ますいいリビングカンパニーは埼玉県川口市にあるセルフビルドを取り入れたデザイン注文住宅を作る会社です。


2002年

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2002/12/26                                                 

午前中、古谷君のお父さんに提出するための見積書整理。13時にお父さんと日本橋馬喰町のお店でうちあわせ。お昼ご飯をごちそうになった。(なかなかおいしい牛タン定食。)その後船橋市の藤原さんの現場に行った。防虫剤を塗ったり、床下の墨をまくばったりした後、8時30分帰社。慎さんから受け取った図面の手直しをして業務終了。 

 

2002/12/25                                                

午前中、添田氏と共に板橋区の店舗改修工事の現場を下見に行った。その後近くの1号店に行き、オーナーの駒さんと顔合わせ。1月の末には絶対オープンしたいという。仕事の進め方を打ち合わせしたのち帰社。5時、世田谷村。今度事務所の前に立てるギャラリー兼打ち合わせ室の打ち合わせをヒガキ君と行う。9時、木下邸。西井さん、内田、木下さん、古谷君、そして私の5人で西井邸の打ち合わせ。だいたいのプランは気に入ってもらえた。夜中の3時デニーズにて古谷邸の打ち合わせ。4時帰社。見積書の整理をして眠る。

 

2002/12/24                                                

午前中古谷邸の見積もり調整を行う。各業者に値引き交渉を行うも、目標額までは500万円のオーバー。少し大胆な構造にしたのが、響いてしまったが、まあ何とかなるであろう。平行して内田が西井邸のプラン作成を行う。こちらも厳しい制限をかいくぐって何とか希望のプランができそう。明日の夜9時から打ち合わせだ。それにしても土壁の土が一日たった今でも全く固まっていないのには驚いた。コンクリートならもうかなりの強度が出ている頃である。昔ながらの家づくりというのは相当のんびりと行っていたのだということが解る。夕方の打ち合わせで、現場の管理を行う人を募集することを決定。いい人がきてくれればよいが。

 

2002/12/23                                                  

今日はあまり木工房。100人くらいの人にきていただいたなか、無事土壁の実演会、手作り木工などを行った。土壁の実演会では及川左官さんの熟練の技術にふれることができ、お客さん達がそれほど関心を示してくれなかったのがちょっと気になったけど、私としてはすごく満足だった。きっとみんなも見たことのない土壁づくりをつくることができて良かったと思う。それにしても大工さんパワーは絶大だった。こういうイベントをやると我々なんかより大工さんの方が格段に人気がある。まな板を削ったり、いすをつくったり・・・。やはり昔から家庭にとけ込んで家に関する工事をしてきたのは大工さんなんだなあ。取材にきてくれた朝日新聞の埼玉支局の方もありがとうございました。また告知をしてくれた皆様もありがとうございました。また来春もっと盛大な会を開きたいと思います。


2002/12/17                                                

午前中は藤原邸のサッシ取り付け位置等の確認を行う。引き続きその他雑務。終了後、中国の職人についての調査を再開。日本において失われつつなる伝統工法ではあるが、中国においては当然のように行われていることはたくさんある。もともと中国から伝わってきた技術。日本人が資本主義と合理化の政策のなか失ってしまったものをもう一度教えてもらいたいと考えている。夕方、添田がデザインしている家具屋さんの内装工事の見積もりを行う。夜、あまり木工房の準備。深夜、古谷君が来るらしい。西井邸と古谷邸の打ち合わせだろうが、体力は持つのだろうか?

 

2002/12/14                                                   

11時頃から藤原邸の上棟式を行った。参加者は藤原さんのご家族と慎さんのご家族それから私と棟梁と大工さんである。まず大工さんが小屋梁に弊串を飾った。それから藤原さんが家の四隅に御神酒と塩、洗米をまいた。略式だったのでこのあとしばらくしてお弁当とご祝儀をいただき解散。下の写真はその様子である。大きな家を見上げる子供達の表情がまぶしかった。しかしそれほど家に興味があるという様子でもなくしばらくすると慎さんの奥さんと縄跳びに熱中していた。上棟式の時には塩をまくお父さんにくっついて歩いて「お父さんばっかりずるいー」と大きな声を上げていた。とっても正直なこの子達にとって今住んでいるマンションもこれから建てられる大きな家もそうは変わらない。「かっこいい、新しい、木の香りがする」いろんな飾り言葉は用意されているがそんなことは子供達には関係ない。この子達の表情を誇らしげにしているのはきっと藤原さん達、つまりこの子達の両親の満足感だ。たった4人の小さいけれどとても大切な集団である家族。それを守るのが家の役割である。偉そうなデザイナーがよくわからない言葉で文章にしているようなことが重要なのではない。藤原さんが一生懸命働いて得たお金でこの家を建てる。その家は親戚である慎さんの手によって丁寧にデザインされる。そのみんなの力で造った家の中で、まるで何か目に見えない優しい布でつつまれているかのような家の中で、眠り、ご飯を食べ、勉強し、遊ぶ。そんな生活をする空間であるということが一番重要なのである。この家を建てるお父さんの偉大さに気づくのはきっとこの子達自身が大人になって家を建てるときだろう。しかし今日味わった感動もそしてこれから始まるこの家での生活も、大人になったとき、家を建てようなどと改めて家のことを考えたときにはきっと思い出すはずである。

