになった。ちなみに下がそのとき撮影したうちの一枚。カラー版の完成写真は連休明けには出来上がる予定なのでそれまでまでお楽しみにお待ちください。


2007/4/17

6時30分、浜田山の家に田村とともに向かう。撮影前のセルフビルドということで家の中にあるすべての扉の塗装、床の塗装を行った。私も参戦したのだがなかなかの作業量に少々びっくり。これは一人ではまず終わらなかっただろう。夕方より地元の青年会議所の会合への出席があったので一足先に帰社。

2007/4/16

7時、事務所。池上と現場についての打ち合わせを終えすぐに中落合の家の敷地調査に向かった。9時40分ごろ現地にT氏立会いの下で着き水道の引き込み状況や敷地周辺の町並みなどを確認。11時過ぎ事務所に戻った。
後、それぞれのプロジェクトの進行状況確認など。
それにしても市会議員の選挙活動が始まったおかげで町がざわついている。なんだか運動会のような状況だ。ウグイス嬢が叫ぶその声からは候補者の心情のようなものは何も伝わってこない。ただただ、お祭り騒ぎ。今回の川口市にとっての最大の進歩はその議員の数が4つ減ったことなのだろう。

2007/4/14

朝7時に事務所を出て茨城の家の現場に向かった。この家は3年ほど前に竣工した家で石毛町という川口市から60KMくらい離れたところにある。とはいえ北に向かっての60KMであるので時間はそれほどかからない。9時ごろ現場着。外壁に貼った杉板の状況を点検し、固定要素の変更を指示した。無垢材というのはやはりそれなりに暴れるもので、固定要素が弱いとその羽目板の反り返ろうとする力で釘までもが抜けてしまったりする。そこで今回はビスで固定することにしたというわけである。
2時ごろ帰宅。
14時、知人の紹介のT氏ご家族との打ち合わせ。学生時代に良くすごした中落合での家作りの相談を受ける。
終了後雑務。

2007/4/12

今日は浜田山の家の最終作業確認のため朝一番から田村と一緒に現場に向かった。現場にはすでに大工の尾形さん、水道屋の中平さん、建具屋の樋口さんらが来ていて作業をしていた。私たちも早速、傷の補修や各所の作業の指示など手早く動き回って現場の作業を進行させた。明日は最終クリーニングということなので今日中にはすべての材料を現場の外に搬出しなければいけないし、そのためには大方の作業は終了させなければいけないということ。午前中はみんなもくもくと気をとんがらせて動き回っていたが、午後になってみると大体の作業を追え充実感にあふれる職人さんたちの笑顔が見られるようになった。下がその様子。真ん中で伸び上がっているのが大工さんです。

2007/4/10

朝7時事務所。雑務をこなす。9時息子の入学式のため一時帰宅。家族とともに幸町小学校へ向かった。小学校の前には同じように今日入学する子供たちが列を作って並んでいた。何をしているのかと思ったら校門で写真を撮っているようだ。私たちはカメラを持ってきていなかったので、そのまま通り過ぎた。校舎に入ると懐かしい木製のげた箱が並んでいる。この校舎はおそらく30年以上前に建てられたものだろう。私が通っていた小学校よりもさらに古いつくりなのではないだろうか。長い廊下を進み階段を上がると1年生の教室があった。一年生は二クラス。生徒は全部で60人。その数の少なさには驚いたがこれが現状なのだろう。体育館に移り式が始まると来賓席には何人かの知った顔があった。みんな平日の昼間からがんばっている。そういえば同じクラスにラグビースクールのお嬢さんがいたようだ。息子もよい友達が出来て何より。

