|
戻る
2004/10/27
昨日所沢の現場で予定されていた上棟工事の予定が今日にずれ込んだため朝5時30分起床。6時過ぎに山本と二人で現場にむかった。現場では大工さんとかしらがすでに作業に入っていて1階部分は半分くらい組あがっていた。持参してきた脚立や清掃用具などをトラックから降ろして、部材のチェック、進行状況の確認を行う。少し難しい組み方をしているので、途中何かあるかと思っていたのだが大きなトラブルもなく作業は進行している。夕方5時頃にはすべての作業を終了して、7時過ぎに事務所に戻ることができた。それにしても最近の異常気象の影響は我々にもいまだに大きな影響を残している。この時期のちょうど外部で行う工事が重なってしまったのが原因なのだが、とにかく工事が進まない。これはきっとどこの会社でも同じ悩みだとは思うのだが、実際に作業を行う職人さんたちの日程調整がどうにもならない状況だ。新潟の地震、そして相次ぐ台風、そういうものがあって初めて実際に体を動かして作業する人々の重要性が認識されるわけだが、もう少し日頃から目を向けてあげても良いのではないだろうか。最近では安い建て売り住宅を造っている会社では少ない日本人の大工に大勢の外国人労働者を組織して作業部隊を構成しているということだ。同じものを作れるのだから安い方が良いという合理的考え方によればこの方法は優れたものといわざるを得ない。しかし、今回のように困ったことがあったときに、現場を任すことのできる優れた職人さんの数が不足しているという現実に直面してみると、合理化が招く社会の空洞化に危機感を感じざるを得ない。少なくとも、住宅という人々の生活に欠かせないものの中では人材の育成に力を注ぐ必要があるように思われる。(増井真也)
2004/10/26
今日は5時30分に起床するも天気予報が雨を告げていたので、上棟の作業を明日に延期した。一日中事務所にて雑務を行う。(増井真也)
2004/10/25
今日は所沢の家の土台敷きこみ。そして浦和の家ではいよいよねぎり工事開始。台風でなかなか始められなかったがようやく二つの現場が同時に動き出した。こうなってくると私の頭は完全に現場管理モードに切り替わる。明日は、所沢にて上棟の予定。天候が若干怪しいので、予定通り工事ができるかどうか・・。(ちなみに、この日記は毎日手帳にしたためているのだが、HPに記入するのは2〜3日分をいっぺんに行っている。25日の日記を打ち込んでいる今は実は26日の午前11時。もう既に所沢の上棟工事は雨天延期になってしまっているのに、予定通り工事できるかどうか・・と書くのもなんだかおかしな気もするが、とりあえずどうしようもないので昨日の記録をそのまま写すことにする。)夜は久しぶりに蒲田の家にて西井さんや古谷君そして木下さんにあった。この会合はとても有意義だった。参加していただいた方々に感謝したい。明日の朝は5時30分におきなければならないので、早めにあがることとしよう。10時30分帰宅。(増井真也)
2004/10/23
今週は久々の2連休。友人がマンションを購入したというので11時ごろ家族と友に品川まで品定めに。プリンスホテル近くの便利そうな場所で、都内ですむにはちょうどよさそうだ。帰りに表参道から秩父宮ラグビー場と回って、サントリー対近鉄の試合観戦。7時ごろ帰宅。(増井真也)
2004/10/22
今日は八代のコンペの最終作業日。作業班は夜遅くまで作業を続けていた。明日は山崎が熊本まで提出に行くので、その結果に期待しよう。(増井真也)
2004/10/21
