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2003年

 

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2003/7/31

佐久間邸の中間検査に赴く。くだんの民間確認業務委託機関の現場審査である。確認検査員さんに(民間機関では建築主事とは言わないそうだ)チェックをいただいた後、少々雑談をする。木質感あふれる木組みのこの家を気に入られた様子だ。彼は昭和ヒトケタの生まれで、すでに70を超える年齢ではあるが、建築主事の経験や資格を活かして未だに現役で働いている。彼が言うのは、建築の世界を生きる者にとって、従事する分野をスライドさせることも必要だということらしい。そのためのスキルを今から身に付けておくべきだ、と。建築の世界で全うに生きる選択をするとそこは己のスキルがすべてであり、リスクが常に付随する。そのヘッジもしておいた方がいい、ということだろう。その考えも理解はできるが、今はそんなことは意識したくないなあ・・・と考えながら基礎に溜まった水を掃き出す僕であった。これがベタ基礎の欠点だな。(内田元太)

 

2003/7/30

屋久島の3日間はあっという間に終わった。屋久杉や海もすごかったが、島に暮らすひとたちが一番心に残った。生き方や物事の考え方に無理がないというか、ある種の「余裕」をいつも感じた。毎朝駅の階段を駆けのぼり、ひとを押し分けて電車に潜り込むような生活は、やはりどこか病んでいる。生き方のなかに余裕がなくなるときが一番こわい。(山田和彦)

3日間、東京を空けてしまっただけで不安になる。なんと言っても今は3つの現場を管理している。朝一番から、船橋、柏、宮代と巡ってきた。事務所に戻るともうすでに8時になっていた。今日はいささか疲れがたまっていたので、早くに上がった。(増井真也)

 

2003/7/29

レンタカーを借りて、島を一週回る。小さな島の中でも行政の違いなどによりかなりの地域差があることを認識した。それでも、三宅さんの選んだ原は最高の場所だと思った。原は、屋久島の南側。この島は北と南で大きく分かれる。北側はかなり観光地化が進んでいて、南側はその逆だ。移住者が多いこの島で、要領のよい移住者は北側で観光によりかなり恵まれた生活をしている。そんな中で、南側では細々とした屋久島ならではの生活が営まれており、一見寂れた雰囲気の中で、昔ながらの集落意識や隣近所との付き合いが深く根付いているのである。久保田棟梁が言っていた言葉を思い出した。「この島では金なんかなくても自分の責任さえ果たしていれば生きていける」責任を果たしてきた男しかいえない言葉だと思った。久保田さんのご両親も移住者らしい。そして今では島一番の大工と呼ばれている。移住者が多くの割合を占めるこの島はまさに人生のスタート地点としてはふさわしい。もう一人、島でであった男でまさに人生の再スタートを切った人がいた。この男もこの島の南側を選んだ。日本という国の中で、ほとんど失われてしまった付き合いというものがここにはあった。人と人の本当の付き合い。それぞれが責任を果たし、それぞれが助け合う本当の付き合い。正直うらやましく思った。そして少なくとも自分の周りにはこの付き合いを取り戻したいと思った。(増井真也)

 

2003/7/28

屋久島二日目。今日は月曜日なので、電話に悩まされるかと思いきやそれほどかかってこなかった。ますいいもだいぶうまく機能してきたということか。朝8時に大工さんの久保田さんが宿へ見えた。鹿児島特有の高い声で、自分の家作りに対する考え方を堂々と語ってくれた。とても頼りがいのある大工さんだ。9時、ダイビングに出発。そもそも、ダイビングという共通の趣味が三宅さんと私をひきつけてくれた。ビーチから2本もぐったのだが今まで行ったどの海よりもきれいだった。海の中は25メートル先まで見渡すことができ、亀やマダラトビエイなど珍しいものを見ることができた。すばらしい自然の中でしばし現実を忘れた。宿へ戻り、再び大工さんのところへ向かう。加工場には、屋久杉と鹿児島産の杉が山のように積まれていた。屋久杉は目が詰まっていてすごく重い。まるで桜などのカタギのようだった。話には聞いていたが、実際に触れてみるとその差は歴然。屋久島は岩盤でできているためその上に生殖している杉は栄養分が乏しくなかなか成長できないらしい。そのため目が非常に詰まっているとの事。プレカットを嫌うその姿にも感動した。島の大工さんの中にもだいぶ浸透してしまったプレカット。まだ一度もやったことがないらしい。職人の中の職人だ。こんな人と組んで仕事をできることをうれしく思った。夜は和と二人で、海がめの産卵を見に行き、その帰りに海中温泉に入った。星の明かりで、海を眺めながら入る温泉は格別だった。夜中の2時に就寝。(増井真也)

