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2006年
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2006/6/29

8時30分板橋の家の現場に向けて山本と一緒に事務所を出発。現場に着くとすでに大工さんと塗装屋さんが作業をしていた。塗装屋さんの作業は本来なら1週間前には終わっているはずなのだが職人さんが不足しているということでなかなか工程どおりに進めることができない。一人の作業が遅れればさまざまなからみの中でほかの職人さんの作業まで遅れ始めて今日などは、大工さんと塗装屋さんと山本が3人でオナジ場所で作業をしているという非常に困った状況になってしまっているのである。家を作るときには約20職種の職人さんたちの共同作業によって進められていくのであるが今回のこの現場では塗装屋さんの作業の遅さが非常に目立つ結果となってしまった。設計、現場と進める中で私たちはすべてのことをマネジメントしなければいけない立場にいるわけでこういう状況を見逃しているようではまだまだということだろう。頭ごなしに怒鳴りつけても何も解決はしない。工程管理やそもそも約束を守るということの大切さを根気強く説いていくしかないのである。11時ごろから現場で大工の尾形さんと大工工事の仕様についての話し合いをしようと近くの公園に行き約1時間話し合った。15時ごろ事務所に戻り16時より大工さん、大東木材さんを交えての打ち合わせ。その他雑作業。

2006/6/28

中青木の診療所兼住宅の最終作業など。

2006/6/27

朝から各プロジェクトの進行状況のチェックなど。午後からは一時RDRにて山崎と中青木の診療所兼住宅の打ち合わせ。夕方より基礎屋さんの家の最終見積もり確認作業。今回の見積もりにはクライアントの了解も大方得られたようでいよいよ2週間後よりの工事に向けて確認申請などの準備に入ることになった。
先日の土曜日に久しぶりに大学時代のラグビー部の同級生にあった。この日は年に2回のOB戦で調布にある電気通信大学のグランドに集まり、現役の選手たちを交えての試合をした。試合が終わった後同級生の一人に住宅についての相談を受けた。NTTに勤める彼はいまマンションを探しているそうだ。予算は大体3500万円くらいを想定しているらしい。いくつかの新築マンションを物色しに行っているとその予算で購入可能な地域というものが大体決まってきて、自分の今の生活スタイルにあったあるひとつの物件は気に入って申し込みをしたが外れてしまったということだった。
そういう状況の彼に聞かれたのはこの予算で一戸建てに挑戦できるかどうかということだ。この挑戦は100%無理な相談ではない。現に三角の家では東京都板橋区の成増の駅から徒歩10分くらいのところで3500万円で土地建物を完成させている。この住宅はさまざまなメディアにも取り上げられているが、住まい手が大胆な取捨選択をしていけばこの予算で一戸建てを建築することも決して不可能ではないのだ。でもこれは大胆な取捨選択をしたら、の場合である。たとえば三角の家の場合は敷地が16坪しかない三角形だ。車を止めることはできない。でも住まい手が車を持っていないのだから今回の場合は駐車場など無用の長物なのである。また住宅の1階はモルタルの床である。フロアリングを貼ることを考えたらこちらのほうがずっと安い。壁はリシン吹きつけ。内部の壁は石灰クリームをセルフビルドで施工した。そのときにはクライアントの友人など大勢の助っ人が現場に来てみんなで作業をした。素人の作業によるものだがいわれて見れはそんな気が・・・くらいにはきれいに仕上がっている。