朝9時より大宮ソニックシティーにて建築士講習会。ますいいをスタートして絡まる5年が経過したがここで改めて建築士事務所の社会的役割や責任というものを再確認した。それにしても、この講習会で聞いた話は嫌な内容ばかりだった。たとえば紛争審査会という仲裁機関の経験談など。何でもこの仲裁機関に持ち込まれる仲裁の件数には同じ関東県内でもかなりの差があるらしい。東京都が一番多くて2000件以上、ついで神奈川が1000件以上、千葉が800件くらいで埼玉は500件程度ということだった。コレはきっと地域によるおおらかさとか人情の深さなどをストレートに示しているんだろうけど、「埼玉県はやっぱりいいね」と思わずうなずいてしまう。そして驚くことに大阪府は100件にも満たないそうだ。なんとなくわかる気がする。以前大阪府に3年間住んでいたけれど、地域ぐるみの暖かさを感じずには入られない町だった。でもこういうことはきっと話せばわかるんだとも思うし、思いたいと言う気持ちは捨てられない。何でもかんでも裁判じゃあ法律というプログラムの中でしか動くことのできないロボットみたいじゃないか。少なくとも私の周りではこういうことは起こさないようにいていきたい。夕方7時ごろ久しぶりに大島さん来社。今後の家作り計画について再確認。きっとゆっくりとした家作りが進められていくことだろう。(増井真也)
2004/10/19
天気予報どおり今日も雨が降っている。最初から作業を行うことはあきらめていたので、現場作業はどこも予定されていない。事務所にて、これから先やらなければいけない現場管理の準備などの雑務を行う。(増井真也)
2004/10/18
今日は待ちに待った、所沢の家の基礎コンクリート打設。天候にも悩まされ、ここまでなかなか到達できなかったのだようやく辿り着くことができた。幸い天候は快晴。台風の影響で明日から又雨が降るということなので、最高のタイミングだ。朝6時より現場に向かい、14時ごろ作業を終了して事務所に戻った。事務所に戻ってからは、雑務及び鳩ヶ谷のますいいプロジェクト02についての打合せを行った。夜9時、RDRにてコンペの様子を拝見。なかなか作業が進まないようなので、少々アドバイス。(増井真也)
2004/10/16
最近現場に行って施工管理をすることが多くなっているせいか、日記を書く時間がなかなか取れなくなってきている。誰に義務づけられているわけでもないので、良いといえばよいのだけれどここまで長いこと続けていると書けない日があるとなんとなくトイレに行かないで寝てしまった時のような気分になるのが不思議だ。今日は茨城の石毛町にて本多さんの家の地鎮祭を行った。地鎮祭自体は埼玉や東京で行う物と変わらないのだが、見渡す限りの畑の中で行う地鎮祭はやはりどこかちがう。神主さんの言葉一つ一つも神事だからと言って妙ににかしこまるところが無くて、まるで昔から知っている近所のおじいさんが毎日欠かさず繰り返している仏様へのお経を唱えているような力の入っていない自然体で、地鎮祭なんか始めてのお施主さんが多少間違いをおかしてもそんなこと関係ないといった風な余裕の風体であった。ちいさな子供に榊を手渡すその様子はまさに近所のおじいさん。そんな普通の光景になぜか涙が出てきた。契約社会、法律、仕様・・・もっと大切な物を考える時間を頂いたような気がした。(増井真也)
2004/10/13
今日は所沢の家の現場作業の予定だったが、朝起きてみると雨が激しく降っていた。またか・・という感じではあるがしょうがないので現場に行くことをあきらめる。午前中は事務所にて雑務をこなす。昼を過ぎるとさっきまで激しく降っていた雨がやんだようだ。早速山本を連れて所沢の現場へ向かう。現場に着くと、ちょうど職人さんも到着したところだった。雨はやんでも現場は湿っているので、すべての作業を行うことはできなかったが行かないよりはまし。いったいこんな調子はいつまで続くのやら。夜8時ごろから、コンペ作業開始。今日から学生さんのお手伝いが来ているので作業の速度も速まったようだ。夜12時、山崎の終電の時刻にあわせ作業終了。(増井真也)
2004/10/12