 

2003/7/27

朝9時、屋久島へ向けて出発。羽田、鹿児島と乗り継いで夕方4時屋久島空港に到着。空港へは三宅さん夫妻が迎えに来てくれていた。空港から車で40分ほどのところにある現場を見てから民宿に行く。民宿に着くと三宅さんがあらかじめ探しておいてくれた凄腕の大工さんが夜の7時に来てくれるとの事。楽しみに待っているもいっこうに来ない。心配して電話してみると、なんと酔っ払って忘れたとの事。こんなことは島では日常茶飯事だそうだ。さすが、屋久島。(増井真也)

 

2003/7/26

朝から富永さんの家のプレカット図を作成。この家は木をふんだんに使用する家なので木の計画にはとても気を使う。特に化粧の梁などは難しい。午前中をめいいっぱい使って何とか終了。4時、新宿の藤川さんの家に打ち合わせ。今年の冬にリフォームをする予定の家を見に行ってきた。おそらくきれいにして賃貸で貸す方向にまとまりそうではあるが、とりあえずは方針を再度検討していただくことに。明日は、9時に出発して屋久島へ向かう。今日は久しぶりに早く上がろう。(増井真也)

横浜から塚本さんが来社。まずは土地探しからだが、再来年くらいに建築を計画ということ。住まいに対する考え方が実にスマートで、いい家になる予感が既にある。渡辺さんもそうだが、世間に流されず自分なりのスタイルを貫いてくれるとこちらも楽しい。増井と山田は明日から屋久島へバカン・・・いや、出張に。留守の間は僕と山本でキッチリ現場を管理していくので、皆さん安心してください。夜、隣の中青木公園から太鼓の音が聞こえてくる。盆踊り大会のようで、ちょっと抜け出して行ってみる。同じく抜け出してきた増井は奥さんと踊り、僕は彼の息子の健一と踊る。夏ですね。(内田元太)

 

2003/7/25

9時に村田さんの家の現場に行く。今日から電気工事を行うということで佐々木電気さんと打ち合わせ。佐々木さんは以前石山研究室から紹介していただいたのだが、非常に挑戦的でよい電気屋さんである。一通り打ち合わせを終え、12時帰社。14時、多田さん来社。2回目の打ち合わせとなり、だいぶプランがまとまってきた。この調子なら、正式に依頼してくれそうだ。5時、大東木材にて打ち合わせ。大東木材のプレカット工場は非常に急がしそうだった。従業員もだいぶ増やしたとのこと。家を建てるシステムが確実に変わっている。昔は職人である大工さんが材木屋さんで木を買っていたのに、今は家を売る会社が材木屋さんで木を買う。そして材木屋さんが大工さんに工事を依頼する。ここでは家を売る会社と大工さんはまったく違う。つまり材木屋さんが大工さんまで社員のように使っているのだ。安い材木屋さんには安く仕事をしてくれる大工さんが着いている。そしてその地域の仕事を総ざらいしていくのである。何かおかしい。確かに合理的な気はするが、受け入れたくない現実である。(増井真也)

 

2003/7/23

ようやく初お泊まりの日がやってきた。この日を首を長くして待っていた。自ら作り上げてきた我が家?に泊まるのはこれまた格別だと思われる。そこそこ生活用品も揃えたし、こんなに夜が待ち遠しいのはいつ以来だろうか。(山本大輔)

10時ごろ柏の富永さんの家の現場に向かう。鉄筋工事が順調に進んでいることを確認。途中慎さんが現場に来て打ち合わせ。3時帰社。5時30分に蒲田の西井さんの家に向かう。駅についてから少し時間があったので、内田と一緒に近くのカレー屋さんに入る。近所でも評判のお店らしくかなりおいしい。西井さんとは近所の喫茶店で打ち合わせをした。さすがにプロサーファー。言葉の端々になんか自信というか頑固さというか、かたくななものを感じ、これまで感じていた以上にすごい人だなあということを実感した。(増井真也)

 

