2006年

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2006/12/25

朝一番より浜田山の家の現場に向かう。上棟後約1週間ということで屋根工事までの工程がほぼ終わりを迎えている。現場についてみると山内板金さん、大工の尾形さん、水道屋の奈良さんが作業をしている。この家の屋根は勾配が急だ。人が普通に歩くことはチョット怖くて出来ない。そういう場合は屋根に沿った足場を組む。これを屋根足場と呼ぶのだが、下の写真のような状態になっている。このパイプにつかまりながら自由に歩くことが出来るということなのだがなれないとなかなか怖い。屋根屋さんは何気なくこのパイプの足場を支えにしながら屋根を歩き回っていたが、私にはまねすることは出来なかった。
実はこの屋根勾配は町でとてもよく見かける勾配である。なぜかというと、第1種高度地区による北側斜線制限によって定められた勾配だからだ。首都圏で家を建てる場合はこういった規制が必ず付いて回る。よほどのお金持ちで土地がものすごく広い場合は関係ない。でもそんな人はますいいいには来ない。大体30坪くらいの土地にめいいっぱい建てることになるわけで、そういうときの北側斜線制限といったら本当に邪魔なのである。だからぎりぎりいっぱいにその制限に沿って屋根をきる。するとこういう急な屋根が出来上がるというわけなのだ。町の景観を決める要素にはさまざまなものがあるが法律というのはヒジョウに大きなウェイトを占めている。それはこのような屋根の形にも表れているのである。

 

2006/12/22

午前中は幸町の家の現場にて現場管理。大工作業の次第に進んできて今は石膏ボードを貼っている状況。この家の場合は2重に張ることになっているので普通の家より倍の時間を要する。なぜ2枚も貼るかというと準防火地域で木造3階建てを建てるために必要な防火構造であるからである。こういう感覚は実際に火災の現場を見たことがないとわからない。私は以前火災のあとの改修工事を行ったことがあるのだが、石膏ボードの威力はなかなかすごい。木材はすべて燃え尽きているというのに石膏ボードの壁や天井はそっくりそのまま残っていた。この火災のときは3階の寝室が出火場所で隣の部屋では赤ちゃんが寝ていた。3階には赤ちゃんと若いお母さん以外誰もいなかった。なんか煙たいということで若お母さんが赤ちゃんを抱いて2階に逃げた。それを聞いた大お父さんは数分前に自分の消したタバコのとこを思い出して3階に駆け上がった。そして寝室の扉を開けてみるとその中は炎の海だった。すぐに自分での消火を試みるも手にやけどを負い断念。後は消防車に任せることになった。こういう現場を見ると石膏ボードの威力を思い知る。現場の設計者はそういうことを十分承知して設計に取り組んでほしい。
夕方より面接。17時過ぎまで。
18時ごろ川口駅前にてキャンドルナイトに参加。ろうそく1000本をともしてひと時の安らぎ。

2006/12/21

午前中は事務所にて雑務。昼ごろから山崎と森さんとともに川口市内にある橋の欄干の下見に出かけた。普段何気なく通り過ぎている端ではあるが意識的に見るとそれぞれなかなか面白いデザインが施されている。その時代その時代の特徴を現すデザインは見ていて飽きないものであった。

2006/12/20

今日は昨日のますいい忘年会の二日酔いを引きずり午前中はまったく仕事にならない。久しぶりに記憶がなくなるような酒の飲み方をしてしまった。午後、材木屋さんの古屋さんと打ち合わせ。最近の材木の値上がりは尋常ではない。なるべく抑えてもらうようにとの採算の交渉もむなしくますいいの仕入れ価格もどんどん値があがっていく。たとえばコンパネの値段は中国での需要の高まりやインドでの需要の高まり、さらには東南アジアでの森林伐採の制限などが重なり値が上がっているということ。そして先日はフロアリングの商社からも関税がどうのこうのという理由で2割の値上げを宣告された。需要と供給のバランスによって物の値段は決まるわけだが、今は明らかに供給量が追いついていない。そしてその消費を支えているのは日本ではない。最近のガソリンなどの燃料費の高騰を見てもそうなのだが、われわれと関係のないところでの出来事によって確実にわれわれに影響を及ぼすような世の中の仕組みの中生きているとの実感がわいてくる。
夕方、モリチュウの森氏と打ち合わせ。年明けに川口市で開かれる橋の欄干のコンペに参加することになった。打ち合わせ終了後、駅前の焼き鳥屋にて軽く食事を取り11時過ぎ帰宅。

