| 2005/2/27
朝一番から伊奈の家の現場確認。現場には大工さん4人が既に到着していて天井下地などの作業を行っている。われわれがジムニー手現場に到着するとすぐに板金屋さんの山川さんがやってきた。土曜日に引き続き屋根のガルバリウム鋼板葺を行うためだ。山川さんは兄弟でやっている板金屋さんでいつも二人で行動している。お兄さんのほうが主に打ち合わせを行うのだが今日もひさしや水切りなど細かい収まりの打ち合わせを行った。弟さんはそんなの関係ないといったそぶりで黙々と作業している。とても息のあった二人組みだ。建築業界には親子とか兄弟とかでやっている小さな会社がたくさんある。そのほとんどがうまく役割分担されていて上下関係ではない並列の関係を築いている。そういえば屋久島の大工さんもそうだった。しばらくするとTOTOのユニットバス屋さん、ガレージのシャッター屋さん、左官屋さんも着て収まりの検討打ち合わせを行った。この状況の現場はあちらこちらで取りあいが発生し、ともすると職人さん同士で衝突がおきうる。幸いますいいでは7年間ほとんど変らない職人さんたちの連携が生まれているのでそういうことは起きないのだが、管理を怠ればたとえ気の知れた職人さん同士でもトラブルにつながってしまうので気が抜けない状況である。後1ヵ月くらいが山場だろう。
5時ごろ事務所に戻りメール返信など。しばらくすると起訴屋さんの伊藤さんが家作り相談。RCの家を躯体のみセルフビルドで作りたいとのことだった。基礎屋さんがやるのだからそればプロの仕事ということでセルフビルドというのかどうかはわからないけれどまあ確かに劇的に安く出来るだろう。木造よりもRCの方が安く出来るなんていうのはほとんど奇跡である。
終了後RDRにて山崎と打ち合わせ。その後駐輪場計画についての打ち合わせを行い21時過ぎ事務所に戻った。
2005/2/26
朝10時川口神社にて季節はずれの七五三。妻そして5歳の息子と3歳の娘と一緒に神社の本殿に入りお宮参りに来ていたほかのご家族と一緒に待っているとなんと宮司さんではなく友達のごんねぎさんがやってきた。ごんねぎというのは神社の役職のようなもので普通の会社風に言えば部長さんみたいなものだろうか。普段は普通の26歳の若者なのだが衣装を身に付け祭壇の中に入るとまるで別人のように見えた。帰りに握手をしてもらった息子が「神様に握手してもらちゃった。」とうれしそうにはしゃいでいる姿を見て思わず笑ってしまった。家族で記念写真を撮り12時過ぎに帰宅。
2005/2/25
10時より赤羽台の家の打ち合わせ。今後の仕事の進め方などのお話をする。15時より安行の家の上棟式。谷岡さん御家族と大工さんと一緒に酒、塩、こめを家の四隅にまいて神主さん抜きの簡単な上棟式を行った。娘さんたちがコンパネ下地の状態の1階に入って「やったーやったー・・・・」とはしゃぎ続けていたのには、なんだか心打たれるものがあった。あんなふうにうれしい気持ちを素直に表せるのは5歳くらいまでの小さいころだけなんだろう。18時川口駅前のリリア催し広場にて川口アートファクトリーの5人のアーティストさんたちとの打ち合わせ。
2005/2/22
今日は事務所でゆっくりとそれぞれのプロジェクトのついて検討。ほか特に無し。
2005/2/21
午前中は事務所にて雑務。16時より川口駅前にて計画中の駐輪場システムについての説明をJCMの椎名さんより受ける。直後、自宅前にて大きな交通事故が起きた。2トントラックと乗用車の事故で、トラックのほうが縁石を乗り越えてお隣さんの塀に突っ込んでいる。その横でもう70歳を超えているおじいさんが呆然と立ちすくんでいた。ちょうど場所を移動していたということでもしも玄関前にそのまま立っていたら車に引かれていたかもしれなかった。玄関のガラスが割れ、塀が壊され、屋根が傾いている。とりあえずガラス屋に指示して玄関だけは直させたのだが、住む場所を壊されたおじいさんの不安そうな表情がそれだけで少し和らいだ気がした。住宅というものはなんだかんだいっても最終的には住むための箱でありその機能を満たすことがもっとも大切なんだということをなんとなく感じた。
