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2005年

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2005/3/31

手術後7日目。7.5畳の個室での生活も一週間を超えた。はじめはどうなることかと思ったけれど以前勤めていたころの独身寮の個室と同じくらいの広さであることに気が付くとそれなりに生活の知恵がわいてきて、まるで1年間もここで暮らしていたかのような快適な部屋となってきている。白いビニルタイルの床に白く塗りこめられたコンクリート壁、そしてこれまた白く塗られたケイサンカルシウム板の天井はあまりにも殺風景なので、以前ローマに行ったときのコロッセウムのスケッチを飾ってみたのだがなかなかよい雰囲気だ。あまりにも有名な建築なので説明の必要はないかもしれないがコロッセウムというのはローマ時代の80年ごろに建てられた5万人も収容できる競技場。今から1000年以上前に東京ドームとそう変わらない規模の競技場を建築していたというのだから信じがたい話だが、本当にローマ建築は壮大だ。最近では「エイリアン」「ブレードランナー」のリドリー・スコット監督の映画「グラディエーター」でローマ建築の壮大さが少々誇張気味に描かれていたが今では映画の中でしか味わうことのできないスペクタクル空間をローマ時代の人々は現実空間として味わっていたのだと思う。でもこの病室、私にとってはちょっとしたスペクタクル空間。今日も突然に担当の先生が入ってきたかとおもったその後ろには4人もの看護婦さんがぞろぞろと付いてきた。ただならぬ雰囲気にこれはなにかあるなとおもったら、看護婦さんの手には小さな鋏が・・・。「寝てください」といわれ横になるとその鋏とピンセットで私の足の傷をふさいでいた糸を引っ張る引っ張る。2分間くらいの格闘の後ようやく抜糸終了。でももう一つの大きな傷はまだ抜糸できないそうだ。「この痛み、もう一度味わあなければないのか。」と思っていたら今度は名誉医院長と婦長の最悪コンビが入ってきた。だいたい偉い人が来るときは悪いことが起こるに決まっていると腹をくくっていると「大丈夫か。」と一言言って去っていった。さすがに注射などは慣れっこになったが何をされるか分からない訪問者には妙にドキッとする。磯崎「建築談議カルナック神殿」読破。(代筆:山田)


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2005/3/27

手術後三日目。病院での生活のリズムもだんだんつかめてきた。屋上でタバコをすっていると何人かの顔見知りもできる。たとえば7年前に癌で胃を全て摘出した老人。今回は食道と腸をつなぐ穴が小さくなってしまったのでそれを広げるために入院しているとのこと。
もう一人は3週間前赤信号を渡ろうとしているところをバイクにはねられ複雑骨折。そしてもう一人はサッカーでじん帯と半月版を損傷。また顔見知りにならないまでも自然に耳に飛び込んでくる話や目にする光景もある。ある人はある人を汚いといい、ある人は半ばノイローゼ気味に窓に向かって話しかけている。骨折した小学生が楽しそうにトランプをしている横で点滴の管をつけた老人が一人で何かをつぶやく。こういう具合だ。当たり前のことだがここには健康な人はいない。どこかしらに問題を抱えている人々を看護婦さんたちが必死で看護している。頭では理解していたはずの病院という場所が実はまったくわたっていなかった。私は3年ほど前に越谷のある病院のコンペに参加した。最後の5人まで残っただけで勝ち残ることはできなかったのだがそのときに病院関係の本を片っ端から読んだ記憶がある。病院とはどんなところで、どんな人がいて、今現実にどんな問題を抱えている。だからこういう病院を建てるべきだ。という話は非常に明快に解決できていたと思う。しかし本で読んだ知識と実際に体験した病院の姿とのギャップはあまりに大きい。ここには建築なんかが解決できないようなもっと深い問題がたくさん浮遊しているようだ。そう、人間自体の問題が。豊かな人、貧しい人、小学生、老人、さまざまな人が健康に何かしらの問題を抱えている状態で集まる空間ならではの問題が。生きるということはどういうことなのだろう。体中に管をつけられてしゃべる事もできない寝たきりの老人たち。こういう人を見ているとそれすら分からなくなる。今日は両親が見舞いに来てくれた。磯崎の「建築談議アクロポリス」読破。(代筆:山田)


