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2003年

 

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2003/8/30

古谷さんと西井さんの家も含めての打ち合わせを行うため、古谷邸に赴く。古谷さんとお父さんと現場で家具や造り、外構、色などの打ち合わせを行う予定であった。古谷邸は古谷さんが両親とお姉さんと自身の家族が住む家で彼自身が設計している。僕も一緒に打ち合わせに参加していたのだが、古谷さんがお父さんに自身の考えているプランを提案している風景を見ていると、実はその場に僕がいない方がいいのではないかという気がして少し身を離した。両親と一緒に住む家を息子が設計をする・・・それはとてもステキなコトだと思う。間に入ってはいけないような、そんな空間をちょっと共有させていただいた。古谷さんのお父さんはどのように感じたのだろうか。(内田元太)

 

2003/8/29

28日に上棟した石田さんの家では金物入れと外部足場組。現場で大工さんと納まりや工程の打ち合わせを行う。昼より千駄ヶ谷のKさんを訪問。Kさんは春さんよりご紹介をいただいたのが縁で、ますいいは内装リフォームの計画を行うことに。夕方、会社に戻り、西井邸のガレージドアの件でエレベータ設備会社の福元さんと打ち合わせ。地下のコンクリート躯体の造りがだいたいまとまったので、図面に整理していく作業を進めていこう。打ち合わせが終わり、福元さんに「駅まで車で送りましょう」と申し入れるが、「ウォーキングが好きなのでいいですよ」と。そういえばまったく運動してないなあ、と触発されて21時半過ぎからジョギングなどをしてみる。3キロも走るともうバテバテ。すっかりオヤジである。(内田元太)

 

2003/8/26

しばらく現場管理に没頭していたので、日記を書くのも久しぶりになってしまった。というのも、10月末実に引渡しをしなければならない現場が、今まさに最盛期を迎えているからである。今日も、現場に入り浸っていたのだが、職人さんと納まりについて話をしているときはなんかほっとする。やっぱりこういう仕事が天職なんだなあと思う。昨日「戦場のピアニスト」という映画を見た。ほんの60年前のポーランドにおけるドイツ軍侵攻下のあるピアニストの境遇を描いたものだが、そこで描かれている暴力や死というものは、ぬるま湯に首までつかりきった今のわれわれでは想像もつかないものだった。花村萬月の世界で描かれている直接的な暴力や死がそこでは当たり前のように存在していた。何かを表現するときには、その本質を常に見据えそれ以外のものを限りなく排除していく必要がある。それは建築の世界でも同じだと思う。確かに住宅というものはそこで必要とされる機能があり、また住み手のこだわりが反映されてしかるべきものだ。しかしそこには設計者の確固たる価値観がある軸を作っている必要がある。機能やこだわりはそれに肉付けされていくべきものなのだ。私が花村萬月を好んで読む理由はまさにそこにある。ストーリーの面白さにはしらない、本質的な文章構成にある畏怖感さえ覚える。最近の忙しい現場仕事の中で、得ることのできた一番大切なこと、「本質を見失わない」これを胸に刻み込んでこれからの仕事にも対峙していきたいと思う。(増井真也)

 

2003/8/23

今日も暑い一日。石田さんの現場では28日の上棟に向けて基礎の立ち上がりの打設を行う。そこへ石田さんの奥さんがみえて、差し入れをいただく。基礎の造りの説明をした後、日本のいわゆる伝統工法についての話題に移る。石田さんの実家はまさにその造りでできているそうだ。日本では南欧風やら北欧風やらよくわからない家が主流になりつつある現在、その日本の伝統工法でできた民家が海外に移築され評価されている。視点を変えてみると、日本人が見向きもしない根付が欧米でトレードされている。もう少し、日本の文化を見直す向きがあってもいいのではないか、だから、石田さんの実家のそれは手を入れてでも保存していきたい・・・そんな話で一致した。「でも、冬は寒いんですよね」というのも悲しい事実。夕方、本多さんご一家がオフィスにみえる。またまた、日本の気候風土についての話題になる。適度に住み心地のいい家は建てられる。でも、なんらかの設備に頼らざるを得ない。前提として日本は住むのに不向きな風土なのだ。しかし、あらゆる角度からそれに挑んでしまうのは、まあ、人間の性なのか。自分でもわからないッス。(内田元太)

 