このように家というものは案外簡単に作れるものなのである。しかしそれはあくまで住まい手が大胆な取捨選択をした場合の話。最近巷で騒がれている住宅の性能というものには数え切れないくらいの種類がある。思いつくものをここであげてみると、「通気層の確保による壁内結露の防止」、「屋根、壁の断熱性能」、「防音性能」、「自然素材」、「サッシの結露防止」、「外壁の防汚効果」・・・・とても数え切れないのである。それぞれの性能は大手のハウスメーカーなどがそれぞれの商品についてうたい文句として提唱しているものである。そして住宅性能保証協会などが出している工事仕様書の冊子などにもすべてではないが同じようなことが書いてある。確かに上記のようなことをすべてクリアしていれば何の問題もない家が出来上がることは間違いがない。保証協会などがこういう無難な性能を求めることは十分理解できることである。そしてハウスメーカーという存在も大多数の一般人を相手に商売をしている団体なのであるから上記のような性能をうたい文句に活動することは当然なのだ。事実数ヶ月前のGAという雑誌にはハウスメーカーのトップが建築家に依頼するようなニッチの客層を相手にすることはできないというような発言をしていたと記されている。これは、上記のような大多数の人に受け入れられる性能の取捨選択をしようとする人を相手にしたらハウスメーカーの一番の強みである生産物の同一性による合理化の追求ができなくなるということを考えると当然の発言だ。そして今盛んに売り出されているマンションというものもこのハウスメーカーの考え方とまったく同じなのである。
今の一般的な客層が何を気に入るのか。豪華なシステムキッチン?システム収納?床暖房?・・・巧みな販売戦略を立てるディベロッパーによって組み立てられた夢の箱は訪れた人の目を間違いなく釘付けにしてしまう魅力にあふれているのである。新聞広告に入れられるチラシもまた夢の箱計画を訴えるのには十分な効果を発揮している。そして多くの人は3000万円台後半から5000万円台後半の大金を支払って数百世帯が同じような設備を使い、同じような景色を見て、同じような行動パターンに押し込められてしまう夢の箱を購入し、そこで生活を送ることになる。
なんて書き方をするとまったく否定しているかと思われてしまうがそうではない。大多数の人に受け入れられる生活を想定して、ベンリで、キレイで、ほかの人とオナジといういかにも日本人好みの生活様式はひとつの時代を構築するのに値するれっきとしたシステムなのであるから、全否定などできるわけがない。しかし私が言いたいのは、
「こういう否定的な見方もできるということを一度認識すること」
そして「自分がいったいどのようなライフスタイルを望んでいるのかをじっくりと考えること」
の2点なのである。私は石山の言葉を借りて「自分の家は自分で建てる」ということをよく言うのだが何も自分の家を自分が大工さんになって建てるということを言っているのではない。自分の生活の基盤である家というものを本当に真剣に見直すチャンスというものは人生の中にそれほどないのだ。社宅に住んでいるときにはそんなことを考える間もなくどこかのマンションかもしくは寮に放り込まれてしまう。その場合にはライフスタイルなんてものは造りようがない。一生の中で一度か二度しかないチャンスだからこそ、ディベロッパーやハウスメーカーの作り上げた夢の箱を安易に購入するのではなく本当に真剣に自分の生活というものを見直し、それで一戸建てに挑戦しようと考えられたときに挑戦すればよいのではないかと思う。
ちなみにもう一人の同級生の真下は品川プリンスホテルの裏に古い中古のマンションを購入して私の紹介した大工さんを指示して改修工事を行い自分流の家を作り上げてしまった。ここで真下は会社への通勤の便利さという条件を最優先にしてさまざまな条件を取捨選択している。たとえば彼の車は月々4万円もするこの場所にはなく遠く離れた奥さんの実家に眠っているのである。また新築マンションの幻想にだまされるようなことも当然していない。彼の職場がまさにその新築マンションを作るゼネコンであるのだから当然といえば当然だがこれもまた彼にとっては正しい選択であったということなのだろう。


2006/6/26

朝一番から板橋の家の養生はがしほか作業に出かける。大工工事もほぼ終了し残すは建具工事と塗装工事ぐらいになった。床に貼ってあるよう上板をはがす作業はいつもますいいのスタッフで行っているのだがこの瞬間が一番完成感を味わえるときである。そしてまた傷などの不具合を発見できる最高のチャンスでもある。作業終了後、いくつかの手直し箇所を担当の山本に指示して13時ごろ事務所に戻った。戻ってからは基礎屋さんの家の見積書作成作業や浜田山の家の外観デザインの検討などを行った。

