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2003年

 

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2003/12/28

社長と僕はmasuii house projectで本多さんと打ち合わせ。本多さんとは初対面。同年代ということもあって感性が合うのではないかな。友人の家を建てる、という感覚なのかもしれない(渡辺さんもそう)。だが、それはそれで異なる緊張感がある。いい仕事をしたい。今日でますいいは今年の仕舞い。年末年始は東欧にて。持ち合わせの少ない英気を養ってきます。今までで最も充実した一年でした。支えていただいた皆様に御礼申し上げるとともに、来年もよろしくお願い申し上げます。良いお年を。(内田元太)

 

2003/12/26

建築というものの社会での存在意義について再度考える。建築は産業として成り立っている。では、建築設計はどうかといえば、少なくとも日本においてはそうではない。アイディアは形をなしてはじめて産業として認められる。デザイニングは建築において最も重要なファクターのうちの一つであるのは誰しもが認める。しかし、それは産業としてはみなされないという矛盾が生じている。建築を工業化する・・・それは多くの先人たちが目指したものであった。では、今の日本における工業化した建築が彼らが目指した先のものであるわけではない。日本経済が異常なスピードで成長するその過程において、先人たちが想定し得なかった別の種に姿を変えてしまったのだろう。一部の公共建築や住宅は別としても、日本の建築全体が文化として捉えられるようになるには、こうした矛盾に対し疑問を投げ掛け、行動していくしかないのだろう。(内田元太)

 

2003/12/25

午前7時に事務所を出発し、環七を南下。今日は道が空いてる・・・といっても所要時間2時間半の旅。西井邸の現場にて時間刻みで各業者さんと打ち合わせ。遠隔地の現場では打ち合わせの濃度を高めておかないといけない。今日は1日がかりでの打ち合わせとなった。18時から西井さんのお店に場所を移し、西井さんと打ち合わせ。西井さんが年明けからロスに渡るということで、このミーティングも当然濃いものとなる。23時に食事を兼ねて場所を変えて少々雑談。いつも聞けなかった西井さんの本音のようなものがちょっとだけわかった気がする。まだまだ西井さんから学びとることがありそうだ。25時打ち合わせ終了。26時半帰社。深夜の環七は空いていて心地よいが睡魔と闘う必要が生ずる。(内田元太)

 

2003/12/21

石田さんの家の引き渡しに伺う。なんとか年内に完成することができたので一安心。28日から徐々に引っ越しするという石田さんの年末年始は忙しそう。その後、完成間近のdesignroomを見に行く。僕らのオフィスが手狭になってきたので、年明けからのクライアントとの打ち合わせはここで行えるように機能を持たせた。楽しみにしていてください。(内田元太)

 

2003/12/18

朝から石田さんの現場。残工事を行う。大工さんが来るのも久々。石田さんの親戚である外構屋さんの工事もスタートした。敷地外では都市ガスの道路敷設管延長の工事が行われ、閑静な住宅街であるはずの現場周辺は工事車両ばかりで通行止め措置が取られるほど。そこへ石田さんの奥さんがやってきた。いつも通り挨拶代わりに口論。賑やかさに輪がかかる。振り返れば、石田さんとはずっとこうやってきたんだな、と。クリスマスプレゼントということで奥さんからマフラーをいただいた。思いがけないことだったが、こういうことがあるからヒトは生きていけるんだな、などと。午後から一気に南下して西井邸へ。大工さんと打ち合わせ。年内になんとか外部を固めたい。夜は西井さんのお店で打ち合わせ。西井さんの考え方はアメリカでの生活に強く影響を受けている。その考えは僕のそれと近く同調できる部分が多い。しかし、それを建築に転化した時、工業化した建築の前では反スタンダードでしかなく、それが彼を苦しめている。道を拓くのが僕らの役割であるが、それには時間が必要だ。工事も急がずじっくりやるのがいいだろう。並行して進む現実は選択肢を確実に狭めてしまう。5時間かかりで夜遅く打ち合わせ終了。川口に帰ってくると日付が替わっている。遅い食事を取りながら参加検討中の国際コンペの要旨を訳す。英語は難しい・・・。(内田元太)