2006/12/18

午前中は事務所にて年賀状・見積もりなどの雑務。年賀状などを書き始めてしまうと今年もついに終わりかの感が強くなってくる。ゆったりとした時間の流れを感じながらすごすことが出来る日々はだんだんと少なくなっているような気がする。ソローの言う言葉の意味が次第に強くわかり始めた。というわけで今日はゆったりとすごすことに決めた。午後、画材屋さんに足を運び木版画の道具を買い込む。柔らかいシナの板3枚、彫刻刀数本、バレン、版画絵の具3本、ローラー、カーボン紙一袋。早速2階に上がりどんな絵を描こうか悩み始める。いざ描こうとしてもすぐにアイデアが出てくるものでもないので普段から書きなれている建築などでまず一つ目の版を彫ることにした。約4時間ほどの作業を経てほぼ完成。まだまだ人に見せられるものでもないような気がするがなかなかの充実感だった。

2006/12/16

内装仕上げについて考えてみた。
内装仕上げの素材というのにはいったいどのようなものがあるだろうか。思いつくものから順番にあげていくとビニルクロス(850円〜)、ペンキ(一般にEPと表記されるもので1800円)、シナ合板(大工さんに貼ってもらえば材料だけなら850円)、漆喰塗料(2500円)、板張り(3500円)、左官による漆喰(3500円)、珪藻土(2500円〜)、タイル張り(12000円〜)、・・・などがあげられる。ほかにもまだまだあるのだろうがコストやさまざまな条件によって制限されている中で設計していると、それほど自由に選択できるわけでもないので大体の建築では上記のものから選ばれるということになる。
それではそれらの選択条件はどのようなものか。 材料によって変わるものを対比してみよう。
自然素材と人工的なもの。
燃えないものと燃えるもの。
汚れの付きにくいものと付きやすいもの。
色のあるものと白いもの。
やわらかいものと硬いもの。
暖かいものと冷たいもの。
安価なものと高いもの。・・・・

これ以外にもまだまだあるのだろう。そしてこれらの条件は家を建てる人によってさまざまに変わる。私には私の好みがある。クライアントにもそれぞれの好みがある。自分の好みを考えてほしい。そして一生住む家だからこそ心の選択を大切にしてほしい。

2006/12/15

10時、13時と新入社員面接。今日は浜田山の家で明日の上棟作業に向けて土台敷きが始まった。この家は床を支える根太、屋根を支える垂木が化粧で表されているので普通の木造よりも組み立てる時に神経を使う。構造として組み立てた状態がそのまま化粧として見えてくるからである。その作業を明日に控えているということで現場には今日も一日中田村が行きっぱなし。昨日もそうだったがきっと明日もそうなるだろう。杉並区ということで行ったり来たり出来る距離ではない。まあ仕方がないな。

2006/12/14

午前中は事務所にて雑務。午後より幸町の家の現場にて詳細納まり打ち合わせなど。

2006/12/13

PSP漆喰
今日はセルフビルドに重宝できそうなPSP漆喰という大谷塗料さんから出している製品の説明を受けた。この材料は漆喰に若干の樹脂を混入したもので石膏ボード面やクロス面などに直接塗ることが出来る。漆喰といってもかなりやわらかいペースト状になっているためローラーやスプレーで施工することが出来るということだった。さすがにセルフビルドとなるとスプレーは持っている人がいるわけもないのだが、ローラーでの施工が出来るという点は非常に魅力を感じる。たとえば天井などこれまでの漆喰では素人になかなか施工できなかった部分でもローラーならば何とかなってしまうのである。調湿性や棒カビ効果など自然素材ならではのよさを手軽に取り入れることが出来る材料としてこれからの利用を考えていきたい。

2006/12/12

午前中は幸町の家と浜田山の家の詳細部分収まり検討。途中材料運搬など。最近材料の運搬をすることがたびたびあるのだが軽トラック1台では物足りないということで古い中古車の1.5tトラックを購入した。現場までの材料の納入や、ゴミの引取りなど物を運ばなければいけないときには重宝しそうなのだが、ますいいのスタッフたちのことだからなれないトラックの運転でどこかにぶつけてくることだけが気がかりである。

2006/12/11

朝一番より船橋の家のメンテナンスの下見に出かけた。船橋の家は約4年ほど前に建てた家で洗面室にタイルを張っていほしいということと外部デッキのメンテナンスをしてほしいということだった。外部デッキは杉で作られている。これまで2回ほどキシラデコールを塗ったということなのだが手すり格子の材料が細すぎたためか少し腐食が進んできていた。まだ持つとは思うが多少のメンテナンスが必要であろう。
2時ごろ事務所に戻り弥平町の家のすぐ近くのKさんの土地の調査に出かけた。今日まで気が付かなかったのだがすぐ近くというその敷地は弥平町の家からわずか50mほどのところにあった。たまたま見た家の設計事務所を捜し当てて依頼してくれたKさんには本当に感謝したいが、そのような家を建てさせてくれた弥平町の家のクライアントであるHさんご夫妻にも感謝したい。このような個性的な住宅が待ちに立ち並ぶとき本当に豊かな町並みが出来ることだろう。

