2002年

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2002/11/28                                                        

今日は夕方から左官職人の及川さんがきて土壁の下地である木舞竹の編み方を指導してくれた。また及川さんの息子さんや弟子の方も勉強のためということで同伴してくれた。とてもにぎやかな雰囲気のなか土壁の講習会が始まった。これまでも何度かみたことはあるが、実際に自分でやるのは初めてであった。まず最初に少し太めの竹を力竹として固定していく。そして次は直交するように細い竹を編み込んでいく。さいごによしを3センチかんかくくらいに編み込むようにする。要領をつかめば自分でできる作業である。「これはセルフビルドの工事に加えられるな」などと思いながら仕上がってみると今までみたこともないような美しさにはっとした。ヒノキの白に竹の青そしてよしの黄色、決して工業製品のサイディングやタイルにはない自然のままの色。これらは決してデザインされてはいないが、確実に何かを語っていた。そういうものを感じてしまう回路はまだ日本人のなかに残っているのだろう。少なくとも私のなかには。土壁はずっとやりたいと考えていた。次は実際に家で使ってみたいと考えている。それもなるべくローコストでやらなければ意味がない。昔はどんな家だってふつうに使われていたのだ。この工法が高いのは何よりも人件費だろう。ここさえ解決すれば必ずできる。つまりすむ人も一緒にやればよいのだ。私の現場ではいつも必ずセルフビルドが入る。次のセルフビルドには木舞下地をやってみようと思う。


2002/11/26                                                        

今日は藤原邸の現場にて根切り工事を行った。予想以上に固い地盤で根切りにけっこうてこづる。現場にて慎さんとうちあわせをした後、古谷邸の調査のために船橋市役所に行く。その後古谷さんの家の写真を撮りに本中山まで足を運んだ。古谷さんはもうすでに引っ越しを済ませていて、今はきぬきの期間。家には誰もいなかった。事務所に戻ってからは古谷邸、藤原邸のうちわせをおこなう。古谷邸の地盤が少し心配なので木曜日に敷地に穴を掘って調査をすることになった。もしかしたら改良をする必要があるかもしれない。夜はパソコンのネットワークの整備作業。3台のどのパソコンでもインターネット可能の状態にする。夜11時ようやく終了。

 

2002/11/23                                                    

AM7時過ぎ基礎屋さんとともに事務所を出発。行く先は西船橋の藤原邸工事現場。そう、ついにこの現場の着工である。ここまでの道のりは本当に長いものであったが、今日は無事に家のなわばり・やり方を終えた。なわばり・やり方とは通り芯などの工事に必要な情報を現場に落とし込むことを言う。つまり現場に図面を書くようなものである。この情報に基づいてこれから工事を行っていく。目標は12月10日の上棟。天候がくずれないことを祈る。


 

2002/11/21                                                   

本日より土壁の犬小屋の制作をはじめる。構造材はヒノキを使用。午後5時より作業を始め、9時頃だいたいの骨組みができあがった。明日は筋交いなどを入れ各所の補強を行う予定。夜中の1時に古谷君来社。古谷君とは今度建てる家のクライアントであり、設計を一緒にやっているパートナーである。打ち合わせのため内田も泊まる。我が家の廊下にはあいかわらず古谷君のためのテントがはってあるが、今日は内田もいるため私のへやも開放。長い夜になりそうである。

 

