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2005年
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2005/5/26

今日はいよいよ東川口の家の型枠工事です。きちんとセットされているか一通り検査をして事務所に戻りました。事務所に戻ってからは蕨の家の木拾いを行いました。これも誰にも任せられない作業のひとつです。実際に工事に使用する材料を一本一本丁寧に拾い出していきます。これを間違えると大変なことになってしまいます。材料が足りなければ家を作ることはできませんし、多すぎても無駄が出てしまいます。3時間くらいで終わるかと思っていたら、なんと6時間もかかってしまいました。細かな作業を続けていたので少々疲れてしまい、9時には家に上がりました。

2005/5/25

朝、近所の伊藤さんというお宅で行っている塗装工事の様子を見に行きました。先日決めた色をまさに塗ろうとしているところで、少々緊張の瞬間でしたがなかなかきれいに出来ており一安心というところでしょうか。昼からは以前手術をしたひざの定期健診です。病院ではすでに退院して私と同じように外来患者としてきている入院仲間や、いまだに入院していていつ出られるか分からない人たちと懐かしいときを過ごしました。このように、何の損得もなく人と人が触れ合う空間は、学生のころなどは当たり前だったけれども大人になるにつれて少なくなっていきます。会社の友人だったり、お客様だったり、職人さんだったり、子供の友達の親御さんだったり・・・本当に何のしがらみもない人たちとの出会いは怪我をしたときくらいしかないのでしょうか。毎日毎日暇に開かせて同じような話を繰り返していたのですからよけいにそう感じるなのだと思います。夕方からはますいいハウス02の上棟式。病院のおかげで少々遅れてしまったのですが無事に参加することが出来ました。ご祝儀ありがとうございます。夜はいただいたご祝儀を元手にスタッフ全員で居酒屋へと行きました。

2005/5/24

午前中は東川口の家の現場にて基礎屋さんと一緒にやり方を行いました。この作業はいつもかならず自分でやることにしているのですが家を作る過程の中では一番大切な作業かもしれません。家の位置やレベルの設定がここで決まってしまうからです。決して人には任せられない作業のひとつです。午後からはますいいハウス02の上棟に立ち会いました。私が着いたころには2階の柱を立てているところで、まさにこれからメインの小屋組みに入ろうとしていました。見事な小屋組みの組み立てられていく様子はすばらしく、思わず見とれてしました。


2005/5/23

朝から近所の古い住宅の改修工事の現場が始まりました。3年位前に室内の壁の補修などを行った家なのですが今回は屋根や外壁の補修工事。40年近く使われ続けている間に傷んだ部分を丁寧に補修していくのです。おそらく一週間くらいの工事になるでしょう。事務所に帰ってきてからは、伊奈の家のスケッチを描きました。水廻りの部分だけは想像していたようにはならなくて、断念。模型を作って検討してみましょう。

2005/5/21

午前中は世田谷に住んでいる方から建て替計画の相談を受けました。12時ごろまでさまざまな質問にお答えして午後からは三角の家に伺いました。久しぶりに行ったのですが竣工当初とほとんど変らないくらいにきれいに住んでくれています。そんな中に、田中さんの好きな照明がおかれたり植物が増えていたり。どれをとっても家のデザインとうまくあっていて自分で言うのもおかしいですが本当によく出来た家だと思いました。でもガイコウ部分に造られていた木製の小さな花壇には少々びっくり。まあ、絶対に建築家が作れないようなものが造られるのもまた、住みはじめられた家の面白いところでしょうか。

2005/5/20

朝から我孫子の家の敷地見学。10時ごろクライアントと現場にて待ち合わせをして近くのレストランで新しい家についての思いなどを話し合いました。帰りに日暮里で下車。以前見に行くことを勧められた朝倉彫塑館を見学に行きました。金曜日は休館日だということを知っていたのですが外観だけでも見ておこうと思い足を運びました。真っ黒な外壁は彫刻的で彫刻家の朝倉文夫が自分で設計したということがうかがわれるような建物です。せっかくここまで来たのだからとその足で、岡倉天心記念公園・鴎外記念図書館・根津神社をまわりそのまま旧古川庭園まで見学に行ってきました。途中、谷中銀座商店街でおもしろい蕎麦屋の親父さんに出会いました。80歳くらいのその親父さんは自分の人生を織り交ぜながら知っている限りの東京の歴史について楽しそうに話してくれました。その中で記憶に残った一言があります。

人生は王道を進まなきゃいかん。川に浮かべた笹の葉は横を向くとはじに行ってしまう。そしてもう二度と主流には戻れなくなるんだよ

美空ひばりの歌にあったようなフレーズですが、この親父から言われると妙に説得力がありました。

2005/5/19

朝から東川口の家の縄張り作業。その足で、草加の家・ますいいハウス02の現場検査に行きました。3件の現場を回っても事務所に着いたのは2時です。やっぱり近くの現場は良いなとつくづく感じた一日でした。

