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2004/6/28
朝から事務所にてたまっていた事務仕事をこなす。先日取材された室内7月号が送られてきた。団塊の世代と家作りという特集で、団塊の世代の作り手という紹介だったが雑誌にしては珍しくお話したことをそのまま書いてくれたようだ。家作りに対する考え方は確かに変わってきている。この価値観の変化は世代というよりも明らかに時代の産物に違いない。その変化をもたらしたのは、何よりも情報だろう。インターネット、携帯電話、今人はどこにいても瞬時にほしい情報を手に入れられる。専門的な知識を提供するだけの技術職はその存在意義を奪われてしまう次代なのだ。というと建築家なんかもういらないなんてことになるような気がしてしまうが、多分そうはならないんだろう。情報だけで家は立たない。結局人間が人間のために作るというものすごくアナログな世界でしかことは進められないわけで、そんな時代とのギャップを埋めることもまた仕事のひとつなんだろうなという気がする。多くの人は、様々な情報を持ちつつ、かつその一方で温かみのある懐かしい家がほしいなどと感覚的なことを口にする。そこが重要だ。身体的空間の感覚というのは数値では表しようがない。そういう部分においてわれわれ建築家はある法則を知っている。心だけが知っている法則。それぞれの建築家の中にうごめく法則。これはネットではあらわしようがないもので、だからこそ価値があるようなのだけれど、そういうことをもっと突き詰めて考えて生きたい。(増井真也)
昨日は3組の新しいクライアントが見えた。その中の1組、調布に建築を計画されている方の敷地調査に向かった。まず、役所を廻る。東京の法規制は相変わらず厳しいが、昨今、都市型住宅の在り方が確立されてきたように実感しているので、そのうち緩和措置がとられるのではないかな。とは言え、まずは、現行法で考えていかないと。法が作り出すオーダーは確かにあり、それは時代とともに変化していくべきもの。東京はそれを認容できる都市であろうし、事実、23区内や新興住宅地から変化が見えているようだ。現地へ向かう。そこは閑静な住宅街。最近、隣地で開発が行われたようで、大手ハウスメーカーの同じような家が並んでいる。言い換えれば、そこにはオーダーが存在していることになる。恐らく、クライアントはそれに対するアンチテーゼたるものを求めているのであろう。かと言ってそれが現存するオーダーを壊すほどのものにはならないし、そうしなくて良いことも承知している。僕らはただ、クライアントの望む生活を包む空間をつくればよい、とシンプルに考えることにする。(内田元太)
2004/6/27
今日は事務所にて新しいクライアントとの打ち合わせ。まだ土地の概要を聞いた程度だが、これから良いお付き合いができることを祈る。来週にも早速プランを作ってみよう。(増井真也)
2004/6/26
6/24に、お花屋さんの改修工事がなんとか完成、引き渡しを終えた。施主の花好園・山本さんにも気に入って頂けたようで、一安心。まずは、施主の山本さんご一家、そして今回、工事をやっていただいた坂上工務店・岡氏に感謝申し上げます。さて、このプロジェクトは、2月末に初めて山本さんにお会いしてからちょうど4ヶ月。店舗の改修工事は、やはり期間が短い。が、短いながらやることはたくさんあったので濃密な時間でした。思い起こせば、一番最初の提案は没。最初のプランでは、間口の狭いお店に対して、一番奥まで見える長い”お花のみち”をつくりましょうと提案した。が、これまでの使い勝手とあまりに変わりすぎてしまうこと、などが理由で、没に。第一案では、改修としてどんな操作をしたのか、をわかりやすく表現しよう、としていた。訪れるお客さんにも、こんな風に変わったのね、と強い印象が与えられるのではないか、と。わかりやすいメッセージや、キーワードを軸にすることは、改修をやる上で一つの方法だと思う。次の案は、山本さんから頂いた要望をベースにプランをまとめた。この時点で、考えるテーマ、というかポイントを少し変えてみた。空間が