 

   


2002/12/11                                                   

午前中、書類整理。午後から藤原邸上棟の段取りを行う。明日は土台敷き。あさってが上棟である。大工さんの加工場にいってみると順調に手刻みが進んでいた。仕口の墨を付け、のみとのこぎりで器用に落としていく。最後にかんなをかけ養生の紙を巻けばできあがりである。写真の様子は化粧柱にかんなをかけているところ。透き通るようなかんなくずがしゅるしゅると出てくる様子は何か懐かしいものを感じる。大工さんの表情もいつもより幾分誇らしげだ。昔は当たり前に手加工が行われていた。今では珍しい光景である。藤原邸では化粧の柱や梁が多くまたプレカットの機械に入らない寸法の部材が多いため手加工をすることとなった。今の若い大工さんは手加工をしたことがない人がたくさんいるという。大切な技術が確実に途絶えようとしている。大学に行って勉強することがふつうになった世の中で、昔ながらの技術を習得しようとすれば特別な会社を探さなければならないなんて何か皮肉なものを感じずにはられない。


2002/12/9                                                 

今日は朝から雪が降っていた。東京で12月にこんなに積もるのは珍しい。藤原邸の雑コンクリート打設の予定はもう土曜日から延びている。さすがに今日はあきらめるとしても明日は何とか晴れてほしい。13日の上棟に間に合わせるにはもう明日しかないだろう。

 午前中古谷邸、藤原邸の図面整理・発注業務を行う。2時頃村田さんが来社。久しぶりに家の話をした。茨城の中古の家を買おうかなどといわれたので猛反対。そんなところにいったら死ぬための家どことか寂しくてほんとに死んでしまう。村田さんの骨は私が拾うからと約束をして近場に建てることに。明日、以前勧めたせんげん台の土地をもう一度見に行ってくれることとなった。以前、その土地をみたとき目の前に広がる大きな田圃に沈む夕日をみて村田さんは満州みたいだといった。私の目にはそれほど寂しく映らないその土地も満州に見えてしまう。今日、孤独には慣れているが東京での孤立には耐えられないともいった。人は完全なる一人では生きられない。今の村田さんを支えているのは明らかに愛犬である。村田さんの生き方を理解できる人はそうはいないだろう。完全なる自由人である。好きなときに好きなところへ愛犬とたびに出かける。いっさいの無理は排除されているように感じる。たぶん誰もが望み、しかし実行することのできない生活かもしれない。少なくとも見かけはそうである。だから当然、どこに住んでも孤立してしまうだろう。受け入れられるのは同じような自由人だけだ。村田さんの家はどこにあるべきか。どんな家にするべきか。今この問題を考えている人は私のほかにも何人かいる。そしてその人達は少なくとも村田さんの生き方を理解している。そういう人たちと近すぎず遠すぎずちょうど良い距離を保ちながら愛犬と一緒に生活するのが村田さんにとって一番良いのではないかと思う。そしてそのための小屋を建てられれば、そして少ない理解者の一人として村田さんに受け入れられれば住宅に関わるものとして本望である。

 

2002/12/8                                                 

午前中は日曜日で誰もこないのであまり木工房の資料整理などを行う。午後はみんなの家という映画を見た。若い夫婦が家を建てるにあたって知り合いの建築家に設計を頼み、奥さんの親父である大工に施工を頼む。新進気鋭の建築家と昔ながらの大工との間に生じるトラブルや心の融合などを描いた物語だが、こういう事は実際にも現場でふつうに起こっている。普段仕事をしていると家づくりというものがそれほど大変なことには思えなくなってきてしまうのだが、自分たちが接しているクライアントのそれぞれにこの映画のようなドラマがあるということをあらためて感じた。

       