 

2005/3/26

手術後二日目。昨日からひざを強制的に曲げる機械を一日2時間装着している。昨日つけたときの激しい痛みを今日も味わうのかと思っていたら今日はほとんど痛みを感じなかった。寝ているとき、トイレに行くとき、機械を装着しているとき、さまざまなシーンで痛みが少しずつ減少していることに気づく。人間の体の回復力はたいしたものだ。まだ自由に動けるという状態ではないので、パソコンは使えない。というより使える状態にセットできないし誰かにセットしてもらったらそれを片付けることもできない。というわけで横になりながらノートに向かって仕事をしていく。西青木の家のプラン、なかなかよいのができた。東川口の家、光のことを熟考。このような仕事のスタイルは今まで経験したことがなかったがなかなか調子がよい。電話に気を紛らわされることもなく、インターネットもない。情報からほぼ完全に切り離された状態は不便といえば不便だが考えるにはむしろこの方がよいのではないか。建築の仕事はこなし仕事ではない。考え、そして形が出来上がる。小説家がよくホテルにこもるというがこういうことなのかもしれない。夕方、山崎と山本が来て計画中の住宅の打ち合わせ。空いている時間で、斎藤裕の「建築のエッセンス」読破。(代筆:山田)

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2005/3/25


まだかなり痛みが残っている。今日は何もする気になれそうにない。磯崎の建築談議「ル・トロネ」読破。そういえばこの病室、どことなく修道院のような感じがするな。(代筆:山田)


2005/3/24

午前中は引き続き検査。午後2時30分ごろ手術室に運ばれる。ストレッチャーに仰向けになり固定されて運ばれていく途中で見た病院の天井は妙に白かった。そこにつけられている蛍光灯も白い。看護婦さんの服も白い。身動きが取れない中で運ばれていく。白い世界に吸い込まれていく。なんともいえない気分。どうやら白い世界は人間の心を麻痺させるらしい。まるで現実ではないような、空間から奥行きを奪い取られたような錯覚に陥りながら心を奪われていくのだ。そして手術を受ける一つの物体になる。
最近の住宅には真っ白に塗られたものが多い。私はどこかしらに木の質感を残すように心がけているが床まで白い住宅もあるくらいだ。ホワイトキューブはもともと美術品などを展示するために作られたものではなかったか。まるでギャラリーの展示物のように生活できる人ならよいが私には無理だろうな。しかし古い日本にもそういうものはあった。茶室がそうだ。極限まで無駄をそぎ落とし茶を通して人と人が結びつく。しかしそれは生活空間ではない。生活とはやはり生々しいものだと思う。多少の遊びはないといけない。
2時間半後、手術が終わった。麻酔が覚めるにつれ、徐々に痛みが襲ってくる。(代筆:山田)


2005/3/23

今日から、昨年の12月に怪我をしたひざの人体手術のために入院。明日の手術に向けて検査などを行うらしい。昨晩は入院前の引継ぎをかねて私の家で全員が集まり会食をしたのだがどうもその酒が少々残り気味。それにしても居間まで健康一筋だった私がまさか入院しなければいけないなどと考えてもいなかったので、この新鮮な体験に不思議な期待感がある。そもそもこの手術は絶対に必要なものではない。もし受けなかったとしても日常生活をある程度の年齢まで続けることはできると説明された。人間のひざには4本の腱がある。そのうちの一本が断裂したとしても残りの3本で何とかなるらしい。しかし激しい動作をしているとその3本では耐えられずに関節がずれたり半月版を損傷することが起こりやすくなるということで、そうすると今度は本格的に歩けなくなってしまうということだった。長い人生のたった1ヶ月。そのくらいで直るものなら直しておこう。そう考え今回この手術を受けることを決意した。
夜が長い。香山嘉夫の「ルイスカーンとはだれか」を読破して眠る。(代筆:山田)


