| 2006/4/28
9時、伊奈の家の施主検査立会い。とはいってもこれまで毎週のように現場でクライアントとの打ち合わせを重ねていたのでいまさら改まって検査という雰囲気でもないのだがこれもひとつのけじめ。いくつかの手直し事項を確認して事務所に戻った。その後は基礎屋さんの家の模型作業など。
2006/4/27
今日は朝から事務所で基礎屋さんの家の模型作成など。伊奈の家の現場でガイコウ工事を雨の中行っている。現場に行っている池上から数回の確認の電話を受けながら工事の進行状況を確認する。それにしても最近変な天候が続いている。庭の芝生にはちょうどよいのだが、この状況を不気味に思わない人はいないだろう。ゆで蛙の話ではないけれどこのまま地球の温暖化とともに人間が滅んでしまうのかななどと感じたりする。
2006/4/26
朝から大和町の家の現場打ち合わせ。10時ごろ伊藤さんに現場まで来ていただき南側の外壁の杉板張りの件と2階リビングおよびバルコニーの天井材についての打ち合わせをした。この地域は準防火地域ということで軒裏は防火構造で仕上げなければいけない。今回はニチハのセンチュリーボードを使用することに決定した。この製品は木を細かく砕いたチップをセメント質の材料で固めたもので木毛セメント板とも言う。もちろん不燃材であり質感も色合いもなんともいえない。どこか懐かしさを感じるような風合いに仕上がるだろう。
夕方、山崎と中青木の家についての打ち合わせ。今回の概算見積もりは少々予算をオーバーしてしまったようで鉄筋コンクリートで計画していた1階部分を木造に変更する計画をはじめることになった。早速図面の変更と構造のチェックを始めなければならない。
弥平町の家については設備器具の選定が終わりいよいよ実施設計図の作成も大詰めを迎えている。来週から見積もりを取れるように今週いっぱいで作図を終えるように指示を出す。
最近の新聞などで与党から提出された教育基本法の改正案が盛んに取りざたされている。これはその条文の中に
「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできたわが国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」
という文章が掲載されるということなのだがここに愛国心という言葉か入るかはいらないかということで大きな議論が展開されたということだ。
そもそも愛国心というのはその言葉のとおり国を愛する言葉という意味なのだが、先の戦争のイメージが払拭されない今の世代ではどうしても戦争擁護的なイメージに結びついてしまいがちであり、そういう言葉を簡単に青少年の教育の方針としてしまってよいのかどうかということなのだと思う。しかしこういう問題はいつもそうなのだが議論している本人たちは本当に子供たちのことを考えているのだろうか。私にはそれぞれの国を思う気持ちの強さによる、もしくは右よりか左よりかという表現でされる思想の対立による議論でしかないように思えてならない。
我が家には2人の子供がいるのだが、この家では85歳の彼らからするとひいおばあさんにあたる私の祖母も同居している。私の祖母は毎日2回必ずお仏壇の前でお経を唱える。子供たちは意味もわからずおばあさんの横に座ってお経を聞いている。そしてまた意味もわからずお線香を上げて楽しそうに大きな音でりんをならす。
またリビングにはやはりこれも建築屋さんらしく神棚がある。ここでもいつも私と一緒に楽しそうに手をたたいている。その光景を見ていて思うのだがこの子たちには生まれながらにして日本人としての日常観がみについている。
家族という結びつきがありそして昔で言う集落つまり町や市という集団がある。その先には県そして国家、そして世界。すべての人間が何らかの形でそれぞれの集団の恩恵を受けて生きていることは確かで、そういう秩序が乱れれば再び戦争の悲劇が起きてしまうだろう。その中で国家という大きな単位を意識して国を愛し他国を尊重することは非常に大切なのだが、伝統とか文化というのは尊重しろといわれて尊重するものなのだろうか。そして、今の子供たちを育てている世代は本当に伝統とか文化を尊重しているのだろうか。子供たちの教育に本当に必要なのは教育基本法の改正ではない。おばあさんやひいおばあさん、そしてテレビで夕方放送されている時代劇のような自然と昔を思い出せるようなお話、日本昔話のような番組、サザエさん、・・・・そして何よりもそういうことを大切に思う親の気持ちだと思う。そして、私としてはそんな日本の日常観が思い起こされるような空間を作ってみたい。
