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2005年
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2005/11/29

朝6時から7時のあいだ中青木公園にて朝運動。朝食を取り8時に事務所に下りる。今日で二日目になるが早起きをすると体調が非常に良い。午前中は事務所にて雑務。午後からRDRにて山崎とリノベーションの打ち合わせ。2時、今日オープンしたばかりの川口駅前の再開発モールを見学。イトーヨーカ堂系列なのだがどう贔屓目に見ても二度と足を踏み入れることはなさそう。さまざまな期待をされて誕生した施設だけに残念だ。4時、東京芸大美術館にて吉村順三建築展を見学。こちらのほうはいたって分かりやすく、すばらしい建築と建築に対する姿勢に感服。やはり人間として生まれた以上仕事に対してはあのように接して果てたい。

2005/11/28

朝6時30分、家の目の前にある中青木公園のグランドに向かう。本当は6時におきるつもりだったのだが外の世界がまだ暗かったのでなんとなく30分遅くしてしまった。この公園は結構大きな公園なので、夏場はかなり多くの運動を楽しむ人々がいるのだがさすがにこう寒くなってくると人数は少なくなってきている。2,3人の熟年の方々と同じようにグランド内をぐるぐると歩き始めた。1周200メートルくらいのグランドを5週も歩くと体がポカポカ温まってくる。人間の発熱力というのはすごいものでさっきまでしていた手袋もポケットにしまってしまった。少しからだが温まったところでゆっくりと走り始める。そのまま、さらに5周。そのころにはウインドブレーカーの中に汗がにじみ始める。時間にして約15分。さらに10周ほど走って7時30分ごろ自宅に戻った。朝の運動というのはやはり気分がいい。ひざの手術をする前には結構やっていたのだがここ最近は休憩していた。明日からまたはじめよう。でももう少し早く起きないといけないな。そういえば昔読んだ「村上さんに聞いてみよう」という本の中で村上春樹が一日は23時間だと思うようにしているといっていたのを思い出した。これはどんなに忙しくても一日1時間くらいは運動をしなければ体がなまってしまう。体力がなくなると頭も働かなくなってしまう。だから一日を23時間だと思って残りの1時間は運動をするようにしているというものだったと記憶している。からだを動かさない仕事をしている人、みんなに当てはまる言葉だろう。
午前中は事務所にて、安行の家の見積書の作成作業を行う。隣の席に座っている山田と相談をしながらの作業を約4時間、大体の方針が決まったところで作業を終了した。午後からはたまっていた日記を書いたり、ホームページの更新をしたりなどの雑務。久しぶりの朝運動の後なので仕事の調子もすこぶる良かった。

2005/11/27

先日山崎の勧めで未来世紀ブラジルという映画を鑑賞した。RDRギャラリーには白い大きな壁があるので映画を見たり写真を見たりするのには非常に適した場所である。小さな小さなギャラリーではあるが今は内部の人たちだけで行っているこうしたスモールイベントをもう少し開放したイベントとして行ってみたい。

2005/11/25

今日はいよいよ蕨の家の足場解体工事。現場担当の田村が昨日からその準備に追われていたのだが、今日も作業が始まる昼ごろから現場に向かっている。住宅の現場にとって足場が外れる瞬間というのは非常に大きなイベント。これまで見ることの出来なかった建物の全貌が分かるだけでなく、建物の内部においては部屋の明るさ、空気などが本当の意味でわかるようになるのである。地域においてはこれまでのいかにも工事中という雰囲気が一変し、良いデザインの建物によってその地域全体の雰囲気までもが明るくなる瞬間。当然近所の人たちの意見や感想が気になるときでもあるのだ。案の定現場ではご近所さんたちの感想発表会のような集まりが出来た模様。でも評判は上々だったようで一安心。地域に受け入れられるような建築を作ることもまたひとつの目標なのである。

2005/11/23

今日西青木の家の現場の近所にお住まいの方から工事のことで相談を受けた。その方、何でもわが息子の幼稚園バスのお友達のお母さんらしく、なんとも気恥ずかしい限り。それでも現場の近くの方からの問い合わせというのは建設を営むものにとってもっとも光栄なことであり、うれしい思いでいっぱいであった。
午前中は板橋の大和町の家の打ち合わせ。約1時間30分かけて説明を終えると非常に気に入っていただけたようで順調な進行状況だった。年明けには工事を開始しなければいけないので来週もこの調子で進めるようにがんばらなければいけないな。午後からは屋久島の家の階段のデザイン。こちらも急ピッチで工事のほうが進んでいる。出来ても出来なくても12月11日には三宅さんは引越しするということなので、いくらのんきな島の大工さんたちとは言え一生懸命に進めざる終えないようだ。最近問い合わせの電話の本数が突然増えた。普通の会社と違い工程表や質疑応答書などの書類は一切ないのだがそれでも順調に進んでしまうのが屋久島ならではなんだと思う。