2003/8/21

目覚めると空が青く澄んでいたので朝から気分が良い。午前中は道路の占用許可、使用許可等の手続きで、市役所や警察署をまわる。対応してくれたひとたちも丁寧な方々でますます気分が良くなる。午後からは内田の業務の手伝いで図面を描く。明日は私用で欠勤。お盆休み明けすぐに休みを入れて他のひとたちには申し訳ないが、あさってからまた頑張るのでちょっと休ませてもらいます。(山田和彦)

 

2003/8/20

朝からP美容室の改修工事。計画のもとにしていた図面の寸法が実際と違っていたり、思わぬ所に配管があったりと予定通りにことは運ばず、改めて改修工事の大変さを知った。予定終了時刻より3時間半も遅くなった夜10時半、ようやく工事が終了。明るさが足りているか若干不安はあったが、予定通りの明るさが確保でき店内の雰囲気もだいぶん良い方向へ変わったと思う。早朝から工事終了まで現場に立ち会って下さったM店長、お疲れ様でした。幾つかの変更や、工事時間延長のお願いにも笑顔で応対して頂き本当に助かりました。差し入れして頂いた秩父の名水、甘くまろやかで大変美味しかったです。(山田和彦)

西井さんの家の地鎮祭。大安で隣の新築された方も引っ越しをしている最中だった。これから家を建てるヒト、今建て終えて住もうとしているヒトがそれぞれに節目の行事を迎え顔を合わせる、そんなおめでた尽くしな一日。行き帰りは環七をひたすら軽トラックで走る。移動というモノはなかなかに効率という点では厄介であるが、思考を整理するのにはいい機会であるのもまた事実だ。さまざまな考えが浮かび、それを留める。しかし、運転しながらであり、思いに耽るところまではいかない。アタマの中でぼんやりとたゆたうモノたちに流れを与えてあげる、そんな一連の作業。輪郭を描くのは、また別の機会。(内田元太)

 

2003/8/18

今日は夏休み明けの初出勤。朝から各現場を確認して回った。それにしても今年の夏は涼しい。例年だと現場から変えるとへとへとになってしまうのだが、汗ひとつかかないので私としては大変助かる。このまま秋に入ってくれれば最高なのだが、この異常気象。何か待っていそうで少し怖い気もする。(増井真也)   

            

2003/8/8

日報を書くことが義務づけられてから久しく日記を書いていなかった。午前中はプレゼン資料の作成し、午後からのM夫妻との打合せに参加。屋久島現地調査のときに大変お世話になった。具体的な打合せの合間合間に屋久島の話で盛り上がる。夕方浦和へ。盆明けすぐに工事を控えているP美容室の契約が無事完了する。お盆休み前の業務は明日が最後。明日の夜の便で北海道へ帰省する予定だが、台風が目の前に立ちはだかっている。(山田和彦)

今日は一日事務所で現場の手配を行った。台風が来ているので山本に現場の見回りを頼む。ほとんど一日中快晴だったのだが、時々いかにも台風という感じの強く吹きつける雨が降っていた。小さいころからそうだが、台風が来るとなぜかわくわくする。今は現場の管理をしているので、こんなことがないほうが良いのは当たり前なのだがそれでもなぜかわくわくしてしまう。不謹慎だけど、そういうどきどき感がこの仕事の面白いところでもあったりするんだと思う。午後は三宅さんと打ち合わせをした。屋久島以来久しぶりの再会だ。仕事を忘れて、ダイビングの話にしばし浸ってしまった。それにしても、屋久島の話をしていると、あそこの先生はかぼちゃの研究をしにこの島へきたとか、あそこには外人さんが住んでいて一人で家を作っているとか、とにかく町中の人がみんな知り間ということに驚かされる。実際に3日しか滞在していなかった私でさえも、そのときに出会った何人かの人々との話を通して、かなりの屋久島住民情報通になってしまった。屋久島の人は、みんな娯楽施設がないからとにかく話をする。その結果うわさはすぐに広まってしまう。多分私のことももうみんな知ってたりするんだろう。海中温泉に夜の12時ごろに行ったときも、毎日ここに来ているという老人と1時間以上話しこんでしまった。こんなことがこの島では普通なのだ。夜は石田さんが来て、契約後の打ち合わせを行った。最近夜が非常に遅くなってきているので、今日は久しぶりに早く上がる。(増井真也)  

  

2003/8/7

今日も朝から佐久間さんの家に向かう。しばらく作業していると、佐久間さん一家が現場にみえた。不安そうに現場に近寄ってくる佐久間さんに声をかけると、少しびっくりしたような顔をされてしまった。私がいるとは思わなかったのだろう。しかも今日の私はかなり汚い作業着にあせだくのTシャツだった。でもこの私の姿を見てからはなんとなく、安心そうな表情をしてくれていた。やっぱり現場にいることは大切だ。事務所にいていくら図面を見ていたところで、現場に行かなければわからないことがたくさんある。これからも、現場中心で行きたいと思った。(増井真也)

