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2005年
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2005/7/31

今日九十九里の海岸で偶然、以前建てた家のオーナーにあった。こちらが波打ち際で子供を遊ばせているとすぐ近くに同じように子供を遊ばせていたのである。こんなことがあるものなのかと一瞬目を疑ったが何度見直してみてもやはり私の知っているHさんの顔だったのだ。昼を過ぎるころ、急に天候が崩れた。空には雷がとどろきあめはまさにバケツをひっくり返したように降っていた。昔登山部にいたころ山で見た雷によく似ていたので、私たちは海の家の屋根の下から一歩も出ることなくおさまるのを待っていた。すると、いかにも近くに落ちましたというような轟音が鳴り響いた。そして数分後に救急車と救急ヘリコプターがやってきた。帰宅後のニュースで知ったのだが隣の浜で7人の被害者が出たらしい。雷雨も収まりさて、家路に着こうとすると車が動かなかった。どうやら妻が停車中にエアコンをつけて子供を眠らせたらしく、バッテリーが上がったようであった。充電して事なきを得たが、なぜか車の後部座席の唯一のドアがあかなくなっていた。こういう日は一体何なのだろう。神様のいたずらか・・・。なんとも楽しくそして疲れた一日だった。
 
 
2005/7/30

埼玉県のリフォーム業者が逮捕されたというニュースがしばらく世間をにぎわせていたが、あの工事の状況をテレビなどで目するかぎり、よくまあそこまでやるなと言いたくなるくらいひどいものであった。床下に使う鋼製の束が天井裏の垂木を支えていたり、何もないところに継ぎ手金物が施工されていたり、あまりにもめちゃくちゃでものも言えないほどである。なんでも被害者の多くは一人暮らしの老人で、悪徳業者たちは半分脅しとも言えるような営業を行っていたらしい。この事件がきっかけで埼玉には老人支援のための団体「要援護高齢者等支援ネットワーク会議」が結成された。なんでも、老人宅を訪問した際にいろいろと相談を聞いたりアドバイスをしたりするらしい。その構成員は銀行や、新聞配達業者ということである。ちょっと待ってほしい。どちらも、老人の持つ眠った現金を掘り出したい人たちではないか。もしそこに証券会社とか金のバイヤーとか宝石販売業者とかそんな人たちが混じっていたら。リフォーム屋さんは間違っても仲間に入れてもらえないと思うけど、大手のハウスメーカーなどが入ればまさに完璧。名前の通った信用のアル、たかりや集団の出来上がりである。

大体判断力がなくなった人をひとりで暮らさせている状況がおかしいとは感じないだろうか。中には身寄りがない人もいるかもしれない。どうにもならない事情がある人もいるだろう。しかし、ニュースを見る限りとてもよい判断力を持った中年のお子様たちが親のお金を取り返そうと必死な様である。いつのころから日本人は親と一緒に暮らさなくなったのだろう。2世帯住宅を作ることはますいいの仕事のなかで中心となっているのだがこれはなかなかよい方法だと思うのである。たいていの場合土地は親が提供してくれる。そして建物のお金は子供が出す。全額でなくとも少しは出す。親は財産を提供する代わりに悪徳リフォーム業者にだまされる危険は回避できる。子供はとてつもないローンを組むことを逃れるのである。親と子供の関係とはこんなものではないだろうか。子供は人生の多くを一方的に親に助けてもらっている。私などいまだに親の家に、しかも一家4人で暮らしているのだ。10畳一間に妻と子供二人。ちょっと狭いけどまあ何とかなっている。もちろん家賃は払っているけどそれほど高いものではない。この不景気に好きな建築を自由にやり続けるためにはこれくらいの我慢は仕方がない。そして親には大変感謝している。だから、もし親が要支援者になっても要援護高齢者等支援ネットワーク会議の助けを借りることはないと思う。

