略歴
免許登録番号 1級建築士 建設大臣登録 第290771号
1997年早稲田大学理工学建築学科卒業
2001年戸田建設株式会社退社
2001年ますいいリビングカンパニー主宰

「日本の住宅はどうしてこんなに同じものばかりなのだろう。」というのが私が設計を行うようになったきっかけでした。住宅はそれぞれの家族が自分たちのこだわりに合わせて自由に作り上げていくものだと思います。他の工業製品と違い工場での生産が出来ないということからも、本来は個別のデザインが許されて良いはずなのです。
しかし、現実には建築条件のない土地の取得の困難さという問題や、かつてのずさんな工事による工務店の衰退にともなう工業化住宅の発展によって画一的な住宅ばかりが作られるようになりました。
このような中で、今一度住宅の設計を一つ一つ丁寧に行い、そして工務店として作り上げる。その活動こそが個性あふれる豊かな住宅の生産につながると思っています。そして、そのこだわりを実現させるデザインが豊かな街を作り上げていくでしょう。
私は川口の町で生まれ、川口の町で育ちました。住宅を作るという活動を中心としてさまざまなデザインを街の中にちりばめ、この街をもっと魅力的に変化させ、魅力ある街づくりに貢献したいと考えています。

 
2007年

 

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2月

 

2007/2/27

午前中は事務所にて事務処理作業など。12時ごろより近所のアトリエFUNという児童工芸教室の年に1回の展示作業のお手伝い。先日購入した1500KGのトラックをフル活用し、これまたお手伝いをしてくれた西川口駅前の八百屋さん有田屋の田辺さんと一緒に川口駅前のリリアに作品を運び込んだ。リリアにはすでに生徒さんたちのお母さん方が待ち構えていて到着した荷物をギャラリーまで運び込み、展示作業にとりかかった。しばらくお手伝いした後事務所に戻る。夕方より各現場の進行状況に関する打ち合わせなどを行い、終了後、昨日購入した「建築の世紀末」を読み始めた。

2007/2/26

朝8時に西新井の家の現場にて伊藤基礎、中平設備さんと待ち合わせ。今後のリフォームの計画についての話し合いを行った。以前耐震補強を施した建物と施していない建物の倒壊実験の映像を見たことがあるのだが、施していないほうは一瞬で崩れ去ったのに対して耐震補強をしている建物は外壁のひびやはがれ程度で済んでいた。現在の基準で建てられている建物というのはそれだけ丈夫に出来ているということなのだが、今回のようなリフォームの場合もそれと同等まで強化しなければいけないので慎重な設計が必要だ。打ち合わせ終了後11時、事務所に戻る。少々の雑務をこなしたのち、外苑前にある界工作舎にて難波和彦氏との打ち合わせ。先日のオープンハウスに参加したスタッフの田村がもともと教え子だったという縁で今回の面会が決まったのだが人のつながりというのは本当にどこからどのようになるのかわからないものだ。先日、当社の外壁屋さんが難波氏の講演会に行ってサイン入りの本をうれしそうに私にプレゼントしてくれたのが何かの予兆だったのかもしれない。帰りがけに池袋のジュンク堂にて鈴木博之氏による「建築の世紀末」「都市の悲しみ」「伊藤忠太を知っていますか」そして渡辺豊和氏による「文象先生のころ、毛綱モンちゃんのころ」の計4冊購入。19時ごろ帰社。

2007/2/24

午前中は池上と一緒に幸町の家の養生はがし作業。こんな単純労働をなぜかほとんどすべての現場において私が行っているということにチョット疑問は感じるのではあるが、この作業はやっていてとても気持ちが良い。埃だらけになってゴミをトラックに山積みして、でも終わった後に見る現場はすべての養生がはがされたまさに完成間近の状態。これを一番に見れる権利をそう簡単に放棄するわけには行かないのである。これまでの長い打ち合わせのこと、そして現場管理の中でのスタッフとの多くのやり取りなどが走馬灯のように頭に浮かび上がるこの瞬間を味わうのが家作りで一番楽しいひと時なのである。終了後は本来休日のはずの池上を家に帰して、事務所にて作業。珍しく打ち合わせのない土曜日だったのでチョット暇をしてしまった。