2003/7/22

朝一番から佐久間さんの家の現場の様子を見に行く。現場では大工さんが金物を締めていた。上棟後降り続いた雨のせいでなかなか作業がはかどらない。なんといっても工期がない現場なので、大工さんには頑張って貰わなければならない。11時帰社。午後は各現場の手配や図面の整理に追われる。最近は山田が現場の納まり図をかいてくれている。設計と施工を両方やることは確かに大変なことだ。だが自分の思い描いたものを確実に実現していく楽しさは両方やらないと味わえない。その中で確実に力をつけていってくれているのがわかる。今週は週末に屋久島に行くのでそれまでにやっておかなければいけないことがたくさんある。でも屋久島では久しぶりにのんびりできそうだ。(増井真也)

 

2003/07/19

コンテナハウスで暮らし始めてもう何日目か数えることもなくなった。防犯のために夜中はデッキの上に引き上げているはしごを地面に降ろすことから一日が始まる。この頃ははしごの下で、魂太がしっぽを振って待っていてくれるようになった。ボールをくわえて瞳を潤ませながら抱きついてくる魂太を振り切り、徒歩14歩で事務所へ。流しで顔を洗っていると、その頃にはいつも一番乗りのマゴタが出社してくる。今日は午後からS邸の打ち合せがあるので午前中は大慌てで資料の作成。打ち合せは府中のSさんの家で。イメージがあまり定かではなかった照明計画が、ようやくしっかりと固まった。(山田和彦)

朝一番で古谷さんの家の現場へ向かう。大工さんや外構屋さんとの打ち合わせをした後12時帰社。14時、佐久間さんの家にて照明プランの打ち合わせ。今回で大体の方針が決定した。佐久間さんのように、とことんこだわっていただけると非常に進めやすい。しかもかなりよい方向に進んできている。最後まで気をぬかずに進めていきたい。7時より、渋谷にて高校時代の友人たちと食事をした。メンバーの半分は奥さんを同伴していた。もうそんな年齢になったんだなあ。というよりまだそんな年齢だったんだなあ。久しぶりに集まり楽しいときをすごした。(増井真也)

 

2003/7/18

「エンジニア」
今日も西井さんのガレージドアの件で奔走する。数社当たった大手のシャッターメーカーやカーテンウォールメーカーからは体よく断られる。ゼネコン時代にお願いした業者さんからも断られる。住宅いわば小規模なものにオリジナルなものを製作しようとすると理論上十分可能なものであっても建材屋さんにとって割に合わない、そんなニュアンスを受け取り、しばらく途方に暮れる。そこで、知人に紹介されたエレベータを製作している町田さんに会いに桶川の工場を訪れてみた。造りたいものを説明すると、「簡単だよ」のひとことに救われる。工場を見学させていただいているうちにさらに良いアイディアが浮かぶ。週明け、機械設計の方と打ち合わせの約束をいただいて帰社する。実現させたい。それにしても建材屋さんとのこの対応の違いはなんだろうと帰路に思う。ひとえに建築からエンジニアの香りを感じなくなっているのだろう。高度成長を遂げた建築業は既に流通しているものを右から左に流すことでビジネスとして成立させることができるようになった、その代償として作り手の心を失ってしまったのだろう。今日、お会いした町田さんから感じたエンジニアの誇りを少なくとも僕らは見失ってはいけないと切に感じた。夕方、石田さんと打ち合わせ。ようやくまとまる。言い争いを繰り返しているうちに妙な連帯感が芽生え、互いが結束したような気がする。錯覚じゃないといいんだけど。笑(内田元太)

 

2003/7/17

今日は佐久間さんの家の上棟日。大安吉日,天気も上々申し分のない一日だった。ココは,6件くらいの開発分譲地。だからいっぺんに新しい建物が立ち並んでいる。.周りの家はだいぶ完成してきているので,ますいいの現場がほぼ最後に近い。休憩時間お茶を飲んでいると,丁度向かいの家をやっている大工さんに,「いまどきめずらしいね。こういうのをできる大工さんはいいね」といわれた。佐久間さんの家はそれくらい木をふんだんに使っている。コストダウンのための設計は大変だったが,構造材はしっかりした物を使用している。さらに大工さんの手刻みもいまどき珍しくふんだんに取り入れた。素材と職人の手作業、この二つから感じられる良さはやはり何物にも変えがたいのだと思う。堂々とした家の姿にしばし見とれてしまった。(増井真也)