2005/7/29

夏だというのに暑中見舞いがただの2通しか届かない。私はといえばかれこれ100通は書いた。しかもすべて手書きで書き上げた。普段使わない筆ペンなるものを使うと、1枚の手紙を書くのに3分はかかる。それを100枚だから300分、つまり5時間くらい手紙を書き続けたのである。建設会社をやっているので、お中元などの類はたくさん集まる。ローコスト住宅を作ることが多いので、それほど高価な仕事を出すことはないのだがそれでも仕事を出している以上その仕事をもらっているほうは盆暮れには何らかのものを贈らないときがすまないのか、まったく毎年毎年ビールやコーヒーがたくさん集まる。重ければよいと思っている人たちが多いから集まったものを運び出すのも一苦労である。

そもそも、お中元の「中元」は、道教の習俗「三元(上元・中元・下元)」のひとつで、陰暦7月15日をさす。 道教では、中元を人間贖罪の日として、一日中火を焚いて神を祭る盛大なお祭りが行われた。 のちに、仏教の「盂蘭盆会」と混同され、中元は祖先の霊を供養する日となった。 江戸時代以降、中元に親類や知人が往来し、盆の礼として贈り物をする風習が生まれ、お世話になった人に贈り物をする習慣へ変化していったということである。

こういう習慣がいけないとはぜんぜん思わない。ビールやコーヒーだって買えば結構なお金であるし、頂いたものが積み上げられているさまを喜ばない人はこの世の中にそうはいないだろう。しかし、ペリカン便のお兄さんの顔はいささか見飽きた。誰か一人くらい実際に顔をだしてくれるとか、はがきの一枚をそっと添えてくれるとかしてくれないものだろうか。そういえば私の祖母のところにはいまだに盆暮れになるとお使い物を持参した友人や親類の類がたくさん集まる。もう82歳なのでそれほど多くはないのだが、少なくとも私よりは多い。そして祖母自身も悪くなったひざを引きずりながら十勝の甘納豆を持ってあいさつ回りに出かけていく。そういえば私もまだ親戚回りをしていなかったっけ。日曜日にでも親類の家を廻ってみることとしよう。

2005/7/28

朝からRDRにて鳩ヶ谷の家の見積もり作業。約3時間ほどかけて材木の拾い出し作業を行った。RDRでは今、テンコインアートという企画展示をやっている。下の写真は会場前の朝の様子。焼き物とビーズアクセサリーが基本的にはテンコイン、つまり千円で売られている。買い物客の気持ちになってそれぞれの作品を見てみると、千円では高いなと感じるものもあれば、これはお買い得!!と感じるものまでさまざま。普段は倍以上の金額で売っているものもあるそうなので、この中から掘り出し物を探すのもひとつの楽しみだなあと感じた。昼食は久しぶりに外食。山崎、田村、そしてRDRの新人和田さんと一緒にそごうの10階にあるレストランへ。昼食の帰りに新しく出来たフットサルコートの下見。使われていないビルの屋上を改修してフットサル場にしているのだがこれがなかなかすばらしい。まだあまり知られていないらしく、利用客はいなかったが人工芝で仕上げられたコートでサッカーをしてみたいものである。それにしてもビルの屋上とは眼の付け所がよい。確かに都会にはなにも利用されていない屋上が無数にある。そして運動をしたいと考えている人も無数にいる。ニューヨークなどでは地上の土地建物と同じように屋上に立てられたペントハウスが売買されているが、日本の都市部でもそのような活動が活発になっていくのかもしれない。

2005/7/27

たまたま訪問してきた地盤改良屋さんの営業マンに聞いたのだがタマホームという激安住宅メーカーが関東に進出してくるらしい。何でも坪35万円程度で、家が建つということだ。部材や設備などの仕様を統一して家を建てれば安く出来るのは当然で、ほかにも建設業者で作る組合のような制度を利用して大量仕入れ制度の中での家作りを行うことで坪30万円程度で家を作っているところもあるのでそれほど驚くことはないのだが、そういうところが増えれば増えるほど、住宅の個性やデザイン性は失われていく。住宅は住むための機械であると考えればそんなものは必要ないのかもしれない。しかし、そこに住む人はみなそれぞれ違う人であり、そしてそれぞれに違った個性がある。そういうことを大切にして、家を作っていかなければ豊かな町並みやこだわりの家なんていうものは出来ないのでアルから、いっそうのこと各メーカーが消費者に均等に直接しかもヤスク物を売ればよいと思うのだが。なかなかそのようにならない現実にもどかしさを感じる。

