| 2006/5/31
朝から中青木の診療所兼住宅の現場の歩道にある縁石の一時撤去工事の見積もり打ち合わせを現場にて道路工事やさんとクライアントとで行う。道路にある縁石があっては現場に入れないので撤去しないとどうしようもないのは理解できるのだがそれにしてももったいない気がしてならない。昼からは板橋の現場に向かいクライアントとそのお母さんと一緒にガイコウ工事についての提案打ち合わせ。古い木を残そうとしていたのだけれど実際にどこまで残すべきか、また植え替えることが可能かについて植木屋さんに聞いてみないことにはなんともいえないのであるが、現在の計画からは大きく変更することになりそうだ。夜はスタッフの山田の送別会。約3年半勤めたスタッフが退職するとあって職人さんたちを集めての盛大な会となった。総勢27名くらいの方に集まっていただいたのだが、みな思い思いのプレゼントなどを持ちより夜中まで新しい門出を祝った。これで3年間続いたコンテナハウスの仮設住宅の役目も終わった。よくこれだけ不便な環境の中で生活などできたと思うし、そこでの生活は彼にとって一生の思い出になることだろう。少なくとも夢を持った都市生活者の若者に向けた実験住宅としての役割は確実に果たしたのではないかといえる。都市の中にはさまざまな隙間が存在する。ビルの屋上などもそのひとつだ。そういう隙間を利用した新しい生活スタイルというものを本当の意味で実践してみたのがこのプロジェクトなのではあるが、この方式をもう少し一般的に広めていくことにしてみようと思う。
2006/5/29
10時ごろ週間住宅新聞社の取材。約1時間ほど。この手の業界紙の取材はよく依頼があるのだがお受けするのは初めてのこと。会社のお話をひととおりご説明することになった。
終了後は先週に引き続き中青木の診療所兼住宅の見積もり作業など。
2006/5/27
午前中は事務所にて各プロジェクト作業。夕方より田村と一緒に根津にある SCAI THE BATHHOUSEに森万里子展を見に行った。展示の内容は以下のとおり。
今回の展示作品「Tom Na H-iu」は、高さ3メートルにおよぶガラスの立体で、公的な観測所(スーパーカミオカンデ)と接続したコンピューターにより超新星爆発(星の死)の際に発せられるニュートリノをキャッチし、受信に応じてインタラクティブに美しく発光します。
「Tom Na H-iu」は星の死を映し出し、またその後の誕生を暗示する現代の「スタンディングストーン」であり、私たちが宇宙と共鳴し合いながら存在していることを示唆してきます。暗闇の中で静かな光をたたえるこの作品を鑑賞するとき、私たちは永遠の時の流れのなかにたたずむ自身の姿を投影するのではないでしょうか。
この作品の好き好きは人それぞれ分かれるだろうが、私は森万里子という作家に非常に興味がある。人という存在がこの世界の中でどのような位置に属しているのか、また自分の意識をはるかに上回る世界の一員としての人間の存在というものを再認識させる装置としてとても優れたものであるだけでなく、ただ単純にそのものがおかれている風景が非常に美しいからだ。現代アートというのはさまざまな手法によってさまざまなメッセージを送るものが多いけれどその多くはわざわざ見るに及ばないような醜悪なものに属するような気がする。しかし、数少ない作品においてはそうではなく見ているだけで心が静かになるような作用を人にもたらす。その点森万里子の作品には、一見キッチュな様相を呈するものも少なくはないのだがどうしても惹かれてならないのである。
ヨルはRDRにて画家の永瀬さんのイタリア紀行発表会。約2時間にわたる永瀬氏の説明を聞き11時ごろ帰宅。

2006/5/26
午前中は事務所にて雑務。13時より浜田山の家の打ち合わせ。前回の打ち合わせで土地を少々買い足すという計画をお話されたのだが交渉がうまく進まなかったとことでこれまでのプランで進めることとなった。若干の修正を加え打ち合わせ終了。
2006/5/25
9時小用があり近所の病院へ。午後より中青木の診療所兼住宅の見積書作成作業。本来RC造で1階部分を作る予定だったのだが予算との兼ね合いが合わず木造を採用することになった。今回は木造案での最初の見積もり作成ということになるのだが作業のほうが思うように進まずヨル10時ごろ終了。