2007/2/23

朝7時過ぎに山本と一緒に烏山のリフォームの現場に向かった。今日は解体屋さん、電気屋さん、そしてクライアントのOさんが来てセルフビルドを含めた工事についての打ち合わせを行った。今回は普通に請け負えば1000万円以上かかる工事の大部分をセルフビルドで行うことでコストを下げるという挑戦をしているので、職人さんの作業とセルフビルドの部分が複雑に絡み合う部分の調整を行うことが非常に重要になってくる。なかなか簡単にはいかなそうではあるが、今日現場を見たところによると本当に天井の解体工事を自力で終えていたのでまあ何とかなるだろう。きれいに積み重ねられた古い断熱材を見ているとこんなにもきれいに解体という作業が行えるものなのかと変なところに感心してしまった。終了後は事務所に戻って各現場の打ち合わせ。

2007/2/22

朝一番より西新井の家にて解体作業の立会い。思った以上に痛んでいる構造のどこの部分を再利用できる家などについての話し合いを行った。終了後事務所に戻り、与野の家のプラン打ち合わせ。1700万円という厳しい予算だけに以下に無駄な部分をなくしながら魅力的な家が作れるかについて話し合った。無駄をなくすというのにはいくつかの方法がある。まず考えられるのが各階のプランをそろえること。つまり単純な方形でしかも同形状で各階を作ることである。木造軸組み工法の場合はその構造が単純なら単純なほど部材の数や大きさを減らすことが出来る。しかも構造的にも強くなることは間違いない。安くなって強くなるのだからそのほうが良いに決まっている。今夜が一回目の打ち合わせということなのでまずはたたき台としてのプランになるだろう。
夜、地元の会合に出席して9時事務所に戻る。少々の雑務をこなし10時ごろ作業終了。

2007/2/21

朝9時、近所にある工場の中に間仕切壁を立てる工事を依頼されての現場調査。事務所から歩いて5分程度の場所なのだがなんとこの工場の中ではエアコンの配管ダクトやサッシのゴムパッキンなどを作っているということだった。こんなにも近くで樹脂建材を作っているとは思ってもいなかったので驚いた。町の中の工場でさまざまな部材が作られているんだな。それが回りまわっていろいろな商社を経由しながらますいいに入ってくるときにはきっと物の値段は何倍にも上がっているのだろう。すべての部材が一つの町で作られてそれを直接買うことが出来たらなどという幻想を抱いてしまうがそれはどだい無理な話。でもいつかそんな時代が来るのかもしれない。
打ち合わせ終了後大工の草間さんと一緒に西新井の家のリフォームの現場に向かった。西新井の家では解体工事がだいぶ進んでいる。昔の泥壁なので構造材を生かしながらの解体にはだいぶ手間取っているようではあるがこの作業も今週いっぱいで終わるだろう。それにしても昔の家の構造は恐ろしい。これで今まで良く倒れないで持っていたものだという感じなのだが泥壁というのもそれなりに耐力があるのだろう。竹を細かく編んで作られた壁も捨てたものではない。
12時過ぎに事務所に戻り西新井の家の現場計画など。夜9時過ぎ作業終了。

2007/2/19
だいぶ前に地元の商店街に対して提案していた駐輪場計画についての提案の依頼が再び訪れた。もうだめかとあきらめかけてはいたのだがきっとこういう話というのは議員さんとか商店街とかさまざまな利権が絡み合いながら先に進んでいくわけなので、結果忘れた頃に再び進むということになるのだろう。カタツムリの歩みというわけではあるがあきらめてはいけないということか。そういえば以前の橋のコンペの結果が出るまでに後1ヶ月というところまで来た。こちらの結果も楽しみである。
2007/2/17