2005/7/25

今日もまたエジプトでテロ事件が起きた。今回はエジプト東部シャルムエルシェイクでの同時爆破テロで、ガザラガーデンズ・ホテルという旅行客が泊まる施設が狙われた。以前から頻繁に起きているテロ事件を起こしているのはイスラム原理主義者たちなのであるが、この人たちの思想が完全に間違っているとは思えない。むしろ今の日本にはない崇高な考えを持っているようにも見える。だからといってあまりに過激な行動を次々に起こしてよいという話になるわけもなく、原理主義者たちの思想がこのような形でしか世の中に現れないことに非常に悲しみを感じてしまう。そもそも何かひとつの考え方に非常に強く縛られる生き方というものは美しいもので、アーティストなんかもそれに類似しているような気がする。彫刻を掘り続ける人、絵を描き続ける人、資本主義社会における合理性とは正反対のことをし続ける彼らにはある種原理主義的な思考回路が備わっているような気がする。政治とか経済の手段されていない本当の意味での信仰という崇高なものがあるのに、なぜその表現される形がテロリズムになってしまうのか。何かほかの方法がないものなのか。

2005/7/22

最近1500万円で家を作ってほしいという話がますいいに多く持ちかけられる。1500万円という予算で30坪だとすると単純に計算すると坪50万円程度ということ。決して余裕があるわけもないが出来ない予算では無い。ここで難しいのは何にお金をかけてなにを切り捨てていくかということ。すべてのものを中庸に選択していったのではまるで建売のような建築になってしまうだろう。それではわざわざ苦労してますいいまで来ていただいた方々に申し訳が立たない。こういうローコスト住宅こそますいいの本領発揮というところ。もっと徹底したコスト管理をしていかなければいけない。

2005/7/20

10時、板橋の家のIさん来社。家作りについてのミーティング。11時終了。すぐに蕨の現場に足を運ぶと、伊藤基礎さんが遣り方をしている。境界線からの離れやレベルなど基本的なことをチェックして12時帰社。13時30分川口工業病院にて3月に手術したひざの検査。筋力は順調に回復している。動き方もよいようだ。それにしても今日はすごい患者の量だ。午後の予約だというのに午前中の予約の患者さんがまだたくさんいる。川口市には大きな総合病院が二つある。どちらも最近立て直したり新しく作ったりした大型病院だ。そしてこの古い工業病院も拡張して建て替える計画があるらしい。都市部への人口集中が加速する中、川口のようなベッドタウンはベッドタウンとしての機能を充実させることでしかその役割を果たせないのかもしれない。しかしこの流れはいつまで続くのだろう。古い鋳物工場が次々に取り壊されて大型マンションに変わっていく。人口はどんどん増え続け、それに伴い駅前の風景も変わってきた。マクドナルド、スターバックス、おしゃれな若い主婦に受けそうな店が増え、昔ながらの商店街は鳴りを潜めている。昨年は駅前のマルイが閉店してそこに大きなゲームセンターが出現した。そのときはさすがに川口の終わりを感じた。荒川を一本はさんで東京都の隣に位置し、京浜東北線を利用しての通勤の利便性を考えると黒い煙をもくもくと吐き出す鋳物工場が操業できる場所ではないのかもしれない。しかし同時期に完成した超高層のマンション群が一同にその価値を失うときが数十年後に来るとしたらこの街の行く末は一体どうなるのか。経済発展が停滞し日本も欧州のような穏やかなときが流れる国に成り代わろうとするのではといわれているときに一人発展を続けるこの街がどうも時代に逆行しているように思えてならない。

