| 2006/7/22
午前中はRDRにて三鷹の家ほか各プロジェクトの打ち合わせ。10時中青木の診療所兼住宅の現場にて杭工事の施工立会い。ここ数日間続いた雨のせいで約1週間ほど工程がずれ込んでしまったのだが、こればかりは誰に文句を言っても始まらない。なにせ、日本中でこの長雨の被害を受けて大勢の人の命が奪われているほどなのだから、今無事でいられるだけでも良いと思わなければいけないのだろう。これも異常気象か。先日環境問題の講演を聴講した際に、石油資源はあと40年、ウランでさえもあと70年ほどで枯渇するという話を聞いた。先行きの不安感から子供を作らないということも少子化のひとつの原因であるらしいけれど、3人目がもうじき生まれるという私としてもこの子達の将来が今と同じような生活が送れる環境のもとにあるのかどうかを考えると大きな不安を感じてしまう。エコライフデイというイベントが行われてその際に何万トンという二酸化炭素の削減に成功したという話を聞いたのだがこういう全国規模での活動がますます盛んになっていくことが早急に求められるのだろう。 明日の中青木の診療所兼住宅のくい工事を行うべきかどうかについて午前中協議。天気予報によれば明日は曇りということ。考えた末、決行することに決定した。それにしてもここまで雨が続くと工事をどう進めてよいのやら悩みこんでしまう。 2006/7/18 朝からHP再編作業の打ち合わせ。3年間使い続けたデザインももうしばらくで刷新されることになる。11時all about編集部の工藤さん来社。新しいサイトのオープンに向けた打ち合わせなど。終了後しばらくRDRにて打ち合わせ。その後事務所に戻り中青木の診療所兼住宅の工事準備作業など。 2006/7/17 世間は3連休だというのにますいいではいつもどおりに事務所を開いている。こういう日はなんとなく町の中が静かなような気がする。午前中は事務所にて各プロジェクトの図面チェックなどを行う。12時ごろ家族を連れて近くのいろりの里という炉辺焼き屋さんへ昼食に。まだ幼少のころ親戚一同で集まるときといえばここに連れて行かれた思い出の場所なのだが、ここ10数年足を運んだことはなかった。あるクライアントが打ち合わせのアトに家族で食事に行くということでこの場所を選んでいたことがきっかけでまた今度行ってみようかと思い出したのだが、久しぶりに来ると子供のころの感覚とはまた違った目線で物を見ることができてなかなか楽しい。料理を汽車が運んできてくれることで有名なお店なのだが、それを見た子供たちは私がこの子達と同じくらいだった頃したのと同じように汽車を見ることに耽っていた。電車が大好きなそのクライアントのお子さんもきっと大はしゃぎをしていたことだろう。 2006/7/14 朝10時30分、SYM慎さんとキッチンメーカーの方が打ち合わせに見えた。約1時間ほどの打ち合わせのあと、慎さんの紹介でますいいのスタッフになった山田と一緒に4人で昼食に。山田と慎さんは千葉大学時代の先輩と後輩の仲で、久しぶりの再開となったようであった。終了後は基礎屋さんの家中青木の診療所権住宅、弥平町の家の各プロジェクト図面確認作業。
2006/7/13 10時より、基礎屋さんの家の地鎮祭に参加。現場に着くとすでに伊藤さんご一家と大工さん、そして神主さんも準備を終えていた。神主さんは私の家も氏子としてお世話になっている青木町の氷川神社さん。よく知っている顔ぶれの中で和気藹々とした地鎮祭を執り行った。昼ごろに事務所に戻り各プロジェクトの図面チェックなど。夕方幸町の家の打ち合わせ。プランについて多少の変更を行ったので確認していただき、いよいよ実施設計に入ることになった。
2006/7/12 10時ごろ大和町の家の伊藤さんと西川口の駅にて待ち合わせ。山本を含めた3人で安行にある改良園さんに庭に植える植木を選びに足を運んだ。改良園には日本ではなかなか手に入れることが難しいような外来種なども含めて常時多くの樹木が展示されている。今回はそのような珍しい樹種ではなく、ヒメシャラとつつじを選択した。買い物の途中造園屋さんと少々立ち話をした。その造園屋さんは私と同じ年くらいの改良園の社員さんのようで本当に植木を大切にしているようだ。そのときに聞いた一言の中に「家作りの最後に木を選びに来るのではなくて、人の生活に彩を与える木をきれいに見せることができるような建築を植栽デザイナーと一緒に考えていけばよいのに。」という言葉があったのだが、木を見ているとそういう家作りをするのも悪くないなという気になった。でも、それなりの庭があっての話でなかなか都内の狭小地では難しい話ではあるのだが。昼ごろより、中青木の診療所兼住宅の縄張り作業。池上と一緒に約2時間ほどの作業を行った。夕方は、引き続き契約作業。その後雑務。