2002/12/5                                                  

朝6時、藤原邸に向けて出発。今日は基礎の立ち上がりコンクリート打設である。現場に着くとゴミ箱のゴミが散乱している。猫かカラスの仕業だろうか。片づけのあと土台を固定するためのアンカーをセット。昼2時頃無事コンクリート打設を終了した。木造住宅や鉄骨住宅を中心に建てているととコンクリートにふれる機会というのは基礎工事の時くらいしかないので、必然的に年に10回もみれば多い方だということになる。しかし、現場管理という仕事のなかで、打設して型枠を解体するまで仕上がり具合をみることができない不安と期待を感じることのできるコンクリートというのはとてもおもしろいものである。監督をはじめたばかりの頃戸田建設にいた私は、RC造の現場にいたのでコン打ちといえばよく木槌を持って型枠をたたいたりしたものだが(ジャンカといわれる空隙を防ぐため)今日も思わずやってしまった。隣の三井ホームの現場では大工さんが作業をはじめていた。向かいのミサワホームの現場も基礎下の採石が敷いてあった。大手ハウスメーカーといえども実際現場で作業しているのはふつうの職人さんである。それぞれ○○工務店さんなのである。工期はたぶん2から3ヶ月くらいだろう。在来で丁寧に造る家と比べると半分くらいだ。職人さんはどちらも一人しか入っていなかった。一人でできてしまうのである。それほどまでにシステム化されている。性能も保証付きだろう。私の知り合いでも大手のメーカーの工事を請け負っている人は何人かいるが、みな単価の余りの安さに嘆いている。あまりにも安い単価を押しつけられてもはねつけることができずにやってしまう。大手は仕事をコンスタントに供給してくれるからである。しかし、このように安い要素がたくさんあるにもかかわらずハウスメーカーの家は高い。最近安くなってきているとはいえでもまだ高いのである。家は今でも経験と腕を持った職人さんの丁寧な仕事によってつくられるものだ。しかし大手ハウスメーカーの展示場やCMなどのイメージによって職人さんに直接家づくりを頼む人はほとんどいない。昔の手抜き工事問題なども未だに尾を引いているのかもしれない。だから職人さんはどこかの下請けにならざるを得ない。良い職人さんを見つけることさえできれば、システムと保証に対する対価としてのハウスメーカーの利益を省くことができる。そしてその分でこだわりの家にすることもできるのである。わたしも工事をするときには職人さんに頼んでいる。職人さんの協力なしでは家は造れない。しかし、発注金額を隠して職人さんからピンハネするのではなく、原価公開をすることで適正な単価というものをクライアントに理解してもらうこと、そうすることでクライアントとますいいと職人さんが一体となって家を造っていくことをモットーとして職人さんとつきあっていきたいと考えている。 

                                  

2002/12/3                                                        

昨日の夜は7時30分に下馬のIDEEにいった。古谷君の先輩の友人である西井さんと会うためである。カフェで夜中まで打ち合わせ。最終的には家づくりを頼まれた。というわけで今日の午前中はさっそく西井さんの敷地を見に行く。西井さんは30歳前半のプロサーファー。サーフショップを経営していてこのたび自宅を建てるために大田区に土地を買った。そこに家を造るのである。デザインはIDEEの古谷君が行う。それをまとめ上げ、建築工事を行うのが私の仕事だ。午後はさっそくたたき台となるプランニングを行う。途中地域新聞の方があまり木工房の取材にきてくれる。夜は藤原邸のプレカット図面チェック。明日中にプレカット工場に出さなければならないのであわただしく作業をこなす。隣の席では孫田が使ったことのないCADで雑誌に掲載する関さんの家の図面を書いている。内田と協力して熱血指導・・・。


 

2002/11/28                                                        

今日は夕方から左官職人の及川さんがきて土壁の下地である木舞竹の編み方を指導してくれた。また及川さんの息子さんや弟子の方も勉強のためということで同伴してくれた。とてもにぎやかな雰囲気のなか土壁の講習会が始まった。これまでも何度かみたことはあるが、実際に自分でやるのは初めてであった。まず最初に少し太めの竹を力竹として固定していく。そして次は直交するように細い竹を編み込んでいく。さいごによしを3センチかんかくくらいに編み込むようにする。要領をつかめば自分でできる作業である。「これはセルフビルドの工事に加えられるな」などと思いながら仕上がってみると今までみたこともないような美しさにはっとした。ヒノキの白に竹の青そしてよしの黄色、決して工業製品のサイディングやタイルにはない自然のままの色。これらは決してデザインされてはいないが、確実に何かを語っていた。そういうものを感じてしまう回路はまだ日本人のなかに残っているのだろう。少なくとも私のなかには。土壁はずっとやりたいと考えていた。次は実際に家で使ってみたいと考えている。それもなるべくローコストでやらなければ意味がない。昔はどんな家だってふつうに使われていたのだ。この工法が高いのは何よりも人件費だろう。ここさえ解決すれば必ずできる。つまりすむ人も一緒にやればよいのだ。私の現場ではいつも必ずセルフビルドが入る。次のセルフビルドには木舞下地をやってみようと思う。