2005/7/19

火曜日。13時ごろ屋久島に移住する三宅さんが見えて久しぶりに屋久島の家の打ち合わせをした。ここまで設計期間を1年半かけてようやく契約までたどり付くことが出来た。今日に至るまでには屋久島の久保田棟梁の無言のアドバイスで、片流れの屋根がいつの間にか切り妻に変更されていたり、丸太の梁が角材になっていたりと、通常の設計事務所と工務店という関係の中で生まれる進め方ではありえない工程をたどってきたのだが、予算的にはこの家が1500万円で出来れば東京だったら奇跡的な出来事だろう。おそらく2000万円はかかる。意匠的な話をすれば、屋久島で設計図どおりの家を作ってほしければ鹿児島の建設会社に依頼したほうがよい、若しくは北部にある大手に頼むほうがよいらしい。確かに会社としての体制が整っているところに依頼したほうが図面どおりのものを問題なく作ってもらえるということは理解できる。しかし今回はあえて移住地にある小さな工務店に依頼することにした。屋久島の気候は特殊だ。同じ島の北部と南部でも台風のときの状況はぜんぜん違うらしい。風が非常に強く吹くところもあれば割とおとなしいところもあるようだ。そういうことを地元で知り尽くしていて地元の島民の家をたくさん作っている大工さんだからこそ知っていることが必ずあると思うし、そういう経験から得られたアドバイスを取り入れて作られた家は多少無骨になったとしても長い目で診れば大きな価値があるのではないかと思う。それに何よりも普段は工務店として個人の大工さんと付き合っている私が大きな建設会社なんかに仕事を依頼してそこに施工管理のマージンを支払うなんてことを三宅さんにさせるわけには行かない。久保田棟梁ならばほとんど手間だけで家を作り上げてくれるのだ。「年収200万円あればここでは大金持ちだから」といっていた窪田棟梁だからこそ可能なことなのだろう。

2005/7/18

今日は家作り相談打ち合わせや、現場の進行状況チェックなどを忙しく行う。原因が分からないのだが右腕の付け根が痛い。寝違えたのだろうか。どうせすぐに直るのだろうがどこかが痛いだけで、なんとなく憂鬱な気分になるものだ。世間は3連休ということで、電話もかかってこない。ますいいは通常通り日曜日の休みしかなかったのだが、今日は6時ごろ作業をやめることにした。

2005/7/15

東川口の家電気配線、防水工事チェック。いよいよ板金工事が始まるので、各所のおさまりを検討する。12時帰社。昨日に引き続き伊奈の家収まり検討。

 

2005/7/14

終日伊奈の家の収まり検討。19時ごろ新宿にてオノデザインの小野と添田建築アトリエの添田とともに会食。みながんばっているようで、私もよりいっそうの研鑽を誓う。夜中1時過ぎ、帰宅。

2005/7/13

東川口の現場にて朝一番で打ち合わせ。今日は電気屋さん、水道屋さん、ユニットバス業者がきていて現場は少々混乱状態。本来ならこれに防水業者も加わるはずだったのだが朝からの雨で明日に延期されることになった。現場において雨時舞が出来ないのはなんとも落ち着かないのだがこの時期は仕方がない。事務所に戻り、今度は山田とともにTさんが購入した土地の現地調査に。しばらく現地で調査した後よく通りかかる道沿いにある風力発電装置の開発をしている方のご自宅に伺った。といっても知り合いというわけではない。その道を通りかかるたびに風に合わせてくる回る発電機の姿が目に入っていたので、いつか話しかけてみようと思っていたのだ。発電機は全部で5台置かれていた。2台はよく見かけるタイプのプロペラ型。残りの3台は4枚の羽が縦についていて円筒状にまわるようになっている。風力発電の問題は風が吹かないとまわらないということ。つまり、穏やかな日はまったく発電してくれないということなのだがこの円筒型の発電機は今日の穏やかな風でもくるくると元気よく回っていた。発電機の足元には電圧計が設置されていて実際に発電している電力を知ることが出来るようになっている。ちなみに実際の発電量は25ボルト程度だった。ここで発生した電気をバッテリーに蓄電する。それを変圧器にかけて100ボルトにして利用するというわけである。この機種は非常によくまわるためまわりすぎた場合の制御が問題なのだという。それさえ解決できればいよいよ売り出すそうだ。街の個人発明家。その努力の成果に期待したい。我が家の屋根にもひとつ取り付けてみることとしよう。それにしてもこの発明家、見習わなければいけない生活を送っている。無農薬野菜を作りさいたま川口村と名づけた温室でそれを販売しながら、大きなガレージの中で発電機を開発するなんてなんてロマンチックなのだろう。発電機の音は思ったよりうるさくはないのだがその音を聞きながらきらきらした目で発電機を眺めている姿を見て、環境問題の大切さというよりは人間の中にある時間の流れ方の違いをまざまざと見せ付けられたような気がした。