2006/5/23
朝から事務所にて雑務。11時ごろサイネットの井上社長と打ち合わせ。12時過ぎに事務所に戻る。昼食をとり午後からは早速幸町の土地に鋳物屋さんの家のプランを落としてみる。途中ますいいハウス03のB区画の土地の購入希望者の方が来社。建物についての簡単な説明を1時間ほどかけてお伝えした。打ち合わせ終了後引き続き鋳物屋さんの家のプラン作成。6時ごろより、基礎屋さんの家のうちあわせ。キッチンの収納量について計算を誤っていたようでこの部分だけプランを変更することになった。それ以外は大方まとまったようなので次回の打ち合わせを終えたら実施設計に入ることになるだろう。終了後、再度鋳物屋さんの家のプランに戻るもすでに頭がオーバーヒート状態のようで今日は途中であきらめてしまった。10時過ぎ作業終了。
基礎屋さんの家CG

2006/5/22
今日はますいいハウス03の幸町の土地を近所の鋳物屋さんのご夫婦が購入された。偶然にも共通の知人が多くいるということがわかり少々緊張する仕事二なりそうという話は以前ここに書いたのだが、話せば話すほどその知人の数が増えていくようでますます緊張してきた。この川口の町で長年芋の屋さんをやってきた人にふさわしい地域に溶け込む落ち着いた家を作りたいと思う。
2006/5/21
今日は地元の鋳物屋さんの社長さんである森さんと一緒に大学時代の同級生で今は独立した建築家の小野よしのりが設計した彼のお兄さんの家のオープンハウスを見学に行った。彼の求める暮らしの中の日常観が垣間見える住宅だったと思うのだが、大勢の見学者の中で家具も何もない中での見学ではまだそれがはっきりと認識できるような状態ではなかった。実際の暮らしの中で、彼の住宅を味わってみたい、そんな思いを抱きながら桜台を後にした。
15時ごろ小野の家を後にして原美術館に移動。ここでは今、ザハ・ハディドが空間構成を勤めるドイツ銀行コレクションの企画展示が開催されている。まいおりた桜と題されたこの展示会場にはザハが作った大きな白いオブジェが置かれていて、それが空から舞い降りてくるときの影が床に描かれていた。壁にはドイツ銀行のコレクションから選ばれた作品が約150点ほど飾られている。さまざまなジャンルの現代アートは相変わらずわけのわからないものを中心とした理解に苦しむようなものばかりではあったがその中でもいくつかの作品は目にとめることができた。現代アートというのは本当に難しい。

2006/5/18
今日は朝から伊奈の家の完成写真の撮影をしに行く予定だったのだが、朝起きるとそとは雨。天気予報では午後から晴れるということだったのでしばらく待つことにした。様子を見ながら結局12時ごろに現場に到着。現場にはすでにダイニングテーブルやロールスクリーンも運び込まれていていよいよ新しい生活が始まる様子。お父さんがひとりでいそいそと新生活に備えた掃除をしている。お父さんに了解を取り、私のほうも撮影開始。約2時間くらいの時間をかけて出来上がった家の様子を写真に収めた。
この家は実は3年越しの計画だった。はじめはもっと普通の家を計画していた。途中はもくせいパネルを使った大きな箱を作るという計画になったこともあった。そして今、在来工法を使った大きな土間のある家が完成した。この土間に決められた用途は存在しない。ここではリビングの延長として、そして玄関の延長として、仕切りのない、用途のないあいまいな空間が醸成されている。一段上がったリビングの上には大きな吹き抜けがあり、その上には空に向かって大きく開かれた棟屋がある。そしてそこからいつも変わらないやわらかい光が振りそそぐ。この柔らかい光の下で、家族の生活は家族の好きなように、自由に、あいまいに、時間とともに形成されていく。どこか懐かしさを感じる石灰クリームの壁と、モルタルの土間に囲まれた空間の中でこの家族ならではの日常観が刻み込まれていくことだろう。その行為を受け入れる十分な余裕がこの家にはあると思う。