2002/11/26                                                        

今日は藤原邸の現場にて根切り工事を行った。予想以上に固い地盤で根切りにけっこうてこづる。現場にて慎さんとうちあわせをした後、古谷邸の調査のために船橋市役所に行く。その後古谷さんの家の写真を撮りに本中山まで足を運んだ。古谷さんはもうすでに引っ越しを済ませていて、今はきぬきの期間。家には誰もいなかった。事務所に戻ってからは古谷邸、藤原邸のうちわせをおこなう。古谷邸の地盤が少し心配なので木曜日に敷地に穴を掘って調査をすることになった。もしかしたら改良をする必要があるかもしれない。夜はパソコンのネットワークの整備作業。3台のどのパソコンでもインターネット可能の状態にする。夜11時ようやく終了。

 

2002/11/23                                                    

AM7時過ぎ基礎屋さんとともに事務所を出発。行く先は西船橋の藤原邸工事現場。そう、ついにこの現場の着工である。ここまでの道のりは本当に長いものであったが、今日は無事に家のなわばり・やり方を終えた。なわばり・やり方とは通り芯などの工事に必要な情報を現場に落とし込むことを言う。つまり現場に図面を書くようなものである。この情報に基づいてこれから工事を行っていく。目標は12月10日の上棟。天候がくずれないことを祈る。


 

2002/11/21                                                   

本日より土壁の犬小屋の制作をはじめる。構造材はヒノキを使用。午後5時より作業を始め、9時頃だいたいの骨組みができあがった。明日は筋交いなどを入れ各所の補強を行う予定。夜中の1時に古谷君来社。古谷君とは今度建てる家のクライアントであり、設計を一緒にやっているパートナーである。打ち合わせのため内田も泊まる。我が家の廊下にはあいかわらず古谷君のためのテントがはってあるが、今日は内田もいるため私のへやも開放。長い夜になりそうである。

 

2002/11/19                                                 

午前中は村田荘にてゴミの片づけと塗装を行う。昨日見た天井のシミが消えるまで、と思うが3回塗り重ねても少し浮き出てきていた。午後は名栗村の製材所にいった。名栗村というのは埼玉県の秩父の玄関口に当たるところで、飯能市の少し奥にある。ここでとれる木は西川材といって埼玉県でもっとも質のよい木である。これまで西川材は床材としてたびたび利用してきた。主に杉の板材を床に貼っているのであるがこれがなかなかいい。柔らかく暖かみがあり思わず寝ころびたくなる、そんな床である。今後は柱や梁にも利用していきたいと考え、さっそく見学に行ったわけであるが、末口(一番細い直径)300mm位の丸太がごろごろと転がっている様子はいつみてもいいものである。いまの住宅に用いられる木というのはどこで育ち、誰の手によって伐られたかがわかるものなんてほとんどない。外国産のものもたくさん出回っている。特に構造材に関しては集成材の占める割合も多くなってきている。その中で、地元の人によって丁寧に育てられ、丁寧に製材された木というのはとても価値があるように思う。今日も社長の浅見さんは柱や梁を忙しそうに製材していたが、早く私も依頼したいものである。ところで浅見さんより、丸太の端材をいただいてきた。軽トラックいっぱいに積んできたがこれは12月23日のあまり木工房の時に皆さんにおわけしようと考えている。


 

2002/11/18                                                 

午前中は事務所にて藤原邸新築工事の段取りを行う。午後は、村田邸にて会合。途中、村田さんのアパートによってゴミを片づけ、夕方には事務所に戻った。アパートの天井には新しいペンキの下からシミが浮き出していた。明日もう一回塗ってみよう。その後、犬小屋のデザインを行う。我が家にはゴン太というラブラドールがいる。その小屋を土壁で造ろうというのである。下地は竹木舞で編む。そこに土を塗って壁を作る。屋根は板金。といっても壁と屋根の間にはすき間があいているのでたぶんあつくはないだろう。犬小屋としては豪邸のはずである。来月12月23日に久々に余り木工房を開催する予定なのだが、そのとき、竹木舞の作業を行う予定である。このときには、いつもお世話になっている東吾野の森林組合から余りの木をもらってくる予定。それを無料で配る。売り物も少し作るが、売り上げは近所の小学校に寄付する。制作は大工にボランティアで頼む。当日はたき火と、甘酒のふるまいもする予定である。時間があったらぜひいらしてほしい。 