10時烏山のリフォームの打ち合わせ。打ち合わせのたびにセルフビルドの部分が増えていくのだがようやく契約できるような状態までたどり着くことが出来た。それにしてもはじめは半信半疑だったセルフビルドをこの家のクライアントのOさんはいとも簡単にこなしているらしい。どうやらすでに2階部分の天井と壁をすべて自分で解体した模様。そんなハードな作業をバリバリこなしていくような風貌にはとてもとても見えないのだが人は見かけによらないとはこのことなのだろう。リフォームにかけるその熱意には本当に敬意を表したい。打ち合わせのほうは来週金曜日の再開をお約束して12時前に終了。
終了後は本郷にある箱の家のオープンハウス。設計者は難波氏。東京大学の目と鼻の先にある箱の家にはすでに多くの見学者が詰め掛けていてとてもとてもゆっくりと堪能できるような状態ではなかったのだが、その計算されつくした機械のような住宅の作り方には感服した。部材と部材がぶつかり合うところに本来あるべき目地などがなく、ほとんどすべてのものが直接的にぶつかり合っているように見えるそのディテールはその作り手の多大なる苦労を予感させるものであった。下にその写真を掲載する。
17時過ぎ事務所に戻って雑務。今日は土曜日。スタッフも半分が休みを取っているので少々早めに作業終了。


2007/2/16

トラックの荷台にはあふれんばかりの現場のゴミが積まれている。昨日の現場管理のときに積んできたわけだが、ここまで山積みになると見ているのがつらくなる。木、スタイロフォーム、石膏ボード、鉄、それぞれ分別していくわけだがそういう作業を自分で行うとやっぱりゴミは減らさないといけないと思うし、減らす方法もだんだんとわかってくる。ロスの出にくい材料の選定方法、再利用可能な材料の選定、そういうことを心がけながら設計をしていくのも確実に必要なことなのだろう。
先日SAITAという雑誌からの取材依頼があった。掲載されるのはまたまたさんかくの家。階段手すりを付ける予定で1月に訪問したのだが見るたびに魅力を増すような気がするこの家はなかなかの人気者だ。特徴のある敷地に素直に建てたさんかくの家の何が良いのか。思い返してみると何よりも良かったことは、建築の設計の中でやってみたかったことをやれたこと、そしてそれをクライアントが喜んでくれたことだ。簡単なようで難しいんだなこれが。
夜はスタッフ全員でフットサル。私はといえばひどい肩こりのため早めに休養。今週は本当に疲れた。

2007/2/15

今日から西新井の家の解体作業が始まった。現場には早朝から池上が足を運んでいる。何が飛び出すかわからない現場だけにたびたび顔を出さなければいけないことになるだろう。
私はといえば田村と一緒に浜田山の家の現場に。現場では尾形大工が窓枠の取り付け作業を行っている。昨日まで3日間かけて川口市の加工場で作り上げた部材をつける作業は当然慎重になる。現場の周辺にある6棟の建売現場のほうはすでに作業が終了していてこの界隈ではますいいの現場だけになってしまった。それにしても建売6棟というのはチョット異様な光景だ。まったく同じ家がここまで立ち並ぶと少し怖いような気がする。このあたりの土地の値段を考慮すればこんな建売でも6000万円くらいはするのだろう。どのような人が買うのだろうか。そして敷地の目の前の傾斜地の上のほうでも今まさに建売の建設が始まろうとしている。ここまでもが出来上がったら近所にある建築家の趙さんが設計した浜田山の家のクライアントの友人の家と浜田山の家だけが逆に異様に見えるのだろうか。いや、きっとアスファルトの道路の隙間に生えたタンポポのように最も美しく見えることだろう。

2007/2/14

朝一番で西新井の家の解体工事開始にむけた足場組み作業の工事立会い。のつもりで現場に行くも現場にはなぜか伊藤基礎工業の伊藤さんが一人だけ。どうやら肝心の足場屋さんはまだ現場に到着していないらしい。足場屋さんに連絡を取ったところ10時ごろには現場に来るというのでしばらく待つことにした。30分くらい伊藤さんと話をしているとじきに雨が降り出した。もともとあまり天気が良くないといっていたのだがここまで雨が強く降ると本当に足場組み作業が出来るのか心配になってくる。最終的には安全第一が現場の鉄則なので作業を行うかいなかの判断は職人さんたちに任せることにした。こういうことはわれわれがどうこう言うよりもプロの判断のほうが良いということだ。11時ごろ、事務所に戻り雑作業。引き続きRDRにて西新井の家の見積もり作業に入った。大規模改修工事ということで一度骨組みだけにしてみないとわからない部分がたくさんあるのだが、現時点では新築住宅だったらこの値段で出来るだろうというような見積もりを作るしかない。最終的にはそこに補修関係の金額が加算されることになる。
夜、依頼されていた雑誌の原稿を書き作業終了。