19時、銀座にあるすどう美術館にて川口アートファクトリー所属の作家さんたちの企画展示LOVE展のオープニングパーティーに参加。20時過ぎまで談笑。現代アートの作家さんたちは本当にいつ話をしてもパワーがある。そして、変わらず求め続けているものがある。一緒に行った先輩も良い刺激を受けてくれたようだった。
2005/2/20
朝一番より安行の家の現場に金物を届けた。現場には既に大工の尾形さんがいて、土台敷きの作業をしていた。今日はお父さんと二人で作業をしている。山田も既に到着していて細かい指示を出していた。一通りの作業を見届けた後伊奈の家に向けて出発。約40分間のドライブで現場に到着。現場には大工の富永さんと隊長さんがいて作業をしていた。クライアントの渡辺さんも来ている。バルコニーの雨養生などの作業を終えてこれからの現場作業の信仰をチェックし事務所に戻った。16時よりJフレームの説明を受けた。この工法はジューテックという建材問屋さんが発売している工法で以前説明を聞いたSP工法とそれほど変らない。要するに木質ラーメンフレームで耐力壁を構成しようというものでSE工法よりもむしろ柔軟性があるような気がした。つまり適材適所の利用が可能ということでいたずらにコストアップにつながらない。また、入会金や保証料という名目で300万円も取られてしまうSEに比べるとこちらは一切初期費用はかからないということでその点も親しみやすいようだ。大臣認定を取得していないということがSEに劣る点であるということだったが、むしろ認定を取得していないからこそこのコストでの採用が可能なのだろうからきちんと構造計算さえしておけばこちらで十分なのではないだろうか。まあもう少し考えてみよう。
2005/2/18
午前中は品川にある原美術館にてオラファー・エリアソンの影の光という展示を見に行った。光という目には見えない物体がアクリルを透過したり水に投影されたりしたときに7色の光に変化する。その変化の動きとか形態の美しさというのを表しているのだが幻想的なその空間に身をおくとなんともいえない心境に陥った。とはいえ土曜日の午前中は選択ミス。たくさんのカップルが所狭しとうごめく中で一人見学の寂しさや。
午後から赤羽台の家の打ち合わせ。17時ごろまで。
夜はスタッフ一同シブヤの映画館にルイスカーンの映画を見に行った。何でもカーンの息子の映画監督が自分の父親の足跡をたどるというものらしい。しかしながら私は所要にて一人事務所で12時過ぎまで作業。
2005/2/17
午前中ザ・ハウス工務店紹介への入会を勧められる。第3者の立場に立って建て主に最適な設計事務所なり工務店を紹介する機関ということでこの世界では第一人者ということであった。終了後新入社員面接。午後からは事務所にて雑務。
2005/2/16
児童への美術教育についての記事を読んだ。今大人の世界は空前の美術ブーム。どこの美術館でも大きな企画展示をやり、また多くの若手アーティストたちが集まるデザイナーズウィークのようなイベントも目白押しだ。こうした動きは豊かになった生活の中で個人のアイデンティティーを確立するような個性的なアイテムを身に着けるという欲求や、良いものを見続けることで生涯的に自己を進歩させていきたいという欲求などにささえられた動きといえるだろう。
それに比べて小学校や中学校での義務教育の中での美術教育の時間というのは、ゆとり教育と学力低下への対策という二つの動きの中で削減される方向にあり、もしかすると家庭科や音楽と一緒にされて選択性の科目として扱われることになりそうだという。そして今このような美術教育の危機的状況に対して多くの美術関係者や教育関係者が活発な活動をしているようだ。
そういった記事はHPなどで紹介されているのでここで詳しく書くことはしないがいくつかを抜け出してみれば