午前中は事務所にて雑務。11時に、所沢の家のプレカット検査のため材木屋さんに出向く。一つ一つの材を点検していくと4本ほどあまりよくなさそうな柱があったので取り替えてもらうことに。それにしても材木屋さんの木の香りというのはいつ来てもいいものだ。今回は乾燥材ということなので含水率についての検査も同時に行った。ヒノキの乾燥材ということで15%とまではいかなかったが、おおむね20%未満に収まっておりこちらのほうは上々だった。しばらくするとまた雨が降り出してきた。たった二日間のリフォーム作業もこの雨ではできないだろう。まったく、最近の天気は工事関係者にとっては嫌がらせとしか思えないほどに不安定だ。日々の労働で生活している職人さんたちにとっては死活問題だろう。雨の中無理をして怪我をしたなどという話もよく耳にする。そうなればさらに長い期間にわたって収入がなくなってしまう。誰が悪いというわけでもないのだけれど何とかしてあげられるものなら何とかしてあげたいものだ。(増井真也)
2004/10/11
午前中は事務所にて雑務。午後から浦和の家の地縄張り、遣り方などの作業を行った。そういえばたった二日間だけの小さなリフォームも始まった。近所の家の台風による被害の補修なのだけれど、建築にかかわる仕事をしている以上ご近所からこういうことを依頼されるのは結構うれしいものである。夜は調布の家についての電話打ち合わせ。10時過ぎ終了。その後は12時ごろまで山崎とコンペについて話をした。(増井真也)
2004/10/8
朝から所沢の家、調布の家と打ち合わせが続く。14時少し時間が取れたので、コンペの検討。そのとき人の記憶というものについて考えた。思うに、人には思い出せない記憶というものがあるようだ。小さなころに経験したこと、日常の中ですれ違っただけの人々、特に印象に残るわけでもなく決して思い出すことはできないのだが、でもこういう一つ一つのことが思い出せない記憶として脳にインプットされている。そしてその思い出せない記憶というのは人が生まれる前に起きた歴史をも受け継いでいる可能性が高い。なぜなら人の遺伝子的な進化のレベルでそれらの記憶は受け継がれているからだ。事象に対する脳の物理的反応と人が感じる感覚の差をクオリアというらしい。そういう脳科学の用語にはあまり興味はないがきっとそのクオリアもこの思い出せない記憶の作用が関係しているのだと思う。そういえばソニーのHPでもこの言葉を目にしたことがあるが、なんとなく企業イメージとあっているような気がする。私たちの行うデザインもまたこの思い出せない記憶に訴えかけることが多いようだ。岡倉天心、村上春樹、浅田次郎、荒川修作。わつぃの求める作家たちもみな、もしかしたらその思い出せない記憶の生成を目指しているのかもしれない。夕方6時30分。稲葉さんとのミーティング。現場での不手際をお詫びするとともに、久しぶりにいろいろなお話をした。9時より山崎との設計打ち合わせ。10時終了。(増井真也)
2004/10/7
午前中は事務所にて雑務。今日も本当に良いお天気だ。11時、浦和の家の現場に下見。昔から家が建っていたところなので、隣地の配水管が今回の計画建物の下を貫通していたり、いろいろ問題がありそうだ。解決方法を検討し15時帰社。19時まで、所沢の家の構造金物拾いなど現場管理業務を行う。20時より、山田との設計打ち合わせ。22時、再び山田とのコンペ打ち合わせ。24時作業終了。打ち合わせの連続ですこしばかり疲れた。なんだかまた台風が近づいてきているという。秋の台風なので、それてしまうとは思うが今年はなんだか変なお天気が続くので、直撃なんてことにならなければ良いのだけれど。(増井真也)
2004/10/6
3日間降り続いた雨がやんだ。浦和の家の地鎮祭も昨日終えたのだが、この晴天がもう一日早まってくれれば神社ではなく現場で地鎮祭をできたのに。お天気なんてそううまくはいかないものだ。今日は本山さんとのFAX打ち合わせメモをたくさん作った。遠いところに住むクライアントとの打ち合わせにはこの方法は結構便利だ。2週間くらいはこの方法をつづければだいぶ細かなところまで話し合えるだろう。ちょっとした通信教育の気分。(増井真也)
