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12月
2007/12/29
今年もいよいよ今日で最後。確認申請が通らなかったおかげで現場が二つしか動いていないためいつもよい落ち着いた年末を迎えることになった。今日は朝から、市川市で家を建てたいという方の土地の調査に足を運んだ。市川といってもかなり南に位置するほうなので、船橋市と隣り合わせ。以前建てた家のすぐ近所であることに気づき、その当時たびたび通ったラーメン屋さんにて昼食をとった。それにしてもパーコイ麺と餃子のセットはもう重すぎた。5年前はぺろりと食べていたような気がするのだが、30才前後の5年間は意外と影響が大きいようだ。特に最近は運動不足な気がする。
そういえば先日、村松英子氏による三島由紀夫追想のうたを読んだ。三島由紀夫に育てられた女優から見た意外な一面が垣間見えるようでとても新鮮な思いのする本であった。その中で三島の水着姿が映されていたのであるが完全に負けている。明日からお休み。一週間ジョギングでも続けてみよう。ラーメンぐらいおいしく食べられないようではしょうがない。
それでは皆様、2008年度もよい年でありますように。
2007/12/25
午前中事務所にて雑務。昼前に田村とともに三鷹の桜井さん宅へ打ち合わせに出かけた。もともとは事務所で打ち合わせをと思っていたのではあるが、再度寸法を調査したい部分などもあったので急遽打ち合わせ場所を現場に変更してもらったのだが、やはりリフォームの場合はすでに建築されたものをどのように変更していくかということに主眼を当てた打ち合わせになるので現地で行うことが好ましいようだ。これからも事務所と現地とカワリバンコいう感じになるのだろう。
17時ごろ事務所に戻り、しばらく仕事を行った後19時ますいいで金物を購入している力屋さんににて打ち合わせ。21時終了の後帰宅。
2007/12/22
午前中、事務所にて船橋の家のプラン作成など。船橋の家の敷地は南4m道路となかなかに恵まれた条件で、久々の1階リビングプランになりそう。住まい手は雑誌のライターさんであり家にいる時間が普通の人よりも非常に長い。つまりこの家の主役は夫婦であり、またこれから20年間くらいはそこに二人の子供が加わるということになる。夫婦が仕事と暮らしを心地よくいとなむことの出来る住宅。そのバランスが大切なんだろうなと思う。
昼過ぎ、浦和のツキノミヤ神社で行われている骨董市へ。もしかしたら以前建てた宮代の家の施主の村田さんがお店を出しているかなと思いながら露店を練り歩いていると案の定村田さんを発見。睡蓮鉢を探している事を伝えると藍色の大きな睡蓮鉢を売っている露店の前に連れて行かれ、価格交渉をしてくれることになった。結果、18000円の値札がなんと7000円に。それにしてもその価格交渉のせりふは面白かった。露店の親父に向かっていきなり「これ邪魔だろ。」素人の買い物客にはとてもいえないせりふだ。
15時過ぎ、市川に家を建てる予定の森さん来社。土地の購入前のご相談ということであったのだが、河川敷の草原に面するなかなかよさそうな土地であったので購入を勧めた。年末には一度拝見することにしよう。
2007/12/20
今日は朝一番より浜田山の家の撮影第2弾。先日はチョット曇り空だったので今日の青空はなによりのプレゼント。朝10時よりの撮影ということだったのだが、その時間を利用して外部デッキの塗装を田村と二人で行うことに。このデッキは工事の際に自然塗料だけしか塗装していないのでキシラデコールなどの防腐剤を塗装したものよりも少々経年変化が早い。自然の色の変化というのは面白いもので、われわれが木の色だと思っているみずみずしい茶色というのは数ヶ月間の仮の姿なのだ。空気にさらされ、光を浴びていくうちに木の色は次第に灰色に近くなっていく。灰色と茶色を混ぜたようなその色こそ本来の木の色だ。この外観写真にはさまざまな色が映し出されている。自然の色だけで構成される風景はどこか懐かしさを感じさせているような気がする。

6時、事務所に戻りその足で新宿の居酒屋さんへ。今日は大学時代の友人との忘年会。2時、帰宅。
そういえば、浜田山の家に向かう前に近くにある阿佐ヶ谷の公団住宅を見学に行った。土地の持つ経済的な価値を最大限に利用しなければならない最近の再開発事業ではありえない低密度な配置計画に心和む思いがしたが、ここももうじき取り壊されてしまう。前川國男氏設計の住宅だけに惜しい気がする。