2006/4/25
朝から幸町の土地の購入希望者に対する参考プランの作成など。午後から中青木事務所にて浜田山の家の打ち合わせを行った。今日はご主人が珍しくお休みということで家族3人でいらしてくれた。今回で3回目の打ち合わせということで大方の希望は取り入れたプランが作れたのだが、もしかしたら10坪程度となりの土地を購入して敷地を広げるかもしれないとのことをうかがった。この土地は都内の閑静な住宅地ということで建蔽率・容積率が40%-80%しかない。もともと40坪近くある土地なのだがどうしてもそれほど大きな家は建てられないようになっている。そこで10つの土地が広がればかなり希望をかなえやすくなるだろう。プランは作り直しになってしまうがせっかく建てる家なので希望通りに行ったほうがよいに決まっている。何とかその土地を手に入れてくれることを祈ろう。
夕方から再び幸町のプラン説明書類作成。なにぶんにも顔の見えない相手に送る資料とあってどのように作ってよいものやら悩んでしまう。CADで作成した図面の上に手書きでたくさんの説明書きを書き込んでFAXすることにした。
夜は各プロジェクトについての進行状況チェックおよび打ち合わせ。連休前ということでそれぞれの目標を打ち立てて担当者レベルでの順調な進行に向けた計画を立てた。
2006/4/24
朝8時30分に伊奈の家の渡辺さん来社。そのまま一緒に安行にある改良園という植木屋さんに行った。この植木屋さんは海外から珍しい品種を輸入しているようなところで都内のデザイン会社もよく買いに来ている有名なところ。めったに買わないますいいも地元の知り合いということでなぜか卸値で売ってもらうことができる。今日は先日下見しておいたジューンベリーという木を購入するために渡辺さんにわざわざ出向いてもらった。ジューンベリーというのは中高木の落葉樹で春に小さな白い花を咲かせる。葉は小さな黄緑色で日の光が当たるときらきらと輝く。株立ちは細い幹が根元から数本に分かれて広がっていくタイプで線の細い繊細なタイプだ。これを南側に配置した腰窓の正面にシンボルツリーとして植える予定で、出来上がるとリビングの中から外の視線をやさしくさえぎるこの木を毎日眺めながらすごすことになる。
つまり上の写真の窓の向こうに移っているトラックの変わりにジューンベリーが見えるというわけである。27日に植え込む予定なのだがこの作業が終わったらまた撮影してみよう。
午後からは明日の打ち合わせに向けて浜田山の家の資料準備など。

2006/4/23
今日は朝からラグビー三昧。夕方4時ごろへとへとになって帰宅。
2006/4/22
今日は事務所にてリフォームのデザインおよび基礎屋さんの家のスタディー。リフォームのデザインのほうはCGで部屋の雰囲気をつかむと同時に概算の見積もりを同時進行で進めた。基礎屋さんの家のほうはスタイロフォームのボリューム模型を切り出して全体のイメージをまとめる作業を行っている。どちらも9時過ぎには大体仕上がった。来週はいよいよプレゼンすることになるだろう。
2006/4/19
今日は朝から板橋大和町の家の現場進行状況チェック。今日の工事はバルコニーの防水工事。木造のバルコニーにはFRP防水という工事を行うのだがこの工事で失敗すると後で雨漏りという厳しい罰を下されることになる。そういうことのないように下地の状況のチェックや、防水層と防水紙の関係などの順番を職人さんが間違えないように正確に現場で指示する事などが非常に重要になってくる。途中、バルコニーの利用方法の問題と外壁の木製パネル工事の設計変更の件で施主の伊藤さんに現場に来ていただき打ち合わせを行う。おおむね了解していただくも、木製パネルの件についてはあす模型にてご説明するとのことになった。12時ごろ事務所に戻り現場管理関係の雑務。途中鳩ヶ谷八幡木で依頼されたりフォーム工事のプラン打ち合わせ。とりあえず図面を作成しFORMZでパースを起こしてみることに。おそらく部屋ひとつのリフォームの場合はこの方法での打ち合わせが一番適しているだろう。夕方よりますいいの前の看板兼掲示板BOXのデザイン。こちらのほうは予算しだいでまだまだわからないのでもう少し固まってから詳細を記すことにしよう。