 

2003/12/15

今日は朝から柏の家の現場にいく。クライアントが直接購入したキッチンセットを受け取るためだったのだが、結局キッチンは来なかったので、セルフビルドのお手伝いをしてきた。まあこういうよくわからない一日があるのも息抜きになってよい。夜は、成増の家の打ち合わせ。この建築は都会における住み方の提案として、外部からの遮断と空への開放をテーマに設計を進めてきているのだが、ここでもう一度考え直す必要がある。本当に今の空間が一番居心地がよいのかどうか、はじめに依頼されたシンプルな生活に結びついているのかどうか。ローコスト住宅ならではの制限があることは否めないが、その中でも最適な回答が出せる可能性がある限り最後にもう一度考えてみよう。とはいっても早く工事を始めないといけないんだなあ。(増井真也)

 

2003/12/14

先日銀座の本屋で、最近探して続けていた本を見つけた。去年の夏に急逝した恩師・内井昭蔵氏が、その死の直前まで自らの手でまとめあげていたという『再び健康な建築』である。忙しい毎日のなかで、知らず知らずのうちに心の奥底へと追いやっていた自分の信念や理想などが、ページを一枚めくる度に学生時代の思い出とともに鮮やかに蘇り、自然と背筋が伸びた。敬虔なクリスチャンであった彼が常に手元においていた聖書のように、わたしにとってこれからずっと、擦り切れるまで読み続けていく大切な一冊となった。(山田和彦)

 

2003/12/13

浦和で造っている庭の作業が今日で大体終わるということで、朝からブロック塀の塗装をやりにいった。水曜日に造った屋上庭園もなかなかのできばえ。午後からは来年オープンするDESIGN・ROOMにいく。現場が雑然としていたので、きれいに片付けた。モルタルの床のコーティングをするも思ったより濃い色になってしまう。これは失敗か?夜は、デザインルームに置く椅子のデザインを行う。(増井真也)

今日は午後から内田と川口のI邸現場へ出かけた。屋外デッキ用の材木に防腐剤を塗る。事務所内での仕事が多い私にとって、時々手伝いで参加するこうした屋外での作業は気分転換になって良い。3時間ほどの作業だったが、脇をいろいろなひとが通り過ぎて行き、この界隈の雰囲気が伝わってくる。ラッパを吹きながら自転車を漕ぐ豆腐屋さん。「あげちょうだいっ!」とつっかけでパタパタ家から飛び出してくるおばちゃん。子犬を連れた女の子。何か小さな声でにこにこ話しかけてくるおばあちゃん。作業を終えて帰り支度をしていると、小学生くらいの男の子とお父さんが、「もうすぐできあがるね」と話しながら通り過ぎて行った。このまちには、お施主さん意外にも、この家ができあがるのを楽しみにしてくれているひとたちがいる。きっとIさん家族にとって、居心地が良い土地となるだろう。(山田和彦)

昼から石田さんの家のデッキ材塗装。山田と違って屋外作業も延べ6日目なのでそろそろ飽き気味。でもしっかり塗る。夜遅く渋谷へ。西井さんの家の件で古谷さんと打ち合わせ。古谷さんとは109−2前で待ち合わせたが、「もっと雰囲気のいいとこに行きましょう」とマークシティへ連れ去られる。さすがだ。(内田元太)

 

2003/12/12

今日は朝から船橋の藤原さんの家に大工さんと一緒に行くはずだった。朝8時30分ごろ大工の斉藤さんから電話があり雨がやまないので柏にいくといわれた。それならば外出する用事はないと息をついたところ、直後に斉藤さんから事故を起こしたとの連絡を受けた。信号待ちをしているところに対向車が突っ込んできたらしい。当然よけられるはずもなく、斉藤さん親子は救急車で運ばれてしまった。しばらく連絡が取れなかったので、どんな様子かと心配していると二人ともたいしたことはないという。安心して夕方6時ごろお見舞いに行く。お父さんは足を引きずり斉藤さんは頭に包帯をしていたが、元気そうで何より。そのままお父さんとともに飲みにいってしまった。それにしても人生何が起こるかわからない。(増井真也)