2006/12/10

日曜日。昨日は少々飲みすぎた感があり10時ごろまで目を覚ますことが出来なかった。布団から出て重たい頭を引きずりながら2階のリビングに下りるとすで見子供たちは食事を済ませ絵を描いて遊んでいた。熱い風呂を沸かしじっくりと湯につかる。次第に体があったまり血が通う感触を味わい、目を覚ましてから軽い朝食をとった。12時過ぎには家を出ていつものラグビーグランドに息子とともに出かける。グランドに降り立つとなんとなく気分が変わる。まあ息子とおんなじ幼稚園児を10名くらい指導するわけなのだから自然とテンションが変わってくる。今日は特にほかのコーチ陣が不在ということで一人きりでスタート。途中ぞろぞろとコーチ陣登場。これでようやく開放されると安心してチョット休憩。14時30分より大人のクラブの練習開始。思いっきり走って汗を流すのはやはり気持ちが良い。17時ごろ帰宅。夜、何気なくつけたテレビでラストサムライを見た。明治維新時の移り行く日本人像とそれについていけない昔ながらの日本人である侍。その侍の美学を描いた作品なのだが、そういえばこの作品が日本で急に武士道とか愛国心などと叫ばれるようになったきっかけのような気がする。アジアの中で中国に次ぐナンバー2の地位を確立し、完全なる独立国家としてのアイデンティティーを持って行動するためには、国民一人ひとりに日本人としての固有性を植え付ける政策が必要なのはわかるのだが、そしてまたそのキーワードとして武士道という精神が用いられるのもわかるような気がするのだが、どうしても違和感を感じざるを得ない。ともすると流されやすい日本人という国民性にとってこういうキーワードひとつによって意識をコントロールすることは軍国主義的な間違った方向への転換の可能性をやはり感じてしまう。映画や本、そして最近のメディアがこぞって武士道などの精神を取り上げるようになったのがこのハリウッド映画の後だとしたら、その精神までもをアメリカにコントロールされているのではないかなどという疑いまで持ってしまう。内容はともかくとして、ハリウッド映画のスケールはすごい。日本の時代劇などでは見たことのないアングルで描かれる騎馬戦などはなかなかのもの。これだけの予算をかけて日本の精神性を描いてくれるアメリカに日本人のコントロールという下心がないわけはないのだろうナ。

2006/12/9

午前中事務所にて雑務。12時ごろ事務所を出発し練馬のSさん宅に訪問。今現在たっている家の庭の部分に新しい住宅を新築してほしいとの相談なのだがその現在の家というのがなかなか良い。先日下見したときも良い家だなという予感はあったのだ今回この家の設計者が浜口ミホというわが国初の女性建築家であると知って納得した。調べたところによると、わが国初の女性一級建築士となった浜口ミホは、女性ならではの視点で住宅の改善に尽力したとのこと。女性として主婦としての目で「台所の改革」を提唱し、現在は主流のステンレス流し台を住宅公団に採用し、普及させたのも浜口の力であるということだ。内部の様子をしばらく拝見させていただいたのだが、ピアノを置いていたという部屋の吸音に配慮した装飾の壁、そして光を取り込む木製の建具などなかなかに良い。築40年の古さをあまり感じさせないものであった。
夕方、川口市の弥平町の家のすぐ近所で新築を計画されているKさん来社。これまでは土地の分筆計画などで手をつけられない状況だったのだが、正式に設計を依頼された。以降雑務。
夜9時ごろよりスタッフと食事。

2006/12/8

10時シャープ小松氏来社。ソーラーパネルについての説明第2回目。実際の導入シュミレーションなど。以降見積もり作成作業。

2006/12/6

午前中はRDRにて赤塚の家の見積書作成。この家は18坪の土地に建つ地下1階地上2階建ての木造住宅。絵に描いたような狭小住宅だがプランを見るとその狭さを感じさせないようなものに仕上がっている。土曜日の打ち合わせに向けてしばらくはこの作業が続くだろう。それにしても今の見積もり作業はヒジョウに気を使う。というのも中国の建材需要の高騰によって日本の建材も日々値上がりを続けているからである。1ヶ月で1割値上がりなんていうのも珍しい話ではないので慎重な価格調査をしなければいけない。
13時ウッドワン小川さんとの打ち合わせ。
夕方より再びRDRにて見積もり作業。