2007/12/19
昨日は護国寺の家の地鎮祭を行ったのだが、その護国寺の家の確認申請がようやく下りることとなった。木造3階建てというだけの理由でこれまでかなりの期間を要したのだがこれで一安心というところ。年内の地盤改良工事の日程を押さえているだけになんとか下ろしたいと考えていたのだが、工事のほうも無事進めることが出来そうだ。
2007/12/18
8時事務所を出て護国寺の家の現場の地鎮祭に。途中現場に立ち寄り和田を軽トラックから下ろし、9時に神社に神主さんをお迎えに出向いた。神社にはたくさんの銀杏の木が植えられている。銀杏の木はこの時期たくさんの葉を落とす。昨日の朝も二人の方がその落ち葉を掃いていたのだが、よく見ていると掃いていることは掃いているのだが、そのまま砂利の部分に綺麗に移動しているようだった。話を聞いてみると、「綺麗でしょう。」の一言。「こうしておくと葉が乾燥して軽くなるのよ」とも言っていた。落ち葉ひとつにチョット感動。
さて、神主さんを軽トラックに乗せ早速現場へ。現場には施主の小野さんの奥様もすでに到着している。ご主人は仕事の合間をということで少々遅れる模様。神主さんが準備をしている間にご近所さんへの挨拶をすませ、10時地鎮祭を開始した。とてもご丁寧な神主さんでこれまで経験した40件近くの地鎮祭の中で最も時間が長かった。でも余りにもスローモーな動きはチョットぎこちなかったような気もする。若い方だったのでそうなったのかな。
13時過ぎ事務所に戻り、以降事務処理など。

2007/12/17
朝7時ごろ事務所を出て護国寺の現場の地鎮祭準備へ。ようやく下りた確認申請といいたいところであるがいまだ下りず。おそらく今週中には大丈夫だと思うのだが一足先に明日地鎮祭を行うこととなった。8時30分ごろ現場の近くの大鳥神社に出向き、あらかじめお願いしておいた竹を受け取る。
これまで、ますいいの地鎮祭では私の独立当初の頃よりお付き合いのある地元の地主さんの裏庭に生えているものをささやかな手土産と引き換えに頂戴していたのであるが、この夏についに区画整理のため伐採整地されてしまった。というわけで、今は竹を切ることができるところがない。偽者の竹では余りに雰囲気がということで神社にお願いしていただいたのだが運よく頂戴することが出来た。どなたか、竹やぶをお持ちの方がいらしたら分けていただけないでしょうか。
11時過ぎまで、現場の縄張り作業やレベルの設定を行い12時事務所に戻った。以降雑務。
2007/12/16
今日は朝から東京国際フォーラム広場にて行われている骨董・古道具市に出かけた。風がとても冷たくあまりゆっくりと見ることはできなかったのだが、感じのよい朝鮮製?の花器を購入。本当かどうかはわからない、というよりたぶんうそだと思うのだけれど品のよいその姿に一目ぼれしたのだからまあよしとしよう。ちなみに、九千円のところ値切って六千円也。これもまた良くわからない。