昨日からプレゼン資料を作っていた浦和のP美容室へ照明計画の説明にマゴタと出掛けた。店舗に限らず、照明計画にはその場の内装(仕上げ)が大きく関わってくる。当然資料も照明器具だけではなく、内装全体のイメージを表現したものとなった。30分ほどの短い打ち合わせであったが、こちらのデザインの意図を充分に伝えられたという感触があった。浦和から帰った後は、S邸の外壁色検討用の模型をせっせと作る。カッターを握るとひたすら模型を作っていた学生時代を思い出してしまう。(山田和彦)               

昨晩打ち合わせした西井邸のプランをまとめる。思えば、西井さんの家は広いガレージを求めてスタートし、上階の居住スペースはまとまりながらもまだそのガレージが最後のネックになってしまっている。しかし、その牙城も崩す方法もありそうだ。今日と明日とでそれを現実のものにできるよう各方面に折衝を行う。うまくいけば世界で一つのオリジナルなガレージになるだろう。夕方、春さんから電話があり、彼の知人の家のリフォームをやらないか、というお話をいただく。実際に行うかどうかわからないけど、ありがたいコトです。(内田元太)

 

2003/7/14

昨日は家族を連れて代官山に行って来た。猿楽町のあたりからぐるりと一周回ってきたのだが、川口と違いこの街にはいたるところにデザインがあふれている。どこを見ても参考になる納まりがあり、参考になる意匠があるのだが、ふと、学生時代にこういう表面的なデザインを嫌っていた自分を思いだした。どういう建築でもそうだと思うが、特に住宅の場合にはそこで営まれる生活を豊かにすることを忘れてはいけない。決してデザインだけに走ってはいけない。今、住宅の仕事をしている中で、昔何となくだけど嫌っていたデザインの何がいけないかがわかるような気がする。帰り道の途中、以前一緒に軽井沢に行ったケーシーさんとカリーンさんに出会った。二人は中目黒に住んでいるとのこと。ここら辺もイイ散歩コースなのだろう。(増井真也)

   

2003/7/11                                   

朝一番から古谷さんの家の現場に向かう。11時,古谷君と奥さんそして桃ちゃんが到着。幾つかの打合せをした後一緒に食事をとった。2時ごろ現場を出発して,次は村田さんの家へ。こちらは23坪しかないので,さすがに作業のスピードが速い。先日上棟したばかりなのに,もう外壁の下地まで終わっている。大工さんのと打合せをして8時帰社。それにしても今日はいい天気だった。夏の現場はとても気持ちが良い。汗の量だけ現場が進む。高齢の大工さんたちの体調は気になるところだが、現場で汗を流しているときが一番幸せを感じる。この仕事をしていて良かったと思うひと時だ。(増井真也)

今秋に鳩ヶ谷市にて企画している‘masuii house project’に関する手続きの段取りを行う。夜遅く増井が現場から帰ってくる。お互い今日の報告をしていると自然とこのプロジェクトの話に移る。それに他のスタッフも加わってきて、このプロジェクトの進路・・・その方向性が決まってきた。明晩、このプロジェクトについてカンファレンスを行う予定であったが、何気ない会話が発端でまさにその筋道が見える。その事がなにより嬉しい。また明日から頑張ろう。(内田元太)

午前中真夏のような暑さの中、マゴタに教えを請いながら大工仕事をした。木が焦げる匂いを久しぶりに嗅いだ。来週木曜に美容室の内装のプレゼンを控えているので、午後からスケッチを描いたり、考えをまとめるための時間を取った。内田や山本、マゴタからはそれぞれ的確なアドバイスを貰う。それぞれ経歴が違うので着眼点も違いとても勉強になる。今日もコンテナで寝たいところだが、昼間に塗装の下塗りをしたのでやめたほうが良いだろう。早く入居したい。(山田和彦)

 

2003/7/10

昨夜初めてコンテナハウスで寝た。ドアの取っ手は養生テープ。窓の一部はスタイロフォームで塞がれている。増井邸でシャワーを借り、寝袋とマットを抱えて脚立を登る。石膏ボードを重ねて寝床を作り、その上にマットと寝袋を敷く。街灯が少し眩しかったが寝心地はそれほど悪くはなかった。時々誰かに覗かれている気がして目が覚めた。明け方少々寒かった。通常よりも2時間以上遅く起きてもいつもより早く事務所へ到着した。往復3時間の通勤時間を睡眠時間に充てられ今日は元気に仕事ができた。(山田和彦)