どう変わったかを”見せる”ことよりも、主役を引き立たせる背景、主役をサポートする場所をどう作るのかを中心に考えた。花好園の場合、当然、主役はお花。花がきれいに見える背景と光を大切にした。花の陰や光が映える白壁をベースに、緑との組み合わせがきれいなフィンランドバーチを配した。山本さんからは、色が欲しいという、リクエストもあったが、色は花が持っているので、ということでナシに。それと、もう一つの主役は、山本さん。山本さんが道行く人や入ってくるお客さんの顔をみながら、会話をしながら、作業を進めていくコミュニケーションの場所だ、ということ。お店は一室空間だけれど、花束をつくる作業台、お客さんが注文書を書くミニカウンター、など、いくつかの場所がある。それぞれの場所には、人の近くにバーチを配したり、コーナーとして棚や照明を配したり、それぞれ小さな空間として成立するように心がけた。お店は7/1にオープン、3日間開店セールをするそうです。(山崎壮一)
今日は7年ぶりのラグビーの試合。大学時代所属していたラグビー部のOBが多摩川の河川敷グランドに集まっての交流試合があった。さすがにこの年齢になると激しいスポーツだけにいまだに活動を続けている人は15人のメンバーのうちの半数近くになってしまっていたが、勝敗を気にしないお楽しみ試合なので、プレーの質にかかわらず楽しむことができた。それにしても、自分の体力が落ちているのか、学生時代それほど感じなかった同期の走りっぷりがまるでカモシカか何かのように速く感じたのには驚いた。また秋に同じようにやるということだったので、それまでに少々トレーニングしておこう。(増井真也)
2004/6/25
午前中は浦和の家の打ち合わせ。ちょうど花好園さんの引渡しの時期だったので、南さんにもみてもらった。打ち合わせ終了後は早速設備関係の器具をリストアップしていった。背の高いきり妻の屋根なので、照明計画がやはり難しい。夕方は、花好園さんのオープンハウス。数人の知人を呼んでの小さな会だったが、皆さんに見ていただくことができて大変うれしく思う。夜はそのままRDRにてスライドの映写をしながらのパーティーへ。11時ごろ、一足先に家路についた。(増井真也)
まず、鳩ヶ谷の現場確認。そのあとは蕨の家の設計、それに、ホームページの構成を考える。以前マリコさんにまとめてもらったホームページだが、さすがに4年も経つとコンセプト・・・つまり僕らの考えも軌道修正されている。日記を読んでいただければご理解いただけると甘えてきたが、さすがに放っておくわけにもいかないだろう。かと言って、そうそう時間もかけてられない。今月中に草稿をまとめてしまおう。夕方から、花好園のオープンハウス。場所は繁華街の真っ只中。だからこそ、文化を訴えていきたいというクライアントの強い意志。夜はRDRでパーティ。だんだんカワイクなってきたソラと一緒にスライドを堪能。誰かソラの里親になってくれませんか?(内田元太)
今日は稲葉邸の実施設計。構造の諏訪部さんからも伏せ図が届き、徐々にかたまりつつある。断面詳細を検討しつつ、増井の概算見積を完成させるため,仕上げ材料・機器など仕様を検討中。悩ましいものの一つがガレージのシャッタードアだ。稲葉さんに教えて頂いたメーカーを含め、いくつかの会社の資料と見積を取り寄せているが、安いモノには変な模様がついてたり、きれいだなと思うモノは異常に高かったり。なかなか既製品の中から良いモノを選ぶのは難しい。そう言えば、先日稲葉さんからキッチンのスケッチが届いた。寸法も記載され、小物収納スペースも計画されていて、大体もうできている。あとは、全体のデザインのなかにうまくはめ込んでいくこと、安くつくる材料/方法を検討していくこと、をわたしの方できちんとお答えしなければ。稲葉さんからは、最初に家のコンセプトのまとめを頂いたり、日射の検討書を頂いたり、新しい家への思い入れをすごく感じる。その気持ちに答えるためにも、いい家にしたい。(山崎壮一)

2004/6/23