2005/7/11

午前中は東川口の家の現場にて電気配線工事や水道工事、大工工事の現場打ち合わせ。現場のスピードが急速に上がるこの時期は少しも気を抜くことは出来ません。13時ごろ事務所に戻り、蕨の家の工事準備や西青木の家の見積書作成作業を夜までかけて行いました。21時ごろ作業終了。

2005/7/9

午前中は山本と二人で東川口の現場チェックに行きました。13時、Oご夫妻と打ち合わせ。収納のことや階段の造り方など家作りの細かい部分についての打ち合わせです。18時、伊奈の家のWさんご夫妻と打ち合わせ。完成した木製パネルの模型を見ていただき家の全体像をご説明いたしました。19時過ぎ、打ち合わせ終了。

2005/7/7

七夕。ビッグサイトで行われている国際見本市の帰りに川口駅から我が家へと続く近所の商店街を通りかかると所狭しと配置された出店や七夕の飾りつけの間にたくさんの浴衣を着たお客さんが歩いていました。平日の夕方だというのに人の数はかなりのもので、なかなか前に進めません。昔懐かしい金魚すくいの姿は見当たらずその代わりにスーパーボールすくいの出店が二つありました。ゴムで出来たボールをすくうというのも味気ないもので、やっぱり赤や白そして少ししかいない黒い金魚を一生懸命すくっているほうが趣があります。近所にはやたらとうまいおじさんが必ずいてそのときだけは金魚すくいの出店の前でヒーロー気取りでした。そういえばガムの型抜きも最近は見かけなくなりました。1000点くらい集めるとお金に換えてもらえるのですが結局さらに難しい型に挑戦して全部なくなってしまう。そんな思い出がよみがえります。家の近所まで来ると小学生のときのひとつ上の先輩がちょうどその当時の私たちと同じくらいのお子さんを3人連れて歩いていました。近くにはきれいな奥様も一緒です。20年前自分たちが親に手を引かれてみていた風景とそれほど変わらない風景をこの子達は見ているのでしょう。先ほどビッグサイトの近くで見た大規模開発の集合住宅群の町並み。さまざまなお店が並び華やかできれいな町並み。でもそこに一体何があるのでしょう。商業デザイナーによって作られた町で、厳密に計算された企業戦略によって造られた商店で買い物をし、ごみで埋め立てられて作られた浜辺で昼寝をしている人々を見ると、まるでロールプレイングゲームの登場人物たちのように無機質で軽い空気のような感覚を覚えずにいられませんでした。私の町、心のそこからそう思える街がひとつあることが本当に幸せに感じた一日でした。

2005/7/6

朝10時30分より板橋のIさんご夫妻と打ち合わせ。今日で3回目のプレゼントいうことになりましたが今回のプランが一番気に入っていただけたようでそろそろ本格的な家作りが始まりそうです。家の中心にある大きな階段と吹き抜け、それを囲むように配置されたそれぞれのスペースが特徴ですがこれからどのように設計が進んでいくか楽しみです。終了後は各プロジェクトの打ち合わせ。夕方7時30ごろより基礎業者の伊藤さんと会食。彼はもともとゼネコンの営業マンをやっていた人物で8年前くらいに家業の基礎工事を始めたのですが、これからはガイコウ工事もやっていくということでした。非常に厳密な作業を要求される基礎工事に対してガイコウは現場での即興デザインというセンスが要求される難しい仕事。このギャップをどのように乗り越えるかが難しいところでもあり面白いところでしょう。