 

2002/11/16                                                 

今日は藤原さんの家の工事契約。この家の設計者は慎さん。私の戸田建設時代の同期の先輩である。そして藤原さんは慎さんの義理のお姉さんにあたる。午前中は船橋市前貝塚の敷地に慎さんと一緒に行く。現地にて建物の形を落としての確認をした。午後は藤原さんの家にて契約を行った。当初大幅な予算オーバーをしていたが、内部の壁仕上げをすべてしっくいにてセルフビルドすることにして押さえた。内部の壁は260uある。けっこう大変な作業であるが、慎さん、藤原さん、そして私の力で何とかしなければならない。そういえば慎さんがつぎに柏市で建てる家のクライアントも手伝いにきてくれるそうだ。もちろん自分の家でひかえている本番の練習のために。藤原さんのお父さんも来るっていってたっけ。なんかセルフビルドをする人が多くなってきた。というよりみんなやりたかったのだろう。でも業者がそれを許してくれなかったからできなかったとしか思えない。この波はしばらく続きそうである。   

    


 

2002/11/15                                                   

昨日からますいいリビングカンパニーに新しいメンバー、内田元太が加わった.彼はこれまで自然素材系の住宅会社で働いていた.設計・現場管理の両方を経験している頼もしい存在である.これからしばらくは、増井・内田・孫田・宮崎の4人でやっていくことになる.今日は藤原邸の契約の準備.明日から3月15日までの間につくらなければならない.非常に工期の厳しい工事になりそうであるが、この家もまたセルフビルドで内装工事を全部やるという面白い家だ.明日からの現場が楽しみである. 

     

    

2002/11/14                                                 

今日は、村田さんとせんげん台の売り土地を見に行った.調整区域にある宅地で50坪で850万円という安さと、道路をはさんで目の前がみわたすかぎりの田んぼという敷地条件がすばらしく、私としてはひじょうに気に入った.今の時代における遁世の生活を望む村田さんにとって、町から少し離れた農村風景の中に暮らすことは一つの答えのように思われた。しかしそうではなかった.町の中に溶け込み、隣の住人が誰かもわからない生活こそ彼にとっては正に遁世だといわれた.田舎における人付き合いは厳しすぎる、そしてここには隠れるところが無いと.5時間くらい話しただろうか.はじめは理解できなかった彼の言葉がようやくわかった.私が理想と考える生活を押し付けようとしていた、そのことに気が付いた.彼は、そんな生活を望んでいないし、できるほど強くはないいのだ.建築の仕事をしていると様々な人に出会う.自分の考えと同じ人なんてそうはいない.今日のようにとことん話し合うことの大切さを、今日ほど感じた事はなかった.そしてあらためて死に場所としての住宅というものの難しさを知った.そこには通常あたりまえにある前向きな考えが通用しない.どちらかというと一見逃げとも思えるような思考がある.しかしそれはそれでしょうがないのだろう.まあ結果的には今日の話はまとまらなかったわけだが、とてもいい勉強になったと思う.ムラタサンアリガトウゴザイマシタ。

 

2002/11/9                                                  

昼間は事務所にて古谷邸の設計図を引く.6時30分世田谷村へ行く.石山氏が来春、上九一色村に立てる寺の打ち合わせ.私がどのように仕事をするかはまだ解らないが、とにかく設計事務所と工務店のさかいをなくして行こうとする方向性だけは共通している.私などまだ足元にも及ばない石山氏と仕事をできるだけでも、とにかく嬉しい.学ぶ事はたくさんあるだろう.模型を見たときの驚きは今まで味わった事のないものであった.石山氏の仕事については、今は何も考えずに、ついていこうと思う.必死についていくことで自分の建築に対する観念も何か変わる気がする.今後の展開が楽しみだ

 