成増の家のセルフビルドの画像を見せてもらった。これまでの進行過程を拝見させていただいていたが、実にすばらしい家づくりが展開されているので羨ましく思っている。それが田中さんの人柄によるものは確かであろうことが、画像からも容易に見て取れる(ヤマモトのカメラの腕が良ければそれをより伝えられるのだけど)。完成するのが僕も楽しみです。今日は蕨の家のプランと作図、それから茨城の家にちょっと変更を加えたので、構造の検討や作図などを行う。夕方、就職希望の女性の方が見えてお話し。彼女は、環境工学の研究をしていたのだが、実践に興味を持って単身鹿児島に渡り工務店で現場補助などをしていたらしい。最近は社会に出てからでも留学する女性が増えているようだし、田中さんのお話を聞いても、女性の時代だなあ、と感心します。まあ、ますいいの女性陣も相当スゴイんですけどね。(内田元太)
2004/6/21
今日から4日間SDレビューの資料作成の予定。今回の提出は私にとって初めてのこと。題材は現在工事中の成増の家。しばらく自分の世界に入らせていただきます。(増井真也)
2004/6/20
今日は日曜日。機能、おとといのセルフビルドのお手伝いのせいか体中がだるい。今日は一日中事務所にて作業。次第にまとまってきた所沢の家と浦和の家の予算について概算見積もりをはじき出してみる。まだ細かな部分が決まっていないので、もう少々時間がかかりそうだが、予算をそれほどはずしていなそうなので一安心。来週か再来週には打ち合わせをしなければならない。夜は大学時代の友人で、自由が丘の家の設計をした小野が来社し来年春に独立するとの報告を受けた。その後山崎と3人で、近くの居酒屋にて食事。久しぶりに会う小野との会話はただただ楽しかった。(増井真也)
2004/6/19
鳩ヶ谷の家で現場管理と打ち合わせ。本多さんは今日も奥さんと自転車に二人乗りでやって来た。本当に夫婦仲がいい。外部のイメージなどを話し合う。夕方、早稲田大芸術学校つながりで佐藤さんと角井さんとますいいとで会食。芸術学校のあるskip
cityは、デジタルをはじめとする映像産業の拠点となりうる施設で、既にNHKやNTTコミュニケーションズが参画している。そんな施設が川口にあるというのに、これを見逃すわけにはいかない。具体的にはこれから考えていくが、芸術と社会を結ぶ接点は、メディアと建築、だと思っている。東京のように民が官を動かす動きを共にしていきたい。川口に文化を・・・、と市長をはじめ、皆が考えていることであれば、ここに突破口が見出せるのではないか。(内田元太)
今日も一日中成増の家のセルフビルドのお手伝い。今日は指導役として及川左官の腕っききである、和光さんを呼んである。この人は及川左官の仲でも一二を争う腕の持ち主。素人相手に少々お疲れの様子だったが普段無口な初老の職人さんが一生懸命教えてくれた。私も色々な塗り方を教えてもらいただでさえ結構慣れてきていたのが、左官屋さん並みの腕前になってしまった。施主の田中さんたちも楽しんでくれたようで、なにより。今日はビールがうまいだろうな。(増井真也)
2004/6/18
今日は朝から成増の家のセルフビルドのお手伝い。9時ごろ現場につくと、田中さんもすぐに来てくれた。山本と3人で、早速作業開始。はじめの30分くらいお手本を見せてあげただけなのだが田中さんのこてさばきがなかなか上手なのには驚いた。午後5時ごろ予定していた作業を終了して現場を後に。いつも、セルフビルドのお手伝い作業を終えるともうなるべく控えようと思うのだが結局またやってしまった。好きなんだからしょうがないんだけど、毎回作業をしてしまう建築家というのも少しヤバイような気もするので、今度こそ控えるようにしようと思う。でも久しぶりに流す汗はやっぱり気持ちがいい。(増井真也)
2004/6/17
午前中は今度開催しようと考えている「自分で家を造るための学校」について思いをめぐらす。なんだかとっても楽しそうなものになりそうでひとりでニタニタしてしまう。午後からは浦和の家の予算計画作成。だいぶ計画がつめられてきたのだが、最後までそのまま突っ走るとたいてい予算オーバーしてしまうわけできちんと計画しなければならない。大まかな構造が見えてきたので、ちょうど良い時期だろう。21時より山田の学生時代の作品を見せてもらう。琵琶湖に浮遊する月見のための人工島。満月の夜だけ桟橋が岸に延びてくる。そこで月見をする人々を乗せて、夜が明けるとその人たちを下ろす。そして再び次の満月の日まで浮遊するというロマンティックなストーリーが聞いていて心地よかった。ロマンティストじゃなきゃ、建築家なんかできるわけがない。石山先生もフラーもみんなロマンティストだ。今日は山田の作った世界を思い描きながら眠ることにしよう。(増井真也)