2007/2/12

今日は幸町の家に掘り座卓が設置された。この住宅ではリビングが2階に配置されている。対面式キッチンのオープンなリビングの中央部分にその堀座卓がある。タモの集成材で出来た厚さが60ミリの天板はなかなかの存在感。特注家具で制作したのだがこのようなものはやはり既製品ではなかなか難しい。天板の厚みとその板にふさわしい足の太さ、微妙なバランスでそのものの価値すら変わってしまう気がする。きっとこういうところがデザインの一番難しいところなんだろう。何より今日はこの座卓に満足した。

2007/2/10

今日は田村が浜田山の家の現場、山本と山崎は2年ほど前に竣工した浦和の家、池上は金物屋さんでユニットバスの架台の作成作業の手伝い、ということで事務所には誰もいない。現場管理をしているとなかなか事務所にいることは難しい状況になることも多いのだが、このように見事に誰もいなくなることも珍しい。10時、約束していたKさんご夫妻来社。家作りについてのご相談を受けた。なんでも奥様がひざの前十時靭帯手術という私とまったく同じ怪我でまったく同じ病院に入院したことがあるということでなんだか変な縁を感じてしまった。近くの現場と完成した中青木の診療所兼住宅をご案内して12時ごろ打ち合わせ終了。午後からはおととい打ち合わせをしたMさんの家の現場とKさんの家の現場を調査。与野とふじみ野を両方見たら帰ってくるまでに4時間ほどかかってしまった。7時過ぎ、RDRに向かい護国寺の家の見積もり作業。20時過ぎ作業終了。

2007/2/9

朝6時に事務所を出て市場に向かう。8時前に市場に到着し荷物の積み込み作業などを経て11時帰社。午後からは昨夜打ち合わせをしたMさんの家の計画について考えた。明日現場を見に行く予定なので詳しくはその後ということになるが、大まかな計画については整理できたと思う。

2007/2/7

10時幸町の現場にてTOTOサービス、小泉中央(商社)、そして大工さんに私という布陣での打ち合わせ。ユニットバスを吊り下げるための架台を梁に引っ掛けようとしたところ構造材と干渉してそのまま利用することが出来そうにないということで、特別に加工してもらえるように依頼するも、メーカーというところはそんな簡単な加工もしてくれないらしい。かなり粘って依頼し続けてみたもののメーカーとしての対応は出来ないの一点張りだったので、仕方なくますいいの金物屋さんで作成することに。
午後から烏山の家についての社内ミーティング、ほか。

2007/2/6

いよいよ赤塚の家の地下工事の現場に着手する日が近づいてきた。まだ契約を取り交わしたわけではないのであるが工事に向けた準備は着々と進めている。この赤塚という土地はかなりの高台である。敷地から数十メートル先にはかなりの高さを持つがけがありそこから高度は一気に下る。そういう場所なので地下を作っても水の心配は要らないし、地盤もかなり安定しているようだ。やはり地下室を作る場合には水と地盤の問題が一番気になるところ。よく昔に作られた地下室で中は湿気だらけ、カビが生えているなんて言うの話に聞くことがあるが、まずそういう心配は要らないであろう。最近の都市型住宅というのは狭小地に建てることが非常に多い。このプロジェクトの場合もそうなのだが20坪そこそこの土地に建物を建ててのびのびした家などは出来るわけがない。それでも開放的で、広々していて、快適で・・・そういう住宅を作ることは必ず求められること。そのときに地下室の容積率緩和規定というのはかなりの強い見方なのである。地下工事の金額というのはその掘削の深さによってかなり変わる。今回は最低限の掘削で済ませ、半地下状態にして地下室への採光にも考慮したものとした。地面の下のことなのですべての土地に向いているというわけではないが、今回のように条件の良い土地においては非常に友好な手段であると思う。