2002/11/8                                                  

今日から村田さんのアパートの改装工事をスタートした.本日の作業は解体工事。腐った床や壁を壊し、すべて処分した.あまりにもキタナイ状態だったのだが壊し終わって掃除してみるとだいぶましになった.午後は解体したゴミを分別して処分場へ.今はなんといってもゴミの処分は高くつく.しかし処分場に山積みされているゴミの山を見ていると、仕方がないという気になってくる.本当に山のようにつまれているのである.すごい量だ.今日出たゴミはほとんどすべて燃えるゴミ(木材)だからまだましだとは思うが、コンクリートなどはどうしようもない.せいぜい再生砕石くらいがセキノヤマだろう.建設業というのはゴミの排出においてはエリート産業である.(悪い意味で)今解体されている建物たちの中にはまだ木造が多く含まれていて、しかも規模的にはそれほど大きくない物が中心である.これが30年たったらドウであろうか.壊す必要のあるビルの規模は格段に大きくなるだろう.そして住宅などの小規模建築の場合も、サイディングなどの燃えない材料を多く利用している物が中心となってくる.北の国からというドラマでゴミの家なるものを見た.大変興味を持った.なにがゴミかという定義は難しいが、使われなくなった物の中でタダで手に入るものとでもしておこう.住宅レベルの建築ではその構造体をしっかりとした物にしておけば、それ以外の部分はこんなゴミでつくってもいいのではないか.ゴミときくときこえがわるいが、少なくとも北の国からにあったゴミの家はそこらへんの建売住宅よりずっといい.ようは作る人の問題である.すべての住宅をゴミでつくるなんで当然出来はしない.しかし、せめて自分の家くらいは、ふだん建築業で地球をいじめているぶん、ゴミで作るべきかななどと感じた.

 

2002/11/6                                                        

昨日は村田さんのところへ言ってきた.50歳独身、愛犬と二人で暮らす自由人である.11月3日に1ヶ月のたびから戻ってきたということで、前から依頼されていたアパートの改修工事の打ち合わせをしに行ったのであるが、はじめてみるそのアパートの廃屋ぶりにはドギモを抜かれた.床は落ち、壁にはカビが生え・・・これを80万円できれいにしてくれと言うのであるから、驚きである.はじめ100万円と言われたのであるが思わず「そんなにかけるのはばかばかしいから80万円でいいですよ」などと馬鹿なことをいってしまった.しかし家賃が3万5千円なのだから100万円もかけるのは本当にばかばかしいのである.後悔はするが間違った事は言っていない.これがせめてものお慰みである.スタッフ孫田のパワーに期待しよう.彼女なら何とかしてくれるだろう.茶飲み話をしていると村田さんから2500万円で土地と家を建ててくれと頼まれた。村田さんは今の家が嫌で嫌でたまらない.それから逃れるために長期間のたびに出る.だからいろんなところに隠れ家を持っている.そんな村田さんが「世捨て人が犬と暮らす家」を欲しいという.ここは村田さんの数ある隠れ家の中でも最も多くの時間を費やすことになるであろう.しかし決して住宅ではない.あくまで仮の庵なのである.村田さんには住宅を作ってはいけないと思う.多くの事情でこの人の心はもはやこの世にはいないのである.遊離する心に肉体がついていく.それが氏にとってのたびなのだろう.そしてその心がいつく場所は決して住宅ではない.その答えを探りたい.

           

2002/11/4                                                     

久しぶりにお休みをいただく.朝から庭に出て、ガーデニングをはじめる.我が家の庭は、新築当初から無計画に集められた様々な植物で埋め尽くされていて安ホテルの朝のバーベキュー状態になっている.つまりドレも中途半端であまりよろしくない。しかしドレもいろんなところからタダでもらってきた可愛い子達だ.何とかこれでいい庭をつくろう.というわけではじめた庭造り.一日目はこんな感じになりました.中央に見える、白い花壇は小野邸のためにつくった私の作品.使われなかったのでここでつかってあげよう。夜の写真なのでよくは見えないが、奥の方にはダルマストーブの花壇が置かれている.これもなかなかイイ。今は桜の木の下の広場をドウ使うかを思案中.芝生を敷こうか、レンガが良いか・・・夕方6時に内田氏来社。12月からいっしょに働く予定。木造住宅のプロである。打ち合わせ後食事に出かける.        

                                 

2002/11/2                                                  

今日は久しぶりに自由が丘の家に行った.ギャラリーがアトリエになっていたり、お母さんのアトリエがいつのまにか独立開業予備軍の秘密基地化していたりと、住宅の使われ方というのが予想外の事態に進展していってしまうというのはいつものことなのだが、何より驚いたのは、時がたてばたつほどアジが出てくるというか、雑然とした状況の一つ一つがデザインされていて、これはすむ人のセンスなんだなあと感心してしまった.自分の造った家に久しぶりにいく時というのはドキドキものだ.でも、それなりの覚悟をしていってみて、感謝されて帰ってくる時はなんともいえない安堵感を感じる.そんな事を微塵も感じないズブトイ設計者もたくさんいるとは思うが、かなり小心者の私としてはホント、ヒトアンシンデシタ.  

