2006年



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2006/10/31

午前中は幸町の家、中青木の診療所兼住宅の現場進行チェック。中青木の家もいよいよ足場を解体する準備に取り掛かっている。幸町の家は基礎工事の真っ最中。どちらも重要な工程なので慎重なチェックが必要だ。10時過ぎ駅前リリアにて打ち合わせ。13時、山内板金さん来社。幸町の家の板金工事について見積もりの依頼と納まりなどの詳細部分の打ち合わせを行った。15時、福田さんご夫妻来社。この方は土地を購入してダンス教室兼住宅を建設する予定である。今回はふじみ野市の土地を購入される決意を固めての来社であったが、希望の地下+2階建てというのは少々厳しそうであった。それでも木造3階建てなど工夫をすれば何とかなるのではないかとの方針を立てこのまま進めることに。予算が厳しいのでまたまたセルフビルドなどの工夫が必要だろう。

2006/10/30

午前中浜田山の家の設計打ち合わせ。申請作業に取り組んでいるのだがなかなか一筋縄ではいかないようでたびたび役所に足を運ぶことを強いられている。現在の状態のままで許可が下りるかどうがヒジョウに微妙になってきているが何とか役所の担当者の説得を続けたい。それにしても建築基準法という法律はその運用自体でどういう風にでも変わることの出来るもの。住宅の場合はそこに住む施主と近隣住民に対する設計者としてのモラルのなかで、適切な判断をしていかなければいけないわけだが、見解が役所と異なるものになってしまった場合はなかなかすり合わせが難しい。今回のテーマは建築面積に入らないすのこ状のデッキについて。最終的には隙間の寸法まで話し合いになりそうだが個人住宅で大きなテラスがほしいという今回のような要望にたいしてそこまで細かいことを言わなくてもというのが正直な感想である。

2006/10/27〜29

朝11時より友人の結婚式に参加。披露宴、食事会と参加し夜10時ごろまで。今回は初めて海外の挙式というものに参加させてもらったが日本の挙式と違い家族とごく親しい友人だけのこじんまりとしたもので、なかなか良いものだった。ハワイの結婚式と聞いてはじめはそのちゃらちゃらした言葉の響きに反感を持ったこともあったのだが、実際に経験したときのなんだかここにいる人全体が本当にこの結婚自体を祝っているようなまとまりのある感覚というか、本当に幸せな空気というかそんなものを味わってしまうと、そうまでしないと呼ぶ人を絞りきることの出来ない今の日本の結婚式の風習自体に多少の問題があるのだと思った。もうかれこれ何年も会っていない人やまたこれからも死ぬまであわなそうな人まで、もしくはお互い休みの日に会いたくもない職場の上司などすべての人を呼んでお披露目をする必要もないわけで、その点わざわざ海外まで足を運んでくれるごく親しい友人たちに自然と絞り込むことの出来る海外挙式は大変良い方法なのである。
終了後ホテルに帰ってダウン。

翌日早朝、日本へ向けて出発。29日夕方帰国。

2006/10/26

午前中、材木屋さんの家の森田氏と小ミーティング。午後より大学時代の友人の結婚式に参列するために成田空港へ向かった。18時ごろ4人の友人が集合しチェックイン。20時過ぎの飛行機に乗ってハワイに向けて出発した。
予定より2時間ほど遅れて朝10時ごろハワイ着。飛行機の中でほとんど寝ることが出来なかったので少々眠い。到着後食事を取り、ホテルに荷物を置いてビーチへ向かう。せっかくハワイに来たのだからとビーチで日光浴をするも足の裏を切ってしまいまもなくホテルに退散した。夜はバイキング形式のレストランで食事を取りそのまま明け方の4時ごろまで久しぶりに会う友人との話を楽しんだ。