2002/11/19                                                 

午前中は村田荘にてゴミの片づけと塗装を行う。昨日見た天井のシミが消えるまで、と思うが3回塗り重ねても少し浮き出てきていた。午後は名栗村の製材所にいった。名栗村というのは埼玉県の秩父の玄関口に当たるところで、飯能市の少し奥にある。ここでとれる木は西川材といって埼玉県でもっとも質のよい木である。これまで西川材は床材としてたびたび利用してきた。主に杉の板材を床に貼っているのであるがこれがなかなかいい。柔らかく暖かみがあり思わず寝ころびたくなる、そんな床である。今後は柱や梁にも利用していきたいと考え、さっそく見学に行ったわけであるが、末口(一番細い直径)300mm位の丸太がごろごろと転がっている様子はいつみてもいいものである。いまの住宅に用いられる木というのはどこで育ち、誰の手によって伐られたかがわかるものなんてほとんどない。外国産のものもたくさん出回っている。特に構造材に関しては集成材の占める割合も多くなってきている。その中で、地元の人によって丁寧に育てられ、丁寧に製材された木というのはとても価値があるように思う。今日も社長の浅見さんは柱や梁を忙しそうに製材していたが、早く私も依頼したいものである。ところで浅見さんより、丸太の端材をいただいてきた。軽トラックいっぱいに積んできたがこれは12月23日のあまり木工房の時に皆さんにおわけしようと考えている。


 

2002/11/18                                                 

午前中は事務所にて藤原邸新築工事の段取りを行う。午後は、村田邸にて会合。途中、村田さんのアパートによってゴミを片づけ、夕方には事務所に戻った。アパートの天井には新しいペンキの下からシミが浮き出していた。明日もう一回塗ってみよう。その後、犬小屋のデザインを行う。我が家にはゴン太というラブラドールがいる。その小屋を土壁で造ろうというのである。下地は竹木舞で編む。そこに土を塗って壁を作る。屋根は板金。といっても壁と屋根の間にはすき間があいているのでたぶんあつくはないだろう。犬小屋としては豪邸のはずである。来月12月23日に久々に余り木工房を開催する予定なのだが、そのとき、竹木舞の作業を行う予定である。このときには、いつもお世話になっている東吾野の森林組合から余りの木をもらってくる予定。それを無料で配る。売り物も少し作るが、売り上げは近所の小学校に寄付する。制作は大工にボランティアで頼む。当日はたき火と、甘酒のふるまいもする予定である。時間があったらぜひいらしてほしい。 

 

2002/11/16                                                 

今日は藤原さんの家の工事契約。この家の設計者は慎さん。私の戸田建設時代の同期の先輩である。そして藤原さんは慎さんの義理のお姉さんにあたる。午前中は船橋市前貝塚の敷地に慎さんと一緒に行く。現地にて建物の形を落としての確認をした。午後は藤原さんの家にて契約を行った。当初大幅な予算オーバーをしていたが、内部の壁仕上げをすべてしっくいにてセルフビルドすることにして押さえた。内部の壁は260uある。けっこう大変な作業であるが、慎さん、藤原さん、そして私の力で何とかしなければならない。そういえば慎さんがつぎに柏市で建てる家のクライアントも手伝いにきてくれるそうだ。もちろん自分の家でひかえている本番の練習のために。藤原さんのお父さんも来るっていってたっけ。なんかセルフビルドをする人が多くなってきた。というよりみんなやりたかったのだろう。でも業者がそれを許してくれなかったからできなかったとしか思えない。この波はしばらく続きそうである。   

    


 

2002/11/15                                                   

昨日からますいいリビングカンパニーに新しいメンバー、内田元太が加わった.彼はこれまで自然素材系の住宅会社で働いていた.設計・現場管理の両方を経験している頼もしい存在である.これからしばらくは、増井・内田・孫田・宮崎の4人でやっていくことになる.今日は藤原邸の契約の準備.明日から3月15日までの間につくらなければならない.非常に工期の厳しい工事になりそうであるが、この家もまたセルフビルドで内装工事を全部やるという面白い家だ.明日からの現場が楽しみである. 