2004/6/16
今日は一日RDRにて所沢の家の図面を書いていた。一心不乱に図面を書くことなど何日ぶりだろうか。普段なかなか落ち着いてこういう作業をすることはできないのでなんだか初心に帰る思いがした。(増井真也)
2004/6/15
4月渡欧時に接点を持ったミラノの業者さんと打ち合わせ。ますいいが取り組んでいる流通への挑戦の一環。言い換えれば消費社会に対する挑戦か。新潟から東京への輸送費よりカリフォルニアから東京までの輸送費の方が安い。しかし、東京から現地へ運ぶと結局コストがかかる。流通のブラックボックスは依然として公然と姿を見せないが、まずは射程圏に捉えた目の前の壁から破っていくこととしよう。(内田元太)
11時ミラノの金物業者さんと帝国ホテルにて打ち合わせ。15時、川口の集合住宅のオーナーさんとの打ち合わせ。だいぶ現実的な状態になってきたが実現まではもう一歩というところだろう。その後山崎が担当しているお花屋さんの現場視察。だいぶできてきたようで、完成の様子がわかるようになって来た。こういう仕事はなんといっても工期が短いのが大変なのだがうまく納まっているようで、来週の完成が楽しみだ。19時より全体ミーティング。終了後そのまま22時まで設計の打ち合わせを行い終了。(増井真也)
2004/6/14
リアルほどの圧倒的関心を集める事ではないだろうけれど、確かに長崎の事件に思うことはあり、建築に携わるヒトの間でも議論になっている。住宅はすでにコミュニティとか家族とかそういったものではなく一人住居となり、その中にコンピュータを持っている時代の文化文明の在り方を入れ込む手法がある・・・数年前、建築家同士の、そんな対談の記事を読んだ。結局、建築はそれに向かわずその解析を怠ってきたので、この事件が起きた・・・というわけではまったくないだろう。風雨だけでなく光、そして分子レベルのモノまで統制してきた建築は、現代となってエレクトロンやニュートリノまでも制御していかなければならない、的議論は単にもう食傷気味なだけ。建築は万能でない、そう言い切らず理由を並べるのが建築家の悪癖だ。建築がすべて解決してくれる的夢見心地な三文芝居に現実的解決はなくて、客観的で無責任な表現をしてしまえば、建築はもっとマクロな指向へと誘導する方舟(件の、抽象的表現である狭義の‘イコン’というのもそうなのかも?)たれば、それで充分ではないのだろうか。建築史上に名前を残したいのであれば、口が裂けてもそんなことは言ってはいけなかったのだろうけれど、僕らは宇宙の歴史から見てミクロなほんの一瞬に生きているわけで、その一瞬を大事にしたいと考えるのであれば、その一瞬のうちのまさにそのときに、できることを真摯に伝えることも許されていいんじゃないかな、と思う。僕も一応建築的解決をいろいろと探ってみたんだけど、結局、思考プログラム的遊びの域だなって自覚しちゃいましたんで、こんな事を書いてます。未熟なだけかもしれません。無知なだけかもしれません。(内田元太)
2004/6/10
午後から川口で開催されているエコ&エゴ展にいってきた。あるアーティストが言いだしっぺとなり、川口で制作活動を続けるアーティストたちが集まるアートファクトリーという団体と共に開催されている企画なのだがこれまでに川口で見たどの企画よりも面白いものだった。何よりこの町でこのような企画が実現されたということに感動してしまった。丸山芳子さんの部屋に入ると、そこは古い鋳物工場のそのままの部屋で、細長い長方形の空間の手前と先端部分に割れた鏡がおいてあり、その間には手がそして両脇には絵が展示されていた。一番奥に開いている窓はなんだか現実の社会と空想の今いる世界とをつなぐトンネルのように見えて、そこを通り過ぎる自転車に乗った小さな女の子までもが作品の一部になっているような感覚を覚えた。有名作家の作品はなんだかお付き合い程度の質の低いものもあるようだったが、それはきっと私の感性に問題があるのかもしれないので、言及するのはやめておこう。夜は稲葉さん来社。光の取り入れ方などについて3時間近くに及ぶ打ち合わせ。10時作業終了。(増井真也)