2005/5/17

今日も昨日に引き続き東川口の家の工事準備を行いました。

2005/5/16

先週の土曜日に東川口の家の契約を無事執り行うことができました。というわけで、今日は来週からの工事に向けて発注作業や詳細図の作成など工事の準備を行いました。

 

2005/5/13

午前中は東川口の家の契約書作りなど雑務を行いました。昼から、銀座にいく用事があったので、帰りがけに並木通りのヴィトンを見てきました。マッシブな外壁に埋め込まれた白い大理石の光を通す性質を利用して、建築物全体が発光するように計画されているらしいのですが昼間はその姿を見ることができないのでとてもおとなしい建築でした。夕方事務所に戻ってからは各プロジェクトの進行状況のチェックと打ち合わせを行い9時ごろ作業を終了いたしました。

2005/5/11

今日は鳩ヶ谷のますいいハウスのメンテナンスにうかがいました。というのもペアガラスの内側のガラスが自然に割れてしまったのです。おそらくサッシの納品時でガラスに小さな傷が付いていたところが、気温の変化や直射日光などによって割れてきたのだと思いますがこのようなことは初めてだったので驚きました。メーカーの担当者の方とサッシ業者さんに見ていただいて今後の対応を検討しましたが、どちらにしてもすぐに取り替えないといけません。設計をする上で十分注意していたつもりでも、大きなものを造っている以上こういったことがおきてしまうこともあるようです。そういえば先日浦和の家の引渡しのあとに寝室の近くを通っている排水菅の音がうるさいというお話もいただきました。天井を横切る配水管については防音施工をしていたのですがそれが垂直に降りてくる部分についてはその施工をしていなかったのです。これもひとつのミスです。たくさんの家を作っていく中で多くのことを勉強します。ひとつの家が終わると毎回たくさんの経験を得ることができます。こういったことを次の家作りに生かしていくことを大切にしています。でも、すべてのことについてそれを標準的に求められる性能だと考えることは避けなければいけません。特に音や熱などの問題については個人差があるのです。すべてが問題なく標準的な家を求めるのならばきっとハウスメーカーに行くでしょう。それでも、私のところに家を建てに来てくれる方々がいます。それは一つ一つ起こりうる問題とその解決策そしてそれにかかるコストを検討して、理解した上で選択することを望んでいるからなのです。「自分の家は自分で作る」いま、これを実行しようとしている人はたくさんいます。そして、それを実行するための最良のアドバイザーになることこそが私に求められていることだと考えています。そのためにも、前述のような経験を大切にしていかなければいけないのです。

午後から、RDRにて蕨の家の見積もり作業に取り掛かりました。でもまだ決まっていない部分が多くてそれほど進めることはできません。来週のはじめくらいにはもう一度手をつけられそうです。

夕方は西青木の家の佐藤さんと打ち合わせを行いました。板橋の家のプランもだいぶできてきたようです。これからの進行が楽しみです。

2005/5/10

朝の9時より伊奈の家の打ち合わせをクライアントの渡邊さんとお父さんのお二人とともに行いました。模型を見ながらプランや空間についてお話したのですが、なかなかよい感触だったと思います。昼ごろ大学時代の友人より電話をもらったとの知らせが山崎より入り、高円寺まで連れ出されました。倉俣史朗さんのご自宅の取り壊しがあるということで、見学に行くとのことでした。ご自宅についてみるとすでに内装が大方取り壊されておりました。内部の状況は想像するしかないような状態でしたが、おそらく豊かな生活が営まれたのでしょう。それにしてもモノというのははかないものです。たった一日の解体作業で、壁も天井も家具も何もかもなくなってしまう。そしてそこで営まれていた生活までもが記憶の中をのぞいてはなくなってしまうのです。彼ほど偉大な人物の自邸でさえさまざまな事情により非常にあっけなく壊されてしまうというはかなさばかりを感じた一日でした。

2005/5/7

午前中は板橋の家のプランニングや伊奈の家の資料作成を行いました。午後からは東川口の家の図面整理。18時より東川口の家打ち合わせ。いよいよ次回契約をすることに。9時ごろより近所の焼き鳥屋さんにて山田、山崎、池上とともに食事を取り一日を終えました。