・1970年代にニューヨークで一過性の美術教育不要論が沸き起こった。
・90年代のアメリカでは高度の認知発達には想像力が不可欠であるという認識の下国家戦略の視野に美術教育が入っている
・美術教育は他の教科では経験できない自己葛藤の中で生きる力を身につけることが出来る
などが主な意見だった。
私たち建築家の仕事というのはまさにこの美術に頼る部分が大きい。建築の模型を作るにしても、プレゼンテーションでパースを描くにしても、美術なくしてこの仕事を出来る人は誰もいないだろう。そしてこの能力はけっして建築だけではなく広告業界や不動産業界などさまざまな分野において必要とされ、現に私の大学時代の友人などは建築をやっているのは半数ほどでそのほかの人は違う分野で活躍している。他業界からすればそのような想像力を持っている人材を育ててくれる唯一の建築学科から入社してくる人材をのどから手が出るほどほしいのであろう。
アート・工芸というものを仕事にしているわれわれからすればそのようなことを教育することの大切さは疑う余地のないことなのだが、教育の現場からなくなりつつあるということはこれを不要だと思っている人たちもたくさんいる、いやそれが主流だということだろう。確かに偏差値には関係ないし、有名大学に行くことが教育の目的だとすれば不要なものになってしまうのかもしれない。アートが青少年の教育に対してどのような効果を示すかということをデータで示すことは難しいと思う。でもデータで示すことが難しいからこそ、答えがないからこそ想像力とか自己表現の修練の場になるのだろうし、そもそも数学とか物理とかもアーティスティックな局面はたくさんあると思う。
教育というものが私の仕事と直接つながることはないのだけれど、アートとか美術の教育がなくなるのはあまり喜ばしいことではないだろうし、ではどうして大人の世界ではそれが急速に広まっているのか疑問を感じてしまう。この問題はもう少し考えていかなければいけないな。
2005/2/15
午前中はSE工法についての説明をNCNの上川畑さんより受けた。この工法は木造建築の接合部分を金物工法とすることにより通常の在来工法よりも耐力を高めて筋交いの量を少し減らせるというもの。一軒一軒の家の構造計算をしているますいいではその建物ごとにそのような工夫をしてきたのではあるが、このような既成の工法を取り入れてコストダウンを図ることも必要なのかとも思う。どちらにしても似たような工法がいくつかあるのでほかの説明も聞いてみないことには結論は出せない。夕方4時ごろ先日相談を受けていたバイオジェノミクスの金田さんに資料を渡す。それ以降事務所にて雑務。
2006/2/12〜14
土曜日にワールド主催の設計コンペを無事提出できたので2泊3日で予定通り滋賀県に旅行に出かけた。といっても気ままな一人旅というものではなく川口市の数人の仲間との旅行である。私にとって滋賀県は妻の実家であり、年に2回ほどここ7年通して出向いているのだが、このように仕事仲間といくとまた違って見えるものでとても良い社会勉強になりました。
2006/2/9
今日は昨日の疲れからか、朝起きるのがつらかった。11時ダンス教室兼住宅を作りたいという方より相談を受けた。土地がまだまだということなので先の話になると思うのだが、若い方の独立開業に備えての建築は普通以上に気持ちがはいってしまう。これも自分に照らし合わせてしまうからだろう。夕方、川口のギャラリーにて篠原勝之(通称くまさん)を招いてのワークショップを行うということでその説明会をご拝聴。さすが押しの強い人だった。夜は事務所にてコンペ作業。と思いきや妻が風邪で寝込んでしまい急遽家事をやることに。子供の夕食を作り風呂に入れて、久しぶりに良いパパをやってしまいました。
2006/2/8
