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2005年
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2005/9/30

昨日は阪神が優勝した。予定していた打ち合わせが突然キャンセルされたこともありみんなで近くの焼肉屋さんにて試合中継を観戦していたのだが思ったほどの盛り上がりはなかった。体制に立ち向かう姿が印象的だった阪神がいつの間にか体制になってしまったのか。それとも体制なんていうものがなくなってしまったのか。牽引力のあるリーダーを失った野球界の姿は見るに耐えないものであり、今はなきナベツネの老いぼれた勇姿だけが惜しまれるのであった。

今日は伊奈の家の最終見積もりを行った。それほどではないが予算はオーバーしている。安いはずの木質パネルの値段が思ったよりも高かった。方針を変更する必要があるかどうか。2,3日冷静に考えてみようと思う。

上尾の家の模型は完成に近い。小さくしたプランの中で住みやすそうな魅力的な家が出来た。プレゼンするのが楽しみだ。

2005/9/27

昨日に引き続き大和町の家の軸組み図・矩形図を作成。途中、11時30分蕨駅西口の三井住友銀行にて東川口の家の引き渡して続き。出会ってからかれこれ2年近くが建つのだがようやく新しい住まいを提供することが出来た。2世帯住宅計画に始まり、一般住宅計画への変更をへて土地の購入そして新築。非常に長いスパンでのお付き合いだっただけに感無量の思いであった。13時ごろ帰社。再び、大和町の家の作図作業に没頭。夕方より蕨の家、西青木の家の現場進行状況打ち合わせ。

2005/9/26

終日、大和町の家の軸組み図、矩形図作成。

2005/9/25

久しぶりにラグビーの練習に参加できると思っていたのだが台風の影響で中止。ということで家族ともども長野県富士見市にある入笠山に行ってきた。先週はOB回ということで山に登ることは出来なかったが今回は2歳の長女を含め全員で山頂まで登った。山から下りて湿原を歩き先週行った早稲田寮まで歩いた。早稲田寮から車を止めたマナスル山荘までは自動車道になっているので帰りはそこを歩いて帰ってこることにした。歩き始めると早稲田寮の隣にはなんともいえない雰囲気の入笠山荘という小屋があった。外壁は杉板張りで玄関ドアには手作りの掘り込みがしてある。ガラス張りのホールは雪の多い地方では考えられないほど開放的であり構造的に大丈夫かと心配してしまうほどだった。その隣には小さな小屋がある。その中に一人中年のたくましい男性がいてなにやら作業をしていたので、話しかけてみた。ここは泊まれるのですかと聞いてみるとその男性は、はい、と答え山小屋の案内用に作ったこれまた手作りのカードを持ってきてくれて奥様を呼び出し小屋の中まで案内してくれた。そこからは奥様が代わってわれわれの相手をしてくれた。屋根の上の露天風呂、先ほどの心配になりそうな大きなガラス壁、玄関ドア、どれもこれもこだわりの手作りでだんなさんが一人で作り上げたらしい。カレンダーの裏面に図面を引き、材料を段取りして、加工して組み立てる。そこで目にした仕事の一つ一つはプロの目から見るとちょっと問題のある、でも素人が作りやすいように工夫された収まりが利用されていた。屋根の上の露天風呂まで伸びる渡り廊下などは現代建築雑誌も顔負けの斬新で挑戦的なつくりになっており視覚的にも周囲の風景になじんでいて心地よい。お話によるとここは乳笠山の山頂付近にある宿泊施設であり、家族連れなどのお客様から合宿の生徒さんたちのような団体客まで受け入れているとのことだった。北の国からに出てくるような風景の中でこだわりやさんの仲のよい夫妻ががんばってやっている小さな山小屋との出会いにちょっとうれしさを感じた一日だった。

2005/9/24

大学時代の友人の結婚式に出席するため朝8時ごろより神戸に向かった。新神戸の教会にて式を挙げその後、北野ホテルの披露宴に出席して夜12時ごろ帰宅。事務所にてメールなどのチェックをして自宅に上がった。