   

2002/11/1                                                  

セルフビルドのすすめ NO2                                               
日記といっても毎日、それほどのことがあるわけでもなくそういうときはたいてい住宅の事を考えているので、私の最近のテーマとなりつつあるセルフビルドのすすめというテーマで書きすすめていこうと思う.私の周りには、なぜかセルフビルドをやる人が多い.初めからそのつもりだった人ばかりではないのであるが、私のすすめもあってか引き込まれてしまう.セルフビルドと言うと二つに分けられる.ひとつは自分の体を使って本当にもの作りに参加してしまう方法、もう一つは自分の頭を使ってもの作りの方法を考えて、つまり設計をしてしまう方法である.それぞれ、ご自分に向くほうを選択すればよい.両方できる人ももちろんいるだろう.私のまわりの人を見ていると20代30代40代のひとが、セルフビルド病におかさっる危険が高いように思われる.いちどおかされると、何もかもやりたくなってしまう.設計も床貼りも、塗装工事も。なぜなら自分が少し動くと画期的に値段が下がる事に気が付くからだ.そうなればメッケモン。ふつうに建てるより、4割は安く建てられる.・・

2002/10/31

まずは午前中に早稲田大学理工学部建築学科石山研究室の太田さんよりキャンセルの電話をもらう.石山さんとは来年着工する朝山邸の打ち合わせをする予定だったが、いまだ製図作業に苦労しているのであろう.世田谷村も今は人不足に悩んでいるらしい.というわけで事務所にて、古谷邸、BLOCKHOUSE、・・・と作業を進めた.

                           

2002/10/30

今日は、小松邸が掲載されている「室内」11月号が届いた.室内といえば先日、編集長、山本夏彦氏が亡くなった.私のような若輩者の世代では山本氏にたいする親しみも薄いが、それでもつい最近まで積極的に執筆されていた各誌の記事を読むのは楽しみの一つであった.特に毎週、新潮にて掲載されていたコラムというのは、尽きる事のない時代に対する批判があふれ出てくるかのようであった。室内は山本氏の道楽ではじまった雑誌と聞いた.それがいまやインテリア誌NO1の売上である.山本氏の独特の視点が読者に受け入れられたという事であろう.山本氏が体調を崩しそして亡くなったばかりである今も室内にはその視点がある。今後の雑誌の変化が楽しみでもあり、少し不安でもある. 

                               

2002/10/29

今日メールの整理をしていると、以前お会いした日野さんのメールが出てきた.このメールには設計図が添付されてきていた.はじめこのメールを見たとき私はどこかの設計事務所の方かと思ったのだが、この人、実は金属関係の会社に勤務していて、学生時代は建築をやっていたらしい.つまり今は建築家でもなんでもないわけである.それなのに送られてきた図面はかなりの精度でかかれていたし、その建築の構成のされかたも大変面白いものであった.この方とは一度だけお会いしたのだがあれからどうなったのだろう.図面が完成したら連絡をくれる事になっているのであるがまだかいているのであろうか.最近は、古谷君がよくここで図面をひいている.彼も学生時代は建築をやっていたが、今は家具屋さんである.そう考えると住宅の設計をする人は必ずしもプロである必要はないという結論が出てくる.もちろんプロでなければおさまらない場所もある.失敗したら莫大な費用がかかってしまう工事というものもある.しかしそれをサポートしてくれる人さえいれば一生にそう何度もあることではない自分の家の設計は自分でやるべきなのではないだろうか.サポートしてくれる人さえいれば、その方法がもっとも自分流の家ができる。ふつうのひとは家を建てるときになると急に自信がなくなる.料理をする時には自分流にこだわる人でも、一番大きな買い物である家のこととなると、どうしてもプロに任せたくなる.そこにハウスメーカーの存在価値がある.確かにメーカーに任せれば何も問題のない?家が出来上がるだろう。しかし、一生に一度の買い物だからこそ、自分流をつらぬきとおして欲しい.家なんてそんなに難しい物ではない.今はわかりやすい解説書もたくさんある.そしてそのようなスタイルに対応してくれるビルダーも存在する.そしてこの方法、何よりも優れている事はコストダウンに大きくつながるという事である.自分でやってしまうのだから安くなる.できれば工事の一部もやってしまおう.普通のフロアリングが檜に変わるかもしれない.檜は無理でも、松のむく材くらいには確実に変わる.そしてなによりも家に対する愛着が湧いてくる.このスクラップアンドビルドの時代に、自分流の家を大切に、こつこつと作っていくことは、とてもすばらしい事ではないだろうか.