連日の雨で船橋中山の家で雨漏り・・・というわけで、早速現場で調査。木製サッシ枠の乾燥収縮や反りによって隙間ができていたのが原因と知れる。これは、クライアントも覚悟していたわけで、それでも木製建具を採用するということは、クライアントにとってそんな欠点をはるかに凌駕する魅力があるということ。それを好んで付き合っていこうと考えるには「まあ、こんなものですよね」と笑えるくらい大らかな心持ちが必要なのであろう。床や壁の仕上げに自然素材を扱うのも同様で、そのような家に住んで、細かいところに目を配って神経をすり減らせてしまうヒトも多分にいることだろう。そんなクレームを避けるべく、ハウスメーカーはリスクを避けて新建材やベニヤや集成材を使用して工業化住宅を普及させている。不特定多数を相手にするメーカーだから、それは企業論理として理解できる。そんな中で、僕たちのところに来てくれるクライアントは、そうではない、‘製品’ではないものを求め、同時にリスクを許容できるヒトであると思う。これを許容できないヒトには、僕らもハウスメーカーのような住宅しか提案できないわけだから、コスト削減の最も効率的な手法である大量生産を行っているハウスメーカーで購入すべきだし、実際、そう言ってしまうことにしている。そして、もちろん、クライアントに対して、僕らはそのリスクを背負って、それを回避できるように最大限努力している。それでも、今回の雨漏りのように不具合が生じてしまうこともある。これは、クライアントも僕らも覚悟していた、という相互理解という前提があった上で、それに対して僕らは、メーカーと同じように、保証を行ってその責任を果たしている。つまり、そこでは、クライアントの理解の基に僕らの資本経済上アンバランスな活動が保たれているのだと僕は解釈している。これを成立させている現状を振り返るに、クライアントにはただただ感謝の念しか浮かばない。(内田元太)
2004/10/5
住宅におけるデザインの意味を考えてみた。ただ住むことだけを考えれば建売住宅でもハウスメーカーの住宅でも何の問題もない。建築家の言葉で、よく耳にする言葉の中に「住宅は社会資本であるから景観を良くするようなデザインが必要だ」というものがある。確かにそういう一面もあると思う。しかし本当に重要なことはそんなことではないような気がする。一人の人が人生の中で多くの時間をかけてためたお金を使って、自分のそして家族のための居場所を作る。その行為の重大さと居場所という大切な場所性にこそ意味があるのではないだろうか。家族が落ち着くためのデザイン。自分の意思が込められているデザイン。自分自身で選択することで作り上げたデザイン。そういうものを作り上げていくことにこそ住宅を建築家が作る意味があるのだと思う。住宅にとって建築の設計料というのは大きな負担だ。特に3000万円以下の住宅ではもし設計料だけで15%も支払ってしまったら、その負担割合はかなり大きなものになる。それを少しでも低減するために私は工務店機能も行っている。そうすることで本来工務店に払わなければいけない経費が削減できる。普通の住宅にもこのやり方なら無理なくデザインを提供できる。15%の経費で真剣にデザインをして現場管理をも確実に行うのはなかなか大変なことだ。当社には現場監督の専業社員はいない。しかし小規模住宅であれば設計者の現場監理の延長線上で施工管理まで行うことは可能であるはずなのだ。現場というものは生き物で、少し目を離すと違った方向に行ってしまうこともある。それを食い止めるべく現場に通うことも私の大きな仕事のひとつだ。最近、現在進行中の現場においてクライアントにミスを指摘されるという事態が生じた。こういう事態はなんとしても避けなければならない。なぜならそれは私の家作りのやり方自体を否定することになるからだ。そしてやめれば楽になるしやり続けるのは本当に大変なことだけれども絶対にデザインはやめない。デザインと施工それを両立させてこそ本当に良い家を作ったということになるはずだ。そのためにはどんなことがあろうとも戦い続ける。なんだか誓いのようになってしまった。自分自身への誓い。(増井真也)