2005/9/23

10時ごろ上尾の家の打ち合わせ。今回は要望をめいいっぱい取り入れた44坪のプランを作ったので次回はちょっと絞った38坪のプランを作ることになった。今回の打ち合わせは初めてのプレゼンテーションだったのだが家作りで一番難しいのはやはり多くの夢と現実にかかる予算との調整だ。その際に広さというのは大きな要素となるわけだが、無駄な広さであるならば計画の初期段階で削除しなければならない。広さが無駄かどうかを判断するには大きなプランや小さなプランなど作ってみて比較してみるしか方法はないわけで、この作業はいわば必然なのである。というわけで、次回のプランがよく出来ることを期待したい。終了後、大和町の家の図面作成、模型作業など。

2005/9/22

連休と連休の谷間の3日間、なんとなくの日々が過ぎていく。これではいけない。建築に対する熱い思いが日々の仕事の中であふれるような事務所になろうとの決意をくりかえす。

2005/9/21

事務所の運営について山田と夜中の1時過ぎまで話し合う。更なるレベルアップのため何とかしたいの思いが強いのだがスタッフの気持ちの変化に期待したい。

2005/9/19

日曜日の日記を読み直した。最後のまとめが何かおかしい。事実と違うことを、考えてもいないことを書いてしまった気がする。おかしい部分を削除して続きを考えてみた。でも何を描いてよいのか分からない。要するに懐かしい人たちをあって、見たこともないご老体の先輩方に会ってただただそういう伝統あるクラブ活動の一員であったことを喜んでいただけなのである。今の世の中そういう伝統とかいうものを毛嫌いする傾向がある。若者はだんだんと一人で行動するようになりクラブ活動というようなものには参加しない人が増えているようだ。理不尽な上下関係、わけの分からないしきたり、そういうものに縛られた現役時代のすべてが必ずしも笑顔で満ち溢れていたというわけではないが、だからこそその苦労の思い出を語り合える仲間と会ったときの喜びも大きいのである。

今日はいつもよりちょっと遅く9時30分ごろ事務所に下りた。午後2時から足立の2世帯住宅のプレゼンテーションの予定があるので資料の準備や打ち合わせを行った。事務所での説明を終えて東川口、蕨と現場を案内。夕方17時ごろ打ち合わせを終了した。

2005/9/18

朝9時、息子と二人で家を出て長野県の入笠山を目指した。ここは、私の通っていた早稲田中学・高校のすずらん寮がある場所でその時代山岳部に所属していた私は冬山のトレーニングなどで足を運んだ。また中学3年生のときの林間学校や高校3年のときの受験合宿などでも利用した思い出深い場所である。そのすずらん寮に山岳部の上は70歳近い方から下は大学生まで総勢40名が集まった。いわゆるOB会が始まったのは予定より1時間ほど遅れた夕方5時。食料班が渋滞に巻き込まれて到着しなかったので思い思いに持ち寄った日本酒やウイスキー、ビールなどを飲みながらすごした。全員そろったのは7時過ぎで、それから自己紹介などなど。私は次の日が仕事だったので、11時ごろ寮を出発。夜中2時30分ごろ自宅に戻った。それにしても昔の山屋たちのパワーには圧倒される。誰も踏み入れたことのないルートを開拓するパイオニア精神を持て。そうさけぶ70歳近い山岳部の創始者には今の若者には見られないパワーがみなぎっている。いわゆる反骨精神だ。

2005/9/17

午前中東川口の現場にて竣工検査ならびに写真撮影、午後からは安行の家の打ち合わせ、伊奈の家の打ち合わせ。

2005/9/16

午前中は新築を相談されていた上尾の家のプランを作成した。ここ一週間くらいかけて練っていたアイデアをまとめることが出来たので、来週には模型になるだろう。午後からは足立の2世帯住宅のプランについてのミーティング。山田、山崎とともに来週の月曜日に提出するための資料についての打ち合わせをした。夕方、大和町の家の平面図作成状況チェック。夜は伊奈の家の見積もり内容の最終チェック。約200万円の予算オーバーだけにこれからの調整作業が難しそうだ。

 

2005/9/15

午前中、以前見学に行った茨城の学園都市にある木質工法の家の見学に行った。3ヶ月前に上棟したのでそろそろ終わるころかと思ったがいまだ内装工事中。初めての大工さんではいろいろと苦労しそうだ。事前に改善できる点を探し出し早速図面に反映させた。午後からは足立の2世帯住宅の概算見積もり書作成。設計を担当している山田のプランに基づき大まかな仕様の決定や見積書の作成を行った。終了後大和町の家の図面進行状況チェック。とはいえまだ描き始め。こちらの作業はもうしばらくかかりそうである。