2005/7/5

久々に晴れ間がのぞいたので今日は大工さんや板金屋さんが東川口の家の現場に集合。そこで、午前中、山本と二人で現場に向かい打ち合わせを行いました。この家は屋根も外壁もガルバリウム鋼板で仕上げられ内部はシナ合板で仕上げられます。外壁のおさまりや仕様を再確認してそれぞれの職人さんたちに指示を出し13時ごろ帰社。事務所にて西青木の家の打ち合わせ。3階建て9坪ハウスのこの家は現在のプランに決まるまで10個くらいの案がありました。狭小地における住宅の形を探しているときに最終的に行き着いたのが9坪ハウスのプランでした。構造計算書も出来上がり、見積もり作業も進んできたようでもう一息というところです。引き続き池上とともに伊奈の家の打ち合わせ。木質パネル構造という工法を採用するこの家の場合は構造計算とディテールの設計が最も重要になってきます。確認申請審査機関に確認したところ木質パネルの接合部の強度をきちんと説明すれば申請はおりるということでした。引き続き構造家の諏訪部さんとの打ち合わせ。来週いっぱいくらいで全体的な構造計画を立てるとのことで約束。こちらはまだまだ先が長そうです。

2005/7/2

今日は朝11時から蕨の家の地鎮祭を執り行いました。クライアントのHさんご夫妻とご両親、そして山崎、山田、田村と私、総勢8名で行いました。梅雨時だというのに心配していた雨も降らずにさわやかな中で無事行うことが出来たことは大変うれしく思います。終了後は東川口の現場にて小打ち合わせを行いました。14時帰社。板橋の家のプラン作成打ち合わせや西青木の家能t利合わせを行い8時ごろ作業終了。

2005/7/1
早くも7月。時のたつのは早いもので、今年も半分が終わろうとしています。今日は朝から山田と田村が明日の地鎮祭に向けて準備をしています。竹はいつものように近くの地主さんの竹林から切り出してきました。テントを建てて、雨対策も行っているようです。最近の住宅では地鎮祭や上棟式を盛大にやることはなかなかなくなりましたが、やはりひとつの区切りですからこういうものはやったほうがよいような気がします。いつも打ち合わせをしている人以外、クライアントに会うことは普通はないわけでこういう機会をなくしてしまうとますいいのスタッフですらクライアントを知らないで家を建てなければならなくなってしまうということも考えられるわけですから、安易にこういった風習をなくしてしまうのはやはり考え物なのでしょう。

池上が作成している伊奈の家の模型もほぼ完成しました。専用ページのほうに乗せておきますので興味のある方はごらんいただければと思います。住宅の素材に対する考え方は設計者によっていろいろとありますが、私は木や左官壁のような自然を想像させるようなものに心を惹かれます。メンテナンス性やコストのメリットによって最近よく使われるガルバリウムのような新素材も確かに使うことはありますが、そういうものを使うときでもどこがに木を施してあげる。そんな心配りがその周辺の町並みまでもをやさしくしてくれるのではないかと思います。この家は家の外も中もすべて木で出来ています。それも12センチの厚みがある木で出来ています。そこには大きな価値があるような気がしてなりません。

ますいいハウス02のほうは工事がだいぶ進んできました。いよいよおばあさんのための和室作りに入ります。ヒノキの柱に造作材、ジュラク壁にケヤキの床の間、一見普通の和室の造作に心をこめて創りたいと考えています。どんなにデザインが出来ても普通の和室が心地よく造れないようでは日本人として・・・。この仕事は日本人としてまとめ上げなければなりません。

夕方RDRに行ってみると山崎と吉田さんが打ち合わせをしていました。大分予算をオーバーしているようなので、これからの調整が大変そうですがきっとよい解決策が見つかることでしょう。

 
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