2006/10/24

今日中青木の診療所兼住宅の現場で外壁の一部に杉板が貼られた。この杉板は見た目は普通の板なのだが実はとてもすぐれたつわもの。何がすぐれているかっていうと、実はこの板は燃えないのである。杉なのに燃えない。これを聞くとそんなばかな!!と思うかもしれないが、本当のお話。燐酸処理という薬剤処理がなされていてバーナーで燃やしても20分以上は発火しないそうである。
それではなぜこんな板を外壁に張らなければいけないのか。別に普通の板でよいではないか、と思われる方もいるかもしれない。しかし、今の住宅地には防火地域とか準防火地域とか災害を防止するための規制がされていてその規制によると外壁財の防火性能まで決められてしまっているのである。
では、気になるお値段は?実はこの杉板は普通の何にもしていない杉と比べると約3倍のお金がかかる。つまり薬剤処理するだけでただのどこにでも生えている普通の杉がまるでチークやウォールナットのようなお値段に変身してしまうのだ。これには小生もショウショウ驚いたが、今はその値段を出さないとどこにも売っていないのだから仕方がない。きっと需要が伸びれば徐々に下がって行くだろうと期待するばかりなのである。

2006/10/23

昨日の夜から風邪を引いたようで体調がすぐれない。熱は何とか37度まで下がっていたのだが大事を取って近所のかかりつけの上の病院に出向いた。先生はまた風邪を引いたのかと少々あきれたご様子。確かにそういわれてもおかしくないくらいに頻繁に風邪を引いているような気がする。それもいつも子供たちが幼稚園からもらってきたやつを。何とかしなければと思いながら一日お休み。

2006/10/21

朝9時より川口市本郷にある森田様宅にて第1回目のプレゼンテーション。60歳のご夫婦が住む家とあってどことなく懐かしいような雰囲気の漂う家を要望された。
懐かしい雰囲気とはいったい何か。その雰囲気を作り出すものにはさまざまな要素が考えられる。
まずは素材。この家では材木屋さんの家ということもあるが杉材をふんだんに使用する予定である。そして壁には漆喰を少々ざらざらに施工する予定だ。ツルツル過ぎるのはいやだというクライアントの言葉を大切にした結果ではあるのだが、肌触りの柔らかい漆喰もまた懐かしい雰囲気を作り出すひとつの要素になるのだろう。
次に考えられるのが屋根である。日本の建築における屋根というのは本来切り妻や寄棟などの特徴的な形を持つ。それらの形には見るだけでノスタルジックな雰囲気にさせてしまうほどの力があるといっても過言ではない。そして逆にモダンな建築にしたい場合にはこの屋根が邪魔な存在となることも建築を好きな方ならば既知の事実であろう。この家では道路に対して大きな片流れの屋根をかけた。道路から見ると建築から大きく張り出した屋根の下にポッカリ穴が開いていてその通路を通り抜けると中庭に出るようになっている。中庭には奥のボリュームにかけられた寄棟の屋根がこれもまた人の背の高さくらいまで大きく張り出している。その結果、この家に入る人には2回の屋根を感じるチャンスが用意されているというわけだ。
そしてこの家でもうひとつ考えたこと。それはくぐってはいるということである。玄関へのアプローチで道路側に張り出した大きな低い屋根をくぐることで、家に入る動作に心の変化をももたらすだろう。
これらの建築による操作はすべて昔ながらに行われてきたこと。門をくぐり、大きな屋根を見ながらそれぞれのゾーンに移動するそのシーンの展開に日本建築のよさというのは凝縮されている。そのよさを現代住宅に取り込むとどうなるか。そこが今回のテーマになりそうだ。
まあ細かいプランに対しては少々の手直しを要求されたのでもう一度考えてみよう。

2006/10/20

午前中は浜田山の家の見積書作成作業。午後1時30分、クライアント来社。第1回目の減額交渉ではあるのだがこれまでに何度もメールなどのやり取りをしてきたために比較的スムーズに話が進行した。最終的な契約までにもう一度無駄な部分がないか入念な検討をすることにしよう。
終了後旭トステム株式会社の技術担当者来社。サイディングを用いた塗り壁工法について少々打ち合わせを行った。