2006/6/24

朝4時、なんとなく寝苦しくって眠れない中ふっと目が覚めた。気が付くと汗がビッショリ。外の冷気を求めて2階に下りて玄関のドアを開けると、つめたい空気がスーッと体にまとわり付いてきた。玄関先の枕木の階段に腰を下ろししばらくボーっとしていたのだが、このまま何もしないでいるのもなんとなくもったいないので事務所に下りて日記を書いている。今はすでに4時50分だ。ようやく眠気が舞い戻ってきた。

2006/6/23

朝から基礎屋さんの家の見積もり調整作業など。11時30分駅前の天一にてスタッフミーティング。山崎、社長とともに今後の流れなどを確認しあう。13時大工の尾形さん来社。基礎屋さんの家についての打ち合わせなどを行った。この段階で大工さんの意見を取り入れるということはひとつには無駄のない造りやすいものそして長持ちするものを作り上げるというよさがあるが、その一方で私たちがやりたかった意匠があっけなく否定されることもある。今回は初めての試みだったのだが良し悪しだった。終了後弥平町の家の工事準備および発注書作成作業。

2006/6/22

朝一番より目の前のマンションで行っているリフォーム工事の現場の養生はがし作業などを手伝う。マンションの中に足を踏み入れたのは初めての経験なのだが、中庭形式の駐車場の中では管理人のおじさんらしき人が放置されているかさを拾い集めている。ほかにも数人の管理人さんがいてそこらじゅうを箒で掃いたりして掃除をしている。一般の住宅街の中にありながらここはまた別の世界だ。ここにはここなりの規律が存在している。ちなみにリフォーム工事は朝の9時から夕方の5時までしかやってはいけないらしい。きっとほかにもたくさんの決まりがあるのだろう。
終了後、弥平町の家の現場にて縄張り作業。約2時間の作業を追えて事務所に戻った。引き続き浜田山の家の打ち合わせ。2転3転したこの家だがようやく土地の拡幅も決まりそうで、プランも落ち着きそうな気配だ。今回の構造は鐵骨造。どのような構造にするのかについて田村と小ミーティング。21時作業終了。

2006/6/19

朝から各プロジェクトの進行状況チェック。10時、中国の浙江大学建築専門学部を卒業して現在、佐賀大学大学院において建築を学んでいる叶h卿(ヨウキキン)君が新入社員面接に訪れた。応募のメールに記載されていた自己PRの内容が非常にしっかりしていて、まだ日本に来て2年目だというのにその文章も日本人の学生以上に丁寧なものだった。入社希望の学生たちが書類選考で落とされてしまうということにこれまであまり良い印象を持っていなかったのだが、ここまで文章力や熱意の表現方法に差があるとそれも仕方がないと思ってしまう。事実これまで応募には必ず返事を書いていた私も、今回の応募メールの半数以上は返事を書く気すらおきなかった。中には志望動機の欄に「近所だから」と書いてあるものもあり、これにはさすがにあきれてしまった。面接終了後近所の中華料理屋さんで食事をし、秋の再会を誓った。
午後からは基礎屋さんの家の見積もり作業など。
今日は久しぶりに晴れまが顔をのぞかせた。庭の芝生もだいぶ生えそろってきた。まだゴルフ場のグリーンのようにはいかないけれど、夏にはびっしりとしきつめられることだろう。晴れる日はぐんぐんとたった一日で5ミリくらい成長してくれる芝を見ているとそれだけで満足感が味わえる。週に一度の芝刈りも楽しみになってきた。

2006/6/18

朝から雨。午前中は幼稚園の父親参観ということで子供と一緒に工作教室。ものすごい数のおやたちとっしょに作業をしているとなんだか変な気分になってくる。午後からは近所の公民館に子供たちをあつめてのワークショップ。2時間くらいの作業を一緒に楽しんだ。