2004/6/9
最近ショッキングな事件が多い。立て続けに起こるためか、そのショックがすぐ薄れていってしまうことが気持ち悪い。事件に絡めての話ではないのだが、いまの日本では、自分自身も含めて、まわりに対する気づかいが少なくなってきていることを日常のいろいろな場面で感じる。ちょっとした気づかいをもつ余裕がそれぞれの心にあれば、社会のカドやトゲがずいぶん減っていくだろう。そのカドやトゲは建築のなかにもたくさんある。ある一軒の家を建てるときにはまず、ハウスメーカーにしても設計事務所にしても、よほどの田舎でない限りその土地にかかわってくる様々な法規や規制を整理し、そこに建てることができる最大ボリュームを把握することが住宅を設計するうえでの第一歩となっている。このときに、出てくる具体的な数値は、あくまで個人の住環境を劣悪なものにさせないための「最低基準」を保障しているものなのだが、実際は「この大きさまで建てることができる」という許容範囲として捉えてしまうことが少なくない。隣の家の塀からこれだけ離れていたら法律にひっかからないという理由で建物の位置が決められていくことで、まちの表情は強ばったものとなってしまっている。家一軒建てることは、ひとつの風景をつくることであり、その建物に対する責任だけではなく、そこの風景に対する責任も設計者は負わなければならない。たとえ、法規的に問題がないデザイン、大きさであっても、周囲へまったく気づかいのない建物は、その表情にカドやトゲ、言葉が悪いかもしれないが「卑しさ」が見え隠れしている。建築は、その周囲へ与える心理的、物理的な影響力が非常に大きい。美や芸術を追究することで名建築は生まれるのであろうが、設計する側はもちろん、施主にもまわりに対する気づかいと、まわりを眺める余裕がもう少し必要なのではないだろうか。(山田和彦)
2004/6/8
今日は朝から、デザインルームにて所沢の家についての打ち合わせ。断面形状などについてほぼ案が完成。約2時間くらいかけてスケッチを書き、山田に渡す。明日からは作図に入れるだろう。その後、前川町のアパートのプラン作成。このプロジェクトは川口の前川町に賃貸住宅を建設するというもの。東京ではない、普通の住宅街の中においてどのような形が提案できるのか、コミュニティー・デザイン・環境などうわべのテーマは大量に存在する中で、本当にしっくりとくるものを探して生きたいと思う。夕方には大体完成に近づき、作業を終了した。そう言えば芸術新潮の中で、磯崎さんが日本建築史の解説をしていた。話は、三内丸山遺跡に始まり、水戸芸術館に終わるという壮大なものだったが、最終的にはこれからの建築はイコンに向かうというお話で終了していた。イコンというとなんだかひじょうに難しいお話のように聞こえてしまうのだが、要するに建築家の心の中にあるものをカタチにする作業しかもう残っていないよということなんだろうななどと勝手な解釈をしていた。そう言えば最近目にする新しい建築もそういう傾向になってきた気がする。私もドアの取っ手を作ったりしてしまうけど、建築家なんてえらそうなこと言ったって結局ただの物つくりだということを思い知らされるときがある。だって、そういうことをしているときが何と行っても一番楽しいし、自分に正直に生きている気がする。もしかしたら今こそ建築が純粋なアートになるときなのかもしれない。さま様なしがらみから開放された今こそ。(増井真也)
最近は、お花屋さんの現場対応と2軒の住宅の設計に追われ、日記もずいぶんさぼり気味、日記と言うより近況報告のようだが、、。さて、先週は、住宅2軒の打ち合わせがあった。木曜日に「浦和の住宅」、土曜日は「所沢の家」。今、住宅の設計を進めていく中で、気になっているポイントは、屋根のカタチと光の取り入れ方。昔、大学の授業で、ある先生が「最上階は上に床がないのだから、自由なはずだよ。」というようなことを言っていた。僕にとってはすごく印象的なコトバで、今そのコトバを思い出しながら、断面のスタディを進めているところだ。2軒は、敷地・方位・プログラム、いろいろ条件がことなるので、当然、まったくことなるカタチとなってきているが、それぞれの面白い空間ができそうだ。(山崎壮一)