2005/11/21

午前中、事務所にて雑務。午後からRDRにて伊奈の家の減額案作成についてとリノベーション事業のプレゼンテーション資料についての打ち合わせを山崎とともに行った。途中、屋久島の家の電気工事屋さんからの問い合わせに対応。通常の屋久島の家のような設計契約の場合は建築請負契約をしている工務店の現場監督から施工図などを利用しての質問が来るのだが、今回の場合は地元の棟梁との直接契約になっているため現場監督さんというものが存在しない。ゆえに必然的に普段ますいいが工務店として現場管理している住宅と同じように、各職人さんたちとの直接の打ち合わせをしなければならない。電話だけでの打ち合わせにも限界があるので、12月1日に山本を派遣することにした。明日三宅さんの了解を得よう。
夜は地元の事業者の集まりに参会。

2005/11/19

夕方伊奈の家の渡辺さんと最終見積もりについての打ち合わせを渡辺さんのご自宅で行った。約1時間くらいの打ち合わせの後、減額目標の設定をして打ち合わせ終了。どこの家でも同じなのだがこのコスト調整作業が一番の山場となる。来週、もう一度打ち合わせを行うことになりそうだ。
21時、事務所に戻るとRDRでは山崎の北欧紀行報告会が行われていた。今回は大学時代の友人やギャラリー関係の作家さんたちなど総勢15名程度のパーティ-となっている。到着したときには既に会の半ばにさしかかっていたのだが夜遅くまで友人たちと楽しいときを過ごした。夜中3時ごろ帰宅。

2005/11/18

新聞記事で、構造計算書類偽造の記事を見た。もう既に住んでいる集合住宅や営業中のホテルなども含まれているようだ。賃貸マンションのオーナーや分譲住宅を既に購入してしまった人たちは一体どのようにするのだろう。簡単な耐震補強工事で対処できる範囲なのかそれともどうにもならないような状態なのか。設計者はコストの削減を理由に挙げていた。確かにここ最近のコストに対する厳しさというのはものすごいものがあるのだが、だからといって建物の骨格である構造に欠陥があるのではどうしようもない。表面ばかりを取り繕っても中身がないのではこれ、建物も人も使い物にはならないのであって、そういうことを見分ける正しい目を養う必要がクライアントの側にも出てきたということなのだろうか。今回の事件に比べると私の家などは結構正しい。たとえばこの家、コスト削減のために2階の床にコンクリートを打たなかった。結果、2階で子供たちが暴れると1階の事務所にはものすごい音が聞こえるようになった。でも、建物が軽くなることにより構造的にはかなり有利だし何よりも安かった。そして、それによる不安感はまったくない。それよりも600万円というこの規模の家では考えられないコストをかけて作った鐵骨の構造のおかげで最近の数多くの地震の中でも確かな安心感が得られているのだ。この事件、まさに現代の世相を現しているように感じられてならない。
夜8時より、事務所のスタッフとともに川口駅前のフットサルコートへ。なんでも見ず知らずの人が20人集まってみんなでサッカーをするという企画が毎週2回開催されているということで、ますいいも参加することにしたのである。料金は一人1500円。合計4チームつくり総当たり戦で2時間プレーをした。4月に手術をしたひざの具合もよく、楽しい汗をかくことが出来た。10時終了。

2005/11/15

朝からリノベーション計画についてのスタディー。14時、近所に土地を購入された方より診療所兼住宅の建築のご相談を受ける。16時ごろ終了。その後、西青木の家の現場チェック。いよいよ待ちに待った格子階段が出来上がった。1Fの玄関から3Fまで突き抜ける12本の格子の隙間からこぼれ入る光がとてもきれいだった。3間×3間の9坪。たった9坪しかない中でこれだけ豊かな空間が作れるということをまざまざと体感した。

 