夜9時すぎ、西井さんのお店で家の工事の契約を行う。明日は石田さんとも契約になる。これで僕らはしばらく現場に専念することになる。これこそが肝要で現場をおろそかにしてはいい家にはならない。今年加わったスタッフにとっても、現場を知るいい機会だろう。ところで、西井さんのお店は年中無休で22時閉店。西井さんが床につくのは夜中になるわけだが、2時頃に一度起きてネットで波の情報をチェック。いい波が来るとわかると朝5時前に海に向かいサーフィンを楽しみ、正午前には戻ってきて仕事をするらしい。西井さんには会う度に感嘆させられるが、今回のお話もまたまた恐れ入りました。(内田元太)

 

2003/8/6

朝から佐久間さんの現場へ。大工さんと打ち合わせを行う。それから一気に船橋の古谷さんの家に向かう。東久留米から船橋へはやはりかなりはしりでがあった。しかも、お盆休みの前だからか道路が異常に混雑している。普段なら2時間でつくところが3時間以上かかってしまった。現場では大工さんと話をして7時帰社。(増井真也)

 

2003/8/5

今日はどこへも出かけずに久々の事務所作業。図面や事務処理を行った。(増井真也)

 

2003/8/4

佐久間さんと現場で打ち合わせ。非常に暑い一日だった。納め方の話を一通りして、いよいよ敷き炭工事。佐久間さんも汗まみれ炭まみれになりながら、ご自身で調達して砕いた炭を基礎の上に敷き並べ、「思ったより手こずりますね」と笑う。内装はクロス貼りの予定だったが、ペインティングに変更して是非ともセルフビルドに挑戦したいと意欲的。佐久間さんならやり遂げるんじゃないかな、と素直に思う。前向きなヒトとの仕事は楽しい。今日もいい一日だった。(内田元太)

朝から富永さんの家の現場に向かう。ヨウヘキ工事などむずかしそうなことがたくさんあってどうなることかと思っていたが、何とか無事基礎までは終わらすことができた。ヨウヘキはまだだけど、ここまでくればスムーズに工事が進められそうな気がする。お盆休みがあけたら本格的に木工事に着工する。大工さんとの打ち合わせも順調に進んでいる。この家では富永さんが内壁の工事をすべて行う。もちろんわれわれもお手伝いする。藤原さんの家と同じような感じで進行していく予定だ。キッチンも建材市場で購入するとの事。最近はこのように情報の共有化が進み素人の人でも工事に参加したり設備機器を購入したりできるようになった。そもそも家作りに素人もプロもないような気がする。誰だって自分の家作りにはある程度真剣になる。その真剣さがあれば誰でもプロ並みになれちゃう時代なんだ。良いことか悪いことか、これが技術革新の末出来上がった世界である。今は。やりのデザイナーズハウス。こんなものは、うわべだけの飾りに過ぎない。物の組み合わせで誰でもできることをえらそうな顔してやっている建築家のいかに多いことか。いつまでも、お客様である素人建築家のよきアドバイザーでありたいと願う。(増井真也)

 

2003/8/2

今日は古谷さんの実家にて打ち合わせ。久しぶりにご家族が全員集まっての打ち合わせとなった。やはりお父さんが参加する打ち合わせは少しばかり緊張する。人生の先輩としての厳しい目で見られていることがわかる。終了後、晩御飯をご馳走になってしまった。帰りに喜多見まで古谷君を送って夜1時ごろ帰社。  (増井真也)

 

2003/8/1

春邸の残工事の立ち会いに行く。これで僕らの仕事は完了である。このプロジェクトで苦心したのは解体から耐震補強までの期間だ。何が出てくるかわからない、ある種の覚悟が必要であった。事がうまく進んだのは春さんが信頼してくれたことが大きい。住みながらのリフォームで自分で口出ししたくなるところであっただろうが、すべて僕の判断に任せてくれたので即座の対応が十二分にできた。完遂することができて今はホッとしている。この記録はワークスに掲載してありますのでご覧頂ければ幸いです。ところで、この春さんは非常に面白くクリエイティブな方で、彼独自のプロジェクトを着々とすすめている。少しばかりかかわらせていただけるようで楽しみだ。まずは、外構計画を託されているので、のんびり考えてみようと思う。(内田元太)

 

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