のぼりたくなる階段、顔を出したくなる窓、ついつい触れてしまいたくなる壁。彦根というのどかな城下町で建築を学んだせいか、現代建築よりも民家に心が惹かれる。そこに暮らすひとたちが日々の生活の中で育ててきたかたちはどれだけ見ていても飽きることがない。そこにはきれいな比率に納まるプロポーションがなければ、理論に基づく動線計画もないが、温かみのある美しさと説得力がある。その土地の気候風土のなかでごく自然に生活するために、身の回りにある材料を用い、自分たちが使いやすい寸法、居心地がいい寸法で家を建てる。眺めたい景色へ窓をあけ、気持ちがいい場所に壁をおく。子どもが産まれれば部屋を増やし、使い勝手が悪くなれば手を入れる。家は、そこに住む家族とともに成長し、美しく成熟していく。そんな素直な家をつくって行きたいと学生時代からずっと思い続けている。(山田和彦)
2004/6/7
今日は別領域のお仕事。以前、アートをやってるヒトに、ピュアでないと指摘されたことがある。建築にはインダストリーとして認められてるがゆえに生じる軋轢があり、それを排除するアウトプットが必要なのであって、好きなことだけやってて許されるポジションでもない。けれども、建築をやってるときはピュアなつもり・・・では、答えになってないかなあ?ところで、山田の寄稿はよく理解できる。良識人的建築家が誰しも思うことだろう。公共建築ならともかく、ヒトが住む住宅でなぜそこまで‘美’のみを追求するのか、と。一般的に言われている‘建築家’像はメディアが造り上げた芸術家的建築家で、そこには環境とか生活感とか息吹あるモノを排除する傾向が確かにある。価値観が多様化してきた、ただそれだけのことで、実際にそれを求めるヒトたちは存在する。それをみて、良識人的建築家は‘アレが建築家なら、ボクは住宅作家でいいよ’と言うのだけども、誰しもが自分の信念に基づいて建築しているとしたら、そのヒトたちはみんな建築家なんだと思う。そこに流行としてのニーズがたゆたっていて、今はたまたまそっち側に行っているだけのこと。キミまで一緒に左右されちゃダメじゃん・・・と言いながらも、頑固な山田のことなのでまったくシンパイしてません。(内田元太)
2004/6/6
午前中は川口の家のプラン作成。じっくりと打ち合わせを行っていいるので、かなり良いプランができそうだと思ったのだが、午後3時ごろ家族の意見の不一致により計画自体をやめるとのご連絡。まあ建築にはこういうことはつき物で、世の中のためになるという神聖な思いだけでとにかく造り続けることしかわれわれにはできないわけだから、またお話をいただけるのを待つとしよう。その後は成増の家の、玄関ドアの取っ手の制作活動に没頭する。なんだか知らないけれど、妙に集中できる。夜9時ごろほぼ完成までたどり着いた。まだお見せしていないだけに気に入っていただけるかどうかが不安でもあるのだが、素直な気持ちで作りましたということで、お許ししていただければよいなあと思う。その後は我が家の玄関ドアにためしにつけてみて一人感動のひと時。わが子には天道虫と名づけられてしまった、その取っ手が無事、成増の家に取り付けられるのを祈ろう。(増井真也)
雑誌をパラパラめくっているとお菓子の写真が目に飛び込んできた。何かのコンクールで入賞した作品を写したもので、あざやかな色彩や巧みな造形など、芸術作品としての輝きと自信に満ちていた。ただ、それはひとの口に入ることはなく、あくまで美や技を追求したものであり、材料は小麦粉や砂糖だとわかっていても、眺めているうちに食欲は失せていった。そのお菓子の写真を見たときと同じような違和感を、最近の住宅雑誌を眺めていて感じるときがある。計算に計算を重ねて導き出したであろうプロポーションに巧みなディテール。「このあたりに光が落ちてほしいから、この辺りに構えて、こう光が入ってくるのを逃さず捉えてね」とあごひげを撫でながらカメラマンに指示を出している建築家。