2007/2/5

最近現場から発生するゴミの量が昨年初めと比べると半分とまでは行かないが3分の2くらいまで減ってきた。何をしたかといえば、部材の発注時の数量チェックを綿密に行うこと、部材の使用方法についての打ち合わせを職人さんとよく行うこと、これくらいである。たったそれくらいのことで発生するゴミの量が減るのだからもっと早くやればよかったのであるが、これくらいのことが難しい。まだまだ改善できる点はたくさんあると思うので少しずつ手を打っていきたいと思う。ゴミを捨てるのは簡単なことだけれども、その処分されている様子を見ると背筋が凍る思いがする。それだけのことをしているんだという罪悪感を持って、少しでも環境に配慮しつつ建築を作ることにかかわっていきたいと思う。

2007/2/3

朝10時、烏山の事務所兼工場をリフォームして住宅として住む計画を進行中のO氏来社。やりたいことをすべてやるとかなりの予算オーバーになりそうという事で、セルフビルドを大幅に取り入れることになった。この場合工事を進めていく上での調整などが非常に難しくなりそうなのでどこからどこまでがセルフビルドで、この部分をますいいで行うというような線引きをしっかりと行わなければならない。その作業をこちらで行ったうえで再度お会いして打ち合わせをすることになった。それにしても見かけによらずそういった作業に対して積極的な姿勢をお持ちなので、このままやれば本当に理想の家が何とかできるのではないかとの期待を持つことが出来た。
2時ごろから少し時間が出来たので田村を連れて建築を見に都内へ出かけた。まずは表参道ヒルズ。出来上がって何度も外観を眺めたことはあったのだがはじめて内部に足を踏み入れた。チョット狭すぎる感じのする回廊形式のショッピングモールにはまっすぐに歩くのが大変なくらいの人がいる。それぞれのお店の中にも同じように人人人・・・。これはやっぱり来たのが間違いだった。隣にある昔の同潤会アパートが妙に安らぎを与えてくれる。
引き続き外苑前に移動。こちらは隈研吾氏設計の梅窓院。お寺と集合住宅の複合施設でガルバリウム鋼板らしきものによる格子が圧巻だった。
最後は南麻布の分とく山。こちらも同じように隈氏による設計である。外壁にはコンクリート製品らしきものによる格子状のデザイン。その素材の隙間から内部の様子が垣間見える。今回は素材の操作による和的感覚の出現を見たく建築訪問してみたのだが、コンクリート製品を並べただけでも和的感覚を呼び起こされるということには正直驚いた。繊細なものからの「垣間見え」ということに関しては木製格子もコンクリート製品による格子も変わらないのだろうか。

2007/2/1

今日から早稲田大学の建築学科より学生が一人オープンデスクに来ることになった。以前カンボジアに行ったときに知り合ったのだが工務店において作ることと設計事務所において設計することを同時に学びたいらしい。それならばますいいはうってつけだろう。
朝一番より幸町の家の現場にて打ち合わせ。勉強に来ているS君も一緒に連れて行った。建築現場に来るのは初めてではないようなので一通りのことを説明した後自由見学ということに。その間打ち合わせ、そしてゴミ処理作業。終了後S君を連れてゴミ処理施設に足を運んだのだが建設現場から発生した産業廃棄物が処理される様子を見たときはやはり圧倒されているようだった。私も始めてこの様子を見たときには大きな衝撃を覚えた。何か悪いことをしているような感覚さえも覚えた。現場から発生するゴミの量は意識次第でだいぶ変わる。2割くらい和簡単に減らすことが出来る。ますいいでもだいぶゴミの量を減らすことが出来るようになってきたが更なる工夫が必要だろう。
2時過ぎ、事務所に戻りS君をRDRに派遣。私はといえば、事務所にて雑務をこなした。

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