2005/11/14

朝から伊奈の家の木拾い作業。木拾いというのは使用する材木のサイズや数量を計算する作業のことで見積もりの中で最も重要な作業である。仮筋交いから始まり屋根の材料、一階の床の材料という風に作業の順番に沿って頭の中で想像しながら使用するのにふさわしい材料を当てはめていく。その結果、最後の部材を当てはめると頭の中にはひとつの家が完成しているのである。14時ごろまでかけてようやく終了。
終了後、リノベーションプロジェクトについての考察。川口市内にある実際のビルに対するリノベーション計画を立て始めることにした。このビルも古くなるにしたがって次第に問題を抱え始めているという状のもので、そこに新しい価値を加えてあげることで再生させてあげる必要がある。まだ詳しい動きにはいたらないが来年には具体的に動き出せるだろう。
19時、川口の鋳物工場を経営する森氏来社。鋳物という素材を使用した新たなプロダクトデザインの可能性についての話し合いをする。川口市というところはもともと鋳物工場が多くあったところ。その川口市を発信源とする新たな鋳物デザインを模索してみよう。

2005/11/12

朝9時30分より伊奈の家の打ち合わせ。急遽変更されたこの家ではあるがようやく第3案の図面を書き上げることが出来た。詳細部分についても一応の了解を頂いたのでいよいよ見積もり作業に入ることになる。来週の待つごろには完成させることが出来ると思うのだが、予算がオーバーしないことを祈りたい。
午後から所要のため秩父へ向かう。いくつかの会合に出席して20時ごろ帰社。

2005/11/10

IDEEが主催する「新しい不動産価値創造の可能性」というセミナーに参加。ここでの話は都心の一部の地域に限られる話だったが、私の地元の川口でも大型中型問わずビルがどんどん乱立している。そして新しいビルが出来ることで目立たなくなった古い中小ビルの空き室が目立つという現象は都心と代わりがない。これらを壊して新しいものに取り替えるというのが経済の主流だとは分かっているのだが、まだ利用できるものたちにますいいが持っているデザインというソフトを加えることでそれを利用することが出来るのであればその方がどれだけ優れているだろうか。スクラップアンドビルドの時代は終わった。特に耐震基準の改定後の建築についてはそう簡単に壊すべきではない。この問題については深く考える必要がありそうである。


2005/11/9

10時、大和町の家の伊藤さんと約一ヶ月ぶりの打ち合わせ。事情のよりしばらく設計の手をやすめていたのであるが今日から再び再会することになった。家を建てるには設計の打ち合わせ以外にもさまざまな解決しなければいけないことがある。それを解決できる人だけが家を最終的に建てられるわけだと思うのだが、今回はそれが大丈夫だったということだろう。一安心。


2005/11/8

朝から山本と一緒に鳩ヶ谷八幡木の現場に向かった。久しぶりに大工の尾形さんと顔を合わせたのだがますいい専用の材木の加工工場を作ってほしいとのリクエストを受けた。その中で墨付けをして加工をして、材木を保管して・・・確かにあったらよいとは思うのだが。そう簡単に工場を作れるわけもない。いつか実現させてみたい。明日の防水に向けた準備も順調に進んでいて天候にも恵まれている。この様子なら年内に大分進めることが出来そうである。11時、蕨の現場にて現場チェック。塗装屋さんが二人で下地のパテ処理を行っていた。こちらの作業のほうはどうやらもうしばらくかかりそう。大部分の仕上げが塗装仕上げなのでこの作業が終わりを迎えるといよいよ完成ということになるのである。11時30分西青木の9坪ハウスへ。壁、天井の下地工事をほぼ完了しいよいよ階段の取り付けとなる予定。1階から3階まで貫く格子階段が取り付くと大分雰囲気が変わるはずなのだが、その様子を見るのが楽しみである。途中で急遽増やすことになった窓から、午前中の明るい日差しが入り込んでいた。この窓は設計段階ではなかったのだが、どうしてもこの時間帯のこの光を取り込みたいという要望から取り付けることになった。そこに住んでいる人しか分からない意外なところからくるすばらしい光の存在にしばし見とれた。
午後は事務所にて雑務。夕方川口駅周辺の最近の変貌を観察するために駅周辺の散策。しばらく見ない間にまたマンションが増えている。活気がないなと思っていた家具屋さん一体の小さな小売店舗が壊され大きなマンション現場に変化している。この街の行く先は一体どうなってしまうのだろう。早すぎる変化に不安を覚える。