2006/10/19

午後1時より幸町の家の契約。石井さんご夫妻が事務所に訪れ契約作業を行った。石井さんは私の事務所から歩いてわずか5分のところで、川口の伝統産業である鋳物工場を経営されている方で現場もそこからわずか5分程度のところにある。工務店は地元に根付いて仕事をするのが一番であるとは思うのだが、ここまで近くで依頼されると本当に感謝の念しか浮かんでこない。
夕方より埼興産業黒澤氏来社。ラムダサイディングについての打ち合わせ。ラムダサイディングというのは中空の押し出し形成セメント版であるが最近では外壁財としてかなりの利用をされるようになっている。メーカーのほうでは無塗装での使用を推奨しているようではあるが、汚れの付きやすさなどを考えるとウレタン塗装品のほうがよさそうである。

2006/10/14

今日はいよいよ弥平町の家の足場解体作業。朝一番より現場に向かい足場の解体前の点検などを行った。終了後事務所にて幸町の家の契約書作成作業や浜田山の家の見積もり調整作業など。夕方再び弥平町の家の現場を確認。

2006/10/13

午前中は幸町の家の現場で地鎮祭を執り行った。川口市にある氷川神社の権禰宜、高野氏の下とても心静かな雰囲気の中無事終了することが出来た。13日の金曜日の大安吉日というのもなんだか不思議な感じがする雛のではあるが、やはりそこは日本人、大安吉日のほうをとるのが自然なのだろう。午後からは浜田山の家の打ち合わせ。さまざまな要望をまとめ上げては見たものの大幅な予算オーバーのため、かなりの減額案を提示することになった。来週まで持ち越して相談を続けることになるだろう。

2006/10/12

午前中は各現場の打ち合わせなど。午後よりYESの吉田氏来社。建築構造についての話などを少々。終了後RDRにて浜田山の家の見積もり作業など。

2006/10/10

午前中は恒例となりつつある中青木の診療所兼住宅の現場における打ち合わせ。上棟から約2ヶ月がすぎ現場のほうもだいぶ形になってきている。あと1ヶ月ぐらいたつとほぼ完成というところまで進むことが出来るだろう。
昼過ぎ、リリアで行われている義村京子さんの個展を見に行った。吉村さんは日本画の作家さんなのであるが、これまで彼女の絵を見ているときに感じた感覚というのはなんとなく少女マンガっぽいというか、素直に受け入れることの出来ないものだった。今回の個展では仏像彫刻をやっているお父上の幸氏との親子展という形をとっていて、吉村さんもこれまでにない仏画というジャンルに挑戦していた。会場に着き、吉村さんの仏画とお父上の仏像が並んでいる姿を見ると不思議なことにこれまで彼女の絵を見たときに感じた感覚をまったく感じなかった。というより、なんともいえぬ重さを感じるような空気が私の体に寄りかかってきたのである。古いお寺に行ったときの感覚、ローマの教会に行ったときの感覚、どれと一緒というのではないが確実にただ絵を見ているときの感覚ではなかった。今盛んに表現されている現代アートの中には理解しやすいものとそうでないもの、好感を感じるものと嫌悪感を感じるもの、つまりこれといった規制のない中で個人の表現というものを行っている状態の中の、言ってみれば何でもあり。しかしこうした中でも変わらぬ価値を表現し続けている人もいて、私の知人の中では高野浩子さんという彫刻家などはその典型なのである。変わらぬ価値というと古臭いことのように感じてしまうかもしれないが、やはり変わらぬ価値というのは変わらぬ価値で、古いも何もないのだと私は思う。そして今回の個展で吉村さんの絵が強い響きを私に伝えてくれたのもまた、この変わらぬ価値をもつ対象を表現したからなのではないだろうか。でもやっぱり吉村さんの描く仏様は吉村さんの絵の中からしか出てこれないもの。この絵の中にいる仏様を見ていると前に見た少女マンガっぽい世界の中のその少女がその絵の中から飛び出してきて、まじめな顔をして座禅を組んでいることに気がつくのである。そしてその少女とお父上のまじめな仏像のコントラストがこの企画展の一番の見所であろう。

