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2004/11/29
朝から大工さんやらいろんな業者さんの電話がかかってきて、まだ歯を磨いている最中なのにいつもより早く事務所におろされてしまった。さすがに二日間も休むと細かい問題があちらこちらで起きていてそれを解決する決断を迫られてしまうわけで、当然あわただしい時を過ごさなければいけなくなってしまうのだがそれも仕方がない。とりあえず一番急を要していた浦和の現場に図面を一枚持って駆けつけた。行ってしまえば5分で解決するのだ、と思って出かけたのだがやっぱり5分で解決。すぐさま事務所に戻り、ほかの現場の打ち合わせ、業者の手配、問い合わせのお返事、などなど仕事をこなす。午後になるとようやく落ち着いてきたので、先週に引き続き再び大島さんの家のことを考えた。夜7時過ぎようやくプランがまとまってきた。週末にお見せするとしよう。(増井真也)
2004/11/26
朝起きあがるときに体が思うように動かない。どうやら風邪を引いてしまったようだ。滅多に風邪など引かないのだが、二人の子供たちと妻からの攻撃に負けてしまったようだ。今年から幼稚園に行きだした長男の健一は月に一回くらいの割合で風邪をもらってくる。その時によって程度は異なるがほぼ毎回38度以上の熱を出している。今回はそれが私まで回ってきてしまった。8時30分、何とか事務所に降りてきた。内田は石下の家のコンクリート打設にたちあっているのでもうすでに事務所にはいない。山田は月に一回の平日休みだ。山本と二人で、各現場についての打ち合わせなどを行い、スムーズに現場作業が進むように手配をかけた。午後からは大島さんの家のプランを考えた。もうかれこれ1年近いつきあいになるので、大島さんたちの希望は十分わかっている。まるで自分の家を考えているような気持ちになってしまうのが、おもしろい。夜7時頃、急に体が熱くなってきた。何となくパソコンの画面が揺らいでいるような気がする。皆に別れを告げて自分の部屋にあがり体温を測ってみたらなんと38度!!。その数字をみたら急に気分が悪くなってきた。9時、就寝。(増井真也)
2004/11/25
午前中は久しぶりに大島さんとお会いした。いよいよ川口市に土地を購入されるということで、なかなかスタートできなかった家造りがようやく再開された。昼過ぎに、浦和の家の現場に図面を届けに。一通り大工さんへの説明を終えるとちょうどクライアントが現場にいらした。しばらくお話をした後、大島さんの土地をもう一度見に行く。もうすでに薄暗くなってしまっていたが来春スタートする新しい家造りの期待感に胸を躍らせた。(増井真也)
2004/11/23
午前中は山崎と今後の設計方針などの打ち合わせ。こういうことはたまにやっておかないと家造りの方向性が狂いだしてしまうので、定期的に必要なことだ。昼過ぎに新しいお客様が相談にきた。1時間ほど土地の探し方や家造りのことについて話をする。3時頃、茨城の現場に向けて出発。6時すみだし作業終了。その後現場近くにある関東最大級というホームセンターに行ってきた。茨城の守谷というところにあるのだが、まるでアメリカのホームセンターのような作りだ。自分の家は自分で建てるという考えを実行して行くにはこのような店舗の出現が必須と感じていたのだがようやく日本にも現れたようだ。まだまだできたてらしく、そこに陳列されている商品には不満を感じざるを得なかったのだが、構造材からサッシ、屋根、仕上げ材料から取り付け道具、設備器具まで一通りそろっている。さらに発展していけばその場で、ありとあらゆるメーカー商品を検索して取り寄せられるようになっていくだろう。スローライフの第一歩として生活の拠点となる家を自分の力でなるべく造っていくということが普及されつつあるのは確実だ。その中でプロにしかできないことは手助けしつつ、クライアントと一緒に家を造っていくという活動はますます重要になっていくだろう。その時代において建築家の求められる職能は変化していく。形態への個人的欲求はいつの時代も変わらなくあるとしても、活動の根幹にある原動力はきちんと把握しておかないといけない。(増井真也)
2004/11/22