2006/12/5

朝一番で金曜日にご相談にこられた方の土地の調査に出かけた。場所は北浦和。ますいいのある川口市から車で約30分ほど北に向かったところだ。京浜東北線の線路の近くの閑静な住宅街でまだ別の住宅がたっている。周囲を見渡すと2階建てくらいの古い住宅が立ち並びところどころに建て替えられた新しい家がある。ここで、ピアノ教室をやる予定ということだったがこの町並みに調和してさらに町のシンボルになるような建築にしたいと思う。帰りに与野にあるドイト。現場で利用する金物を捜し求めていたらこんなところにまで来てしまった。しかし近所の建築金物専門店にないようなものでもドイトに来ればあるのだからホームセンターの力は本当に侮れない。まだまだプロとして利用するには満足いかない点ばかりではあるのだがいずれはわれわれが購入するレベルまで上がってくるのであろう。すでに変わり始めている建築の世界の流通ではあるが今後加速度的に変革が起こるような気がする。その最先端の販売所としてすでに整備されているホームセンターを利用しない手はないと思う。エネルギーの変革においてガソリンスタンドが利用されることが期待されているようにホームセンターもまた地域のアンテナショップとしての役割を担っていくことだろう。

2006/12/4

月曜日。事務所では田村が忙しそうに現場の手配などを進めている。土地の問題でなかなか手をつけることが出来なかった浜田山の家が無事着工し、現在は基礎工事の真っ最中。年末のあわただしい時期なのでなかなか職人さんの段取りをつけることが出来ないのだが何とか年内には上棟まで進行させることが出来そうで一安心。
夜、「なぜ同胞を殺したのか―ポル・ポト 堕ちたユートピアの夢」という二人の取材者による本を読んだ。カンボジアを訪れた際に純粋に誰もが思うであろう疑問、「なぜ同じ国の人をあれほど大量に殺さなければいけなかったのか」ということを当然私も感じたわけだが、その答えが少しだけわかった。そして、こういった虐殺までもが国際関係の微妙なバランスの中で放置されてしまうこともあるということに驚いた。ソ連よりのベトナム軍によって首都プノンペンより1978年ごろ追放されたポルポト政権を米ソ冷戦下のアメリカや日本はポルポトが死亡する1998年ごろまで支持していた。誰の目にも明らかな悪と思えることでも、その時代のもっともらしい理論によっては正義とすりかえられてしまう。今アメリカがイラクでやっていることも同じことのような気がするが、数十年後には21世紀の汚点として取り上げられる日が来るだろう。時代に左右されない本当の正義などというものは存在しないのだろうか。

2006/12/2

10時よりTさんご夫妻来社。新しく家を建てたいとのご相談。昼から幸町の家の現場にて大工さんとの打ち合わせ。この家ではラスカットという建材を利用している。この建材は指定された方法で使用すると筋交いを入れたのとおんなじ壁倍率4倍になるという優れものなのだが大工さんの話ではなかなかの効果だとのこと。こういった感触は実際に手を動かしている人に聞くのがたぶん一番正確なのだろうと思うので一安心。16時、Sさん来社。セルフビルドで自分の家を建てたいということで鉄骨の構造体まで作ってほしいということだった。なかなか面白そうでもあり難しそうでもある仕事なので少々考えてからお返事しようと思う。19時、Oさんご夫妻来社。烏山で小さな事務所兼倉庫を住宅にリフォームしたいということでいよいよプランが固まってきた。ヒジョウに良いのセンスをもっている方たちなのですでに自分たちの理想像のようなものは出来上がっている。これを何とか形にすることが今回の難しいところ。来週中には一度図面を整理しようと思う。

2006/12/1

昨日は「室内」という休刊になってしまった雑誌の編集をしていた阿部さんという方が取材に来てくれた。何でも今はさまざまな雑誌のライターをしているそうで、そういった場面では室内時代に培った経験が役に立つのだろう。
今日は午後よりSさんという北浦和に家を建てたいという方の相談。
16時よりSHRPの方と小泉中央の遠藤さんが来社。かねてより導入を検討していたソーラーパネルの説明を受けた。現在日本の電力事情は約30%を原子力発電に頼っている。そもそも原子力発電にしても火力発電にしても自国内で取れる資源というものはまったくないわけであるので、食糧自給率40%という以上にエネルギー資源に対する日本の状況は危ういということになる。これまで導入を再三試みては来たもののあまりにも高いパネルの料金に足踏みしていた。しかし今回提案されたものではこれまで認識していたものよりかなりコストが落ちている。また、住宅ローンとは別組みのソーラーのためのローンを用意することも出来、これにより利用しやすさも出てきた。まずは自社屋上に設置してみる。それからはますいいで建てる家にも普及させていこう。



ソーラーパネルのサンプル

 
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