午前中事務所にて雑務。10時ごろ事務所を出発して板橋大和町の家の現場にて地鎮祭準備。12時ごろより地鎮祭開始。今日はお天気も良く、また良い神主さんにめぐり合わせたようでいつもよりしっかりとした式だったように感じた。終了後近所のお蕎麦屋さんにて昼食をご馳走になったのだが、コノ場所は東京都は思えないほどにしずかな場所だった。縄張りをしているときもほとんど車の通行もなく、興味を持った小学生数人に話しかけられたくらいでほかには何もなかった。周りを見渡すと築数十年の家がたくさん残っていて、お蕎麦屋さんに行く途中には銭湯まである。いわゆる東京の下町の風景は普段気づかないけれどこういう路地を入ったところにはまだまだ残っているようだ。夜は地元青年会の会合へ。川口の町を建築というものを通してもっと豊かな街にしたいという思いで、はじめたコノ仕事ではあるが徐々にこのような団体にもお付き合いの輪が広がってきた。それにしてもみんな元気で、ついていくのがやっとという感じ。
2006/2/7
午前中は赤羽台の家のプラン検討。クライアントが作り上げたプランをもとに実際に図面を作成してみた。前回の打ち合わせのときに希望のあった屋根の上を屋上に向けて上ってく階段など、難しい点もいくつかあったがきれいに収めることが出来そう。明日は小さな模型を作って検討してみよう。午後、川口駅にて小用。そのごRDRにて設計作業進行状況の確認。夕方より事務所にてコンペ作業。12時ごろ終了。
2006/2/6
午前中は事務所にて赤羽台の家のプラン検討など。途中上棟作業中の伊奈の家の現場より連絡があり丸太の通し柱が1本足りないとのこと。少々耳を疑ったが材木屋さんを確認してみるとなんと倉庫の中に柱が・・・・。急遽トラックに積み込み現場に運搬してもらった。13時ごろ事務所を出発して上棟作業の現場チェックへ。現場に着くと思ったよりも作業が進んでいない。途中からわれわれ二人も作業に加わり17時ごろようやく終了した。それにしても柱を忘れるとはなんとも困った材木屋さんだ。何とか無事に終了したのでよしとしよう。19時ごろ事務所に戻りいつものようにコンペ作業開始。夜の12時ごろまで作業をした。
2006/2/4
8時30分田村とともに鳩ヶ谷八幡木の家の現場に向けて出発。大方の作業を終えたこの現場では今日いよいよ床の養生はがしを行う。床の養生が取れるまでの現場というのはなんとなく工事中の様相を漂わせているのであるが養生が取れるといっぺん、いよいよ完成に近づいたという実感が湧いてくる。10時ごろには大体の養生を片付け終わり軽トラックにごみを積み込む。ちょうどそのころ施主の吉田さんが現場に登場。きれいになった家の姿を見ていただくことが出来た。明日の日曜日にセルフビルドの床の塗装工事に備えてまずは床のサンダーがけを行うということで下見に来たようだ。昼食を取り事務所に戻ると新しいお客さんが社長と話をしていたので急遽参加することに。14時、唐沢さんというお客様来社。1時間程度話をして現場見学を案内した。終了後安行の家の現場に基礎コンクリート打設後の様子を見に行った。今夜も氷点下まで気温が下がるということなので養生のためにブルーシートで基礎全体を覆うことを基礎工事業者に指示し、その足で赤羽の黒岩さん宅に打ち合わせに出向く。こちらでは黒岩さんが考えたプランの説明をしていただいた。このクライアントは自分で自分の家を設計している。というわけで通常の打ち合わせとは逆にわれわれがプレゼンテーションされる側になるのである。終了後、もう一度安行の家の現場確認をして事務所に戻った。その後、コンペ作業などで少々疲れ気味だったみんなを癒すためにスタッフを連れて食事に。早く帰るつもりが結局2時まで・・・。
2006/2/1
今日は朝から板橋大和町の家の契約書類作成。途中知り合いから川口駅前に飲食店を出展したいとの相談があり、30分ほど話を聞く。11時30分板橋大和町の家のクライアントである伊藤様宅にて契約手続き。12時30分ごろ事務所に戻った。事務所に戻ってからは昨日に引き続きコンペ資料作成。夜12時ごろ終了。
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