2006年
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2006/1/28

午前中は事務所にて今度参加するコンペの案を考える。大体の方向性か決定した。午後から鳩ヶ谷八幡木の家に山崎と二人で向かった。現場には既に吉田さんとスタッフの田村が到着していて、電気屋さんが作業をしていた。足場は既に解体され、吉田さんのセルフビルドの施工部分である寝室の壁の珪藻土の施工も終了していた。全体的に非常にきれいに仕上がっていて印象が良い。出来上がりが楽しみである。4時ごろ現場を出発しそのまま二人で岩槻にあるヒノキ工芸にお邪魔した。こちらは自宅の家具の件での相談なのだが、社長の戸沢さんと3時間以上も話しをしてしまった。なんともパワフルな60歳でこちらが逆に元気付けられてしまう。磯崎新、安藤忠雄、などなど名だたる建築家と一緒に仕事をしてきたそうだがこのパワーがそうさせたのだろう。8時過ぎ事務所に戻り再びコンペ作業。10時過ぎ終了。

2006/1/27

朝から新しいスタッフの面接などを行う。ほか雑務。

2006/1/25

今日は朝一番で西早稲田の丹羽さんの家のメンテナンスに伺った。丹羽さんの家は4年ほど前に建てた家なのだが今回は屋根のトップライトと外壁の塗装のメンテナンス。終了後早稲田大学石山修武研究室へ。偶然にも石山さんが在室しており10分ほどお話をすることが出来た。しばらく行かない間に大学の様子も少しずつ変っていた。でも石山さんのあの異様な目の輝きだけは変っていないようだ。自宅の増築計画について相談をすることが出来たのでこれからが楽しみである。12時30分事務所に戻りすぐに工業病院にてひざの検査。結果はいたって良好。続いて麹町にある屋久島パインさんを訪問。しばし屋久島についての思い出話などを楽しむ。19時帰社。事務所にて雑務。

2006/1/24

今日は事務所のメンバーと一緒に静岡県天竜市にある秋野不矩美術館に行ってきた。この建物は秋野不矩さんという画家の作品を展示するための美術館で8年ほど前に完成した。先日読んだ「藤森流自然素材の使い方」という本の中で紹介されているのを読んでから実物をみてみたいと思ったのだが、建物の雰囲気というかそこにこめられた人間関係というかドラマのようなものを体感できるのかな、という期待感を持って訪れた。そのドラマについてここで書くと非常に長くなってしまうので興味のある方は彰国社より出版されている先ほどの本をご一読いただきたい。実際に訪れてみて一瞬これはディズニーランド建築なのではないか、つまり自然素材を現代的な方法でまた現代に要求される性能を満たすように表面的に使っているという考え方とコンクリートの構造物の表面にFRPの疑岩を貼り付けているディズニーランド、確かに藤森さんは本物の自然素材を使っているけどやっていることはおんなじなのでは、という考えが頭をよぎった。約1時間ほど館内にたたずみ始めはほかの建築家に頼もうとしていたという秋野さんが何で藤森さんに依頼したのかを考えた。秋野さんは日本画家だから岩絵の具を使って絵を描いていた。藤森さんもそういえば自然素材や植物は使うけど自然素材のようなものや植物のようなものは使わない。秋野さんはインドの自然観、宗教観、人間を描いていた。大きな自然観を中心としてすべてのものはなくなりまた違う形でよみがえる、そんな仏教的な自然観と藤森さんの自然素材が共鳴したのかな。それとももっと単純に藤森建築のような暖かい空間で永遠に眠りたいと思ったのかな。そんなことを考えながら岐路に着いた。

2006/1/21

午前中事務所にて雑務。11時ごろ土地探しをしているご夫婦が相談に訪れた。川口市より少し北のほうに行ったところにある春日部市に探しているということで、何らかのご協力は出来ると思う。この方もそうなのだが最近来る方はどちらかのご両親が暮らしているところの近くに家を建てる方が多いようだ。2世帯住宅も増えてきているような気がする。核家族化が進む中でさまざまなな社会問題や不安が露呈してきた今、もう一度家族のあり方のようなものが見直されているということなのだろうか。夕方、赤羽の黒岩様宅ご訪問。約1時間ほどの打ち合わせをして前回ご主人か作り上げたプランと少しだけ違うプランのご説明など。この方は多分自分で自分の家を設計してしまう。そこで、少しでも良い方向にすすむように厳しい目で意見をしていくつもりだ。今回も無遠慮で少々失礼だったかもしれないけれど、結果的に良い家が出来ればきっと喜んでもらえることだろう。それにしても今日はすごい雪だった。滋賀県に住んでいたころに購入したジムニーが心なしか喜んでいるように見えた。