2007/4/9

午前中足立区役所。西新井の家の改修工事の方針についての話し合いを一通り終えいよいよ工事再開の号令が出た。終了後、かねてからの知人の慎さんと伸明建設の青木さんと一緒に品川にある医療モールの見学へ。ここは今月の頭に開業したばかりの出来立てほやほやの医療モールで川口市内のとある医院が経営している。最近は集合住宅の完成に合わせてその建築物の中にこういった小規模の医療モールを併設させることがその集合住宅自体の価値を高めるものとして盛んに取り上げられていて、今回はその実例の見学に行ったというわけである。まだ開業間のないということで患者さんの数はまばらではあったが、確かに自分の住んでいる建物の中に病院があったらそれなりにベンリであろう。それにしても品川には久しぶりに足を運んだが、表面的なものの豪華さには驚いた。道路に面している店先、歯医者さんのエントランス、駅ビルの中の様子、何を採ってみても川口市で目にするものとは一味違う?東京は人種の坩堝で、地方から来た人ほど南と西を好む傾向がある。つまりこの品川マンション街もゴタブンニもれずいわゆる高級住宅街であり、そこには地方から出てきて一生懸命に働く高給取りの人々がたくさんいるわけだ。そういう人たちが満足するようにだかなんだか知らないが、とにかく目に付くものがすべてピカピカ。町を歩いていてもその町に潜む悲しみや情愛、その町からにじみ出てくる霊気のようなものをほとんど感じることは出来なかった。タダひとつ私に語りかけてくれたのはコケが生えて古くなったモノレールの構造体だけだった。このモノレール、記憶によると確か昭和40年ごろに開業している。つまりは私よりも先輩である。先日ちょっとした事故を起してしまったようだが、こういうものをなくさないでほしいと切に願うばかりである。私の住む川口市内にも最近古い住宅街や工場を取り壊した跡地にどんどんと大型マンションが建ち続けている。そういう開発がひとつ終わるたびにまちの記憶が一つ一つ減っていくのを感じる。川口も品川と同じ。というより東京周辺どこも同じ状態なのだろう。

2007/4/8

今日は引越し。イマ住んでいる部分をすべて事務所として使用するために今日はわれわれ家族がこの家を出て行く日である。といってもすぐ近所に急遽建設した家が次の住処となるので状況はそれほど変わらない。それにしてもこれで何度目の引越しだろう。大阪で会社に勤めていた建設会社の現場単位の小さなものまで含めて数えると、もう5回目になる。毎回思うが引越しをするとなんだが新しい人生が始まるような気がする。古いものは捨て、荷物を軽くするのが私の流儀。荷物につぶされるようなジンセイなんて真っ平。今の生活をめいいっぱい生きるべし。そんな気分になれた一日でした。

2007/4/3

今日は赤塚の家の地鎮祭を行うということで山崎、池上に遅れながら8時過ぎ赤塚の家の現場に向かった。あいにくの天候で雨が結構激しく降り続けている。現場に着くと基礎屋さんの伊藤さんとともに池上と山崎がテントを立てていた。前面の道路が4メートルしかない狭い敷地なので車を目の前に止めることが出来ないということで、少し離れたパーキングに車を止めて展とたてに加勢。少ししてから神主さんとクライアントの三浦さんが現場に到着し地鎮祭を執り行った。雨の中での地鎮祭ではあったが逆に周りの騒音が雨の音にかき消されることで神聖な雰囲気に取り囲まれた式を行うことが出来た。
現場からの帰りに川口市民ギャラリーアトリアで行われているRDR主催の企画展示を見に行った。今日まさに展示作業を行ったところで会場では妹の真理子が設営準備に追われていた。明日から本番ということなので、順調か開催を祈る。
事務所に戻った後は支払い確認などの雑作業。

2007/4/1

いよいよ4月。今日はうそを付いてもよい日ということであるが、ますいいでは浜田山の家の近くの公園でお花見をすることになった。浜田山の家のクライアントとさんかくの家の田中さん、ますいいのスタッフ、材木屋さん、大工さん、電気屋さん、ガイコウ屋さんを招いての総勢25名ほどの大宴会。天候が若干心配されていたのだが、結果的にはすばらしい晴天となりバーベキューをしながら楽しいときをすごした。

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