2005/9/14

午前中大和町の家の打ち合わせ。午後からは伊奈の木はこの見積書作成など。

2005/9/13

午前中鳩ヶ谷の家の工事準備書類作成。午後から社員全員で東京にある建築見学。目白の椿山荘の向かい側にある丹下健三の名作「東京カテドラル」、およびすぐ近くにある菊竹清訓の「スカイハウス」、石山修武「観音寺」を見てきた。夜はそのまま東銀座の歌舞伎座へ。勧進帳を一幕見席で観劇し解散。今後も月に一度程度このようなミニツアーを開催して行こうと考えている。東京にはまだまだ知らないところがたくさんある。どんどん増殖し続ける東京の姿も見なければいけないしそれと同時にうしなわれて行く姿も見届けなければいけない。最近ものすごい勢いで増え続けている高級ブランドの建築家によるビルも今の時代に特徴的な建築家の利用のされ方だし、六本木ヒルズのような超大型再開発もこの時代の特徴だろう。都市の近代化による急成長の時代のなごりからその衰退時期を経て安定期における新たな都市の生成を同時に体感できるという意味で今の東京ほど面白い場所はない。次回の開催が楽しみである。21時帰宅。

2005/9/12

今日は西青木の9坪ハウスの上棟作業。現場が狭いということもあり、急遽クレーンを取りやめ人力で上棟することに。しかもいつも来てくれている鳶さんが一人怪我をしてしまっていないとのこと。何とか3人で組み立てていたが、普段は涼しい顔をしている大工さんまで汗びっしょりになって手起こし作業を行っていた。普段からほかの現場も一緒にやっているので、こういう時に助け合いの意識が生まれてくる。そして、たとえ一人少なくてもみんなの力で何とかしてしまう。予想以上にそういう効果が生まれていたことに驚きそしてうれしかった。まるで現場がひとつのチームのように機能していた。とてもよい傾向だと思う。夜は19時過ぎに草加で家を建てたいとの方より2回目の相談を受ける。

2005/9/11

昨日くらいから子供が39度の熱を出している。家中にウイルスが蔓延しているせいだろうか、どうも体調が優れない。何とか選挙にはいったが、それ以外は家でゆっくりと過ごした。それにしても、自民党の圧勝には驚いた。数年に一度くらいはこのような強力な指導者のもと社会を揺り動かすときが必要なのかもしれない。そして今回の結果は国民がそれを望んでいるということだろう。利益誘導型の古いやりかたが否定され、都会的な政治一色になってくるとまた次の時代には元に戻るに違いない。なんといっても、みんなないものねだりなんだと思う。

2005/9/10

午前中川口市の2世帯住宅の打ち合わせ。午後から、東川口の現場養生はがし、清掃、残工事チェックなど。

2005/9/9

午前中は蕨の2世帯住宅の現場チェック。サッシの取り付け、外壁の下地などを順調に進めている。中間検査も無事終了した。午後からは庭の柵を池上と二人で作成。久しぶりに木杭など打ち込んだら手が痛くなった。「どうも最近夜中に目覚めることが多い。目覚める前に見る夢の中では決まってどこかの住宅のプランを考えている。これは住宅病だ。一度頭の中をリセットしないといけない気がする。昨日の晩も、夜中に向田邦子の「あ・うん」をよんだ。1時間くらい読むと再び眠気が襲ってくるはずなのに、この本はどうも面白くてなかなか眠くならない。これではまた明日も寝不足になってしまう。」と書いている今がその寝不足のとき。そういえば今回は珍しく4日間も禁煙が続いている。しかもあまりすいたくならない。どうやらこのままやめられそうだ。

2005/9/8

午前中、浦和に家を建てたいという方の相談。終了後、桶川の家に思いをめぐらす。夕方、川口の2世帯住宅のプレゼン資料作成に向けた打ち合わせ。こちらは、2回目のプレゼントなるわけだが今回はさまざまなバリエーションを見ていただこうと考える。それにしても2世帯住宅の場合若い世帯と85歳のご婦人の意見の調整に苦労しそうだ。