2005/3/20

午前中、現在進行中のますいい本社改装工事の点検作業。朝6時30分より足場の上に上り問題点など無いかチェックして回った。外壁に使用したアルミの薄板の継ぎ目のコーキングがだいぶ痛んでいることを発見。これは予想外のことだったが何らかの対策を施さなければいけない。週明けに板金屋さんに相談することにしよう。ますいい本社は今年で丸5年たったのだがこうしてみて見ると各建築材料の特性がよくわかる。たとえばガルバリウム鋼板。その材料は塗装保証10年で売り出されている。ますいい本社でも屋根、破風、外壁の部材のカバーと各所に使用しているのだがこのガルバリウムは少々汚れがつきやすいようだ。たとえば破風や水切りに使用したとする。手が届いていつも掃除をしている部分は新品同様にシルバーの輝きを保っているのだが、手が届かないところについた雨だれやほこりの汚れは雑巾で拭いても取れない。何らかの化学反応を起こしているようである。今回は汚れたままにしておくことにしたのだが10年目の点検時にはおそらく塗装をすることになると思う。そのときこのシルバーというのが困る。塗装でガルバリウムの素地のような完全な金属色は作ることができないからだ。今流行のガルスパンの素地を使用している様子をよく見かけるがあれも10年後には素地ではなくて何らかの色をつけなければならなくなるだろう。それに比べ、アルミの平板の部分は汚れが目立たない。アルミアルマイト処理をした部分はほとんど汚れないといってもよいくらいだ。さすがに値段が高いだけある。きっと化学変化を起こしにくい物質なのだろう。軽くて、化学的にも安定している高強度の物質ならば非常に可能性がある。実際最近ではアルミの家なども作られているがアルミ構造のキッドなど販売されれば現在の建築界に大きな変化をもたらすかもしれない。また、今回ガルバリウムの屋根に断熱塗装を施した。表面材の裏側温度が無塗装の場合と比較して約15度から20度下がる効果があるというのだが夏になればその効果がわかるだろう。最近の薄い建築はどうしても断熱効果が問題になる。昔のように大きな小屋裏がある家と比べるとその分居住空間が暑くなってしまう。もしこの塗料が画期的な効果を示すようであればこれからの家作りに大変利用できる。屋上にウッドデッキをしかない家でもこの塗料のおかげで断熱効果をあげられるし、ガルバリウムの屋根で勾配天井の薄い屋根の家でも大きな効果を発揮してくれるだろう。まあ、とりあえず我が家で効果が出ることを期待しよう。フレキシブルボードの外壁はなかなか調子がいい。本来外壁材ではないのだが目地のコーキングさえしっかりとやっておけば何の問題も無いようである。コストを抑えられ、さらにコンクリートうちはなしのようなきれいな素材感が得られる材料としてこれからも利用できるだろう。

10時ごろますいい02で使用する材料を決めるため秩父にある材木屋さんに向かって出発。帰りの道中、関越自動車道の大渋滞をさけ所沢の現場のすぐ近くを通りながら約2時間30分のドライブ。5時帰宅。

その後妹夫妻が訪れて久しぶりに会食。だんな様の転職も一流企業に決まったようで、一安心だ。

2005/3/19

13時、屋久島の家の三宅さんと打ち合わせ。以前一緒に屋久島に行ったときに出た変更案についての確認などを一通り終わらせた。お土産に屋久島の焼酎である三岳をいただく。18時、西青木の家のミーティング。プランや概算コストについて約1時間の打ち合わせを行った。