2004/10/4
午前中は、所沢の家の打ち合わせ。午後からは、現場に行き山本、伊藤基礎の伊藤さんとともに立ち上がりの型枠作業、配筋作業のチェックを行った。7時、びしょぬれの状態で帰社。7時30分より、茨城の本田さんの家の契約に立ち会う。毎年秋から春にかけては現場作業が忙しくなる。私にとっては一番楽しい時期なわけだが少々風邪気味なのが気にかかるなあ。(増井真也)
2004/10/3
日曜日の今日は一日中雨だ。いつもはたいていどこかに出かけるのだが少し買い物にいったくらいで、家にこもっていた。夜7時よりRDRにて相田ちひろ展のオープニングパーティーがあるということで足を運んだ。この天気だからきっと人が少ないんだろうなと思っていたが、会場についてみると入りきれないくらいの人が詰め掛けてきてくれていた。相田ちひろは日常に出来事が記載されている新聞という素材を使って、そこに日々の感情を記録し続けている。新聞に書かれている日常の出来事の中には私たちの心に強く刻み込まれているものもあり、それらの楽しかったりもしくはとてつもなく悲しかったりするさまざまな出来事の上に、まるで別の次元から舞い降りてきたような感情の描写がされている。意識的に残さないと自然に消えてしまう感情、たとえば他人の死に対する感情などがそうだと思うがきっと誰の心にもあるようなシーンが刻み込まれていたような気がした。9時帰宅。(増井真也)
2004/10/2
この日記を書き始めてもうどれくらいたつだろうか。どうやらちょうど2年続いたようだ。はじめたきっかけはまだあまり仕事のなかったころに自分の考え方や行動を多くの人に知ってもらいたいという思いからだったように覚えている。ほんの気まぐれだった。これほど長く書き続けることができるとは自分でも思っていなかったので、これだけ続くと自分自身にとっても大切な資料のように思えてくる。これを20年続けたらいったいどうなるのだろう。20年間にわたって生活の多くの部分をそして思想の大部分を公開し続けると思うとなんだか少しだけすごいことのような気がしてしまう。とはいえべつにそれほどたいした人間ではないので、そのうち読んでくれる人がいなくなってしまうのかもしれないが。今日は成増の家で扶桑社の取材があった。クライアントの田中さんは普段取材する側なので撮影されているときは少し恥ずかしそうだった。誰だって自分の写真を取られるのは恥ずかしいものだ。それも全国で発売される予定の雑誌の撮影となればなおさら。これが恥ずかしくなくなったらちょっとやばいね。10時から13時ごろまで取材は続いた。コンパクトな家ということもあってわりとスムーズに進んだようだ。そういえば、10月30日に成増の家でパーティーをやることが決まった。この日は薪ストーブの火入れ式と私の手打ちうどんパーティーだ。先日知り合った芝浦工大の学生さんたちもギターの演奏をしてくれるらしい。楽しい夜になりそうなので、先日のように気がついたら朝だったというようなことにならないようにしないといけないな。4時、調布の家の打ち合わせ。今日は概算見積もりと室内外のパースをごらんいただいた。これからの打ち合わせが重要なものになってくるだろう。夜8時よりコンペ打ち合わせ。10時終了。(増井真也)
2004/10/1
午前中は明日の打ち合わせの準備や、所沢の現場で行われている配筋手直し状況の電話確認などを行う。現場がようやく始まったと思ったら、秋の長雨で作業が思うように進まない。クライアントがそういうことにご理解のある方なので助かるがこれで工期がぎりぎりだったら大変だ。なんでもゆとりを持って進めたほうが良いものができるに決まっているのだ。夕方から八代市のコンペの打ち合わせを行った。いまだ方針見えず。(増井真也)
|