2006/6/16

朝から基礎屋さんの家の見積書作成作業ほか。10時、13時と新入社員面接。14時浜田山の家の打ち合わせ。今日はご主人と奥様そしてお子さんがいらしてくれた。17時30分ごろ打ち合わせ終了。浜田山というところは建蔽率と容積率が40-80%しかない。土地の面積は35坪ほどあったのであるがこの面積ではどうしても希望通りの住宅にすることは難しい。というわけで10坪ほど隣の区画の土地を分けてもらうように交渉中なのであるがこの交渉がなかなかスムーズには進まない。今日の打ち合わせはこの交渉がスムーズに進んだとしてという仮定で大きくなった場合の家の打ち合わせを行うことになった。これまでの打ち合わせと今日の打ち合わせと、結果的にどちらに進むかはまだわからないのだが来週には答えが出るだろう。18時過ぎ、アトリエfunにて日曜日のアート教室の打ち合わせ。ほか雑務。
そういえば本日クラレの商品を扱っている商社から製品の販売についての電話がかかってきた。先日の日記に書いたパワロンという商品なのだがこれまで購入ルートがどこも見つからずに途方にくれていたところなので非常に助かった。10KGで13000円ほどなのでそれほど高くはない。一軒の家で使用したとしてもせいぜい5万ほどだろう。それでひび割れが抑制できるとあれば安いものだ。早速購入してみる予定。

2006/6/14

朝から中青木の診療所兼住宅の地鎮祭の準備のために古くからに知り合いである地主さんに家の裏庭に竹を切りに行く。この家の裏庭の竹やぶはだんだん小さくなっていく。私が採っている量などたかが知れているのだが区画整理のために竹やぶ自体の面積が次第に縮小されてしまっているためだ。でもまだ、数年間はますいいの地鎮祭を支えてくれるだけの量は生えている。地鎮祭を行うための竹をそこらへんのホームセンターなどで購入するようにだけはなりたくないと思っているのであるが、この意地もどこまではれることやら。14時より地鎮祭。今回は川口神社の神主さんに来ていただいた。露のこの時期天候だけが心配だったのだが何とか式の間中雨が降らなかったことが幸いであった。
夜はSYMの慎さん来社。久しぶりに一緒に仕事をやることになりそうだ。


2006/6/12

基礎屋さんの家の見積もり開始。外壁の仕様を調べていたらクラレで造っているパワロンという製品に出会った。この製品すでにディズニーシーなどのモルタル工事やJRの高架下のコンクリート工事などで実績があるらしく、現場でのモルタルやコンクリートの施工前に適量を混入するだけでひび割れの抑制効果があるらしい。早速クラレの荒巻さんという担当の方に連絡を取り使用方法や入手方法を問い合わせてみた。
製品自体は白い綿上の繊維だ。これがコンクリートの硬化時にコンクリートと一体になりひび割れなどの際にその発生場所を分散させる。すると結果的に目で見えるよううな大きなひび割れは発生しにくくなるということらしい。
下のものがその写真。早速購入して使ってみることにしよう。

2006/6/11

日曜日。いつもどおりラグビースクールのコーチとしてグランドに行こうとするも、雨のため中止。露の時期はどうも調子が狂わされる。夜は川口駅前のカフェにてラグビースクールのサマーキャンプの打ち合わせ。ラグビーを強くするための合宿ではなくあくまで児童の心を養うためのスポーツであるとの執行部の言葉が印象に残った。

2006/6/9

いぜんIDEEという家具屋さんと付き合っていたころに知り合った家具職人の東山さんという方から一枚の招待状が届いた。東山さんは金属を利用した家具やオブジェなどを作っていて、その活動ぶりはまさに職人。デザインも自分でこなす。そんな東山さんみたいな人たちが集まって現代手工業乃党という集団を作っている。この団体はNPO団体で、こういった活動をしている職人さんの紹介やネット上での検索サービスなどを行っているのだがどこまで現実的な組織になっているのかはまだよくわからない。その現代手工業乃党が主宰する装飾主義という展覧会のお知らせが今日届いた。私は三角の家を作ったときに職人の手作業にこだわり自分のスケッチをもとにいくつかのオブジェのような筋交いや、玄関ドアのノブなどを製作した。大量生産大量消費の時代が終わり、人間の尺度に合わせたよりゆったりとした消費者社会への変革を遂げている今、職人の手作業による丁寧なものづくりの世界は非常に新鮮に見えるし貴重に感じる。最近景気の上向き傾向が強まり、大手メーカーをはじめとする多くの会社の設備投資や新製品の発売などが新聞をにぎわしているがこのような動きはそうは長くは続くはずがない。そもそも人口は減少しているわけだし国としての成長はもう限界に達しているのだ。ヨーロッパの長い歴史の中でそれを生まれながらに感じている人々はそういう生活をゆったりと楽しむ姿勢がすでにできているし、またそういう社会の中にあってこそもののデザインという嗜好の世界に対価を払う仕組みができている。そもそも今日本で起きているこの手工業リバイバル的な動きはウイリアムモリスの時代、つまり1859年ごろにすでにおきているわけでわれわれよりも150年以上前に気づいてしまっているだけの話なのかもしれない。そんなわけで来週の木曜日はレセプションパーティーにお邪魔するつもり。その報告はまたここに書くことにしよう。