2007/12/15
9時事務所を出て、東船橋駅へ。手持ち無沙汰なのでキオスクで本を買い、電車の中での読書を楽しみながら向かった。11時過ぎ、わたなべさん、不動産屋さんと待ち合わせをして購入を検討している土地を見に。30坪ほどの南側道路に面した土地で、ちょうど日差しが既存の住宅を照らしている。南側に作られた庭に植えられた蜜柑や金柑の木にはさんさんと光が注ぎ、なかなかに魅力的な土地であった。既存の家屋を再利用できないものかといろいろ検討してみて回ったものの、地盤のゆるみから来る住宅の傾きが大きく断念することに。ためしにガムテープを転がしてみるところころとすごい勢いで転がっていったので、たぶん5センチくらいは傾いているようだった。
見学を終え不動産屋さんに東船橋まで送ってもらい、ワタリウム美術館へ。ワタリウムでは現在南方熊楠点を行っている。その中で、心・物・事に関する記述があったが、建築にも通じる非常に興味深い内容であった。つまり、物の研究をするとか心理の研究をするとかではなく、物と心理が合わさったときに起こる事、つまり人の行為のようなものを研究したいということなのだけれど、建築、住まい手の心、そしてその住宅の中で繰り広げられる暮らしといいかえると、私たち建築家が考えていることに非常に近い考え方に思えたのである。設計者が作り上げる建築、そこで生活する住まい手の心、この二つが上手に融合してこそ初めて魅力的な暮らしが生まれるのであってどちらがかけてもそうはならない。そういう魅力的な暮らしを作り上げるための設計手法というのは、適度な距離感とか会話とか価値観の共有とか・・・いろいろ言い方はあると思うけれどやっぱり相性のようなものがあってそれがぴったりと合うことなんだと思う。そういう建築になるような思考の過程というものが非常に大切なのだとも。
そんなことを考えながら一路事務所へ。
2007/12/13
浜田山の家が竣工して数ヶ月。今日は雑誌「住まいの設計」の撮影を行った。
「綺麗すぎるものはいや」というクライアントの言葉通り、家の中には拾ってきた家具や、手作りの小物がたくさん並んでいる。漆喰やモルタル、杉板などの素材の味を最大限生かした建築と、クライアントのライフスタイルがとってもよくあっている。
そういえば最近、北欧系の古い建築とアンティーク家具などが載っているインテリアの雑誌に出ているような住宅が欲しいというお話をよく言われるが、この感覚は消費社会に対する抵抗だ。物を消費すると同時にまるで自分も消費されてしまうような現代社会において、自分が生きる棲家を自分たちのアイデアと工夫で作り上げること、これこそが本当に生活することなのだという思いである。
モルタル・杉板・漆喰この建築に出てくる色は、肌触りはこれらの数種類の自然素材しかない。これらが時間とともに変化する様子と、すでに時間の経過とともに魅力を増したさまざまなものを融合させることで、消費するのではない生活する場としての家が作り上げられているのだと思う。
15時過ぎ事務所に戻り、雑務ほか。

浜田山の家・リビング
2007/12/12
午前中は事務所にて雑務。13時、6日に続き三鷹の家の改修工事の桜井さん来社。引き続きプランの打ち合わせを行う。今回は展開図を用意しての打ち合わせとなった。改修工事の場合は既存の部分がどのように変化するかが重要になってくるのだが、打ち合わせをしているうちにだんだんと既存からの変化が大きくなっているように感じる。まあこれくらいなら何とかなるか。
2007/12/9
昨日に引き続き終日告別式に参加。
2007/12/8
13時ごろ、川口市安行にある植木屋「改良園」に室内で楽しむための植物を見に行った。安行は昔から植木栽培の盛んな地域で、たくさんの現地販売所のようなお店がある。その中でも改良園は品種も多く、値段もお手ごろということで人気のお店のひとつだ。今日は室内用の観葉植物ということで、おなじみの「青年の木」「シナモン」「エバーフレッシュ」の3点を購入した。
夕方、親戚のお通夜へ。昔からお世話になっている私の父のいとこのお父さんがなくなった。父のいとこは木型屋さんという、川口市の地場産業である鋳物の型を作る昔ながらの職人さんである。その工場はますいいの事務所より徒歩5分という近所で、ここで仕事をするようになってからも何度も公私共にお世話になってきた。仕事の相談をするようになってからのほうがむしろ大人と子供の関係で遊んでもたっていたころよりも親しくなったように思う。工場にはいつも父のいとこのお父さんがいて、昔話をねたに必ず話しかけられた。いつもいつも同じ話をされた。お前のオトウサンハ・・・から始まる小さな物語を聞き終えるまでにはいつも必ず1時間はかかった。その話は何度も聞いているのでもう聞きたくはないのだがうれしそうに話をしてくれる老人と接している時間が私は大好きだった。そんな貴重な老人がまたひとり逝ってしまった。
ここ最近は忙しさにかまけてあまり工場に足を運んでいなかった。もうあの話は聞けない、そう思うともう一度行っておくべきだったとちょっと後悔した。
2007/12/6
午前中事務所にて雑務。13時、三鷹の家の改修工事を相談されている櫻井さん来社。プランを含め全体的な打ち合わせを行った。古い木造住宅の前面改修工事となる予定だが、このような場合にはプランの打ち合わせに新築このときよりも神経を使う。既存の柱をなるべく抜かないように、また既存の耐力壁を動かさないように、はたまた開口部の存在するスパンを変えないように、さまざまな制約の中で進めていかなければならないのではあるが、これもまた面白い。
改修工事の場合は、工事の内容に精通しているということが必要条件になってくる。なんせ壁の中身は見ることができない。天井の中身も壊さなければ見えない。それでも壊す前にプランの打ち合わせを行わなければならないのだから、後は予想するしかないのである。来週再度打ち合わせの予定。そろそろプランが固まるだろう。
2007/12/5
10時30分、田村とともに早稲田大学石山修武研究室へ。古きよき建築を次の使い手に受け継ぐ「よみがえる家」を来週雑誌「Lives」で告知する予定なのだが、またこのプロジェクトの協力者として石山修武先生が名乗りを上げてくれた。というわけで、今回の告知では開拓者の家の写真を掲載することに。
この開拓者の家というのはちょうど私が生まれた年1974年に工事が開始された。施主は正橋正一氏。20台半ばだった彼がある雑誌で見た河合健二氏の自邸を見て相談に行ったところ、当時川合氏の元に通っていた石山氏を紹介されたということだった。

