2002年

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2002/10/31

まずは午前中に早稲田大学理工学部建築学科石山研究室の太田さんよりキャンセルの電話をもらう.石山さんとは来年着工する朝山邸の打ち合わせをする予定だったが、いまだ製図作業に苦労しているのであろう.世田谷村も今は人不足に悩んでいるらしい.というわけで事務所にて、古谷邸、BLOCKHOUSE、・・・と作業を進めた.

                           

2002/10/30

今日は、小松邸が掲載されている「室内」11月号が届いた.室内といえば先日、編集長、山本夏彦氏が亡くなった.私のような若輩者の世代では山本氏にたいする親しみも薄いが、それでもつい最近まで積極的に執筆されていた各誌の記事を読むのは楽しみの一つであった.特に毎週、新潮にて掲載されていたコラムというのは、尽きる事のない時代に対する批判があふれ出てくるかのようであった。室内は山本氏の道楽ではじまった雑誌と聞いた.それがいまやインテリア誌NO1の売上である.山本氏の独特の視点が読者に受け入れられたという事であろう.山本氏が体調を崩しそして亡くなったばかりである今も室内にはその視点がある。今後の雑誌の変化が楽しみでもあり、少し不安でもある. 

                               

2002/10/29

今日メールの整理をしていると、以前お会いした日野さんのメールが出てきた.このメールには設計図が添付されてきていた.はじめこのメールを見たとき私はどこかの設計事務所の方かと思ったのだが、この人、実は金属関係の会社に勤務していて、学生時代は建築をやっていたらしい.つまり今は建築家でもなんでもないわけである.それなのに送られてきた図面はかなりの精度でかかれていたし、その建築の構成のされかたも大変面白いものであった.この方とは一度だけお会いしたのだがあれからどうなったのだろう.図面が完成したら連絡をくれる事になっているのであるがまだかいているのであろうか.最近は、古谷君がよくここで図面をひいている.彼も学生時代は建築をやっていたが、今は家具屋さんである.そう考えると住宅の設計をする人は必ずしもプロである必要はないという結論が出てくる.もちろんプロでなければおさまらない場所もある.失敗したら莫大な費用がかかってしまう工事というものもある.しかしそれをサポートしてくれる人さえいれば一生にそう何度もあることではない自分の家の設計は自分でやるべきなのではないだろうか.サポートしてくれる人さえいれば、その方法がもっとも自分流の家ができる。ふつうのひとは家を建てるときになると急に自信がなくなる.料理をする時には自分流にこだわる人でも、一番大きな買い物である家のこととなると、どうしてもプロに任せたくなる.そこにハウスメーカーの存在価値がある.確かにメーカーに任せれば何も問題のない?家が出来上がるだろう。しかし、一生に一度の買い物だからこそ、自分流をつらぬきとおして欲しい.家なんてそんなに難しい物ではない.今はわかりやすい解説書もたくさんある.そしてそのようなスタイルに対応してくれるビルダーも存在する.そしてこの方法、何よりも優れている事はコストダウンに大きくつながるという事である.自分でやってしまうのだから安くなる.できれば工事の一部もやってしまおう.普通のフロアリングが檜に変わるかもしれない.檜は無理でも、松のむく材くらいには確実に変わる.そしてなによりも家に対する愛着が湧いてくる.このスクラップアンドビルドの時代に、自分流の家を大切に、こつこつと作っていくことは、とてもすばらしい事ではないだろうか.

 

2002/10/28

昨日は夜12時京都より帰社.今日から又通常どおり仕事に戻る.3時岡嶋氏と打ち合わせ.彼は外資系の証券会社に勤めるまあ金融界のエリートである。そんな彼と日本の建築業界の状況を語り合う.夜9時、古谷君来社.夜中の2時まで古谷邸設計打ち合わせ.模型、立面図等が完成した.ようやく建物の形が決まってきた.やっとっこまでまとまったという安心感を感じずにはいられない.3世帯住宅という事で各々様々な希望がでてくる.そして工事期間もまた重要な要素である.12月確認申請に向けて又更につめる事は多いが、まあ一安心である. 