2006/4/18
朝一番から伊奈の家の左官作業の立会い。今日の作業はガレージとリビングの土間モルタル工事。この家には大きなガレージがあり、リビングにも玄関から連続した大きな土間がある。この土間は一段上がったくつろぎの間を取り囲むように南側と東側に向かってL字型に配置されていて、そこは普段は家族の団欒の間であり、あるときは趣味の自転車の作業をする場所になったり、きっと子供の遊び場になったりするだろう。そういう場所にふさわしい仕上げとして、さらにはモルタルかなこて仕上げと同等のコストでできる仕上げとして何がふさわしいのかを現場に行って選択することにした。左官屋さんに頼んで実際に「木ごて押さえ」「刷毛引き仕上げ(粗い目)」「刷毛引き仕上げ(細かい目)」「箒目」の4種類を作ってもらいその中から選択。左官屋さんが見本に作ってくれる様子を施主の渡辺さんとともに眺めながら、最終的には壁に塗られている石灰クリームの細かい粒粒のテクスチャーにあわせるように床と立ち上がりには細かい目の刷毛引きを選択した。最後、出来上がるのがなんとも楽しみである。終了後いくつかの打ち合わせを行い事務所に戻る。
事務所に戻ってからは大宮の家の打ち合わせの準備。作成したプランとボリューム模型をもって10時ごろ赤羽の駅に向かった。駅の近くの安楽亭にて友人が来るのを待っていると10時20分ごろ高校時代の同級生が現れた。現れるなり電話を渡されると電話の向こうには今回の依頼主が・・・。なんとなくいやな予感がしたのだが予感的中。要するに依頼主の勘違いで将来もらう予定の依頼主のおじいさんが建てる家の設計、施工の手配を任されたと思っていたらそうではなかったということらしい。つまりはこの仕事、もともとなかったものをある少年の勘違いで周りが動かされてしまったというような印象を受けた。まあ友人の紹介だから忘れることにしよう。それにしてもこの家のプランはよくできた。誰か同じような条件で依頼してくれないものだろうか。
しばらく談笑の後12時ごろ帰宅。今日はゆっくり休むことにしよう。
2006/4/17
朝10時ごろ庭に張る芝生が広島のゾイシアンジャパンから届いた。早速用意していた土を薄くまきその上に芝を並べる。並べ終わったところにまた薄く土をまいて最後に箒でならしたら出来上がり。12時ごろまでの作業だった。ますいいのガイコウは先日割栗石を敷き詰めてその上にまさ土という花崗岩の風化したような土をまいてある。その上に芝を敷いたのだがうまくすれば1ヶ月ほどで庭になじんでくれることだろう。芝生の部分とまさ土の部分は人の移動する頻度や車が通る頻度によって自然に分けられる予定。明確な境界ブロックのようなものは配置せずあくまで自然に任せた風合いを出したいと思っている。この方法はあまりポピュラーなものではなくいわゆるガイコウ屋さんにいってもなかなか伝わらないのだが出来上がればきっとどこか昔懐かしい庭になるはず。今はやりのいわゆるガーデニングとは違うのだが日常の生活の滲み出したような、そして日常の生活によってデザインされたものになるだろう。
午後からは浜田山の家のプレゼン作業。その他雑務。

2006/4/15
今日は朝から浜田山の家のプレゼン作業。今回で3回目のプラン打ち合わせとなるのだが来週の土曜日ごろに打ち合わせをすることになるだろう。昼過ぎからは弥平町の家の打ち合わせが行われている。この家は木造3階建ての家で、読書好きのご夫婦がすむ予定。というわけで家の中に本棚の壁がたくさんある。完成したらおそらく図書館のような様子になるだろう。天井まで積み上げられた本に囲まれて暮らすようすが目に浮かぶ。以前はガレージの家というのがあった。今回は本の家。住む人の個性を表すという最も典型的な例なのだがこういうプランが作れることが設計事務所のひとつの意味なのかもしれない。夕方からはRDRにて映画上映会が開かれた。監督の村上さんも含め総勢16名くらいがあの小さな空間に集まるということで私は入室を遠慮することにした。RDRギャラリーは妹の真理子が取り仕切っている。この活動が認められてか彼女は10月からある大学の非常勤講師を行うことになった。それが関係しているのか、いないのか、最近の企画展示や映画会は以前にもまして内容が面白いものとなってきている。何の気なしに始めたギャラリーももうすでに2年が経過。ここまで意味を持つことができるとは正直予想もしていなかった。今後の展開に期待しよう。