2005/3/16

朝5時30分起床。6時に事務所に下りて山田と一緒に茨城の石毛の家の現場に向かった。道がすいていたとしても2時間はかかってしまう距離なので、8時ごろ現場に到着した。現場にはすでに現地の水道屋さんが来ていて、作業をしている。私たちもすぐに現場の片付けに取り掛かる。内部の床の養生を撤去しトラックに積み終わったのが11時ごろ。トラックに山積みのごみを見るといつものように罪悪感を感じる。あまりの量に川口まで帰って処分することをあきらめ水道屋さんに処分を引き受けてもらうことにした。基礎屋さんのほうは朝から整地の作業を続けている。とても一日では終わりそうでないので、途中ショベルカーに乗って作業を手伝おうとしたのだけれども私がやると余計に遅くなるといわれて引き下がった。もう一日やれば上手になりそうなのだけれど、もうやらせてもらえそうにない雰囲気だった。日も暮れ、どうがんばっても終わりそうにない作業を前に職人さんたちに残業を頼むこともできず仕方なく作業終了。再び片道2時間の道のりを山田と二人で帰り、夜8時過ぎ事務所に戻った。2時間ほど電話をして10時ごろようやく一息つく。それにしても今日はよくしゃべった一日だった。しゃべることには結構力が要る。しゃべらなくてもすんでしまいそうなことでもがんばってしゃべると大体疲れる。でも自分の思いを伝えずに一言二言で済ましてしまってはその相手との間には何も生まれない。思いのすべてを全力で伝え、それに対して何かが帰ってくるからこそより深い人間関係が築けるものだと考えられる。少なくとも私はそうしている。私のバイオリズムとも言うべきリズムには波がある。自分でもわかるくらいの波なのだが今はすこぶる調子がよい。この波に乗ってまた明日もしゃべり続けよう。ちなみに下の写真,、機械に乗っているのが私です。

2005/3/15

今私はますいいプロジェクトに使う杉の梁を探している。それは太鼓梁と呼ばれるもので丸太の両側をそぎ落としたような格好をしている。たいていは弧を描くように曲がっていてその曲がり方は当然自然のものなので、ばらばらだ。でもその自然の形状がなんとも言えず美しい。きれいに削り上げられた杉の太鼓張りの風合いは絶対に米松では作れない。ちなみに米松というのはよく梁に使われる材料で、たいていはカナダあたりから輸入されている。これを化粧に使うこともあるのだが、この住宅ではすべての化粧材を杉にしてみたいのだ。ちなみにこの材料、いつも材料を購入している川口市にある材木屋さんでも購入できないわけではないのだが取引がある無いの関係で静岡県の天竜の製材所から取り寄せるという。私としてはできれば丸太を見て自分で気に入ったものを製材してもらいそれを建物に使いたいと考えている。でもややこしい話で、埼玉でも手に入る杉をわざわざ天竜から取り寄せるというのである。こういう話には絶対に抵抗しないではいられない私のへそ曲がり根性が私に電話を取らせる。以前から付き合いのある秩父の製材所や森林組合などと連絡を取り合い理想の形に少しでもちがづくように交渉、そしてまた交渉。何とか購入ルートまでは確保できそうだから後はその値段。もうしばらくこの交渉は続きそうだ。それにしても、埼玉県でも大量に木は育てられそして製材されているというのに、どうしてカナダから持ってくるほうが安くて手に入りやすいのだろう。でもそれが現実なのだ。チークだってミャンマーから輸入されているフロアリングは県産材の杉床板よりも安く購入できる。ほとんどすべての材料についていえることだが日本の材料はなぜか高い。でも、「すべて輸入材で作ればいいんじゃないの」という意見になれないのが難しいところ。吟味された材料で作られる空間の中で人は必ず何かを感じるはずだから、そして私が求める日常間の再現もそのような仕掛けで行えるはずだからこそ簡単にあきらめるわけにはいかない。