 

2003/12/10

8時に浦和の現場に行く。今日はいよいよ屋上庭園を造る。狭い道路にクレーンをとめて造園の資材を屋上に上げていく。大成プレハブの殺伐とした家がだんだんとよい雰囲気に変わっていく。最後まで見ることは出来ずに、13時柏の現場へ。階段のデザインなどの打ち合わせを行った。それにしてもセルフビルドの壁がだんだんと仕上がってきている。ここまで本当にセルフビルドをしてくれたのは初めてというくらいここの現場はクライアントが工事に参加している。(増井真也)

 

2003/12/7

11時、表参道のHHstyleにて山崎と待ち合わせ。今日はデザインルームに置く椅子を見に来た。かつて、石山さんが「プルーべの椅子を置けるようになったら一人前かもな」と言ったことを思い出しながら本物のプルーベに出会うことを楽しみに店に入る。きれいに展示された椅子の中からプルーベを探すもなかなか見つからず。ほかのフロアにあるのかなと思いつつもう一度見渡してみるとそれらしきデザインのものが目の前に置かれていた。まさかと思いながら近づいてみると、デザインはというより格好はまさしくプルーベ。でも何か違う。思い描いていた工業製品的な荒々しさは完全に消されてしまっていて、物質的な形態のみが残されている。都会の公園でよく見るコンクリート製のあづまやキットのような薄っぺらな表情が物悲しくなってしまう。いかにすばらしいデザインも、それが大量生産され売り出された瞬間に既製品になってしまうのか。当時画期的なシステムだったミサワホームのパネル工法も今ではありきたりのものとなっている。その工法がどうのというより、それを大量生産しようとするときに避けることの出来ない過程、ごつごつとした石ころがまあるく削り取られていくような過程がデザインに影響を与えてしまう。プルーベほどのものでも、それを避けることはできないという思いとともに椅子は自分でデザインすることを決意した。(増井真也)

 

2003/12/6

今日は柏の現場で一日石灰クリーム塗りを行った。お施主さんのお父さんとそのお友達もきていて、みんなで手分けをして行う。それにしても我ながらうまい。左官屋さんと同じくらいうまい。少しだけスピードが遅いけど出来てしまうことに疑問を感じる。技術の平準化はここまできている。素人が家を造ることも、簡単に行える時代が確実に近づいてきていることを感じつつ、われわれにしか出来ないことをもっともっと考えていかないといけないなあなどと反省してしまう。(増井真也)

 

2003/12/5

昨晩、実家の父から電話があった。僕の実家は傾斜地に建っているのだが、南に位置する国道に面する敷地からその斜面を切り崩して14階建てのマンションを建てる開発の計画がある。施行者は聞いたこともない会社だ。それが建つと実家を含め近所一帯に日影をもたらすことは確実で、施行者側は近隣説明を行わず(役所申請上、行った事にして)準備を進めているという。それに対して町内会で対応を協議しているらしい。想定し得なかった計画だが、このあたりは駅に近く商店街再開発地区が道路向かいになるのでディベロッパーにとっては、是が非でも、の話なのだろう。以前は近隣の抵抗に合っても強行的に建築を進めてしまうのが常であったが、最近、法や手続きの手順を逸すれば工事中止になるという判例もあり、抵抗する意味もある。開発という領域(ある種のブラックな部分について)には無知であるが、こういう仕事をしているから、そういう人達と関わった(関わらざるを得なかった)こともある。だから、彼らも必死なのはわかっている。だが、社会に則してキチンと手順を踏んでほしいし、僕らがフィールドにしている建築とそれらが同列に捉えられてしまうのが悲しいことだとただ思う。(内田元太)

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