2006/1/20

朝6時ごろ目がさめる。昨日はたまたま居合わせた窪田棟梁の小学校の同級生の奥さんに民宿山水まで送ってもらい無事民宿で朝を迎えることが出来た。近くにある海中温泉に行こうかと思ったのだがあまりにもひどい雨に断念。そのまま食事の時間が来るのを待った。朝食を済ませ9時ごろ三宅さんのお宅へ。昨日は何も出来なかったので、4時ごろまでかけて完成写真を撮影させていただいた。引越しの片付けもままならない状況なのに一日協力してくださった三宅さん御夫妻には感謝したい。撮影を終え再び窪田棟梁登場。空港まで送っていただけることに。空港までの道中、何を話したらよいのやらいろんなことを話したいのだが言葉が見つからない。お互いに沈黙。たわいもない世間話。知り合いの現場に寄ったり、時間を調整しながら空港につき、荒天の中飛行機が飛べるということを確かめるといよいよ別れのとき。20歳の年の差を忘れ、硬く握手をして分かれた。また屋久島で仕事が出来る予感がする。実際にそういうおはなしがあるのだが、それだけではなくこれからもいろいろな形でこの島へは行くのだろうという気がする。そのときはまたこの棟梁と仕事をしてみたい。きっとまた大きな感動を味わえるだろう。11時帰宅。

2006/1/19

今日から一泊二日で屋久島の家の竣工検査。今日は、13時ごろ屋久島空港についた。空港に降り立つとひどい雨。この島は雨が降らない日がないくらい雨が多いので覚悟はしていたのだがせっかくの竣工検査が雨だとは運が悪かった。空港には既に移住を済ませている三宅さん御夫妻が出迎えに来てくださり、そのまま昼食。昼食を取ったレストランのご主人もやはり北海道から移住してきたということ。世界遺産に指定されてからこのような移住者が急激に増えているらしい。何もない小さな島にいるとは思えないような普通のお店に突然出会うことがあるのもそのほとんどが移住者によって経営されているからだろう。食事を終え早速新しくできた家に向かった。予想以上の出来ばえにしばし見とれる。完成までに2年を要したがやはり島の大工さんと一緒に仕事をしたことは間違いではなかった。正直初めてであったときは閉ざされた社会に突然飛び込んできた設計者を温かく迎えてくれているとは感じなかった。あまりにも遅い返答、見積もりを依頼してもなかなか動いてくれない、などなど途中でやめようと思ったことも何度も会ったのだが今は確実に深い信頼関係が築けている。大工さん立会いの下の竣工検査が終わり、そのまま棟梁の久保田さんに連れ出されて居酒屋に向かい少々飲んだ後に言われた「俺の息子の就職をさせてくれないか」という言葉を聞き、うれしくて涙が出たのまでは記憶しているがその後はどうなったのやら。

2006/1/17

今日から、中青木事務所前のガイコウ工事が始まった。庭全体のレベルを100ミリほど下げそこに割ぐり石という直径10センチメートルほどのごつごつした石を敷き詰める。それをプレートでしっかりと転圧し最後に山砂をその隙間につめていく。そして仕上げは芝生の種をまくと春先には芝が育ってその間からぐり石が顔を出すという具合になる予定。工事は大体4日ほどで終了すると思うのだが今日のところはとりあえず2トンダンプ7台ほどの残土を処分するところまで進めることが出来た。午前中はもろもろの作業内容などを確認して、午後からはRDRにて赤羽台の家のプランについての再検討。再検討といっても私が考えるのは初めての機会で、「再」というのはクライアントがプランだけでなく1/50の模型まで作っているからである。基本的によく考えられているプランでしかも建て主が考えたのだからそのままで良いといえばよいのだがここはもう一度原点に戻って考えてみることにした。7時ごろ、大まかなプランを終了し池上に模型作成の指示を出す。その後雑務。所用のため外出し午前1時30分ごろ帰宅。帰宅してみると我が家の仲間の一人であるポメラニアンの茶々丸がいなくなったというので2時30分ごろまで探し回るも見つからず。あきらめて就寝。

2006/1/14

朝から安行の家の地鎮祭の準備。といっても今日はなんとも雲行きが怪しい。天気予報では午後から雨が降るということでテントを建てて望むことにした。11時30分ごろ予定通り地鎮祭を始める。天気のほうは何とかもっているが今にも雨が降りそう。12時ごろ終了。それほどの荒天になる事はなく無事終了できたことが何よりの幸いだった。午後からはRDRにて三鷹の家の進行状況の確認などの雑務。

2006/1/13

午前中山崎と二人で蕨の家の写真撮影。明日完全に引越しをされるということで最後の撮影となった。午後から、御茶ノ水南洋堂にて本を購入。その足で南青山の岡本太郎記念館見学。帰りがけに歩いた表参道には安藤忠雄氏による同潤会跡地の建設が完成を間近に控えてお披露目されていた。コンクリート打ち放しの壁面とステンレスカーテンウォールの外壁を見ていて不思議とその建築がつまらない公共建築に見えた。かつての風格アルアパートの姿はその面影すら残っておらず、けっして揺るがないきれい過ぎる建築がそこに置かれていた。つづいてナディッフに立ちより再び本を物色。6時30分事務所に戻った。