2006/4/14
朝一番から伊奈の家の現場管理およびセルフビルド石灰クリーム作業手伝いに行った。セルフビルドといってもこの家の場合は仕上げ工程用に4人工の左官職人を依頼してある。というわけで今日は二人の左官屋さんと一緒に作業を行うことになった。さすがにすべて左官屋さんに任せるわけにも行かなかったので一部分はわれわれセルフビルド集団の手によって行うことになったのだがほとんどの部分をプロの手によって行うことができたので予想上のきれいな仕上がりにすることができた。階段やはしごなどの造作部分も完成しいよいよ来週からは土間の部分の左官仕上げなどに入っていく。それが終わると設備器具の取り付けやガレージシャッターの取り付け。このペースのまま進めることができれば連休明けには引越しということになるだろう。夜は、基礎屋さんの家の打ち合わせ。プラン的には満足していただいたので後は外観のデザインを検討する作業。次の打ち合わせまでには少し大きな模型を作ってみよう。
2006/4/11
午前中は山本とサッシ屋さんとともに宮代の家のメンテナンス作業。いくつかの点を手直しして11時30分ごろ現場を後にした。もともと一人暮らしの家を想定して作ったこの家なのだが、奥様と二人で暮らすにあたってはいろいろと問題もあるようで想定外の手直しを必要とされているようであった。昼からは浜田山の家のスタディーなどを行い夜9時ごろ作業終了。
2006/4/9
日曜日の今日は息子とその友達のラグビースクール指導。終了後自分たちのチーム試合に出場。4時ごろ高校時代の友人より住宅の相談。その他もろもろ。
2006/4/8
午前中は事務所にて雑務。13時より浜田山の家の第2回プラン打ち合わせ。前回よりはだいぶ希望のプランに近づいたようだがまだいくつかの修正点があるようだ。2週間後くらいに第3回の打ち合わせを行うことを約束して15時ごろ打ち合わせ終了。16時ごろより知人の引越しのお手伝い。
終了後の打ち上げのときに経済産業省の32歳の若手キャリアと話をしたのだがその話がちょっと面白かった。彼は来年よりアメリカのハーバード大学でそして再来年には中国の北京大学で日本の研究をするらしい。日本の研究というと日本ですればよいと思うのだが日本研究はどうやら海外のほうが進んでいるということで特にアメリカ出のそれが一番ということだった。日本の研究を近代日本の製作者であるアメリカの地で行うというのはなんとなくわかる話ではあるのだけれどそういうことを目の当たりにするとやはり驚きを感じざるを得なかった。
彼が言っていた言葉で 「日本という国家を作りたいという自分の希望をかなえるために役所に入った。役所は結構そういうことができる環境にある。しかし役所では最終責任を取ることはできない。あくまで組織としての活動に限られてしまう。本当に先頭に立って国を作る活動を行うには議員になるしかない。また政党はやっぱり単なる組織であって、最も国を作る活動を行える政党に所属するほうが楽しい。そして最終的印は国民をハッピーにしたい。」というものがあった。
最近巷ではやっている日本という国家に対する流行的な考え方には、特に武士道などに偏った右よりの考え方にはちょっとうんざりするところがあったのだけれど、彼のような純粋に国家を考える気持ちに出会ったのは久しぶりでとてもすがすがしい気持ちになった。
彼は「国民は国に税金を払っている。国家はそれを使って国民にサービスを提供する。これは民間企業とあまり変わらないサービス業だ。」といっていたがそれもうなずける考え方だった。
でもそう考えるには国家は借金を負いすぎている。何百兆円もの借金をしている民間企業は簡単には見つからない。しかも返すあてもなさそうだ。ということは国民は自分たちの払っている以上のサービスを受けすぎてしまったということなのだろうか。はたまたサービス以外のところにお金が使われてしまったのだろうか。その使い道を最終的に決定するのが議員の仕事だとしたらそれを選出している国民が最終責任を取らなければいけないわけで、ほとんどの人々が知らないところで法律が作られ、予算が決定し、お金が使われていくその活動にも結局は国民一人ひとりが初源的な発言者ということになるのかもしれない。