そこにはラブラドールやイームズの家具が入ったとしても、色あせた座布団やランニングシャツのおっちゃんが入ることはない。許されない。ページをめくるたびにそんな匂いがぷんぷん漂ってくる。きれいだが、息苦しい。上手に「美」をつくってはいるが、味わいや魅力はない。いつの頃からか、ひとがまだ住んでいない、いわば住宅としてまだ血が通っていない状態の写真しか掲載できない住宅雑誌に、自身の「作品」を載せることが建築家の箔となっている。そんな箔がなければ建築家として認められないのであれば、建築家になどなりたくもない。そんなことを銭湯の行き帰りにぼんやりと考えていた。(山田和彦)
2004/6/5
ベランダの手すりに布団を干してはいけないマンションがあるという。最初に聞いたときは、風が強くて飛んでいったりするのだろうかと思ったが、実は景観上よろしくないということかららしい。また、洗濯物を外に干さないでくれとお施主さんに頼む建築家が結構いるようだ。どうやら、彼らの「作品」が、洗濯物が干されると台無しになるとのこと。私は車窓から外を眺めるのが好きで、学生時代、大学のある滋賀から北海道の実家へ帰るときに、よく5日間程あちこち道草を食いながら帰省していた。その大半は電車の窓に額をつけて流れ去る景色をぼーっと眺めていたのだが、洗濯物が元気にはためいている集落などを見るとなんとなく幸せな気分になった。イタリア映画などで見かける路地の上に洗濯ロープが掛け渡され、色とりどりのシャツやシーツの下を子どもたちがパタパタ駆けていく風景もなかなかすてきだ。雨が上がった翌日などに、家中の布団がベランダや屋根の上に干されている日本ならではの風景もすごく好きだ。湿気のある気候風土で暮らす以上、洗濯物や布団を外に干すことは、生活の中のごく自然な欲求である。そんなことで壊れるようなデザインを必死に守ろうとする姿はいささか滑稽でもあるし、「住宅」として貧弱すぎるのではないだろうか。建築家であれば、そんな日常生活の「はみ出し」をおおらかに包み込むだけの強さを持ったデザインを考えろと言いたくなる。(山田和彦)
2004/6/4
午前中は明日の打ち合わせに向けての準備を行う。午後からは成増の家の玄関ドアに使う取っ手の作成。サザンイエローパインの無垢板を楕円形にして後はノミでひたすら削り続けた。夜9時ごろやっと思ったような形になったので今日の作業は終了。でもここからやすりで仕上げるのが大変。まあそれは夜な夜なじっくりとやることにしよう。(増井真也)
午前中は会議、その後、鳩ヶ谷の本多邸の納まりについて増井・山田・山本と考える。12時、ビッグマックを頬ばりながら、ジムニーで石下町へ農転申請に。本多さんのお母さんにもご協力いただいて、申請も無事終わる。20時、帰社。社長からビッグマックの差し入れ。ステキな巡り合わせだと思いながらおいしくいただく。こういう展開は大好きだ。増井は昼から行っている田中さんの家の取っ手製作をまだやっている。あと、一週間くらいかけて、夜に時間をつくって完成させるらしい。敵ながらこういうところは見習わなくてはいけない。・・・敵?(内田元太)

2004/6/3
今日は成増の家の現場にて一日中作業を行った。天井のシナ合板にオスモの白いウッドワックスを塗ったりセルフビルドの壁仕上げの準備としての下地処理などをした。久しぶりに丸々一日作業したので、体中が痛い。夜は気になるところの納まりを検討した。完成するのがひじょうに楽しみな現場だけに最後の最後までがんばらないといけない。(増井真也)
2004/6/1
土曜日に打ち合わせ予定のプランをひとつまとめる。午後からは、成増の家の現場管理。左官屋さんの手でいよいよお風呂を作り始めた。昔ゼネコン時代に温泉を作ったとき以来の手作り風呂。どのように完成するかが楽しみだ。ただモルタル製の風呂の表面をどのように仕上げるかはいまだ検討中。サンプルを依頼しているのだが早く見てみたい。夜は、鳩ヶ谷の本田さんが来社。現在進行中の家のイメージについて話し合う。(増井真也)
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