2006/6/8

伊奈の家、安行の家が無事完成し今は中青木の家と弥平町の家そして基礎屋さんの家の着工準備をしている最中なのだがスタッフたちはいささかその準備に終われて疲れてきている模様。やっぱり事務所のリーダー的存在だった山田の退職は多少の影響を与えているようで、まあそれくらいでないと逆におかしいのだから何とか乗り切らなければいけない。7月には以前日記にも書いたがもう一人の山田君が入社する。彼も山田と同じように実務経験が3年弱ということなので少しは落ち着くようになるだろう。それにしても「山+田」とはなんと平和な名前なんだろう。いかにも日本的だ。
今日も一日事務所で各プロジェクトの進行状況のチェック。

2006/6/7

午前中板橋の家のガイコウ工事の打ち合わせに現場に向かった。植木屋さんの意見で30年以上の古株であるモッコウバラだけは伐採せずに残すことに。ただちょっとぼさぼさになっているのできれいにお色直しをすることになった。13時より中青木の家の打ち合わせ。16時ごろ終了。

2006/6/6

終日各プロジェクトの見積もり作業ほか。

2006/6/5

朝9時から以前造った鳩ヶ谷の家のメンテナンス工事。窓の上の材料にキクイムシがいたようでその材料を交換することになった。11時ごろ終了。15時ごろ川口市役所にて駐輪場計画についての相談。経済部の部長さんとのお話をしたのだがどうもつかみどころがない。偶然父の小学校時代の同級生だったということだけが記憶に残っているのだがすらりスラリとかわされて最後に何もないというような寂しい打ち合わせだった。まあ役人なんてそんなものなのだろう。終了後中青木の家の見積もり作業確認。夜は基礎屋さんの家の打ち合わせ。

2006/6/3

10時より川口駅前商店街の事務局にてM氏との打ち合わせ。駅前の道路再開発計画全体についての計画案の策定に向けたプロジェクトの進め方を話し合った。このプロジェクトは商店街そして住民が主導となって計画案を立案していく。行政の言いなりになってつまらない街づくりが進められていくのを黙ってみていられない人たちというのは実はたくさんいるわけで、そういう人たちの力を持って進めていかなければ実現までたどり着けるのは非常に困難だろうと思う。しかし、私も一住民としてまた駅の利用者としてみなの声の代表としての提案をしていくつもり。そしていつの日かこの町が魅力的な町になることを祈るばかりなのである。
午後は山崎とともに各プロジェクトについての打ち合わせ。
3時過ぎに7月からスタッフとなる山田君来社。彼は丹青社というインテリア系のゼネコンに勤めていたので現場やデザインのことについてはすでにある程度の知識と経験を持っている。一緒に川口の町を案内しながら、今後の仕事のことについて話をした。
よる、基礎屋さんの家について田村と打ち合わせ。作業終了。

2006/6/1

朝10時よりサイネット会議室にて駐輪場計画の打ち合わせ。今後の商店街との対応、川口市役所との交渉の予定と計画を立てる。夕方1年ほど前に立てた川口邸のメンテナンス。建材にキクイムシが住み着いていたようでビニルクロスの表面から小さな虫が顔を出していた。早速駆除工事の手配をして事務所に戻った。夜は各プロジェクトの見積もり作業、作図作業打ち合わせなど。

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