2006/10/9

体育の日の今日はあちらこちらで運動会が開催されている。私の息子の幼稚園の運動会はすでに昨日行われた。少々きつい風が吹き荒れていたが、雨に降られることもなく無事すべての演目を終えられたので良しとしなければならない。大勢の親たちに見守られている中で演技をしている子供たちの姿はとても幸せそうだった。何も知らない子供たちにこれからも代わることのない平和な世の中を何とかもたらしてあげたいものだ。それが親の世代の人間たちの究極の責任なのではないだろうか。
午前中は各プロジェクトの打ち合わせを行った。特に幸町の家の見積もり作業については来週の契約に向けた大詰めとなっているため慎重な話し合いを行った。まだ照明器具の選定など若干の変更は出そうではあるが大方はこれでよいだろう。
午後からは先日川口市民ギャラリーで行った作品展示の後片付け。大勢の方々が見に来てくれたようで芳名帳もいっぱいになっていた。この企画は中国より招いた子供たちの作品と日本の子供たちの作品を展示し、また両国の子供たちによるワークショップを行うことで日中関係の友好化を狙ったものなのではあるが、今非常にタイムリーな話題だけに一般の方々の来場も多数合ったのであろう。それにしてもこのような市民ギャラリーの集客力はすごいものだ。ますいいRDRで行う企画点では考えられないほどの人々が見に来てくれる。アートを利用した町おこし運動は現在さまざまな地域ですでに行われていて、うまくいっているところもあれば運営状況が非常に悪く瀕死の状態のところもあるわけであるが、それほど予算のかからない市民ギャラリー運営の見本となるようなものになっていけばよいと思う。決して大きくはないこのギャラリーでもゆうに100人は収容できる。昨日の日曜日に行われた私のいとこによるワークショップも30名の子供たちが集まったそうだ。なかなか期待できそうな施設だけに今後の運営を誤らないでほしいと切に願うばかりである。
夜、井筒和幸監督の「パッチギ!」鑑賞。この言葉の意味は突き破るとか頭突きという意味だそうだ。今はあまり感じることのない朝鮮人と日本人の問題。正直私の世代にとってはそれほど強く意識することはなかっただろう。それほどまでにお互いが融和したのかもしれないし、うまく処理されたのかもしれない。しかしその時代その時代には確実に、さまざまな形でのこのような対立があり、それは当事者同士のぶつかり合いや融和の中からしか解決の糸口など見出せないのだろいし、結局は個人の問題なのかもしれないという気がする。国の政策によって作られた対立を無責任にも当事者同士の解決のレベルまでほったらかす国も国だが、国には出来ないこともあるのであろう。その国には出来ないことも一人ひとりの人間の対話のなかでは出来ることもある。そう今回の日中友好アート事業のように草の根的な活動も決して意味のないものではないようだということに確信を持つことが出来た。

2006/10/7

今日は朝から弥平町の家の養生はがし作業。現場の床を覆っていた養生材をはがすとそこにはまだ木の香りがつんっとにおってきそうな新しい松の床板が張られている。厚みが21ミリもある床板だけに歩いていると弾力があるようなやわらかさで、きっとはだしで暮らすのが一番良いのだろうなと感じるような家に仕上がっていた。濃い茶色に塗られている家具もラワン合板に塗装仕上げで作られているとは思えないほどの存在感で家全体の表情を豊かにしているようだった。クライアントから支給された照明器具も取り付けられ、同じくすでに取り付けられたクライアントがデザインしたステンドグラスと並んでいる様子は、その住まい手の意思のようなものをあらわしているようだった。


終了後は事務所にて昨日の続きの元郷の家のプラン作成などをしていた。夕方、同じく元郷に住む方より家作りの相談を受け敷地を拝見。親戚の持つ敷地の一部を買受けるという予定なのだがまずはどのように分割して購入するかを決めなければならない。来週の火曜日に役所のほうでの調査をした後に結論を出すことになるだろう。

2006/10/6

今日は朝から川口市の元郷にある材木屋さんの家のプラン検討。材木屋さんの家とあって当然木をふんだんに使用した家となるわけだが、100坪ある敷地も狭く感じるくらいに要求される部屋とそのボリュームが多いのでどのように敷地に対して配置をするかで頭を悩ませた。
途中コンテナハウスを作りたいとの方来社。少々お話。
終了後引き続き元郷の家のプラン検討。