 

2003/7/9

明日Tさんとの2回目の打ち合せを控えているために、朝から提案資料を4種類ほど作る。午後からは東久留米の現場へ。この現場では、一本の狭い袋小路に3軒ほど新築工事が重なっており、車の出入りや職人さんの出入りがとても多い。ワッショイワッショイといった感じの賑やかな雰囲気があり楽しい。隣の現場に来ていた大工さんとちらっと挨拶をしたのだが、どこか見覚えのあるひとだった。どんな状況で彼と会ったか全く思い出せない。気のせいだろうか...(山田和彦)

 

2003/7/8 

先日母から貰った手紙の中で、実家の外壁を何色に塗り替えたら良いかという話があった。以前帰省したときに実家の配色(濃緑の屋根と肌色の外壁)に対して不満を言ったことを気にしていたようだ。ますいい内では入所してすぐにばれてしまったのだが、私は濃紺や黒といった濃くて重い色が実は好きである。正確に言うと濃紺や黒の背景に明るい色や薄い色がアクセントとして活きている配色がとても好きである。物心がついたときからずっと雪国で暮らしてきたせいか、冬に寒々しく感じる白い外壁よりも、暖かみを感じる黒い外壁の建物に惹かれることが多い。今まで見たなかで一番好きな住宅は、やはり黒い外壁で、わずかにオレンジがかった木製の窓枠がアクセントとなっていた。30分近くも自転車で坂を上らなければ帰宅できなかった学生時代、その家は坂の終点を意味していた。冬の真っ暗な帰り道、やわらかな光が漏れているその黒い家を見上げながら自転車を漕いでいた2年間は、私にとっていつまでも忘れることのできない時間となっている。そう言えば、母への返事はまだ出していない。(山田和彦)

 

2003/7/7

午前中は,先週の打合せのまとめや工事関係の事務仕事を行う.3時,藤野さんの家に向かう.藤野さんは,私が独立したばかりの頃に住まいの改修工事をさせてくれた方で,私にとって初めてに近い仕事をさせてくれた人だ.まだ分からないこともたくさんあった中,いろいろなことを教えてくれた.もうすでに現役を引退しているのだが,不動産業をしていた頃に使用していた南浦和の駅前の建物を新しくして,人に貸すとのこと.11坪しかない土地なのだが,本当に駅の目の前にあり,面白いお店ができそうだ.5時帰社.佐久間さんの家の見積もりなおしや,富永さんの家の工事手配を行い,8時仕事終了.(増井真也)

今日は打ち合わせをする予定であったが延期となり、西井さんの家の見積もりをチェックする。まだ西井さんには見せられない状況だ・・・というのも申請の過程において区役所に細かい指摘を受けて、構造・意匠共に変更を余儀なくされたからだ。私もこの仕事をして長くなるが、東京の審査基準は他に比べて敷居が高すぎる。このがんじがらめの規制も一部の業者によってそこに住む方々に被害を及ぼしたケースが多発したためのものであろう。一方、法改正によって民間企業でも建築審査が可能になり、東京都内であっても比較的容易に建築確認許可を得ることができるになった。つまり、その地域にある役所で許可の得られない建物が民間の主事の許可を得ることで、その地域内に建てられるのである。知り合いの設計事務所はそのほとんどが民間企業に申請を出すことにしたという。ハウスメーカーもそのようだ。お互い資本主義下の民間企業だから、クーポン券やスタンプサービスまであるとか。このムーヴメントが意味するのは何か、平等を逸した法規の存在意義は何か・・・真剣に考えないといけない問題になっていると思う。(内田元太)

 