この家はコルゲートパイプという材料で出来ている。これは排水工事などに使われる建設資材で、強度が高く軽い。つまりセルフビルドにむいている。正橋氏はこれを組み立てるところから、内部の造作工事までほとんどすべての工事を自分で行ったそうだ。石山氏も言っていたが、当時だったから出来たことだろう。ちなみに工事に要した期間は実に12年。なかなか出来ることではない。まさに開拓者なのだ。
なぜこの家はこのプロジェクトの代表になるか。
この「よみがえる家」のプロジェクトは消費社会に対する挑戦である。
今の社会では住宅を含め、すべてのものは消費されている。古くなったものは捨てられ、新しいものへと交換される。
この開拓者の家は、一人の個人の手によって12年の歳月をかけてこつこつと作られたものだ。自分の生活を作り上げるために自分の手によって作られたものである。そこに消費という概念は存在しない。そして今も姿を変えながら、正橋氏の生活を作り上げるために使われ続けている。作られ続けているのである。消費しすぎている社会に対する警鐘として、この建築の持つ凄みには圧倒される。
住宅という建築がひとつの世代で取り壊されてしまう消費物になってしまったことにはさまざまな理由が挙げられるだろう。木造という腐りやすい構造が主流であること。一時期物資の不足する時期に行われた安価な劣悪な工事や手抜き工事。しかし、壊されている住宅の中にはまだまだ利用する価値のあるものがたくさん含まれている。それらの建築を取り壊すことなく、これまで作り上げられてきた建築の魅力をさらに増してともに生きる。これこそがこれからの社会に求められる姿なのではないかと思う。

2007/12/3
10時30分、大学時代の同級生である添田、スタッフの田村とともに春日部駅前の中古住宅改修工事の下見を行った。この仕事は添田の設計の下にますいいが施工を行うというものだ。施主は美容院をこの場所で開業する。春日部駅前で開業するという夢を持って添田とともに駅前を歩いていたところ、たまたま見つけたのがこの家ということだ。まさにこれは運命的な出会いだろう。しかも賃貸なのに自由に改装してよいという話はそうざらにはない。
築40年近いこの家はなんともいえない魅力を持っている。古いけれどおそらく丁寧に使われてきたのであろう。デザインも悪くない。たまたまの連続で立ち上がった非常に魅力的なプロジェクトだけにぜひ成功させたい。

2007/12/1
今年もいよいよ12月。これまでは3月完成の工事でばたばたしていることが普通だったが、今年は建築基準法の改正問題で現場のほうはさっぱり暇である。その代わり設計作業のほうは大変だ。確認申請が終わらないと工事に入れないということでてんやわんやの状態である。こういう年がたまにはあってもよいと開き直って、今年はゆっくりとした年末を過ごしたい。
11時、茨城県にて家を建てたいとのHさんご夫妻来社。以前石下町で家を建てたことがあるのだが、その現場からすぐ近くの土地を購入したとのことであった。ご主人はセルフビルドを積極的に行いたいと話していた。はじめはほとんどすべての工事を自分で行おうと思っていたらしいが、出資者であるお父さんに反対されたそうだ。まあ確かにほとんどすべてをというのはかなりの覚悟がいることは確か。基本的技術を習得しながらというのでは1年はかかることだろう。そこで、ますいいいに足を運んでくれたわけであるが、ぜひ一緒に家作りを行いたいと思う。
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