2005/3/14

蕨の家、西青木の家の概算見積書作成。その他雑務。

2005/3/13

今日は子供が所属するラグビースクールの卒団式に立ち会った。私の子供はまだ3歳なので、卒団には関係ないのだが幼稚園生が上級生のために歌を歌うなどという催しがあるので休ませるわけにはいかない。というわけで雪がちらつく寒空のなか川口駅近くの公民館まで出かけていった。大人はブレザーを着用のことと書いてあったので、久しぶりに紺のブレザーを着用して会場に行ってみるとまるで小学校の卒業式並みの気合の入りよう。予想外の光景にしばしためらいを感じながらも式場の中に入っていった。式が始まると大人たちは、特に卒団する6年生の親たちはかなり真剣な表情で子供たちのスピーチなどを聞いている。その跡に開かれた納会の中で卒団生の親たちの話を聞いていても子供に6年間ラグビーをやりとおさせた親たちの感動がひしひしと伝わって生きた。特にその団体の創生にかかわった方々の感動は計り知れない。

最近少子化の問題がよく耳にされる。「子供を育てるのに2000万円かかる」「子供よりも自分たちの生活を大切にしたい」そんな考え方が若い夫婦の間では普通になってきている。実際に私の友人たちの中でも子供を作ったのはわずかに一人だけ。というよりも結婚すらしないという完全自由主義的考え方を持つ人も結構多い。そういう私自身も子供がいなかったことを考えるとその生活の楽しそうな様子に少々胸を躍らせてしまうこともある。人はなぜ子供を育てるのか。そんなことをふと考え始めてみた。根本的には種の存続。しかしこの考えのもとに子育てをしている人はまずいないだろう。私も人類の存続のために子供を作ったとは思っていない。次に思いついたのが子育ての中で自分自身が楽しむこと。感動したり、心配したい、悲しんだり・・・そういうさまざまな経験を子育てをしていく中で味わっていくことに意義がある。これはかなり的を得た意見だと思う。実際にラグビーの卒団式でもその後の納会でもひとつの節目を迎えた親たちの感動は大きなものだと感じられた。ほかには将来子供に生活の面倒を見てもらうこと。この考え方は私としてはあまり賛成できない考え方。期待してもそのとおりの結果が返ってくる例は少ないことだろう。ほかにもさまざまな理由が考えられる。それはその人によって違うだろうし、特にそんなことは考えずに自然な流れで子供を持つにいたった人たちも多いだろう。子供を持つことは自然な流れである。子供ができないこともあるだろうが持つことのほうがどちらかというと自然な流れ。その自然な流れはやはり種の存続のためにあるのだ。人間も動物である。そんな考え方は普段なかなか思いつかないけれど、絶対にただの動物の一員である。そして、その動物の究極の目的はやはり種の存続。

動物は縄張りを持つ。その縄張りを荒らすものがあればたとえ同種でも殺しあう。人間の戦争もそれと同じか。ただ動物のそれと比べると規模があまりにも大きすぎる。地球の存続をも左右することができる人間の力は使い方を誤れば動物のけんかとは比較にならないくらい悲惨な結果をもたらすだろう。ただの動物でしかない人間にとっての本当の幸せとはいったい何なのだろう。お金ではないことだけは確かだと思うのだが。

2005/3/10

最近これから始まる工事の準備などでかなり忙しい。見積もりや図面の作成、各職への発注、工事管理など当たり前の仕事がたくさんある。これは非常にありがたい話なのだがこの日記をゆっくりと書く時間くらいは何とか確保したいものである。

2005/3/9

今日からいよいよ草加の美容室兼住宅の現場がスタート。午前中くい工事の位置だしに立ち会う。14時から16時まで、病院。昨年切った右ひざの靭帯の検査。17時、渡辺さん打ち合わせ。19時、佐藤さん打ち合わせ。議事録を作成し21時作業終了。

2005/3/8

ついに私のパソコンがNECの修理センターに運ばれていってしまった。どうやらハードディスクの故障らしい。データはバックアップを作っていたので失われずにすんだのだが2年間毎日使用していたパソコンがなくなるとなんとなくさびしい。元気になって帰ってきてくれることを祈ろう。今日はますいいプロジェクト02の見積もり作業でほぼ一日つぶれてしまった。