今日は山本が朝から所沢の家に行っている。7時頃には出発したようだ。現場の管理をしているとどうしても朝が早くなる。これはふつうの設計事務所では考えられないことだと思うが、物作りに関わっている以上こうした動きの一つ一つが実は大切なことだと思う。現場への資材の運搬も無事に済んだようで、3時頃浦和の家にて山本と合流した。非常に高い屋根の作業に大工さんが苦労していた。水曜日に足場を組むことを提案し早速手配した。夜は久しぶりにホームページの内容をチェック。メンバーの紹介など古くなっていた内容を刷新。この作業もやり続けることが大切だとはわかっているのだが、なかなかタイムリーに情報を更新し続けることは難しい。ついつい古い情報がそのままという状態になってしまう。個人から世界へ、そして即座にお互いの言葉のやりとりができるという便利さから、ホームページの作成を行うことを決めたのだが、情報の更新を行い続けなければいけない束縛と、情報だけがあまりにも簡単に一人歩きしている現在の状態を考えるとこの先どのような状態が待っているのか少し怖い気がする。技術の開発とその伝播は少しペースダウンしてもよいのではないだろうか。もう少しゆったりとした世界に戻ってくれればよいななどと考えながら、この日記もまたネットに乗ってとんでゆくんだろうな。そんな中で、現場だけはいっこうに進化しない。一部大手建設会社のモデル現場ではCADを利用した効率的な管理がなされたふりをしているが、現実は職人さんと監督そしてデザイナーとの熾烈なやりとりが繰り返されている。そういうことをやらないとよいものはできないわけで、そんなスローな現場ライフが私には向いているようだ。(増井真也)
2004/11/20
朝7時30分に事務所を出発して茨城の現場に向かう。今日は基礎工事の立ち会いとクライアントとの打ち合わせ。長らく着手することができないでいたが、いよいよ基礎工事の本格的始動となった。来週は好天が続きそうなので、かなりはかどると思うのだが予定通り12月2日には上棟したい。(増井真也)
2004/11/19
朝7時に事務所を出発して所沢の現場に向かった。すでに鉄骨の階段も取り付けられ、いよいよバルコニーの作成や木製窓の枠加工など細かい造作に入ってくる。先日作成した施工図を元に各業者に指示を出していくが、予想以上にスムーズに事が運んだ。この現場の大工さんの尾形氏はとにかく腕がよい。工事に入る前にすべての図面に目を通し、我々以上に細かい収まりを記憶している。関連業者にも的確に指示を出し、現場をリードしているのがよくわかる。こういう職人さんは本当に宝だと思う。(増井真也)
2004/11/18
昨日に引き続き、施工図作成打ち合わせ。今日は久しぶりに手書きで図面を作成した。最近はCADが主流でなかなか手書きで図面を書くことはないのだが、細かい収まりについて考えるときはやはり手書きの方がよいような気がする。そういえば石山先生の本に手書きでしか考えられないことがあるからうちでは手書きで図面を書かせているという言葉があった。この言葉はデザインについて書かれた言葉だとは思うが、これは現場を運営するための施工図の世界でも同じことだと思う。ボタン一つで、平行線を簡単に引けてしまうことによる弊害。CADならばかなりのスピードで作図をすることができるようになってきたスタッフの一人が寸法計算ができなくてなかなか手がすすまない様子を見ていると、このの弊害が確実にあるのがわかった。(増井真也)
2004/11/17
現場収まり打ち合わせ、図面作成作業を終日行う。(増井真也)
2004/11/16
朝7時に山本と二人で所沢の現場へ。明日の鉄骨階段取り付けに備え、墨出しなど各種確認を行った。夕方5時頃ようやく作業を終え、7時30分事務所着。その後山崎、山本とともに明日の作業確認などを行い夜11時作業終了。(増井真也)
2004/11/15
雨で現場作業がことごとく中止に。事務所にて各現場の収まり図を作成。(増井真也)
2004/11/14
日曜日の日課となっているラグビーのゲームにて右手小指を脱臼。仕事に支障が出なければよいが。(増井真也)
2004/11/13
今日は浦和の現場の上棟工事。敷地に余裕のない現場なので、道路ぎりぎりにクレーンを止めての作業となった。1時頃現場に行ってみるといよいよ2階の大きなきりつま屋根をかけようとしているところだった。小屋組のない登り梁なので、非常に不安定な難しい作業となったが熟練の鳶さんたちが上手に納めてくれた。5時頃から大工さん+鳶さん+我々+クライアントの総勢15人くらいの上棟式が始まった。普段は作業が終わるとすぐに帰ってしまう職人さんたちもお酒が入ったせいか、クライアントとにぎやかに会話を弾ませていた。みんなから次々に出てくる、これまでの経験談や自慢話を聞いていると心が和んでくる。上棟式こそ、職人さんたちの晴れ舞台。彼らが主役になれる瞬間だ。(増井真也)
2004/11/12
朝一番に所沢の現場へ。設備業者との打ち合わせを行い、12時帰社。この現場周辺の売り地もどんどん売れているようでいつの間にか空き地だった土地に基礎ができあがっていた。その一つはヘーベルハウスらしい。かなり大きな分譲地に新築住宅が建ち並ぶ立地条件なので当然ほかの家も気にかかるのだが、間違いなくますいいの家が一番よい、というふうにだれからも思われるように頑張りたい。(増井真也)
2004/11/11