2006/7/11 午前中、事務所にて雑務。11時ごろ川口駅前の江南春にて川口地区稲門会会合に出席。12時45分、西新井の佐竹さんのご両親の家に向かう。佐竹さんからは数日前にお電話にて連絡をいただいたのだが、築40年の古い家をリフォームして新しくしたいということであった。現場についてみるとさすがに40年というだけあってかなり古い感じがした。1階が印刷工場になっているのだがそこにある印刷用の機械がまたなんともいえない味をかもし出している。この機械はお父さんのこだわりのドイツ製の機械らしいのだが、処分してしまうというのはなんとももったいない。ふと考えると、家も本来こういう味をかもし出すものでなければいけないんだと思う。古くなったら即解体して建て直すというのではなんともさびしいではないか。そういうい目で見てみるとこの古い家の油のしみこんだ床板や、ひびの入ったモルタルの外壁も、そしてノスタルジックな外観の形までなんとなく愛着のわくものに見えてきてしまった。とはいえ古くなって壊れてしまっている構造などきちんと作り直さなければいけないところはあるわけで、簡単な仕事ではないだろう。古い家のリフォームのひとつのモデルのようなものにしたいと思う。17時、幸町の家の打ち合わせ。プラン変更少々。
2006/7/10 朝10時30分ごろ松本さん来社。松本さんとは早稲田大学の石山修武研究室でであったのだが、その当時は石山研究室のベテランスタッフであった。今は独立して川越で設計事務所を開いている。12時ごろまで話をして、近所の定食屋で食事を取り13時ごろ分かれた。打ち合わせ終了後は幸町の家、基礎屋さんの家の進行状況の確認ほか雑務。 2006/7/8 午前中11時ごろ一年ほど前に完成した東川口の家に点検と相談のために訪問した。内容としてはサンルームにブラインドをつけたところブラインドと内開きの網戸が干渉してうまく動かないという相談と、敷地境界部分に塀を立てたいということ、そしてガレージを作りたいという件であった。約2年ほど前から売り出されているその敷地は今回の計画地を含めて6区画ほどある大型の分譲地であるのだが、今回見に行ったときにはようやく3区画目が建設中であった。よくこれだけの長スパンで販売をしていると思うのだがよほど気長な地主さんなのだろう。約1時間ほどのお話をして東川口の家を出発。一緒に来てくれていた電気屋さんと一緒に行きつけの中華料理屋さんにて昼食。事務所に戻ってからはコンテナの整理。ますいいには二つのコンテナがある。そのうちひとつが資材、道具置き場に利用されているのだが1ヶ月ほどたつといつの間にか足の踏み場もなくなってしまう。そこで、今回は3年以上動かされた形跡のないものを思い切って処分することにした。もらってから一度も使っていないコンプレッサー、藁すさ、軽量土壌、どれも思い出深いものではあるのだが場所にはかえられない。もしも大きな倉庫でもあれば保管しておきたいものばかりなのだが、この近辺で大きな倉庫など借りたらそれこそ大変なことになってしまうのであきらめよう。17時ごろ終了。その後雑務。21時ごろスタッフ全員と山崎と一緒に近所で食事。今週から来ている山田君もだいぶ事務所の雰囲気に慣れてきたようだ。 2006/7/5 午前中〜事務所にて雑務。夕方17時より幸町の家の打ち合わせ。今回で2回目のプラン提出となるが大方のことは決まりそうだ。次回の打ち合わせに向けて1/30程度の模型を作ることにした。 2006/7/4 幸町の家のプラン作成。希望をすべて取り入れた設計をするとどうしても少々大きすぎる家になってしまう。これもいつものことなのだが今回は予算に余裕がそれほどないので再度つくりなおすことにした。明日より幸町の解体工事が始まる。10月からは工事を進めなければいけないので早々にまとめなければいけないだろう。 最近セキュリティーについての対策を求められることが多くなってきている。セキュリティーというといくつかの傾向が考えられる。誰もが思いつくのが塀や門などを利用して家中を要塞のようにグルリと囲い込む方法。つまり要塞形式。この方法ではセコムなどの防犯対策とあわせて侵入者を防ぐとともにもし侵入者があった場合にもすぐに警備員が駆けつけられる状況を作り上げることを求められることが多い。最近分譲されているマンションなどを見てみても、玄関にオートロックが付いていることなどはすでに当たり前で廊下や階段などは防犯カメラで常に監視されるようになっている。マンションとは程度の問題に違いはあるものの、住宅の場合でもオナジことで、1階の窓には防犯あわせガラスを使用し、玄関ドアにはディンプルキーのダブルロック、そして下手をするとどこかの部屋に逃げ込めるように鍵つきの鉄板でできたふすまが内蔵された家などというのもどこかのハウスメーカーのカタログで目にしたことがあるくらいだからやはり要塞形式が時代の主流なのかもしれない。