2006/1/10

午前中から夕方まで、事務所にて見積書作成などの雑務を行う。6時より所用のため外出。深夜帰宅。

2006/1/9

朝7時事務所を出発して伊奈の家の地鎮祭へ。途中鳩ヶ谷市で懇意にしていただいている地主さんの家の裏庭にある竹やぶにて地鎮祭の際に使用する4本の竹を取りトラックに積み込んで現場に向かった。現場に着き、早速準備を始めた。くいを打ち込んでそこに竹を固定し、荒縄を縛り付ける。砂の山を作ったら出来上がり。渡邊さんご家族とご両家のお父さんが参加した地鎮祭も無事終了し引き続き建物の位置だし作業に入った。建物の位置を調整しながら決定し、くいを打ち込んで地面に明示するわけだが案の定ご近所さんからいろいろな注文を受けた。民法で60センチ離すように決まっているからそれ以上は離してくださいなんて言っていたけど民法は50センチである。結局敷地に余裕があったので5センチだけ余計にずらして無事解決。ほかにもレンジフードの向きなどを注意されたのだが、まあ隣の方の気持ちになれば気になるのも当然である。これからの話し合いが必要だろう。4時ごろ事務所に戻り雑務。6時30分ごろ赤羽台の土地を購入したkさん御夫妻が相談に見えた。なんと50分の1の模型まで出来ている。それもかなり正確に。自分で家の設計をしたいといってくる人はよくいるがここまでやる人は珍しい。これからじっくり拝見してみていろいろアドバイスをさせていただこうと思う。9時30分ごろ終了。

2006/1/8

年末から新年にかけて時間があったのでいくつかの映画を見たり本を読んだりした。ツタヤなどに足を運んでみるとどうも最近「日本の・・・」をうたったものが多いような気がする。阪本順治の「亡国のイージス」、佐藤純彌の「男たちの大和」、「戦国自衛隊」、長淵剛の「大和」などなどがそれである。そしてテレビでは小泉首相の靖国参拝についての議論が討論形式などで報じられている。
アメリカを中心とした帝国主義への反発心と、中国などの近隣諸国との不和による不安の中でどのようにしたら日本という国ならではのアイデンティティーを確立することが出来るのかという思いからこのような現象が起きているのだと思うがそもそも「日本らしいもの」とは何なのだろうか。
先ほどの映画のように「大和」などというわかりやすいキーワードで示されるものがそもそもの日本の姿なのであろうか。少なくとも大和が日本の姿でないことだけは確かだと思う。それは戦争というかなり特殊な状況下において作り上げられた英雄的なイメージを利用し日本の象徴的なイメージを作り上げているだけのように感じられる。
アルテレビ番組の中でホリエモンが「小泉さんって靖国に行って何の特があるの?」と聞いていた。この問いを聞いていて小泉首相の「日本人として戦争でなくなった人たちの霊を弔うとともに戦争を起こさない決意をするためだ」という言葉との間にはかなりのギャップを感じた。でもこの意見はいろいろな意味で国民の支持を得ようとしているという本当の答えをのぞいてしまえばアンガイ的を付いている意見だとも思える。もっともその支持を得るということが政治家にとって一番大切なことであるわけだけれど。
私は建築を造ることが仕事なので上記のようなことはおいておくとして、今建築の世界も非常に多様な局面にさしかかっているような気がする。高級ブランドのテナントビルの設計を有名建築家がこぞって行う。そしてそこでは必ずといっていいほどコンピューター解析による複雑な構造形式が用いられたり、新しい素材への挑戦が行われたり・・・。その一方ではまたまったく違ったことがおこなわれていたり。そしてそんな中で最近、建築関連の出版物の中に「日本の・・・」というものが急激に増えてきたような気がする。これはどうやら建築の世界でもおなじような動きがあるようだと思わないではいられない。しかしながら1933年にタウトによって定められた将軍的なもの「いかもの」天皇的なもの「ほんもの」というような理解はいささか古いような気がする。天皇的な桂離宮も日本の建築であり、将軍的な東照宮もまた日本の建築である。そしてそのどちらにも属さない民家のような建築もそうだ。
大和、靖国に頼った日本意識の回帰と建築における天皇的なものだけを見ようとする気持ちが一緒だとしたら、そこにはとらわれない建築における日本的なものを探すことが出来ないだろうか。要するに歌舞伎も能も相撲も演歌もみんな大和と同じ価値があるということで、浮世絵や和歌や俳句なども同じように価値があると考えるべきなんだと思う。
ま、ま、そんなことを考えながら正月あけの日曜日を過ごしました。

2006/1/7
本日より仕事始め。皆様、あけましておめでとうございます。今日は顔合わせをかねての新年会ということでますいいのスタッフ一同、SYMの慎さんとその後輩さんたち3名、小野建築設計の小野さん、添田建築アトリエの添田さん、モリチュウの森さんと社員の方1名の総勢18名が集まり事務所前のテントの特設会場にて夜の11時ごろまで今年の抱負などを語り合った。新年早々少々飲みすぎてしまいました。

 
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