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2005年
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2005/12/24

午前中は事務所にて大和町の家の見積書最終作成。伊奈の家の工事準備作業。10時30分より安行の家の打ち合わせ。27日に建築工事契約の予定となった。13時20分中青木の家の建築申し込み。その後は事務所にて雑務。

2005/12/23

天皇誕生日。8時15分に事務所におり、八幡木の家のセルフビルド作業の打ち合わせ。9時より八幡木の家の現場にて石灰クリームセルフビルド作業のお手伝いを始めた。今日の作業はパテ処理。石膏ボートの継ぎ目にジョイントテープというガラスクロス繊維のテープを張り、さらにパテで平滑にしていく作業。午前中一般作業をして12時事務所に一時帰社。14時ごろより先日見に行った赤羽台の土地を購入するという黒岩さんご夫妻と打ち合わせ。この方実は設計事務所に勤務している。といっても普段は大規模物件の設計をしているということで木造住宅は始めて。でも自分の家は自分で設計したいということで今日既にプランを作ってきてしまった。さらに、お父さんが大工さんらしい。そういえば安行の家の谷岡さんご夫妻のお父さんも大工さん。以前作った佐久間さん御夫妻の家も確か大工さんだった。うーん。この偶然は一体何なのだろう。とにかく、自分の家は自分で作るを実践できる数少ない人であることは確かで、私はそのお手伝いをしてあげることになるだろう。黒岩さんがくれたメールに「ますいいさんに頼むのはデザイン以外にもセルフビルドとかそういうことに魅力を感じて・・・・」ということが書いてあった。「自分の家は自分でつくる。」簡単そうに言うけれど実践するのは難しい。でも、スローライフといわれるこの時代に自分の家を自分で作るくらいの勉強をして、それを実践できたとしたらなんと幸せなことだろうか。建築技術者として精一杯のご指導はする。デザインもする。細かいおさまりを検討し、材料を選択し、法規を検討し、図面を書く。でも、家の根幹となる考え方、つまり暮らし方を決めるプランや広さ、雰囲気や、素材感などは自分で決めればよいのだ。それが一番良いのだ。
16時ごろ再び八幡木の家に戻る。現場では施主の吉田さんと田村が作業していた。もう暗くなってきたので道具を片付け作業を終了した。吉田さんの愛車117クーペを始めて拝見した。30歳の車にしか出せない風格を感じた。ますいいのジムニーも来年で10歳になる。購入したのが1999年5月ごろなので私がオーナーになってからも既に6年以上だ。この車も20年後まだ私と一緒に走ってくれているのだろうか。

2005/12/22

午前中はパソコンメンテナンス、データのバックアップ、HP日記の更新。引き続き大和町の家の見積書作成作業。14時50分、雑誌「室内」の工作社の長井さんと東京ステーションギャラリーで行われている前川國男展を見に行く。本当は明日からなのだが関係者を招待してのレセプションということらしい。ものすごい人ごみではあったが戦後の一時代を築き上げた巨匠の足跡をたどることが出来、おまけに写真集まで頂くことが出来た。その後、蕨の家、西青木の家と完成した現場を案内してそのまま居酒屋にて食事。11時ごろ帰宅。

2005/12/21

ついに今年も残り10日になってしまった。今日もいつもと変らず8時15分に事務所に下りる。メールをチェックすると赤羽に土地を購入する方より相談が来ていた。この方は先週、車が入れない狭い地域にある土地だからということで一緒に赤羽の土地を見に行った方だ。その土地が既に売れてしまっていたということで、その近所の別の土地を購入したということらしい。ということでまた車が近寄ることが出来ない土地らしい。これはもう一度見る必要がある。早速住所を調べて午後から見に行くことに。その前に、朝一番で工業病院へ。続いて10時、宮代の家の村田さんと打ち合わせ。さらに、10時40分西青木の家の引渡し式。13時より赤羽の土地の調査。現地に行ってみると敷地の北側には幅員2mの道路、そして西側には幅員1.2mの通路があった。そこには古い板張りの家が建っていた。近所の人に話を聞くと「夜酔っ払って帰ってくる人がいると誰が返ってきたかわかるんだよ」ということだった。道行く人たちもこの一帯に入ってきた瞬間に通りすがる人たちと挨拶をするようになる。この100mくらいの円の中に納まる住宅地だけが特別なコミュニティーのような妙に緊密な関係が出来ているようだ。下見に行ったわれわれも誰かとすれ違うたびに挨拶をしていた。こんなところがまだ東京にあるということに驚いた。車が入れないというこの地域に特有の条件の面白さが心の中にどんどん大きくなってくる。これを建築にどのように生かせるのだろうか。