2003/7/5

はじめまして、内田と申します。増井とは腐れ縁のような関係です。よろしくお願いします。その増井と柏の富永・野田邸の現場へ向かう。ここは私道の奥に建築する・・・ということで近隣の方に迷惑をかけることになる。以前よりご挨拶に伺っているが幸いご近所の方々の理解が得られそうで一安心。みなさん、よろしくお願いいたします。さて、その後、古谷邸に向かう。担当は増井なので僕が見るのは久しぶりだ。現場では大工の棟梁の毛利さんが大声で指示している。もう高齢のハズだが実に頼もしい。16時、古谷さんのご両親、お姉さんと現場を確認したあと打ち合わせ。この段階になると空間がどのようになるかを掴んでくれているので、壁の下地しかしていないこの時点で再度打ち合わせをするのは住まう人にとって非常に有効だ。つまり、この時点で住まいに対しての各自のライフスタイルが確定すると言ってもいい・・・そんなチャンスは必要だ。そんなわけでお互い充足感のある打ち合わせができたのではないだろうか。20時、帰り際に現場に寄る。夜の現場はやはりイイ。(内田元太)

 

2003/7/4                                       

今日は夜8時よりmasuii house projectの打合せを行う.このプロジェクトは鳩ヶ谷市に住みたいと考えている方に,低価格で洗練された住まいを提供しようというもの。設計は全面的にますいいが行い,施工も自社で行う.一区画23坪を全部で4区画と小さめに設定しているのだが,南向きの整形の土地なので,十分に住みやすい家ができるだろう.私はコレまで,建て売りやハウスメーカーの家づくりを否定してきた.そして住み手の思い通りの家を作ることこそが一番大切なことと考えてきた.しかし,住宅におけるデザインという認識の低いこの土地にデザインの波を起こすためにはこのように土地にあらかじめデザインをセットしてしまうことも必要であると考える.つまりデザインの建て売りだ.実際には住まい手が決定した後に立てるのだが,初めに決めたデザインに揺らぎはない.性能,コストデザインのバランスが取れていることが重要だ.これは,いわゆる一般住宅にデザインを取り入れる挑戦でもある.先日手にとった雑誌の中でジョーセフ・アイクラーという人物とであった.この本は前から知っていたのだが,一週間くらい前に青山のイデーにて購入した.この人は約50年前のアメリカで,建て売りを建てていた人物なのだが建て売りでありながらその住宅の雑誌があるほどにデザインを真剣に考えている.アイクラーは展示場にきたお客さんに対して,ある日「帰ってくれ.あなたに私の家を買う資格はない」といったそうだ.お客さんが無垢に木の梁に入る小さなひびを否定したときの言葉とのこと.コレは,少し極端な話ではあるが真剣に良いと思うデザインに対してコレほどまでのゆるぎない気持ちを持てるような,プロジェクトにしたいと思う.(増井真也)

 

2003/7/3                                       

朝から古谷さんの家と村田さんの家の現場をまわる.3時帰社.それから,外苑前にあるお店に行き塗料のサンプルを購入.この塗料は,古谷君から教えてもらったのだが,先日軽井沢で使用してとても気に入った.今回はとりあえずコンテナハウスで使用してみるつもり.様子を見て他のプロジェクトでも使用してみよう。それから.この日記,本日よりスタッフ全員で作ることに.初めは一人きりで始めた家づくりの活動、,最近ではいい物を作ろうという思いだけで6人のメンバーで動いている.それなのに一人だけが意見を発表していてもしょうがないということで,このような動きになった.もちろん私も継続していくつもりだが,コレまで呼んでくださった方はこれからも一層ますいいの活動・意見報告をたのしみにしていただきたい.(増井真也)                        

 お施主さんや業者さんへの打ち合せ電話・FAXを午前中に済ませ、その後は図面の修正に没頭する。夕方近くに塗料の下見に青山へ。車での移動は東京の断面を覗くようで楽しい。遠くからは魚の群れにしか見えないひとの流れのなかに、いつもは自分が入っている。不思議な感じがする。(山田和彦)

  

2003/7/1

今日は朝一番から佐久間さんの家の地鎮祭を執り行った.どこの土地にも氏神という物はあるもので,ココの場合は近くの氷川神社ということになっている.その発生は定かではないということだが,もともとは黒部川支流落合川上流にて数箇所に湧水郡を持つ沢頭の水源地にあって古代より湧水守護神として祭られていたらしい.現代の日本人の生活の中では,氏神などという物はほとんど意識されておらず、お宮参りや七五三と並んで,地鎮祭もその残された少ない機会の一つといえる.何も建っていない更地で,これからの無事を祈る光景はいつ見てもなかなか良いもので、こういうことは出来れば続けていきたいと思う.地鎮祭のあとには,雨の中遣り方を終え,建物形状の確認もできた.いよいよスタートである. (増井真也) 

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