2005/9/7

10時、大和町の家の打ち合わせ。午後から桶川の家、伊奈の家の敷地調査。

2005/9/6

午後1時ごろ桶川に家を建てたいとの相談を受ける。16時、少々調子が悪く病院へ。タバコやめようかなの決断をする。

2005/9/5

午前中、大和町の2世帯住宅のプランを考える。というのも方位学の関係で若干の変更が生じたからである。私自身個人的には方位学のようなものはそれほど気にしないのだが、日本の気候や風土を考えて考え抜かれた先人の知恵というのはそれほどないがしろにするべきものでもない。現在の住宅建材は進歩しているから大丈夫という話をよく耳にするのだが、敷地条件やさまざまな条件と比べてそれほど無理なく出来るのであれば方位学も考慮したほうがよいに決まっているのである。がんじがらめになって破天荒なプランを作ることは論外だが今回はどうやらうまくまとまりそうなので一安心。夜7時より「松五郎」にて、北欧に建築見学に行っていた山崎の報告会を開く。1898-1976年に生きたフィンランドの建築家であり工芸家でもあるアルヴァ アアルトを中心にした建築を見てきたとのこと。なんともうらやましい限りです。

2005/9/4

午前中自宅にて読書。五十嵐太郎「現代建築のパースペクティブ」読破。シンプルでミニマルなデザインが横行するポスト・ポストモダンの時代の東京や地方の商業建築や住宅、公共建築などを通して現代建築の様子を探るという内容だ。この本、東京建築ガイドとしても利用できる。午後は、川口ラグビースクールにて子供たちの指導。夕方より、向田邦子の「あ、うん」を読み始める。

2005/9/3

9時より、伊奈の家の打ち合わせ。照明設備や開口部の話などかなり具体的なことをお話した。13時より足立の家の打ち合わせ。こちらのほうは初めてのプレゼンだった。信頼されるまではまだまだ時間がかかるだろう。18時より南浦和のヴェルビ武蔵野にて地域活動の会に参加する。夜中1時帰宅。

2005/9/2

今日は鳩ヶ谷市の武蔵野銀行にてますいいハウス02の引渡しを行った。その後現場にて施主によるチェック。夕方5時ごろすべての作業を終了して事務所に戻った。

2005/9/1

朝から、東川口の家の現場にて外壁ガルバリウム鋼板の清掃作業に立ち会う。3日の足場の解体に備え防水処理などの不備が無いかなどの点検も。一部コーキング処理を施し作業終了。12時、帰社。午後は事務所にて板橋の家、足立の家などの打ち合わせを行う。最近ますいいでは2世帯住宅の相談をよくお受けする。上記の2件も2世帯住宅である。同時進行で、川口の家もそうだ。明日引渡しのますいいハウス02も2世帯である。2世帯住宅には大きくわけで、二つのパターンがある。ひとつは設備や玄関などを共用する非分離型タイプ。もうひとつは完全分離型のタイプである。どちらがよいというわけでも悪いというわけでもないし、それぞれの家庭の事情によって家族の密接度というのは微妙な違いがあって当然であるので、それをこちらがコントロールすることが出来るわけはない。しかし、この核家族化が進む現代社会において二つの家族がともに暮らすのであるから何らかの生活スタイルを提案するべきである。上記の物件の担当の山田からは、「中庭を介しての柔らかな干渉」、「緩衝地帯を挿入することでの新しい考え方」、など斬新なアイデアが次々に飛び出す。そのすべてが実現するとは思えないが、いくつかはクライアントの意に沿う形として実現するだろう。2世帯住宅にはさまざまなメリットがある。その大きなものとしてはなんといってもコストだ。土地代金がかからないということで、多くの場合は親世帯が土地を提供し子供世帯が建築費用を負担する。約50坪くらいの建築を建てたとしてもその予算は3000万円くらいだから土地の購入からする人に比べたら3分の2くらいの予算ですむ。しかも将来はその建築のすべてを子世帯が利用することができるのである。日本の総人口は8000万人にまで減少するといわれている。今より4000万人減ってしまうのである。緑を切りたおし、山を削り土地を開発しても近い将来それらを必要とする人はいなくなってしまうのである。都心部は心配ないと思われるが郊外型の乱開発地区の50年後の姿を想像すると、またひとつ取り返せないことをしてしまった人間のおろかな行為が目に浮かぶのである。それならば今ある宅地に集まってすむという2世帯スタイルをもっと積極的に取り入れてもよいのではないだろうか。そしてこの分野でのさまざまな発展がわれわれ建築家に望まれているような気がする。

 
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