        

02/10/25

本日から3日間、結婚式への出席もかねた関西への小旅行。9時に大阪に着き、大学時代の友人大室に会う。様々な積もる話もあり、結局朝の5時まで飲み明かした。そういえば、店では、靴のデザイナー、ミュージシャンなど色々な人に出会った。大阪でも頑張っている人はいる。住宅の仕事ではどうしても守らねばいけない壁が多く、その中で生活に密接したものを作りあげる事に楽しさがあるが、気持の上では、先ほど出会ったクリエーター達と同じ創作家としての姿勢をキープしたい。

 

02/10/24

今日は朝から梅沢氏と古谷邸構造の打ち合わせをした.その後、古谷君と新中野の喫茶店で打ち合わせ.午後3時ごろまで今後の仕事の進め方について話をした.打ち合わせ後、慎さんと電話にて小ミーティング.こちらは、11月から着工する予定の住宅である。かなりの減額が必要であるため、どうなるのだろうと心配していたら施主が自ら壁塗りをする事になったということであった.住宅を普通に作ればその半分くらいのお金は人に対して支払われる.実際の物の値段は半分くらいだ.そしてローコストを目指すのであれば、人に払うお金を少なくするしかない.左官壁を素人が塗るのは大変な事だが、できない事ではない.ちょっとくらいあらくても逆に愛着が湧いてくる.これはいい方向に進みそうな気配である.とはいえ目標まではほど遠い。確か500万円くらいの予算オーバーなんですよねこれが・・・ 

 

02/10/23

日記をHP上に書き始めてたったの二日めだというのに、今朝早速二人から指摘された.そのうちの一人は内容に関する批判までしてくれた.自分の考えを記そうと何気なく始めたものだが、これほどまで伝達力があるとはまことに予想外。又、今日は、久しぶりにガーデニングをしてみた.今増井邸の吹き抜けの下はハーブで埋め尽くされている.ここに来年石山氏が設計しているBLOCK HOUSEが置かれる.これは、誰もが簡単に組み立てる事ができるミニハウスである.当社ではGALLERYに使用する.宅急便で送れるくらいのものにする予定なので完成したら販売できる予定だ.緑をいじっていると心が安らぐ.大の大人でも、いや大人だからこそこういった安らぎは必要だ。しかし、今の住宅事情で庭付き一戸建てを取得売るのは非常に困難な話である.屋上緑化や壁面緑化などいろいろ手は尽くされているが、もっと自然に人と自然か関わる事のできるスタイルを考えないといけない.

 

02/10/22

昨日に引き続き見積もり作業を行う.同時に来年2月から着工の古谷邸のプランをつめる.製図台にかじりつく孫田の作業は一向に進まず。この家はIDEEに勤める古谷君の自宅である.お姉さんと両親そして古谷君夫婦の三世帯が住むことになる.5時に古谷君が来社。日曜日に開いた家族会議の内容を図面化する.明日の朝は共に迎える事になりそうである.

 

02/10/21

先日小松邸の改修工事を終えた。この家は火事が原因で改修する事になったのだが、鉄骨ALCという構造に助けられて一部補強と内装のやり替えをする程度ですんだ.もし木造だったら全焼だったと思う.小松邸は私のいとこの家。以前は親戚一同「おばあちゃんち」という合言葉で集まった場所である.そのノスタルジーをもう一度再現する事を目指し、小野君と再びコンビを組んだ.中央に配置されたべんがらの黒い壁は印象的である.そしていとこのおもちゃ作家による有機的な造作の数々も.室内の取材を受け後は出版を待つのみ。私のとった写真が雑誌に掲載されるというのも妙な気分である.今は夜の9時20分.今から見積もりのチェックをやらなければならない.来年の3月引渡し予定の藤原邸だ.工期も厳しいが予算もやばい。このローコストに対応するのが、私の仕事である.(金額は言わないが)一生に1度の大きな買い物.それが住宅だ.われわれには簡単な追加も、施主にとってはローン地獄を更に膨らませる事になってしまう.簡単には出来ない.長い夜になりそうである.