今日は浦和の家土台敷きの立ち会い。基礎工事もようやく終了しいよいよあさって上棟の運び。幸い天候も何とかよくなりそうなので後は安全な作業を祈るのみだ。夕方より石下町の本多さんの家・所沢の家の木製枠の収まりの打ち合わせを行った。現場が同時に動き出してきたので、メンバー全員どことなく緊張している。年内の工事が一つめの山場。気を抜かないでしっかりやっていきたい。(増井真也)
2004/11/10
午前中は事務所で仕事をして、それから石下町の現場に向かう予定だったのだが、どういうわけか一緒に行く予定だった伊藤基礎が朝9時に事務所にきてしまった。急遽予定を変更して出発に備え内田と二人ジムニーに乗って現場を目指した。今日の作業は遣り方。これは土地の上に建物の位置を正確に示すための木製の印を付ける作業で、基礎工事の中では最も大切な部分。建物の形が長方形をクロスさせたような変形なので、こういう作業一つ一つにもやはり時間がかかる。3時頃作業を終了して4時30分帰社。距離を測ってみると事務所から現場までちょうど60キロくらいあったのだがこの現場の場合は常磐道が使えるため1時間30分くらいしかかからない。外環も使用すればたぶん1時間でつくだろう。そういえば、戸田建設時代滋賀県で下宿していた宿舎から現場まで毎日25キロくらいの距離を車で通っていたのだがその通勤に要する時間はわずか25分程度だった。東京や埼玉の都市部を移動することを考えたら信じられないような時間だけれど、きっと東京や埼玉の都市部の方が大きな目でみれば信じられないような状況なのだろう。人口の推移を見ても日本全体でみれば1920年頃から現在に至るまでで総人口は2.3倍程度になっているのに対して、長野県の人口は昭和60年と現在を比べてもほとんど変わっていない。それだけ都市部に対する人口集中が激しいということであり、その分生活環境も変化せざるをえないわけだ。人口密度なんていう言葉は都市部ではあまり意味をなさないだろう。超高層マンションに何百世帯も暮らしているところではその敷地面積に対する人口の割合を計算してみたらいったいどうなるのだろう。一人あたり畳1畳分くらいしかないのではないだろうか。若い頃滋賀県での暮らしを夢見たことがあった。いずれは実現するのだろうけれど今は文化の中心に近いところで暮らしたいという気持ちがある。いくらネットが発達したといっても滋賀県と東京の差がなくなるような状況でないのは未だ明らか。でもそんな状況が近い将来くるであろうことも明らかなわけで、きっとその時に現在集中している人口の爆発的な移動が起こるのではないだろうか。待てよ、そうするとこれまで整備されてきた東京のインフラはいったいどうなるのだろうか。ゴーストタウンにならないことを願うばかりだ。(増井真也)
2004/11/9
今日は蕨の家の平面計画を進める上で重要な条件となっていた家相の先生のところにクライアントそして内田とともに出向いた。この家相というのも説明を詳しく聞いてみると非常に理に適っていることが多く、いわゆる日本の風土そして生活習慣の中で快適に暮らすための知恵袋となっているようだ。もちろんその成り立ちはかなり昔の話だろうから現代風のそしてクライアントに会わせたアレンジは必要になってくるのだろうけれど、今日お会いした先生はその点も非常に柔軟で臨機応変に対応してくれたようだ。どんな世界でも決まり切ったことしかできない人よりは相手の気持ちを考えて判断してくれる人の方がよいに決まっていて、それは伝統的習わしである家相の世界でも一緒ということだ。(増井真也)
2004/11/8
今日は事務所にて浦和の家や所沢の家の現場工程調整。そしていよいよ始まる石下町の家の現場準備を行った。同時に3現場が進行すると言うことで少々忙しいムードになってきたがこれ以上増えることはないので、落ち着いてしっかり作り上げていきたいと思う。(増井真也)
2004/11/7
最近日曜日はほとんどお休みをいただくようにしている。たまっていた本や見たかった映画などを楽しんだ。(増井真也)
2004/11/6
午前中事務所にて少々雑務をこなした後、11時に所沢の現場に出向いた。大工工事が始まって早くも1週間近くがたとうとしているが大工さんとクライアントとの昼食会をとりおこなうためだ。こういう会食は最近なかなか行わなくなってきている。特に建て売りやハウスメーカーの家造りにおいては実際にたてている職人さんたちと実際にすむことになるクライアントとの交流は皆無といってもよいくらい希薄なもので、クライアントは営業マンから提示されたプレゼンテーションと同じ物をまるで車を買うような感覚で手に入れるだろう。こういう感覚、つまり建築を商品としてしかみることができない感覚は大手のメーカーによって作り上げられたものだが、大手のメーカーだって実際に現場で手を動かしている職人さんたちはいるわけで、(身近なところでは友人の大工がメーカーの下請けをやっていたりする)その職人の腕によってはできあがるものは全然違う。なんだかんだ言っても建築はその敷地とクライアントの条件によって最適解を導かなくてはならないので、同じものは一つとできない。