 

2002/10/28

昨日は夜12時京都より帰社.今日から又通常どおり仕事に戻る.3時岡嶋氏と打ち合わせ.彼は外資系の証券会社に勤めるまあ金融界のエリートである。そんな彼と日本の建築業界の状況を語り合う.夜9時、古谷君来社.夜中の2時まで古谷邸設計打ち合わせ.模型、立面図等が完成した.ようやく建物の形が決まってきた.やっとっこまでまとまったという安心感を感じずにはいられない.3世帯住宅という事で各々様々な希望がでてくる.そして工事期間もまた重要な要素である.12月確認申請に向けて又更につめる事は多いが、まあ一安心である. 

        

02/10/25

本日から3日間、結婚式への出席もかねた関西への小旅行。9時に大阪に着き、大学時代の友人大室に会う。様々な積もる話もあり、結局朝の5時まで飲み明かした。そういえば、店では、靴のデザイナー、ミュージシャンなど色々な人に出会った。大阪でも頑張っている人はいる。住宅の仕事ではどうしても守らねばいけない壁が多く、その中で生活に密接したものを作りあげる事に楽しさがあるが、気持の上では、先ほど出会ったクリエーター達と同じ創作家としての姿勢をキープしたい。

 

02/10/24

今日は朝から梅沢氏と古谷邸構造の打ち合わせをした.その後、古谷君と新中野の喫茶店で打ち合わせ.午後3時ごろまで今後の仕事の進め方について話をした.打ち合わせ後、慎さんと電話にて小ミーティング.こちらは、11月から着工する予定の住宅である。かなりの減額が必要であるため、どうなるのだろうと心配していたら施主が自ら壁塗りをする事になったということであった.住宅を普通に作ればその半分くらいのお金は人に対して支払われる.実際の物の値段は半分くらいだ.そしてローコストを目指すのであれば、人に払うお金を少なくするしかない.左官壁を素人が塗るのは大変な事だが、できない事ではない.ちょっとくらいあらくても逆に愛着が湧いてくる.これはいい方向に進みそうな気配である.とはいえ目標まではほど遠い。確か500万円くらいの予算オーバーなんですよねこれが・・・ 

 

02/10/23

日記をHP上に書き始めてたったの二日めだというのに、今朝早速二人から指摘された.そのうちの一人は内容に関する批判までしてくれた.自分の考えを記そうと何気なく始めたものだが、これほどまで伝達力があるとはまことに予想外。又、今日は、久しぶりにガーデニングをしてみた.今増井邸の吹き抜けの下はハーブで埋め尽くされている.ここに来年石山氏が設計しているBLOCK HOUSEが置かれる.これは、誰もが簡単に組み立てる事ができるミニハウスである.当社ではGALLERYに使用する.宅急便で送れるくらいのものにする予定なので完成したら販売できる予定だ.緑をいじっていると心が安らぐ.大の大人でも、いや大人だからこそこういった安らぎは必要だ。しかし、今の住宅事情で庭付き一戸建てを取得売るのは非常に困難な話である.屋上緑化や壁面緑化などいろいろ手は尽くされているが、もっと自然に人と自然か関わる事のできるスタイルを考えないといけない.

 

02/10/22

昨日に引き続き見積もり作業を行う.同時に来年2月から着工の古谷邸のプランをつめる.製図台にかじりつく孫田の作業は一向に進まず。この家はIDEEに勤める古谷君の自宅である.お姉さんと両親そして古谷君夫婦の三世帯が住むことになる.5時に古谷君が来社。日曜日に開いた家族会議の内容を図面化する.明日の朝は共に迎える事になりそうである.

 

02/10/21

先日小松邸の改修工事を終えた。この家は火事が原因で改修する事になったのだが、鉄骨ALCという構造に助けられて一部補強と内装のやり替えをする程度ですんだ.もし木造だったら全焼だったと思う.小松邸は私のいとこの家。以前は親戚一同「おばあちゃんち」という合言葉で集まった場所である.そのノスタルジーをもう一度再現する事を目指し、小野君と再びコンビを組んだ.中央に配置されたべんがらの黒い壁は印象的である.そしていとこのおもちゃ作家による有機的な造作の数々も.室内の取材を受け後は出版を待つのみ。私のとった写真が雑誌に掲載されるというのも妙な気分である.今は夜の9時20分.今から見積もりのチェックをやらなければならない.来年の3月引渡し予定の藤原邸だ.工期も厳しいが予算もやばい。このローコストに対応するのが、私の仕事である.(金額は言わないが)一生に1度の大きな買い物.それが住宅だ.われわれには簡単な追加も、施主にとってはローン地獄を更に膨らませる事になってしまう.簡単には出来ない.長い夜になりそうである.