どちらにしてもわれわれみんながこういうことに興味をもつことは非常に重要なことで、その中でこの人にならば自分のことを任せられるというくらいに優秀な人に政治はやってもらおうと決めるのが選挙なわけだから、投票率が非常に低いこの組の未来はこのままでは必ずしも明るいものではないだろう。そしてニートや自殺、犯罪などさまざまな問題を抱えるこの国を全体的に導く方法としての国家論や武士道などの精神というのは必ずしも批判できるものではなく、むしろかなり利用の価値があるような気がする。
こういうことをふと考えさせられる人に出会えたことは今日一番の面白い出来事であって、またこういう人が政治に足を踏み入れていくのを楽しみに感じた一日だった。
2006/4/6
今日は板橋大和町の家の現場にてサッシの取り付け状況の確認。上棟後増やした和室部分の窓の高さなどいくつかの事項を検討した。南側の外壁仕上げを木にしたいとの思いがわきあがり、熟考。早速見積もりを取ってみることにしよう。事務所に戻ってからは浜田山の家のスタディー、基礎屋さんの家のスタディー。
2006/4/5
朝一番から山田と二人で安行の家の現場に向かった。安行の家の現場では大工さんが石膏ボードを貼る工事をやっていていよいよ仕上げ工事に向けてラストスパートというところであった。前回の打ち合わせのときに急遽取り付けたロフトにある小さな窓から見える景色はとても川口とは思えないような緑一色のすばらしいもので、周辺環境のすばらしさを実感した。最近の住宅地は大体窓を開けると隣の家が見えるということになるのだが、こういう土地もまだまだあるということなのだろうか。
14時ごろ房総半島で土地を買ったという方が相談にこられたがどうもよくわからないままお帰りになってしまった。
その後は事務所にて雑務。
夜は基礎屋さんの家にて打ち合わせ。
2006/4/4
朝から浜田山の家のスタディー。途中新しく出来上がった市民ギャラリーアトリアにて川口市役所の江原氏と駐輪場計画についての打ち合わせを行う。この計画は人口の増加とともに氾濫の度合いを増してきた駅前の自転車たちを、環境や景観に配慮しながら何とかしようというものでまだ始まったばかり。今回の打ち合わせは初回ということで簡単に今後の方針などを話し合った。
事務所に戻った後、RDRにて山崎とともに引き続き浜田山の家の打ち合わせを行った。夕方、都市におけるランドスケープの動向調査のために池袋にあるジュンク堂に向かう。はじめにランドスケープのコーナーに向かうもまるで工事業者のための参考書のようなものばかりで新しい取り組みなどは見当たらない。結局行きなれた建築コーナーで2冊ほどめぼしい本を見つけて7時ごろ事務所に戻った。事務所に戻ると浜田山の家についてのこれまでとは違う新しい解法が見つかっていた。これまでのプランでなかなか調和が取れなかった部分がうまく解決されている。今度のプレゼンはこの方針で進むことに決定。その後9時過ぎまで買ってきた本を読んで事務所を後にした。
2006/4/3
朝から山本と池上が伊奈の家の現場に向かって不在だったので、データーのバックアップをとることにした。この作業は週に2回ほど時間のあるときに行っているのだが、作業中は自分のパソコンが使用できない。そこで今日はバックアップの作業をしている間RDRにて打ち合わせをすることしにした。基礎屋さんの家と浜田山の家の打ち合わせを行い昼ごろに事務所に戻るとなんと自分のパソコンが止まっている。パソコンの前では山田が必死に作業しているのだがどうやらシステムが完全に停止してしまったようだ。どうしようもないのでDELLの担当者を呼びハードディスクを交換してもらい夜7時ごろようやく使用できるようになった。そこからネットワークの再構築を行いソフトのインストールなどなど結局11時ごろまでの作業。今日は一日パソコンとの格闘で終わってしまった。それにしてもつい3年ほど前まではこれほどまでコンピューターに依存はしていなかった。図面も半分くらいは手書きで作成していただろう。しかし最近ではほとんどすべての図面をCADで作成している。写真などの画像までデーターで保存している。今回はバックアップを取っていたのでほとんど被害はなかったのだがデーターという実体のないものにここまで依存しながら作業を行うということはそれないのリスク管理が必要ということだろう。
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