いよいよ明日は引越し。新生活が始まってからの様子を、あの大きな土間をどんな風に使いこなすか、そしてガレージを、吹き抜けを、想像するだけで楽しみなのだが、今度はその様子を見に行ってみたいと思う。
2006/5/16
関岡英之氏の拒否できない日本という本を読んだ。建築基準法の改正や半世紀ぶりの商法大改正、公正取引委員会の規制強化や様々な司法改革……。今日本で盛んに行われているこれらの規制改革はすべてアメリカ政府が彼らの国益のために日本政府に要求して実現させたもので、それを示すアメリカの公文書は実は誰でも見ることのできるアメリカの大使館のHPにしっかりと記載されている。日本ではあまり報道されないこの事実を暴き、いかにしてこの国がアメリカに都合のよいように作り変えられているかを示すところまでは非常に理解しやすいものだったが、なぜそのようになったのか、今後の多極化の時代における脱アメリカの方向性のようなものが示されていればさらに面白いものだったような気がする。実はこの関岡氏とは一度面識がある。以前早稲田大学の石山研究室に彼が在学していたときに一度だけ私もゼミに参加させていただいた。確かこのときも金融の世界がいかにアメリカに都合がよいように動いているかということを研究していたように記憶しているが、銀行出身の彼がそのシステムに疑問を持ち、それをきっかけとして次第に日本のシステム全体にその興味を深めていったというところなのだろう。
昼過ぎ、幸町の土地を購入される方との打ち合わせ。この方、すぐ近くの鋳物屋さんを経営されている方で実かかなりたくさんの共通の知り合いがいる。つまりこの川口の世界においてはかなりの古株。というわけでなんだか妙なプレッシャーを感じる仕事になりそうだ。
2006/5/15
月曜日の今日は、またまた体調を崩してしまい何もやる気が起こらない。どうもこの時期は毎年風邪を引いているようで気をつけてはいるのだけれど今年もまた同じことを繰り返してしまった。何とか今夜寝て直したい。
2006/5/14
今日の朝6時からの「渡辺篤史の建物探訪」に2年ほど前に作った三角の家が登場した。ビデオにとって見てみたが渡辺さんの反応が実によい。さすが俳優といった感じで、あそこまでの反応は素人には不可能だろう。隣で話を聞いていた施主の田中さんのどう対応してよいかわからないといった様子が見ていて恥ずかしくなるような気分だった。とはいえこのような形で放映していただけたこと、製作のかたがたをはじめ、施主の田中さんには大変大きな感謝の気持ちを感じている。
2006/5/13
今日は安行の家のセルフビルドのお手伝い。朝8時ごろ安行の家の現場に付くと谷岡さん後夫妻と左官屋さん、そして山田がすでに作業を始めていた。今回は寝室と子供部屋の壁に石灰クリームを塗るという作業。私も早速壁塗りに挑戦してみた。いつもはそれなりにできるのだがやはり左官屋さんに見つめられながらの作業はちょっときつい。後ろで見ている左官屋さんは時々首をひねっているし、後で塗りなおそうか?などと聞かれてしまう始末。結局,助っ人の左官屋さんの技術に感心するだけでかなごて押さえのつるつるの面を左官屋さんと同じように作ることはなかなか難しいということになり、急遽ローラー仕上げはどうかと試してみたところこれがなかなかよい、ということで奥様の担当はローラー塗りになった。これまではやったことがなかったのだが程よいぶつぶつ感がちょうどよい味を出していてこれならは左官屋さんに勝負できそうだ。ご主人はやはりかなごて仕上げに挑戦したいということで同じ部屋の面ごとに仕上げをかえることになったのだが、これもまたセルフビルドのよいところなのかもしれない。そんなわけで下のその様子。外は一日中雨だったけれど、現場は一日楽しげな雰囲気に包まれていた。

2006/5/10
あさから宮代にある2年ほど前に立てた村田さんのお宅にお邪魔した。依然収めたステンドグラスの枠の塗料とキッチンの回りに張る予定のタイル、それとアルミサッシの格子の見積もりをもってしばしご歓談。12時過ぎに事務所に戻った。なんだか今朝から急に体調がおかしくなった。どうやら寝ている間に風邪を引いてしまったらしい。若干熱もあるようなので早めに休むことにした。