また工場で作ってくるといっても運搬の制限がある以上どうしても細かな物の組み合わせ作業は現場で行わなければならない。図面だってすべての事柄を正確に表現できるかと言えばそんなことはない。現場で発見したことを取り入れる形で変更することもあれば、職人との話し合いで収まりを変更することもある。多くの人との打ち合わせや多くの人が持っている様々な経験を元に最適な物にしていく作業が現場では必ず生じるのだ。そういう作業をしているときにふとクライアントの表情が脳裏に浮かぶ。それが我々の原動力となる。多少面倒くさいことでもやってしまおうという気分になる。それは大工さんでも同じだろう。一生に一度か二度しかない大きな買い物なのだから面倒くさがらずにこういう機会を大切にしていきたいものだ。(増井真也)
2004/11/5
朝から浦和の家の基礎コンクリート工事に立ち会う。昼頃には作業を終了しますいいプロジェクト02の鳩ヶ谷市の現場に向かった。こちらの方は何をするわけでもないが、明日からの売り出しに向けて少々整備をした。(増井真也)
2004/11/3
世間は文化の日ということでお休みだがますいいには祭日はない。というのも住宅の現場で祭日まで休んでいては職人さんたちの生活が成り立たないのであり、職人さんたちが仕事をする以上私たちも休むわけにはいかないのだ。この理論にスタッフたちが納得しているかどうかは微妙だがまあそんなことはどうしようもない。ということで今日は所沢の現場にて大工さんとの打ち合わせなどを行った。いよいよ大工工事が本格的にスタートしている状況なので、細かな打ち合わせがどうしても必要になってくる。なるべく手戻りなどがないように進めてあげないといけない。午後からは週末に上棟が迫ってきている浦和の家の工事手配や打ち合わせ。こちらの方は現場の狭さというかなり手強い敵がいるだけに進める順番を誤るととんでもないことになってしまう。どちらも慎重な手配を求められるだけに次第に緊張感が増してくる。これも現場の仕事の楽しさの一つで、この状況を楽しめない人は現場には向かないんだろうな。夜は、祭日ということもあり6時で作業を終了。全員で居酒屋に行き先日のコンペの反省会を開くことに。というわけでこれからいってまいります。(増井真也)
2004/11/2
今日も朝から蒲田の家の現場に向かった。大工さんと簡単に打ち合わせをすませ11時頃現場をでた。その足で、赤坂にある岡村製作所のショウルームに向かい買おうかどうか迷っているワーキングチェアーに実施に座ってみることに。そんなに高価な椅子は必要ないことを確認することを目的にわざわざショウルームまで足を運んだのだが実際に座ってみるとコンテッサという椅子はなかなかの物だ。普段あまり姿勢が良くない私は3800円の椅子からおしりが半分落ちかけているような状況で、かなり無理があるリクライニング姿勢をとっていることが多いのだがこの椅子だと全く無理がなくその姿勢になれる。これまでの人生の中で椅子をこれほどまでの興奮とともに購入する機会に恵まれなかっただけに「必要ないんじゃないの」と問いかける自分としばし会話。10年間使用したとして一日5時間座っているとなんと私はこの椅子に16000時間も座ることになる。考えてみれば布団の次に長い時間ふれている物かもしれない。この考えは私の中の購入を阻害する考えを見事に吹き飛ばしてくれた。そんなことをしながらも事務所に帰って仕事をしなければならないという思いもあり、13時帰社。その後は事務所にて雑務。(増井真也)
2004/11/1
久しぶりに朝8時頃の通勤ラッシュの電車に乗った。普段現場に行ったりするときには荷物を大量に持っていることが多く電車に乗りたくてもなかなか電車に乗ることはできない。8時頃になるとラッシュといってもだいぶましになってきているので、人混みの少ないところを選べば何とか本を読むことができる。主要な駅の階段がある場所からはるかに離れた乗り場を探して、村上春樹のポートレイトインジャズを読みながら約1時間の電車の旅を楽しんだ。それにしてもラッシュの電車に乗ると何となく懐かしい気分になる。私は中学生から大学までの10年間、京浜東北線と埼京線、そして山手線を乗り継いで早稲田まで通った。もうきっとこういうタイプの通勤はすることはないんだろうけれど、その通学の中で変わった出会いとか小さな恋いなどもあるわけで、今思えばそれなりに楽しい時間であったように思う。9時30分、蒲田の家の現場にてアフター工事の打ち合わせと作業に立ち会う。そのまま五反田の友人の家の現場の様子を見に行ってみた。こちらの方は今日から乗り込みということでまだ作業はそれほど進んでいない。1時頃、川口に戻り運転免許証の更新をすませる。その後は事務所にて雑務。(増井真也)
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