2005/3/7

午前中、埼玉県建築士会の支部に入会の申し込みに行った。この手の会に入会することは初めてのことなのだが建築設計を請け負う以上その業務に関する保険に加入する必要性が生じその保険に入るために入会することになった。つい何十年前の世の中では信じられないことだったのだろうが今は何でも訴訟につながる。そんなことにかかわりたくはないのだがこの建築という業界も一方では訴訟が絶えない業界だ。人が人として生活することが当たり前になった時代、何の恐怖も危険も感じなくなった時代にそれでもさらに自分の権利を誇示しようとする考えの下にこのような訴訟社会は発展していく。誰もがこのような殺伐とした社会システムに違和感を感じながらも、そしてコミュニティーの創造などというキーワードを掲げられたマンションのチラシに胸躍らされながらもその一方では個人主義的生き方の安易さには逆らえないでいる。われわれ建築家も理想を掲げるロマンチストとして社会にかかわり続けることを夢見つつも結局はこういう保険に加入せざるおえない状況にある。ロバートキャパの写真集に次のような文章がある。

ひげをそっているとき彼女が電話で、何か話しているのを聞いた。私がバスルームから出てくるとピンキィーはマントを着ていた。彼女はかをお化粧してめがねをかけていた。---あなたにキッスしたいの。それから彼女は出て行った。ドアの外にはミルク瓶が2本と新聞が二日分置いてあった。その新聞の第1ページには、以上に太い活字で---ヨーロッパ戦争終焉---もはや朝になっても起きる必要はまったくなさそうである。

第2次世界大戦の写真を取り続けたキャパにとって戦争が終わったその朝の当たり前の日常こそが大きな意味を持ち、強い安堵感を味わったに違いない。戦争を知らない世代であるわれわれが日本をリードしていくこれからの時代が、空気のような日常と触れることのできない人間性だけで埋め尽くされないように生きていきたいと思う。

 

2005/3/5

10時、吉野さんという方が住宅の相談に見えた。まだ土地を探している段階ということで、土地の探し方などについていろいろアドバイスをしたのだが、最近のクライアントは結構自分で勉強しているもので、こちらのアドバイスすることはすでに知っているようだ。しかもこの方大学は建築学科だったそうなので、「自分の家は自分で立てる」のモデルケースになりそう。大学時代の数年間とはいえ建築を学んだことがあるというのはやはり心強い。完全に一人でやることは難しくてもその多くの部分をやってもらいたい。17時、東川口の家の打ち合わせ。今回は約200万円の予算がどうしてもすり合わせられない。もう一度規模を縮小して考え直さなければいけないようだ。少々大きすぎる建物を計画していたようでクライアントには申し訳ないことをした。20時作業終了。

2005/3/4

東川口の家の打ち合わせ資料作成。

2005/3/3

来週から始まる草加の美容室兼住宅の工事準備。

2005/3/2

昨日からますいいの事務所の改修工事が始まった。今日の作業は昨日に引き続き外部足場組。建物の廻りに足場が組まれる姿を見ていると5年前に大変な苦労をしてこの家を建てていたときのことを思い出す。夕方にはおおかたの作業を終了。家全体がくるりと足場で囲まれた。夜の7時よりますいいプロジェクト02の川口さんの家にて打ち合わせ。模型を見ながら細かいところまで詳しく話し合った。だいたい方向が見えてきたようで、いよいよ作図、見積もりと進めていくことになる。

2005/3/1

ようやく体の方も回復したようで、昨日からまともに仕事を開始している。それにしても今回の風邪はひどかった。昔から体が丈夫で、大病を煩ったことはなかったので今回のように1週間も熱が下がらないとこのまま死んでしまうのではないかと思ったほどだ。どちらにしても少々遅れてしまった分を取り返さないといけないな。今は、昼の1時31分、1時から打ち合わせのはずなので事務所で待っているのだがくるはずのお客様がいっこうにこない。どうしたことやら。もうしばらく待ってみることとしよう。

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