2006/5/9
午前中は各プロジェクトの進行状況打ち合わせ。11時30分よりスタッフ給与など経営的事項についてのミーティング。とはいえ小さい会社なので30分ほどですぐに終了。久しぶりに山崎と社長との食事のひと時を過ごした。終了後は事務所にて駐輪場プロジェクトおよび基礎屋さんの家の設計作業打ち合わせ。
2006/5/8
今日から仕事再開。久しぶりの連休とあって事務所に集まったスタッフたちの顔が生き生きとしている。連休前の疲れもすっかり取れたようだ。
先日この連休についての意味をある人から問われた。恥ずかしながら私はまったく答えることができなかった。5月3日は憲法記念日となっているがこの日はGHQが日本国憲法を定めた日であると同時にその1年前に極東軍事裁判が開廷をした日である。そして国民の目を極東軍事裁判からそらすために憲法記念日を作った。・・・・などである。
私はこれまであまり興味を持ってこなかったが今新聞やテレビなどの世界ではこの終戦を中心とした近現代史についての言論が盛んに飛び交っている。また、商業の世界でも日本文化ブームとなっていて結婚式場などは和装に備えた模様替えが盛んに行われているらしい。このブームがどこから来ているものなのか、教育基本法の改正で国を愛するという言葉が盛り込まれたことと関係しているのかいないのか、中国や韓国の国体維持のための半日運動と関係しているのかどうか、正直私にはいまいちよくわからない。もしかしたら日本の政治家が国民の意識操作のためにこれを利用している結果なのかもしれないなどという考えもあったりする。
しかしどちらにしても確かなことはアメリカが衰退の道をたどろうとしている今、近い将来には今は想像も付かないような連携を中国や韓国ととっていかなければいけないということである。中国などは半日政策を採っている一方で確実に日本と近づこうとしている。そして日本の政治家たちも次は中国しかないということを最近特に声高に言っているのである。
いま、EUなどのような統一通貨とまでは行かないまでもそれに近い形のアジア通貨基準を作ろうという動きがある。これまでドル中心だったアジア諸国の通貨基準になるようなものを作るらしい。欧州、北米、アジア、南米と世界は確実に多極化の方向に向かっている。この多極化の先にあるものはいったい何なのだろうか。消費の中心がアジア諸国になるとしたら一体どうなるのだろうか。その実態はまだ想像することができない。
9・11以降アメリカはイスラムを民主化するという手段を使ってグローバリズムの方向にまい進してきた。しかしイラク戦争が長引く今その可能性はないことがわかった。アメリカ帝国主義に終止符を打ち、アメリカに自国を弱体化させるきっかけを作らせたテロ事件によって世界は確実に多極化へと向かうことになったのだ。おそらく数年後に到来する多極化した世界の中で、アジアの代表として中国とともに日本が活動していくためには、国民一人ひとりがまずは自国の成り立ちを知る必要がある。そして今の日本の成り立ちを大きく左右したのがこの終戦を中心とする数年間だったのではないだろうか。そんなことを考えながら結局そのあたりの歴史に疎い自分の無知を何とかしようと決意するのでした。
2006/5/3〜7
ゴールデンウィークのためお休みいたしました。
2006/5/2
世の中が連休ムードとなっているがますいいもなんとなく連休に突入する準備段階の様相。今日は連休明けの段取りに徹した。
2006/5/1
今日は朝から田村と一緒に安行の家の養生はがし作業の出かけた。現場に付くと佐々木電気の佐々木さんが器具の取り付け作業を行っている。佐々木さんの作業を邪魔しないように1階から順番に床に貼ってある薄ベニヤをはがし始めた。終了後は残材を処分センターに運搬して事務所に戻った。
夕方は基礎屋さんの家の打ち合わせ。1/50の模型をもって基礎屋さんの家に伺い説明したところ大変気に入っていただけたようだった。無事契約も行うことができいよいよこれから実施設計に移っていくことになった。
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