私が設計する場合でもクライアントの要望に合わせてある程度の対策は採るようにしている。先ほど書いたようなガラスや格子などはそれほどコストがかかるものではないし、侵入者にとっても心理的な抑止効果につながるであろうという理由でたびたび利用している。ちなみにアルミサッシについている既製品の格子などはひとつわずか1万円程度で購入できる。効果のほどはさておき、コスト的にはこれ以上ないくらいに安いものなのだ。 しかしこれまで書いたような防犯対策がいったいどの程度の効果をもたらすのかと考えるとショウショウ疑問を感じてしまう。確かに視覚的な効果というのは期待できる。ひとつの鍵より二つの鍵のほうがアケにくいし(バアイによっては3つの鍵をつけたこともあるのだが)、窓に格子が付いていればガラスを割っても中に入ることはできないわけで、同じような条件の家が二つあったら入りにくいほうの家は避けるのが泥棒の気持ちというものだろう。しかしそれだけではないような気がする。 私の家のバアイ2階も1階も鍵はひとつだし、1階の事務所などはワズカ5ミリのガラスによって外部と仕切られているだけだ。敷地の周りを囲む塀など存在しないし、ゲンに毎日たくさんの近所の子供たちや散歩帰りのお年寄りが庭につながれているラブラドールのレトリバーのゴン太と遊びにやってくる。子供たちの中には2階の住宅部分に上がる階段をアスレチックか何かと勘違いしているヤカラもいるようで、数人で徒党を組んでやってきては私に怒鳴られて帰ってくということを何度も繰り返しているかわいいワルガキ達もいるほどだ。私の家には85歳になる私の祖母と、私の両親、そして妻と子供二人、さらに家の中にポメラニアン、外にはラブラドール、つまり毎日合計7人と2匹が生活している。さらに1階部分は事務所として利用しているので朝から晩まで常に5〜6人くらいの人が出入りしている。さらに立地状況にもひとつの工夫がある。三角形敷地に建っている私の家には死角というものがほとんど存在しない。大きく開いた南側には大きな集合住宅がありそちら側には常に百人以上の廊下を行き来する住人達の視線が存在している。これだけ人に見つかる可能性の高いところで侵入しようというのは、よほど肝の据わった強盗くらいのものだろう。 このように防犯対策といってもさまざまな手法があるのである。。商品として発表しようとするとどうしても説明しやすいグッズ関係に走りがちで、また消費者もそういうものに引き寄せられやすいものではあるのだが、自分の家とその回りの様子をちょっと見てみてほしい。いくら格子をつけても誰の目にも見られることなく、周りには人っ子一人いない状況では、バール一本で簡単にこじ開けられてしまうということを忘れないでほしい。今の時代は他者を排除する傾向が強すぎる気がする。個人の住宅なのだからアル程度の排除は当然だ。しかし三角の家で、私は敷地の中に公共通路を作ってしまった。これは母と娘二人で暮らす家にとって玄関前の通路を近所の人の毎日の通り道にしてしまうことで、周辺環境との強い結びつきと防犯効果を期待したからである。現にこの通路は毎日本当にたくさんの近所のおじさんおばさん、そして数人の知らない人に利用されている。そしてこの玄関以外にこの家に侵入できる開口部は存在しない。つまり1階部分に窓はほとんど設けていないし、あったとしても小さいものだけにした。光は家の中央に設けられた吹き抜けを通して空から降り注ぐ。ワズカに開けられた窓から入る風は吹き抜けを通して空へと抜けていく。 世間を騒がせる物騒な事件が多発している。毎日ニュースを見るのが怖いくらいで、子供を持つ親としては許しがたい話もたびたび耳にする。しかしこのような状況を変えていけるのは決して防犯グッズではないのである。建築的には敷地と家族構成、そのほかさまざまな状況に応じた工夫をすること、そして根本的には自分の住む町を生みやすい町にして行こうという意識を住んでいる人たちが持つことこそ唯一の解決策なのではないだろうか。 2006/7/03 朝一番より基礎屋さんの家の確認申請書類をビューロベリタスジャパンに提出した。同時に大和町の家の完了検査書類を受理。最近この確認申請の手続きに要する時間がだいぶ長くなってきている。一連の構造郷土偽造事件における審査機関の審査ミスを防止するためなのだろうが、きっと今の状況が当たり前の状況だったのだということだろう。「一日で申請を下ろします」というようなダイレクトメールがつい最近まで来ていたことを思えば、このような事件があったおかげで日本の建設全体のレベル向上につながったといえる。本日より弥平町の家は基礎工事に入った。天気予報を見ると今週いっぱいはあまり良い天候は望めなそう。まあ、あまり無理をしないで進めていくことにしよう。 |