     

    

2002/11/14                                                 

今日は、村田さんとせんげん台の売り土地を見に行った.調整区域にある宅地で50坪で850万円という安さと、道路をはさんで目の前がみわたすかぎりの田んぼという敷地条件がすばらしく、私としてはひじょうに気に入った.今の時代における遁世の生活を望む村田さんにとって、町から少し離れた農村風景の中に暮らすことは一つの答えのように思われた。しかしそうではなかった.町の中に溶け込み、隣の住人が誰かもわからない生活こそ彼にとっては正に遁世だといわれた.田舎における人付き合いは厳しすぎる、そしてここには隠れるところが無いと.5時間くらい話しただろうか.はじめは理解できなかった彼の言葉がようやくわかった.私が理想と考える生活を押し付けようとしていた、そのことに気が付いた.彼は、そんな生活を望んでいないし、できるほど強くはないいのだ.建築の仕事をしていると様々な人に出会う.自分の考えと同じ人なんてそうはいない.今日のようにとことん話し合うことの大切さを、今日ほど感じた事はなかった.そしてあらためて死に場所としての住宅というものの難しさを知った.そこには通常あたりまえにある前向きな考えが通用しない.どちらかというと一見逃げとも思えるような思考がある.しかしそれはそれでしょうがないのだろう.まあ結果的には今日の話はまとまらなかったわけだが、とてもいい勉強になったと思う.ムラタサンアリガトウゴザイマシタ。

 

2002/11/9                                                  

昼間は事務所にて古谷邸の設計図を引く.6時30分世田谷村へ行く.石山氏が来春、上九一色村に立てる寺の打ち合わせ.私がどのように仕事をするかはまだ解らないが、とにかく設計事務所と工務店のさかいをなくして行こうとする方向性だけは共通している.私などまだ足元にも及ばない石山氏と仕事をできるだけでも、とにかく嬉しい.学ぶ事はたくさんあるだろう.模型を見たときの驚きは今まで味わった事のないものであった.石山氏の仕事については、今は何も考えずに、ついていこうと思う.必死についていくことで自分の建築に対する観念も何か変わる気がする.今後の展開が楽しみだ

 

2002/11/8                                                  

今日から村田さんのアパートの改装工事をスタートした.本日の作業は解体工事。腐った床や壁を壊し、すべて処分した.あまりにもキタナイ状態だったのだが壊し終わって掃除してみるとだいぶましになった.午後は解体したゴミを分別して処分場へ.今はなんといってもゴミの処分は高くつく.しかし処分場に山積みされているゴミの山を見ていると、仕方がないという気になってくる.本当に山のようにつまれているのである.すごい量だ.今日出たゴミはほとんどすべて燃えるゴミ(木材)だからまだましだとは思うが、コンクリートなどはどうしようもない.せいぜい再生砕石くらいがセキノヤマだろう.建設業というのはゴミの排出においてはエリート産業である.(悪い意味で)今解体されている建物たちの中にはまだ木造が多く含まれていて、しかも規模的にはそれほど大きくない物が中心である.これが30年たったらドウであろうか.壊す必要のあるビルの規模は格段に大きくなるだろう.そして住宅などの小規模建築の場合も、サイディングなどの燃えない材料を多く利用している物が中心となってくる.北の国からというドラマでゴミの家なるものを見た.大変興味を持った.なにがゴミかという定義は難しいが、使われなくなった物の中でタダで手に入るものとでもしておこう.住宅レベルの建築ではその構造体をしっかりとした物にしておけば、それ以外の部分はこんなゴミでつくってもいいのではないか.ゴミときくときこえがわるいが、少なくとも北の国からにあったゴミの家はそこらへんの建売住宅よりずっといい.ようは作る人の問題である.すべての住宅をゴミでつくるなんで当然出来はしない.しかし、せめて自分の家くらいは、ふだん建築業で地球をいじめているぶん、ゴミで作るべきかななどと感じた.