22005/12/20

いつものように8時15分に事務所に下りる。雑誌「室内」の長井さん、山崎にメールを送る。その後、大和町の家の見積書作成作業を少々。11時ごろから、自宅に収める予定のダイニングテーブルセットのデザインを始める。16時ごろ、大体のデザインが決まったので岩槻にあるヒノキ工芸の戸澤さんのところに相談に行った。さすが、日本一の家具職人を自称するだけの事はあってスケッチを見た瞬間にこちらのほしいものを言い当てられてしまった。材質ははじめ杉を考えていたのだが、戸澤さんのアドバイスにより栗を選択することになった。ちなみに、この材料は今製作中の安藤忠雄さんの家具にも使っているらしい。出来上がりは大体2月ごろになる予定とのことだが今から待ち遠しい。

005/12/19

朝8時30分に池上とともに事務所を出発して伊奈の家の解体工事立会い。現場に10時30分ごろ到着すると解体屋さんが既に到着していて30分ほど打ち合わせを行った。途中渡邊さんがお父さんと一緒に現場にご挨拶に来た。しばらく立ち話をして11時過ぎに現場を出発。12時ごろ帰社。午後からは事務所にて来年度のスケジュール確認など雑務。そういえば、事務所に待庵からの参観許可書が届いていた。来年の3月に桂離宮、待庵などを見て廻る予定なのだがその許可がようやく下りた。来年はこのほかにも日本の建築空間に触れる機会を増やすことにしているのだが、この「日本の」ということをもっと考えてみよう。

2005/12/18

今日は少々風邪気味なのでビデオを見て過ごすことに。久しぶりに小津安二郎を見ようと「東京物語」「お茶漬けの味」「彼岸花」を鑑賞。

2005/12/17

昨日は少々度を越したようで、眠い目をこすりながら事務所に下りる。10時より打ち合わせの予定が入っている山田だけは出社してきているがほかのメンバーは誰も来ていない。一通り電話をかけて9時30分ごろには全員がそろった。午前中は安行の家の打ち合わせ。長い減額調整もようやく終わりに近づいてきたようで、いよいよ来年からは工事にかかれそうだ。午後からは上野の国立博物館にて布野修司氏を招いてのセミナーに参加。戦中から戦後にかけての日本の美術・建築界についてのレクチャーを受けた。18時、事務所に戻り打ち合わせ。19時ごろ自宅に戻った。

2005/12/16

朝から鳩ヶ谷八幡木の家の現場管理。現場にて塗装仕上げ工事前の石膏ボードの施工状況や音楽室の施工をする音響会社の担当者との打ち合わせなどを行った。途中施主の吉田さんご家族が現場に来て山崎、田村と設計打ち合わせなど。
夜7時より会社の忘年会をみのる寿司にて開催。大工の尾形さん、左官の及川さん、電気工事の佐々木さん、大工の高須さん、基礎の伊藤さん、材木の古屋さんを招いての総勢15名での忘年会だった。今回始めて協力業者さんたちを招いての会を開いたのだが、普段現場で見せる顔とは違った一面を見ることが出来、またいっそうの親睦を深めることが出来たようで有意義な会だったように思う。2次会、3次会とはしごして3時ごろ帰宅。

 

2005/12/15

今日は朝から板橋大和町の家の見積もり作業。途中、蕨の家の現場進行状況チェック。
夜7時ごろより川口神社で行われているおかめ市に。小さなころはよく両親に手を引かれて連れて行かれたお祭りだが、大人になって自分の足で出向くのは初めてのことだった。神社に向かう道々には所狭しとさまざまな屋台が立ち並び、たくさんの参拝客がひしめき合うように歩いている。われわれもそこをかき分けるようにして川口神社の境内に入っていった。境内の中にはおかめを売っている屋台が全部で15店くらい入っていた。山崎とともに一通り見て廻り、その中でも一番気に入った熊手、大黒様、恵比寿様の飾り物を購入することに。下はその写真。見ているだけで幸せな気分になりそうです。