2005/5/6

今日は東川口の家の確認申請が無事完了しました。土壇場になって多少の変更を強いられはしたけれども、よくできたと思います。夕方からは西青木の家の打ち合わせをするために山本と二人で佐藤様のお宅に伺いました。佐藤様のお宅はますいいから歩いて5分程度のところにあるので、打ち合わせをするにも現場の管理をするにもとってもやりやすいのです。もともと家作りというのはこのように地元に根付いた工務店の手によって一軒一軒の家を丁寧に作るということが原点だったのでしょう。私はこれまで千葉や東京など遠くの家も作ってきましたが今回のように地元の家を作る姿が一番自然なように感じます。電話一本ですぐにいける距離、そんな関係が住宅と工務店には一番よいのではないでしょうか。いつのころからか工務店というものが信用を失ったのか。正確には分かりませんが新聞やテレビで取り立たされた手抜き工事が原因のように思われます。当時の住宅供給体制というのは土地の分譲業者によるつまり不動産屋さんによる供給がおもだったように思われます。そのような利益優先型の不動産屋さんの下請けとして住宅を作らされてきた小さな工務店にはしっかりとした工事を行う余裕など無かったのでしょう。その証拠にそういった仕事には手を出さずに注文住宅だけを確実に作り続けてきた工務店は今でもしっかりと活動を行っているのです。私も家作りを始めて早6年目に達しようとしています。これからはよりいっそうこの地でよい住宅を作るということに意識を傾けて生きたいと思います。

2005/5/4

今日は上野駅から御徒町駅間の幅8m、長さ600mのガード下にあるアメ屋横丁を歩きました。ここも私の東京なつかしスポットのひとつです。

「アメ横」と呼ばれるようになったのは、昭和22年秋頃からで、その前は「のがみ」「上野のヤミ市」と言われていたそうです。そのヤミ市時代、海外引揚者・復員軍人の方々が時の政府から、甘味料「サッカリン」の払い下げを受け、それを利用して「飴」を販売しました。
 一方、御徒町駅付近にはアメリカ軍のPXからの横流し物資で日本人の羨望する舶来品が並び、ここも「アメリカ横丁」と呼ばれるようになって、この辺から「アメ横」となったようです。

上野方面から行くとまず、センタービルの隣にいつも変わらぬ乾物屋さんがあります。どれをとっても結局ピーナツしか入っていないと思われる大きな袋を6つ、すばやく重ねて大きな声で「はい、千円!」安いのか高いのか分からないのだけれどなんとなくお得なような気がして買ってしまいました。革製品のお店やABCマートなど高校生時代に通いつめたお店たちも健在で、今の若者たちが当時の私たちのようになけなしのお金をはたいて高価なものを買っていました。御徒町駅付近は相変わらず宝石屋さんの人気のないショールームが並んでいて、こんな状態でよくやっていけるなと心配になってしまうのですがこれが普通なんですからきっと大丈夫なのでしょう。ちなみに家に帰って先ほどの袋を開けてみると柿の種の入ったピーナッツ、ピーナッツ、皮付きピーナッツ、砂糖つきピーナッツ、レーズン!!、ソラマメでした。全部ピーナッツだと思ったのは私の間違い。その場で確かめられないような雰囲気をかもし出していたちょっと怖そうな店主のおじさんに謝らなければいけません。


2005/5/3
連休初日。午前中は事務所にて昨日の図面訂正やメールのお返事を書くなどの作業を行いました。午後からは銀座に出かけました。3ヶ月ぶりくらいに行きましたが晴天ということもあって皆さんすでに夏の装い。歩行者天国になっている銀座通りにはたくさんの人が来ていて、大変な賑わい。その通りに面して新しいブランドショップや改装した建物が立ち並んでいました。松屋のヴィトン、シャネル、ディオール、アップル・・・どれもきれいなテクスチャーのあるパネルで覆われたソリッドな箱型建築です。そんな中でひときわ威容を保って銀座の町名もを見下ろすように建っているのが4丁目交差点の和光ビル。昭和7年に立てられて以来、もう70年以上も銀座の町に建ち続けているこのビルは当時としては画期的な高層建築だったようです。銀座というのはなんとなく懐かしさを感じてしまう町です。私は小学生のころによく親に連れられてきていたので、20年位前の様子に一番懐かしさを感じるのですが、この町はきっとご年配の方々にもそして私より若い人たちへもさまざまな形で懐かしさを提供してくれる町なのではないでしょうか。とはいえそれほど裕福ではなかった私の小学生時代の記憶といえば有楽町のマリオンで当時はやっていたロジャームーアの007を見たことくらい。それと、駅前の路地にある天津甘栗を買ってもらったことくらいでしょうか。いまは、当時よりちょっとだけ贅沢ができるようになったので、家族4人で昼食をとって帰りました。

2005/5/2

ますいいのゴールデンウイークは3,4,5日の3日間。ということで、今日は連休前にやっておかなければいけないことがたくさんあります。仕事を進めようと事務所にてパソコンに向かっていると確認申請の民間機関から東川口の家についての質疑事項がFAXにて送られてきました。何気なく目を通してみると、なんと北側斜線にかかっていると指摘されてしまいました。隣地側の検討はできていたのですが、公縁側の検討をすることを忘れていたようです。どうしようかと頭を悩ませましたが、階高さや天井懐の無駄をなくすことで解決できるということが分かり一安心。図面を直してみるとむしろ以前よりもすっきりとしたプロポーションになったようで、思わぬ収穫となりました。夕方、草加の美容室兼住宅の現場に現場チェック。きれいに片付けられていて問題なく連休を迎えられそうです。

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