 

2002/11/6                                                        

昨日は村田さんのところへ言ってきた.50歳独身、愛犬と二人で暮らす自由人である.11月3日に1ヶ月のたびから戻ってきたということで、前から依頼されていたアパートの改修工事の打ち合わせをしに行ったのであるが、はじめてみるそのアパートの廃屋ぶりにはドギモを抜かれた.床は落ち、壁にはカビが生え・・・これを80万円できれいにしてくれと言うのであるから、驚きである.はじめ100万円と言われたのであるが思わず「そんなにかけるのはばかばかしいから80万円でいいですよ」などと馬鹿なことをいってしまった.しかし家賃が3万5千円なのだから100万円もかけるのは本当にばかばかしいのである.後悔はするが間違った事は言っていない.これがせめてものお慰みである.スタッフ孫田のパワーに期待しよう.彼女なら何とかしてくれるだろう.茶飲み話をしていると村田さんから2500万円で土地と家を建ててくれと頼まれた。村田さんは今の家が嫌で嫌でたまらない.それから逃れるために長期間のたびに出る.だからいろんなところに隠れ家を持っている.そんな村田さんが「世捨て人が犬と暮らす家」を欲しいという.ここは村田さんの数ある隠れ家の中でも最も多くの時間を費やすことになるであろう.しかし決して住宅ではない.あくまで仮の庵なのである.村田さんには住宅を作ってはいけないと思う.多くの事情でこの人の心はもはやこの世にはいないのである.遊離する心に肉体がついていく.それが氏にとってのたびなのだろう.そしてその心がいつく場所は決して住宅ではない.その答えを探りたい.

           

2002/11/4                                                     

久しぶりにお休みをいただく.朝から庭に出て、ガーデニングをはじめる.我が家の庭は、新築当初から無計画に集められた様々な植物で埋め尽くされていて安ホテルの朝のバーベキュー状態になっている.つまりドレも中途半端であまりよろしくない。しかしドレもいろんなところからタダでもらってきた可愛い子達だ.何とかこれでいい庭をつくろう.というわけではじめた庭造り.一日目はこんな感じになりました.中央に見える、白い花壇は小野邸のためにつくった私の作品.使われなかったのでここでつかってあげよう。夜の写真なのでよくは見えないが、奥の方にはダルマストーブの花壇が置かれている.これもなかなかイイ。今は桜の木の下の広場をドウ使うかを思案中.芝生を敷こうか、レンガが良いか・・・夕方6時に内田氏来社。12月からいっしょに働く予定。木造住宅のプロである。打ち合わせ後食事に出かける.        

                                 

2002/11/2                                                  

今日は久しぶりに自由が丘の家に行った.ギャラリーがアトリエになっていたり、お母さんのアトリエがいつのまにか独立開業予備軍の秘密基地化していたりと、住宅の使われ方というのが予想外の事態に進展していってしまうというのはいつものことなのだが、何より驚いたのは、時がたてばたつほどアジが出てくるというか、雑然とした状況の一つ一つがデザインされていて、これはすむ人のセンスなんだなあと感心してしまった.自分の造った家に久しぶりにいく時というのはドキドキものだ.でも、それなりの覚悟をしていってみて、感謝されて帰ってくる時はなんともいえない安堵感を感じる.そんな事を微塵も感じないズブトイ設計者もたくさんいるとは思うが、かなり小心者の私としてはホント、ヒトアンシンデシタ.  

   

2002/11/1                                                  

セルフビルドのすすめ NO2                                               
日記といっても毎日、それほどのことがあるわけでもなくそういうときはたいてい住宅の事を考えているので、私の最近のテーマとなりつつあるセルフビルドのすすめというテーマで書きすすめていこうと思う.私の周りには、なぜかセルフビルドをやる人が多い.初めからそのつもりだった人ばかりではないのであるが、私のすすめもあってか引き込まれてしまう.セルフビルドと言うと二つに分けられる.ひとつは自分の体を使って本当にもの作りに参加してしまう方法、もう一つは自分の頭を使ってもの作りの方法を考えて、つまり設計をしてしまう方法である.それぞれ、ご自分に向くほうを選択すればよい.両方できる人ももちろんいるだろう.私のまわりの人を見ていると20代30代40代のひとが、セルフビルド病におかさっる危険が高いように思われる.いちどおかされると、何もかもやりたくなってしまう.設計も床貼りも、塗装工事も。なぜなら自分が少し動くと画期的に値段が下がる事に気が付くからだ.そうなればメッケモン。ふつうに建てるより、4割は安く建てられる.・・

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