2005/12/12

朝一番から西青木の家へ向かう。今日は養生をはがし、床のワックスを塗る作業。山本、田村とともに作業を行った。施主の佐藤さんにも参加していただき夕方5時ごろまでそのまま作業。一日中作業するのは本当に久しぶりなので結構体にこたえた。でもやはり現場でのこのような作業は建築をやっていて一番楽しい瞬間だ。特に完成する一歩手間ののこの時期の作業は格別。きっと佐藤さんもおいしいビールを飲めたことだろう。

2005/12/10

朝から「伊奈の家・建築工事契約」のために渡邊さんのお宅へ。到着後、お父さんお兄さん、そして奥様たちとともに引越し作業を少々お手伝いした後、契約手続きを済ませる。引越しといっても50mくらい移動するだけなので、すぐに終了。
15時ごろ、事務所にて土地購入前のご相談を受けた。赤羽台に土地を購入するかどうか検討しているということなので、早速行ってみることに。着いてみると事務所から約20分くらいの非常に近い場所だった。都内とは思えないような静かな地域で、戦後民間の住宅地として払い下げられたらしい。巾約2メートルの道路で碁盤の目上に整備されていて車の問題をのぞけば非常に住みやすそうなよい場所だった。夜はアサヒアートスクエアにて大橋富夫氏による建築写真についてのセミナーに参加。建築文化などの有名な雑誌で写真を撮影している建築写真界の大御所が、いわゆる正統派の建築写真を小ばかにしていたのが非常に印象的だった。磯崎のアルミと古い町並みの木造住宅との対比や、石山の幻庵の正面で懐中電灯の光をくならせながらシャッターを開き続けた創作写真など不掲載を覚悟した挑戦的な写真がとても面白かったのだが、一緒に行った高校時代の友人たちは少々眠かったご様子で・・・。

2005/12/8

朝から板橋の家のセットバックに関する書類作成。昼過ぎに大和町の家の敷地の所有者であるおばあさんに書類の内容を説明に伺った。約1時間くらい雑談した後書類にサインをしていただき、再度板橋区役所に書類提出。最近の、構造強度偽造事件のせいかなんとなく建築審査課があわただしいような気がするが、気のせいか。終了後土曜日に行う契約書の書類作成などの雑務を行う。

2005/12/7

午前中、RDRにてミーティング。昼から板橋の大和町の家にて打ち合わせ。今日は解体工事業者に見積もりを依頼し、またプランについての確認をしていただいた。打ち合わせ終了後板橋区役所にて道路状況の調査。セットバックが必要ということで早速手続きの準備に入った。夕方、知人が居酒屋を開店するというのでプレオープンイベントに参加。40人くらいの招待客が楽しいときを過ごした。

2005/12/6

いつものように朝運動。大分体が軽く感じるようになってきた。8時、事務所に下りる。今日はリノベーションの一回目のプレゼンテーション。朝からその準備に追われる。10時40分ごろ出発。約1時間かけてますいいのやりたいことを説明してきた。大体のことは理解していただけた模様。12時帰社。食事を済ませ、屋久島の家の打ち合わせ。年末の引越しに向けたスケジュールの確認などを行った。引き続き蕨の家の工程確認、安行の家の見積もり作業の確認を行い、夕方所用のため外出。
庭のアロエに花が咲いた。アロエの花というのははじめてみた。小さな鉢に植わっていたころはけっして花など咲かなかったのだが、大地に根を下ろしたとたんにわずか1年で花をつけた。人も花も、「のびのびと・・」が一番なのでしょうか。