2005/11/6

11時45分川口駅にて大学の先輩と待ち合わせをして早稲田大学の学園祭へ向かった。といっても目的はお祭り騒ぎの喧騒の中に身をおきたくなったわけではなく、大隈講堂で開かれたフォーラムを聴講するためである。この企画は早稲田大学大学院公共経営研究科というところが主催しておりそこの教授である筑紫哲也氏がコーディネーターを勤めていた。壇上の真ん中に座る筑紫氏の両側には自民党衆議院議員の片山さつき氏、佐藤ゆかり氏、西川京子氏、民主党衆議院議員の小宮山洋子氏、西村千奈美氏、そして民主党参議院議員の蓮舫氏というそうそうたる女性議員たちが肩を並べていた。議論のテーマというのは「女性たちは未来を拓けるか」というもの。雇用の機会や賃金格差、そして少子化問題など多岐にわたる問題についてそれぞれの立場でさまざまな意見をぶつけ合っていた。「女性が良くなる社会は弱者が良くなる社会。だから結局全体が良くなる。」と筑紫氏は言っていた。社会進出をすることが女性にとって本当に良いのかなどと馬鹿なことを言う人がいると皆々言っていたのだが、これを言っている人たちはバリバリのキャリアウーマン。そのまま大多数の女性の意見と受け取ることは出来ない。逆に男性の中には主婦になって家庭を守る役を担いたいという人もいるだろう。そういう人が主婦である男性の権利を守ろうと声高々に叫びだして、主婦向けの女性専用サービスタイムなどは人権侵害だなんて叫んでもきっと誰も相手にはしてくれないだろう。小数の非権力者の意見はいつの時代も無視される.しかし小数の権力者の意見は英雄的にもてはやされる。小数の改革路線派の大勝利が終わった今、次に迫るのは今は小数の女性議員の台頭、もしかしたら女性総理大臣の誕生なんて話が来るのかもしれない。だってもともと女性の人数は国民の約半分いるのである。その全員に、男女平等に選挙権は与えられているのである。女性の政権は出来ない?そんなはずはない。作りたくない人が女性の中にもたくさんいるのだ。国民に迎合することを義務付けられた新聞社出身の筑紫氏ならではの企画だとは思うのだが、若い人が多かった会場内からあまり批判的な言動が聞こえてこなかったことにメディア社会の怖さを覚えた。そして何よりも片山さつき氏、あれは完全に男だぞ。

2005/11/5

土曜日は交代制で休みを取っているのでいつもより人数が少ない。今日は山本と山田が休みの予定だったのだが山田のほうは打ち合わせがあるので午前中だけ出社することになった。10時ごろ安行の家の谷岡さんが来社。打ち合わせを行った。こちらのほうは厳しい予算との戦いでプランを煮詰めている最中なのだが2転3転するうちに余計な部分がそぎ落とされだんだん良いプランになってきているようだ。余裕がありすぎるより、限られた中で何とか考え出されたものの法がよいものになることが多いので期待が持てそうだ。
午後からはリノベーション事業についての考察。
20時作業終了。

2005/11/3

文化の日の今日もますいいは関係なく仕事をしている。設計事務所だけなら休みというところなのだろうが工務店も行っているとなかなか祭日にお休みというわけには行かない。14時ごろ三宅さん来社。奥様とは久しぶりに顔をあわせた。そういえばこのプロジェクトの本当のクライアントは奥様なのだ。これまでお仕事であまり参加してこなかったのだが正式に退職し、引越しを間近に控えている今日は、いつもより楽しそうに家のことをお話していた。16時ごろ打ち合わせを終了し書類整理ほか雑務。19時30分ごろ少々早めに作業終了。


2005/11/2

伊奈の家の図面の作成が急ピッチで進められている。構造の打ち合わせ、詳細収まりの打ち合わせなどを行い今週中には仕上げるように指示。
一方、鳩ヶ谷の家のほうでは朝9時から防水の補修工事が行われている。このアフターメンテナンスもようやく今日で終わりを迎えて一安心。
午後からは先日の屋久島での打ち合わせ事項をまとめ明日の三宅さんとの打ち合わせに向けた資料作りを行った。これまで非常にゆっくりと進んで来たこの現場なのだが上棟して急にピッチが早まった。三宅さんも12月10日には屋久島に引越しをするとのことだし、年末には完成引渡しを迎える予定である。ということはもう竣工まで2ヶ月をきったということ。長かったプロジェクトもいよいよ終盤を迎えることとなったのだなあ。

2005/11/1

朝から、蕨の家、鳩ヶ谷八幡木の家、9坪ハウス3階建てのそれぞれの現場の進行状況打ち合わせ。特に蕨の家については内装の仕上げ工事の段階に入ってきたので慎重な工事を進めなければいけないとの話をした。そのほかの工事も順調に進んでいるので鳩ヶ谷八幡木の家以外は年内に竣工することが出来そうである。
夕方より屋久島での上棟祝いをますいいの本社前にて開催。本社前にテントを建てて4時間煮込んだおでんともちろん芋焼酎で乾杯。途中基礎や三の伊藤さんも参加して9時過ぎまで楽しいひと時を過ごした。少々飲みすぎの感。

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