2006/10/4

午前、幸町の現場の縄張り作業。終了後引き続き幸町の家の最終見積もりのまとめなど。

2006/10/3

午前中は中青木の診療所兼住宅の現場の1階に使用した置き床下地についてメーカーとの協議。メーカーの指定どおりに施工したのではあるがいまひとつ床の剛性にかける点が気になり仕上げの施工をする前にメーカーの見解を聞いてみた。メーカーとしてもベターリビングの製品検査に合格してはいるものの確かに床下地としての剛性が足りない点を認めてくれて、メーカーの負担で剛性をあげるための樹脂ボンドの充填と下地合板の3枚張りの施工をすることになった。このメーカーはジョウトウテクノスという大阪の建材メーカーなのだがわざわざ大阪から打ち合わせに訪れた点や改善策を前向きに検討してくれた点などを考えると非常に良い対応をしてくれたといえよう。書類上の仕事の内容には何の不備もないがこのように現場における問題点を事前に見つけ出し、より大きな問題に発展する前に対処したスタッフの池上の成長を感じた。現場の管理をするということはそういうことだ。図面どおりに出来ているからよいというのでは管理者は本質的に必要ない。そこにあるものが本当に必要とされる機能を発揮できるかどうかを見極める目を養うことこそ本当に必要なことであると思う。
午後、大宮のソニックシティーまでパスポートの受け取り。引き続きRDRにて山崎との打ち合わせ。夜は田村とともに浜田山の家の見積もり作業と詳細部分の打ち合わせを行った。今回の浜田山の家では2階に在来工法によるお風呂を作ることになっている。そもそも在来工法のお風呂を2階に作ることにはかなりの抵抗感を感じざるを得ないのではあるが、クライアントの強い希望とあって挑戦することにした。具体的にはステンレスの缶体をプールのように作ってしまいそのうえに在来の風呂を造作する予定。万が一漏水した場合にそのプールの部分が2次的な防水層となり下階への被害を防いでくれるだろう。
夜、久しぶりに家で過ごせる時間を得られたので三谷幸喜監督の「THE有頂天ホテル」を見た。大晦日の夜にあるホテルで繰り広げられるさまざまな出来事やその偶然のつながりを描いたドラマだがなんだか見ていてほっとするような小さな感動の連続を味わえる映画だったと思う。日常的なジンセイの中でふと運命的に思えることがことがおきる偶然というのはこれまでも味わったことがあるが、この映画はまさにそんなジンセイの中の偶然というものを感じさせるものだった。見終わった跡にこれまで建ててきた家のクライアントたちの顔が自然と浮かび上がってくるとともに、なんとなくまたお会いしたくなったのはまさに三谷監督の才能のなせる業だろう。

 

2006/10/2

今日は事務所にて中青木の診療所兼住宅の現場管理打ち合わせ。外壁の左官仕上げ、1階の置き床の施工などの詳細についての話を担当者の池上と行った。引き続き山田と幸町の家の契約図面作成についての打ち合わせ。先日確認申請を提出したばかりなのでその訂正を終了してから契約図面を最終的に作成するように指示。引き続きその他プロジェクト打ち合わせを行いながら一日を過ごす。

2006/10/1

10月初めの日の今日は、地元の団体の活動に参加。この日の活動は川口市にあるワークショップなどをするために作られたギャラリーで、中国から招いた子供たちと日本の子供たちによる共同制作活動をするというものだった。会の講師には川口市で子供向けのアトリエを営んでいる有泉先生という方が招かれ子供たち約80人を前に奮闘していた。
日本と中国ということで非常にタイムリーな国際関係友好化のためのワークショップであるこの企画ではあるが、この日の活動を通じて感じたこととしては子供たちには国際関係なんて言う言葉はあまり関係がなさそうだということだった。少なくともマスコミで報道されているような問題意識を感じるような場面はまったくといってよいほど存在しなかった。そこにいたのは、ごく普通の子供たちであり言葉が通じなくてもメールアドレスを交換したりお互いが持ってきたプレゼントを交換したり、日本で見かける日本人の子供同士の普通の光景とまったく変わらない光景が見て取れたのである。
それに引き換え大人たちは・・・。この行事を通じてかかわった人たちの口からもう中華料理は食べたくないという声が聞かれるほどにお互いが見栄を張りお互いが譲らない。もしかしたら大人たちのためのワークショップにしたほうが良かったかもしれないな。

 
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