アロエの花

2005/12/4

朝6時に家を出て静岡県伊豆の国市にある江川家住宅に向かった。8時30分ごろ到着。午後から天気が崩れるということだったがまだ何とかもっているようだ。駐車場に車を止めるとけたたましいサイレンの音が田舎町のあちこちで鳴り響いている。どうやら防災訓練をしているらしい。
受付を済まし、中に入る。中に入るとまず、代官屋敷の正面が現れる。いわゆるお代官様が登場する場所だ。邸内には敷地のほぼ中央に位置する主屋を中心に、表門、書院、東蔵をはじめ5棟の蔵が立ち並んでいる。中庭には池があり、その南西方向には韮山竹の群生が見られる。裏に回りこむと屋敷の北側に土間がある。大きな土間の中にはかまどやパン焼き器などが置かれている。この土間は約50坪もの広さがある。今回はここにかかる大屋根を支える小屋組みを見に来たのである。北側の入母屋破風の明り取りからは常に変らぬやわらかい光が降り注いでいる。屋根を支える小屋束と、その束に水平に差し込まれた細い貫材にその光が絡みつく。薄暗い小屋裏のその一点を見つめているとまるで、教会か何かの中にいるような錯覚を覚える。日常生活の舞台だった土間、つまり今のキッチンの中でそんなことを感じている自分を少々おかしく思いながらも、でも忘れることの出来ない感覚を覚えた。紅葉の時期のこの週は普段見ることの出来ない裏庭も開放している。真っ赤に染まった庭は見事だった。
一通り、見学を終えて裏門から外に出ると門の外では80歳くらいのおばあさんが柿やラッキョウの漬物などを小さなバラック小屋の中で売っていた。その素朴な様子にひきつけられ、1000円分だけの買い物を楽しんだ。
まだ時間が早かったので、その足で熱海へ向かった。熱海にはブルーノ・タウトが内装を設計した旧日向邸という別荘がある。もともとは個人の別荘で、途中は企業は所有していたものだが現在は熱海市が管理している。公開しており誰でも見ることが出来るということを知っていたので行ってみることにした。
館内に入ると小さなリビング中でまずビデオを見させられた。地下室には係りの人と一緒にしか行かれないということなので、早速案内してもらった。撮影禁止ということだったが何とかお願いして何枚かの写真を取らせてもらった。桂離宮を賞賛したタウトの手による和風の内装を見て、建築家として常識的にどのように感じなければいけないのかはよく分からない。しかし、竹の建具や竹の手すり、赤い絹のクロスや舞台の袖の升席などを見ているとその自由な発想とデザインの主張は確実に伝わってきた。建築のチャンスの少なかった時期のタウトの意思のようなものだけは確実に伝わってきた。
決して強いデザイン性を主張したわけではない江川家住宅の小屋裏と、タウトの手による強いデザインを同時に鑑賞した。このときそれぞれの場所で感じたことの意味をさらに考えてみたい。

江川家住宅

旧日向邸

2005/12/2

いつもどおり6時から7時まで朝の運動。8時、事務所に下りて雑務。8時30分、池上、田村、山田とともに蕨の家の現場に向かう。今日は蕨の家の現場の養生はがし作業。養生というのは床材に傷か付かないように床の上に張ってある3ミリの厚さのボードと紙のことでこれをはがすといよいよ現場は完成に向かう。これまで見ることの出来なかった床材が顔を出したときには急に生活空間としての家がイメージできるようになるのでこちらも完成したような気分になってしまうものだ。と同時に細かい部分が急に気になる瞬間でもある。完成したようになったということは少しでも汚れていたり隙間が開いていたりする部分が目に付くようになるということ。11時30分ごろには大体の作業を終えて田村に残り作業の進め方を指示した。12時帰社。午後からは事務所にて鳩ヶ谷八幡木の家、西青木の家についての施工図・進行状況チェックなど。

 

2005/12/1

早くも12月になってしまった。毎日続けている朝の運動だが日に日に寒くなってくるのが良く分かる。今年も後31日で終わり。思い残すことのないようにしなければいけない。朝8時30分、いつものように事務所に下りる。今日から山本が屋久島に現場管理に出向いている。工事着工から1ヶ月以上がたち工事も急ピッチで進んでいる。今回は電気配線や内装などのチェックを行う予定。途中1回連絡があったが大きな問題もなく順調に進んでいる模様。私はといえば終日事務所にて雑務。夕方16時30分ごろ事務所を出て、伊奈町の渡辺さんのお宅へ打ち合わせに出向いた。見積書の提示と減額案の説明をしていよいよ次回の打ち合わせで契約というところまでたどり着いた。夜20時ごろ帰社。

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